幼馴染が蒼空(そら)の王となるその日まで、わたしは風の姫になりました ~風の言の葉~

碧桜

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交錯する想いー愛麗の場合ー

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愛麗は池のほとりに立ち、水面に静かに映るまるい月を眺めていた。
まるで鏡に映るかのように月は揺らぐことなく、感情のない光を放っている。

愛麗がゆるりと顔をあげ月を仰ぎ見れば、冴え冴えとした光が全身に降り注がれる。白く冷たく輝く月光に己の罪が暴かれていくようで、この身を突き刺すように感じる。まるで、すべてを見透かされているようだ。
月の光からこの身を隠してしまいたい。

月はどれだけの時を変わらないまま、こうして人々を照らしてきたのだろう。はるか昔から多くの故人たちも、こうして月を見上げて同じように罪を悔い、許しを請い、さまざまな想いを口にしたのだろうか。
静かに照らす月の光には、罪や心の内もすべてを見透かす冷たさと、赦しを乞う者や切ない想いに嘆くものを優しく包み込む慈悲深さと、不思議な力があるようだ。

愛麗の白い頬を涙が一筋伝って落ちた。
月の光が眩しくて俯いて目を逸らす。水面に映る月が涙で滲んで揺らめく。
一番知られたくなかった幼馴染に、かつて自分が犯した罪を知られてしまった。
決して許されることではない。自分の姉が死んだのは、自分のせいだった。
どんなに悔やんでもそれは変わることのない事実。
罪の大きさに自ら封印していたが、ようやくその真実を思い出した。
彼には知られたくなかった己の姿なのに、どこかでホッとしている自分がいる。
きっと罪を隠したまま、彼に会うことなど自分には出来なかった。
だから、不思議と今は心の中も落ち着いていて冷静だ。

今になってこの想いに気づくなんて、私ってバカだ。

最後に見た彼の顔は辛そうに歪ませ、とても彼女のことを心配している表情かおをしていた。
子供のころから、彼はやさしかった。そして、いつも愛麗を守ってくれた。
幼い彼はもちろん武将のように強いわけではないけれど、穏やかなそのやさしさが彼女をいつもあたたかく守ってくれていた。

今になって、やっとわかった。
私は、きっと愁陽のことが……

愛麗は俯いていた顔をあげ、静かな月をまっすぐに見上げる。
春のやさしい風が、彼女の長い髪を微かに揺らし吹き抜けていく。春先のまだ少し冷たい夜風が頬を冷ましてゆく。

もしもこの先二人が遠く離れ離れになっても、たとえそれが二度と会えなくなったとしても、彼のことを想うこの胸の中はあたたかくて、それだけで勇気をくれるだろう。私の心の中にある彼の存在が、いつまでも私を包んでくれている。
だから、きっと大丈夫。
何も、……怖くない。

やさしい彼のことだから、自分のことで悲しい顔をさせてしまうかも知れない。だけど私は大好きな幼馴染の表情かおを曇らせたくはない。彼にはあの頃のように笑っていてほしい。
彼は、これからも将として国や民、多くの者を率いていかなければならない。だからこのさき多くのことを背負わなければならないだろう。だけど彼も人々と同じように幸せになって欲しい。

ふと愛麗が水面に視線を戻すと、そこに映る自分の隣りに、もう一人の愛麗だという女の姿が映っている。相変わらず紅い口元を歪ませて挑戦的な笑みを浮かべている。背筋がゾッとする。女は何も言わず動かないまま、ただ黙って立っている。

女が愛麗に何も話しかけてこないのは、もう自分はこの女と常に共にあるということなのだろうか。二つの人格は融合し同じ身体の中にいるということなのか。
もう自分が自分でいられる残された時間はあと僅かだと、女は判断したから余裕なのかもしれない。
いずれにせよ、遅かれ早かれ私はもう一人の自分に呑み込まれる。そうすれば、この先いつか自分を見失って消えてしまうのだろう。もう限界なのかもしれない……。

愛麗は長い睫毛を震わせて、ゆっくりと瞼を閉じた。
深く息を吸い込むと、庭のどこかで咲く桃の花のほのかな香りを微かに感じる。

愁陽は言った、空の下を駆けよう…と。

彼ならきっとなれる、あの青い空のように。そんな王に。

だから、そんな彼とともに駆けるために、自分も覚悟を決めなければならない。
彼が勇気をくれたから。……大丈夫。
私は、もう強くなれる。

愛麗は意を決するように瞼をあげると、静かに強く息を吐き意識を手放した。
水面に映る彼女の姿はもう一人の女の姿と重なり、その姿は愛麗ひとつのものとなる。それが自分なのかどちらなのか、愛麗にはもう判別できなかった。

彼女は紅い口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべ黒い瞳を強く輝かせると、白い衣の裾を翻しその場を立ち去っていった。
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