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炎上
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愁陽は城門をくぐり、いったん城へと戻った。
愛麗の屋敷、李家を捜索するための私兵を集めるためだ。
自分が乗り込めば縁談の話も滅茶苦茶になり、李家の面子も潰れることになるかもしれない。
いや、なるだろう……。けれど、そんなこと構っていられる場合ではない。
今は愛麗をこれ以上一人にしていてはいけない、そんな気がしてならなかった。
とにかく少しでも早く彼女を見つけなければ。
彼女の影の存在を知らない家の者たちは、昨夜の様子ではそこまで深刻に彼女の行方不明を扱ってはなかった。
李家にはまだ幼い弟がいて今では愛麗は跡取りではなくなったし、幼い頃のお転婆な彼女を知っていたらなおさらなのだろう。婚礼を前にした彼女が、また気まぐれか何かでふらっと外へ遊びに出ていったくらいに思われても仕方ないのかもしれない。
が、彼女の存在をそこまで軽視されて腹ただしい。
昨夜は影の存在を話すわけにもいかず、話したところで信じないだろうが、李家のほうでもまた婚約中の彼女のことで婚約者でもない別の男を家内に入れて大ごとにするわけにもいかず、愁陽はなかば追い出される形で屋敷の外へ出されてしまった。
残念ながら大臣からすれば、時期後継者とはいえ自分はまだまだ子供だということなのだろう。
空は陽が傾き、赤く夕空となっている。もうすぐ陽が沈む。
そうすれば、また彼女の捜索も難しくなるだろう。
愁陽はすぐに動かせる自分の精鋭の者ばかりで結成された小隊だけを集めた。
兵をほんの数名でもつれていくことは大袈裟かもしれないが、少しでも捜す手は欲しい。
兵を動かすため、自分も戦のときと同じく蒼の衣に外套を羽織り、額には蒼の宝石をあしらった額飾りをしている。これでは愛麗の父が大臣とて、自分をそう簡単に邪険には扱えないだろう。
あとでかなり父王からも怒られるかも知れないが、いや、怒られる。
咎めは愛麗が見つかってからいくらでも受けよう。
愁陽は自分が屋敷へ戻ってから、マルの姿をまったく見掛けないことに気付いた。
いつもはすぐに愁陽を見つけて、犬のように飛び出してくるのに。
こんな時、オオカミの血を持つ彼がいれば、強い味方となるのだが仕方がない。
先程ともに城へと戻り餌と水を与えて少し休ませていた愛馬の元へ行くと、その首を撫でる。
「すまない。またお願い出来るか?」
ブルルルルル……と鼻を鳴らし答えると、準備は整っているというように前脚をあげた。
「ありがとう。心強いな」
愁陽も笑みを浮かべて答えた。
愛馬を連れて愁陽が兵たちの前へ姿を現す。そこには簡単な装備ではあるが腰に剣を下げた者たちが十数名、全て馬とともに揃っていた。
愁陽が今から指示を出そうとしたとき、彼の名を呼ぶ聞き慣れた声が響いた。
「愁陽さまーーーーーーっ!!」
よく通る声で名を呼ばれて振り返ると、マルが慌てて駆けてくるところだった。
マルはなにやらひどく焦っていて、その顔は青ざめている。
「っ…、こんなとこに、いたんですかっ!?」
オオカミの彼には珍しく息が切れている。ずいぶん走ってきたようだ。
転がるように愁陽の前に来ると、膝に手をあてゼーハーと肩を上下させて息をしている。ただならぬ様子に愁陽も緊張した面持ちでマルに寄る。
「マルっ、どうかしたのか!?」
「どうかしたのかじゃないですよ!何、やってんすか!!」
「は?」
「都で火事ですよっ!火元は……っ、愛麗さまの屋敷ですっ!!」
「っ、なんだって!!」
愁陽は慌てて愛麗の屋敷のある方角、その上空を仰ぎ見る。
夕空で気づくのが遅れたか……っ
火の手までは宮殿の建物などでよく見えないが、そちらの方向には煙があがり空の様子がおかしい。
マルは息を切らせながらも、状況を報告する。
「お屋敷の中の様子まではわかりません。ですが、なんせ大きなお屋敷です、火の勢いも強くて。逃げてくる使用人も多く、周辺の人達も避難を始めて、あたりはごった返してます」
愛麗の屋敷はこの宮殿がある城からも近く、周囲は貴族の屋敷や商店なども多い都の中心に近い場所だ。やがてもうじき日も暮れる。混乱が起こるだろう。
愁陽は踵を返すと、愛馬の背に飛び乗り手綱を取った。
近くに控えていた兵の一人が、すぐに愁陽の剣を手渡す。
すまない、と受け取るとマルに口早に伝える。
「マルっ、俺は先に行く。お前は、この者たちを連れて李家の屋敷に向かえ。救助と避難する者たちの誘導と保護を頼む」
「わかりましたっ」
愁陽は真剣な眼差しで頷くと踵を返し、ハッと掛け声とともに馬の腹を蹴った。
「愁陽様っ!間に合ってくださいっ!必ず、愛麗様をお助けくださいっ!!」
マルは主の背に向かって叫んだ。
愛麗の屋敷近くまで来ると、街の大通りは逃げ惑う人で混乱していた。
これ以上、人込みを馬で進むことは危険だと判断する。
愁陽は馬をおり愛馬の首を撫でてやると、もと来たほうへ向かうよう促した。そのように躾けてある。きっとそのまま無事に宮殿へ帰るだろう。もしくは、途中であとからくるマルたちが見つけるであろう。
愁陽は人の流れの波とは別に、屋敷へと向かって突き進んだ。
屋敷につくと、男たちが必死で消火活動をしていた。
愛麗の部屋は屋敷の一番奥だ。屋敷に近づこうとする愁陽を、危ない、と一人の男が腕を掴んで引き留めるのを、大丈夫だと言ってそっと手を外す。
「もしや、あなたは……」
愁陽の顔を知っていたようだ。一緒に行軍したことのある者かも知れない。ましてやこのような出で立ちだ。簡単にこの国の第一皇子だと理解る者も多いだろう。その愁陽がここにいることに驚く男に愁陽は尋ねた。
「姫は?」
しかし男は首を振った。まだ、お姿を見てません。おそらくまだ中に……
「わかった」
そう言って屋敷の奥へ向かおうとすると男が慌てて告げる。
「危険です!火元は姫の部屋があるほうだと」
「なんだって!?」
「とにかく中は危険です!」
一拍置いて、愁陽は静かに言う。
「俺は姫を助けに来た。だから行かなくてはならない」
凛として告げる愁陽を見て、男は少し黙って考えているようだったが
「わかりました。お気をつけて」
愁陽の意思が硬いことを知るとそう言った。
「ああ」
愁陽は力強く頷くと、燃えさかる屋敷の中に飛び込み火の勢いがとくにひどい屋敷奥のほうへと走った。
走りながら、ついぼやく。
「ったく……、ムダにでかい屋敷も考えもんだなっ」
軽口言っている場合では無いが、こういう時こそ軽口くらい叩かないとやってられない。
途中、屋敷の庭を避難もせず、おろおろしている侍女がまだいた。
女が愁陽に気付き、あっ!と悲鳴に近い声をあげる。
「愁陽様!」
先日、愛麗の部屋へ頬を染めながらも案内してくれた侍女だった。
「何をしている、早く逃げろ!」
貴族の侍女らしい綺麗な衣は煤で汚れ、ところどころひっかけたのか破れている。
本来美しいであろう顔も、今は煤と汗で汚れ、ほつれた髪が額や首に張り付いてた。
ふらふらで足元がもつれて転びそうになる侍女を、愁陽は支えて立たせてやる。
彼女には愁陽がここにいる理由はすぐにわかった。
両腕にしがみつくように彼に支えられながら、彼女は煙でひりつく喉の痛みを堪えて、必死で叫んだ。
「っ、愁陽様!愛麗様のお姿が見当たらないのです!お部屋にもいらっしゃらず、まだ屋敷の外にも出ていらっしゃいません。きっと、まだこの屋敷のどこかに……っ」
「ほかに彼女がいそうな所はっ!?」
侍女は頭を振った。
「姫様はほとんど部屋の外へ出たことがございません」
そして、何か言いたそうに愁陽を見つめ、わずか逡巡したようだったが、固く口元を引き結ぶと意を決したように言った。
「愁陽様。実は、火をお付けになったのは、愛麗様だと……」
「っ、愛麗が!?」
侍女は頷き、その目からはみるみる涙が溢れ出した。
「愛麗様は決してそんなことをする方ではありません。いつも私にもお優しくて穏やかに微笑んでいらっしゃいました。でも、いつもどこか寂しそうで」
そう言って、侍女は肩を震わせて泣く。
そんな彼女の両肩を手で支えてやりながら、愁陽は言う。
「……わかった。お前はもう逃げろ。手遅れになる」
「でもっ!」
「お前のような侍女も愛麗の傍に居てくれたんだな。よかった」
「愁陽様……」
侍女は愛麗のことが心配でその場を去ることが出来ないのだ。
そんな彼女のやさしさもわかるから、愁陽は彼女の顔を覗き込むように見て言った。
「この先は俺が行く。お前は屋敷の外のほうを頼む」
そして、ふっと表情を緩めてやさしく言いきかせる。
「…もしかして、もう外へ逃げてるかもしれないだろう?そしたら、あいつ、困ってるだろうから」
侍女はほんの少し葛藤していたが、ここは自分が残っても彼の足手まといになるだけで懸命ではないと気付いたのだろう。わかりました、と頭をさげた。
「愁陽様、どうか、どうか愛麗様をお願いします。姫様にはあなた様しかいないのです。ですから、お願いします。どうか……」
侍女は何度も懇願して、屋敷の外へと走り去った。
侍女が去ったあと、愁陽は立ち止まり思案する。
火をつけたのは、本当に愛麗なのか?
それとも愛麗のほうではなく、もう一人の愛麗だというのか。
部屋にはいない、けれど、この屋敷におそらくいるのであろう……
いま、この状況の中で、彼女が行きそうなところはどこだ。
愛麗なら……
いや、あの女なら?
屋敷に火を放ったのが彼女なら、自分を束縛していたものを、忌まわしいものを燃やしたのだ。屋敷という名の鳥かごを。
そして、きっと、その破壊されていくさまをどこかで見ているはずだ……
だとしたら……おそらく見下ろせる場所にいる。
「高楼かっ!!」
愁陽は急いで走り出した。
この屋敷には、今は使われていない古い高楼があった。
愁陽は庭を走り抜け、池のほとりへと出た。
足を止めると、そこから高楼が見える。あれだ。
そして、高楼の一番上の窓辺に白い衣を着た彼女の姿はあった。
愁陽は肩で息をしながら、小さく舌打ちをする。
「くそっ、俺が行くまでそこに居ろよっ!」
彼は一気に高楼めがけて走った。
愛麗の屋敷、李家を捜索するための私兵を集めるためだ。
自分が乗り込めば縁談の話も滅茶苦茶になり、李家の面子も潰れることになるかもしれない。
いや、なるだろう……。けれど、そんなこと構っていられる場合ではない。
今は愛麗をこれ以上一人にしていてはいけない、そんな気がしてならなかった。
とにかく少しでも早く彼女を見つけなければ。
彼女の影の存在を知らない家の者たちは、昨夜の様子ではそこまで深刻に彼女の行方不明を扱ってはなかった。
李家にはまだ幼い弟がいて今では愛麗は跡取りではなくなったし、幼い頃のお転婆な彼女を知っていたらなおさらなのだろう。婚礼を前にした彼女が、また気まぐれか何かでふらっと外へ遊びに出ていったくらいに思われても仕方ないのかもしれない。
が、彼女の存在をそこまで軽視されて腹ただしい。
昨夜は影の存在を話すわけにもいかず、話したところで信じないだろうが、李家のほうでもまた婚約中の彼女のことで婚約者でもない別の男を家内に入れて大ごとにするわけにもいかず、愁陽はなかば追い出される形で屋敷の外へ出されてしまった。
残念ながら大臣からすれば、時期後継者とはいえ自分はまだまだ子供だということなのだろう。
空は陽が傾き、赤く夕空となっている。もうすぐ陽が沈む。
そうすれば、また彼女の捜索も難しくなるだろう。
愁陽はすぐに動かせる自分の精鋭の者ばかりで結成された小隊だけを集めた。
兵をほんの数名でもつれていくことは大袈裟かもしれないが、少しでも捜す手は欲しい。
兵を動かすため、自分も戦のときと同じく蒼の衣に外套を羽織り、額には蒼の宝石をあしらった額飾りをしている。これでは愛麗の父が大臣とて、自分をそう簡単に邪険には扱えないだろう。
あとでかなり父王からも怒られるかも知れないが、いや、怒られる。
咎めは愛麗が見つかってからいくらでも受けよう。
愁陽は自分が屋敷へ戻ってから、マルの姿をまったく見掛けないことに気付いた。
いつもはすぐに愁陽を見つけて、犬のように飛び出してくるのに。
こんな時、オオカミの血を持つ彼がいれば、強い味方となるのだが仕方がない。
先程ともに城へと戻り餌と水を与えて少し休ませていた愛馬の元へ行くと、その首を撫でる。
「すまない。またお願い出来るか?」
ブルルルルル……と鼻を鳴らし答えると、準備は整っているというように前脚をあげた。
「ありがとう。心強いな」
愁陽も笑みを浮かべて答えた。
愛馬を連れて愁陽が兵たちの前へ姿を現す。そこには簡単な装備ではあるが腰に剣を下げた者たちが十数名、全て馬とともに揃っていた。
愁陽が今から指示を出そうとしたとき、彼の名を呼ぶ聞き慣れた声が響いた。
「愁陽さまーーーーーーっ!!」
よく通る声で名を呼ばれて振り返ると、マルが慌てて駆けてくるところだった。
マルはなにやらひどく焦っていて、その顔は青ざめている。
「っ…、こんなとこに、いたんですかっ!?」
オオカミの彼には珍しく息が切れている。ずいぶん走ってきたようだ。
転がるように愁陽の前に来ると、膝に手をあてゼーハーと肩を上下させて息をしている。ただならぬ様子に愁陽も緊張した面持ちでマルに寄る。
「マルっ、どうかしたのか!?」
「どうかしたのかじゃないですよ!何、やってんすか!!」
「は?」
「都で火事ですよっ!火元は……っ、愛麗さまの屋敷ですっ!!」
「っ、なんだって!!」
愁陽は慌てて愛麗の屋敷のある方角、その上空を仰ぎ見る。
夕空で気づくのが遅れたか……っ
火の手までは宮殿の建物などでよく見えないが、そちらの方向には煙があがり空の様子がおかしい。
マルは息を切らせながらも、状況を報告する。
「お屋敷の中の様子まではわかりません。ですが、なんせ大きなお屋敷です、火の勢いも強くて。逃げてくる使用人も多く、周辺の人達も避難を始めて、あたりはごった返してます」
愛麗の屋敷はこの宮殿がある城からも近く、周囲は貴族の屋敷や商店なども多い都の中心に近い場所だ。やがてもうじき日も暮れる。混乱が起こるだろう。
愁陽は踵を返すと、愛馬の背に飛び乗り手綱を取った。
近くに控えていた兵の一人が、すぐに愁陽の剣を手渡す。
すまない、と受け取るとマルに口早に伝える。
「マルっ、俺は先に行く。お前は、この者たちを連れて李家の屋敷に向かえ。救助と避難する者たちの誘導と保護を頼む」
「わかりましたっ」
愁陽は真剣な眼差しで頷くと踵を返し、ハッと掛け声とともに馬の腹を蹴った。
「愁陽様っ!間に合ってくださいっ!必ず、愛麗様をお助けくださいっ!!」
マルは主の背に向かって叫んだ。
愛麗の屋敷近くまで来ると、街の大通りは逃げ惑う人で混乱していた。
これ以上、人込みを馬で進むことは危険だと判断する。
愁陽は馬をおり愛馬の首を撫でてやると、もと来たほうへ向かうよう促した。そのように躾けてある。きっとそのまま無事に宮殿へ帰るだろう。もしくは、途中であとからくるマルたちが見つけるであろう。
愁陽は人の流れの波とは別に、屋敷へと向かって突き進んだ。
屋敷につくと、男たちが必死で消火活動をしていた。
愛麗の部屋は屋敷の一番奥だ。屋敷に近づこうとする愁陽を、危ない、と一人の男が腕を掴んで引き留めるのを、大丈夫だと言ってそっと手を外す。
「もしや、あなたは……」
愁陽の顔を知っていたようだ。一緒に行軍したことのある者かも知れない。ましてやこのような出で立ちだ。簡単にこの国の第一皇子だと理解る者も多いだろう。その愁陽がここにいることに驚く男に愁陽は尋ねた。
「姫は?」
しかし男は首を振った。まだ、お姿を見てません。おそらくまだ中に……
「わかった」
そう言って屋敷の奥へ向かおうとすると男が慌てて告げる。
「危険です!火元は姫の部屋があるほうだと」
「なんだって!?」
「とにかく中は危険です!」
一拍置いて、愁陽は静かに言う。
「俺は姫を助けに来た。だから行かなくてはならない」
凛として告げる愁陽を見て、男は少し黙って考えているようだったが
「わかりました。お気をつけて」
愁陽の意思が硬いことを知るとそう言った。
「ああ」
愁陽は力強く頷くと、燃えさかる屋敷の中に飛び込み火の勢いがとくにひどい屋敷奥のほうへと走った。
走りながら、ついぼやく。
「ったく……、ムダにでかい屋敷も考えもんだなっ」
軽口言っている場合では無いが、こういう時こそ軽口くらい叩かないとやってられない。
途中、屋敷の庭を避難もせず、おろおろしている侍女がまだいた。
女が愁陽に気付き、あっ!と悲鳴に近い声をあげる。
「愁陽様!」
先日、愛麗の部屋へ頬を染めながらも案内してくれた侍女だった。
「何をしている、早く逃げろ!」
貴族の侍女らしい綺麗な衣は煤で汚れ、ところどころひっかけたのか破れている。
本来美しいであろう顔も、今は煤と汗で汚れ、ほつれた髪が額や首に張り付いてた。
ふらふらで足元がもつれて転びそうになる侍女を、愁陽は支えて立たせてやる。
彼女には愁陽がここにいる理由はすぐにわかった。
両腕にしがみつくように彼に支えられながら、彼女は煙でひりつく喉の痛みを堪えて、必死で叫んだ。
「っ、愁陽様!愛麗様のお姿が見当たらないのです!お部屋にもいらっしゃらず、まだ屋敷の外にも出ていらっしゃいません。きっと、まだこの屋敷のどこかに……っ」
「ほかに彼女がいそうな所はっ!?」
侍女は頭を振った。
「姫様はほとんど部屋の外へ出たことがございません」
そして、何か言いたそうに愁陽を見つめ、わずか逡巡したようだったが、固く口元を引き結ぶと意を決したように言った。
「愁陽様。実は、火をお付けになったのは、愛麗様だと……」
「っ、愛麗が!?」
侍女は頷き、その目からはみるみる涙が溢れ出した。
「愛麗様は決してそんなことをする方ではありません。いつも私にもお優しくて穏やかに微笑んでいらっしゃいました。でも、いつもどこか寂しそうで」
そう言って、侍女は肩を震わせて泣く。
そんな彼女の両肩を手で支えてやりながら、愁陽は言う。
「……わかった。お前はもう逃げろ。手遅れになる」
「でもっ!」
「お前のような侍女も愛麗の傍に居てくれたんだな。よかった」
「愁陽様……」
侍女は愛麗のことが心配でその場を去ることが出来ないのだ。
そんな彼女のやさしさもわかるから、愁陽は彼女の顔を覗き込むように見て言った。
「この先は俺が行く。お前は屋敷の外のほうを頼む」
そして、ふっと表情を緩めてやさしく言いきかせる。
「…もしかして、もう外へ逃げてるかもしれないだろう?そしたら、あいつ、困ってるだろうから」
侍女はほんの少し葛藤していたが、ここは自分が残っても彼の足手まといになるだけで懸命ではないと気付いたのだろう。わかりました、と頭をさげた。
「愁陽様、どうか、どうか愛麗様をお願いします。姫様にはあなた様しかいないのです。ですから、お願いします。どうか……」
侍女は何度も懇願して、屋敷の外へと走り去った。
侍女が去ったあと、愁陽は立ち止まり思案する。
火をつけたのは、本当に愛麗なのか?
それとも愛麗のほうではなく、もう一人の愛麗だというのか。
部屋にはいない、けれど、この屋敷におそらくいるのであろう……
いま、この状況の中で、彼女が行きそうなところはどこだ。
愛麗なら……
いや、あの女なら?
屋敷に火を放ったのが彼女なら、自分を束縛していたものを、忌まわしいものを燃やしたのだ。屋敷という名の鳥かごを。
そして、きっと、その破壊されていくさまをどこかで見ているはずだ……
だとしたら……おそらく見下ろせる場所にいる。
「高楼かっ!!」
愁陽は急いで走り出した。
この屋敷には、今は使われていない古い高楼があった。
愁陽は庭を走り抜け、池のほとりへと出た。
足を止めると、そこから高楼が見える。あれだ。
そして、高楼の一番上の窓辺に白い衣を着た彼女の姿はあった。
愁陽は肩で息をしながら、小さく舌打ちをする。
「くそっ、俺が行くまでそこに居ろよっ!」
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