幼馴染が蒼空(そら)の王となるその日まで、わたしは風の姫になりました ~風の言の葉~

碧桜

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交錯する想いー愁陽の場合ー

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愁陽はひどく焦っていた。

昨夜、愛麗の部屋で彼女と別れてから一夜明けて、すでに陽も高く昇ってずいぶん経つというのに、愛麗の姿はどこにもない。愁陽は一睡もせず捜し続けているのに、いったいどこにいるのか、未だその姿を見つけられないでいた。

彼女と別れたあと屋敷の中を探したけれど彼女の姿は見当たらず、あまり婚約者でもない男が幼馴染の姫を捜して大貴族の屋敷の中をうろつき回ることも出来ないため、あとは仕方なく彼女を探してくれるよう家の者に頼んできたのだった。本当に探してくれるのか怪しいところだが……。
かつての幼い頃の彼女は家族からあまり愛されてはおらず寂しい幼少期を送っていた。しかし、愛麗の父親の大臣も息子が愛妾との間に生まれているとはいえ、幼い頃とは違い、近々家同士の結婚が決まっている彼女を邪険にはしないだろう。

もし今日一日中彼女を探しても見つけることが出来なかったら、皇子の名前を使ってでも捜してやる。王家としての権力を使ってでも、愛麗の屋敷内を捜そう。

あの頃は幼かったけれど、今は違う。使えるものは全部使ってやる。
公私混同だろうが、職権乱用だろうが構わない。上等だ。
絶対に、彼女を見つける!

過去の自分は形式に囚われて、彼女の傍に一番いなければならないときに居なかった。無理にでも、強引にでも、本当は彼女の側に居るべきだった。それが悔やまれてならない。

それは、今もだ。愛麗を絶対に一人にしてはいけない。
きっとどこかで一人苦しんでいる。一人闘っているのかもしれない。
泣いているかもしれない……。

愁陽はそう思うと居ても立ってもいられず、食事も睡眠も取ることをせず愛麗の姿を探し回っていた。
時折、愛麗の屋敷を訪れては捜索の状況を聞き、あとは街のあちこちを巡り下町の細い路地のほうまで、朝から広い城壁の中を三周はしているが、未だ愛麗らしき姿を見かけた者もなく、懇意にしている情報屋にも聞いてみたがまったく手掛かりも見つからなかった。
さきほどまで真上にあった陽も、少し横へ移動し傾き始めている。

愛麗が外に出ていたのは、自分と屋敷を抜け出してよく遊んでいた子供の頃だ。姉が亡くなって以来、屋敷の奥でほとんど過ごしているのだから、街には出て来ていないだろう。だったら、おそらく彼女は一人で街に来たことがないはずだ。
そう考えると土地勘のない街にはいない可能性が高い。
いったい、どこへ……

貴族の姫が人目に触れず抜け出すことは難しいと思うが、まさかすでに城壁の外へ?

城壁の外、そう考えたとき、一つだけ思い当たる場所があった。
二人がよく出かけたお気に入りの場所
あの草原くさはらだ。
愁陽は用意していた愛馬にひらりと跨りハッと一声掛けると、一気に城壁に向けて駆けだした。

門に近づいたとき、城門の兵士たちが前に立ちはだかるのが見えた。
「何者だっ!」
愁陽は馬の手綱を引き寄せスピードを落としながらも、剣の柄を見せるように前に突き出し叫んだ。
「私だ!道を開けよ!」
「はあっ!?何事だ!?」
兵士たちはなんだなんだと口々に叫んでいたが、そのうち兵士の一人が刀の柄にはめられていた蒼家の色をした蒼い宝石いしに気付た。
「愁陽さまだ!」
なに!?ほんとうか!?と口々に言いながら慌てて脇に避けて道を開ける。
そんな彼らの横を、愁陽は馬でそのまま駆け抜けた。

そのまま愁陽は広い草原くさはらへと馬を進めたが、どこまでも広がる緑の中をぐるりと見渡す。
探し求める姿が、どこかにないか……
目を凝らしてみる。

「クソッ……、どこにいるんだよ!!」
滲む額の汗を拭う。苛立ちと焦りが募る。
馬から降りて柔らかい草の上に立つと、緑の草が風に吹かれて波のように脚に寄せてくる。
空を仰ぎ見ると、あの頃と何も変わらない青い空がそこにあった。
伸ばした手が、高い空に吸い込まれそうだ。

幼かったあの日、彼女も空に向かって小さな手を伸ばしていた。
大きな黒い瞳をキラキラさせて。
あの瞬間、彼女の笑顔が自分にとって、すごく大切なものになったのだ。

あの笑顔を失いたくない。彼女には笑っていて欲しい。
おそらく姉を亡くしたあの夜から、彼女は愛麗として笑ったことがないのだろう。

彼女として笑っていて欲しい。
愛麗として生きて欲しい。

彼女には別の何かが見えていて、自分には聞こえなかった声も何か聞こえているようだった。まるで会話をしているようで、自分の中にいる別の人格と話しているように聞こえた。
マルは邪悪なものを感じると言っていた。
愛麗がこの世から消えてしまいそうな、ひどく嫌な予感がしてならない。
こうしている今も、いったい彼女はどこにいるというのか

もう間に合わないのか……。

ふと、そんな不安が頭を横切り、慌ててかぶりを振る。
何を弱気になってるんだ、と自分で叱咤する。
俺は何のために剣を振るうんだ。何のために今ここにいる。
彼は剣を握り続けてきた右の掌を見つめる。
大切なモノを守るために、この手はあるんじゃないのか。

愛麗が教えてくれた。止まない雨はないと……
彼女の言葉は俺を救ってくれた。
今ある苦しみも、やがて笑顔になり、いつの日か穏やかな日々がくる。
そう信じていたい。
そして、そのときは喜びも悲しみも彼女とともに、二人で感じたい。
だからこそ、今、彼女の手は離してはいけないんだ。
愁陽は右の掌を握りしめる。
遠くでひばりが啼いている。
愁陽が空を見上げると、春ののどかな青い空には小さな白い雲が浮かんでいる。
空はあの頃と変わらない気がした。

俺は彼女に勇気をもらった。だから強くなれる。
彼女が言うなら、俺は陽ともなるし、あの空のようになろう。
強く握りしめた手から、勇気が、力が、全身にめぐるような気がした。
それは光のようにあたたかくて強く、愁陽自身すべてが満たされていく。
自分の側にはいつも愛麗がいてくれるような、そんな気がするのは自分の胸の内にいつも彼女の存在があるからだろうか。
頬を春の風が優しく撫でていく。
そうだった、ここで嘆いてもなにも変わらない。

愁陽の中で愛麗の存在がこれほどまでに大きく大切な存在になっていたということを、昨日の出来事から彼女を失ってしまうかもしれないという恐れを感じて、彼は嫌というほど自覚させられた。
いま自分の中にあるこの気持ちを、もう認めないわけにはいかない。
そして告げなくてはいけない、どんな愛麗でも自分は好きだと。愛しているということを。

愁陽は桃の木の下で、彼女にした約束を思い出していた。
キミを守る、と言ったことを。
その言葉に偽りはない。俺は誓う。
俺だけの姫を守る、必ず。
そして彼女とともに太平の世をつくる。愛する人が笑顔でいられる、そんな世をつくり守りたい。
もう一度、彼女とこの草原くさはらへ来て草の上に並んで寝転び、ともに馬で駆けるんだ。

愁陽は再び意を決し、空から視線を戻すと愛馬の手綱を手に取った。
「また、頼むな」
そう言って愛馬の首を撫でると、馬も答えるようにブルルルンと鼻を鳴らす。
馬の背にひらりと跨ると、愁陽は彼女がいそうな場所を考える。
陽は先ほどよりもずいぶん傾き始めていた。

やはり、愛麗はまだ自分の屋敷の中にいるのではないか。
もしかして、部屋に戻っている可能性だってある。
一縷の望みをもって、愁陽はもう一度城門へと向きを変えると馬を走らせた。
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