古本屋黎明堂

かふぇらて

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黎明堂

東堂紫藤

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祖父が亡くなってから2ヶ月。
僕は店主としてこの街の片隅の〝黎明堂〟で働いている。いや、働いているというか店番をしているの方が相応しい。

「はぁ…」
分かってはいた事だが客がさっぱり来ない。幸いかかる費用はわずかで、バイトで稼いだ貯金でなんとかやっていけているがそれも時間の問題だろう。

今日六月二日は雨が降っている。
これじゃあいつもに増して来客は望めないし、早いけれどもう店仕舞いをしてしまおうか…と重い腰をあげようとした時カランカランと店のベルが鳴った。

「あっ…い、いらっしゃいませ」
何回か家の鏡で練習した挨拶の後半は外の雨音に消されてしまうくらい小さかったかもしれない。
けれど、仕方がなかったのだ。何故ならば、その客の頭が〝球〟だったからである。比喩的な表現ではなく本当の球なのだ。それ・・は、直径30センチ程の球で、人間の頭が付いているはずの場所で銀色に光っていた。

「成文さんはいらっしゃるかな」
球人間は喋った。
「そ、祖父は死にました」
もう少し丁寧な言い方があったんじゃないかと今になって思うけれど、その時はこれしか言葉が出てこなかったのだ。
だって球が話しているし。
球はそうですか…ご愁傷様ですと乗っていたハットをとって僕にペコリと頭を下げた。意外と紳士らしい。
「では…今の店主はお孫さんの貴方ということで?」
「はい、紫藤と言います」
「そうか、よろしく頼むよ」
そういって球人間は右手をずい、と目の前に差し出してきた。少し怯んだがお客様なので僕は整然と握手をして、ごゆっくりどうぞと声をかけて客と店主の関係に収まることに成功したのであった。

さて、ここでもう一度この球人間の見た目を見つめ直してみよう。
この人…いや、このお客様は恰幅が良く、少し高級そうな初老の男性が好みそうな茶色いスーツを着ている。雨が降っていたからズボンの裾はしっとりと濡れていて、革靴の跡が店内に残っている…後で掃除をしなければ。
持ち物は傘一本だったようで店外の傘立てに一本深緑色の傘が刺さっているのがうっすらと見えた。
首から球にかけては何の段差も無く、まるで初めからそうであったかのように首上に球がついている。
先程外したスーツと同じ色のハットを乗せ直して球人間が読んでいる本は〝人に好かれる方法〟みたいだ。こんな見た目だから人に嫌われてしまうのだろうかーーー。

「私の見た目、どう思われますか?」

と、突然質問が降りかかってきた。余程眺めてしまったのだろう。
すみません、と一言謝るも視線はこちらを離さない。何か言うまで視線を外さないつもりか?僕は意を決して声を上げる。

「その、丸くて…」
「丸い?」

少しムッとした声がして僕は慌てて、いえ、雰囲気が、と付け足した。
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