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連載
155話 爆炎の槍の最期(2021.08.21改)
しおりを挟む薄暗い部屋の中で、大きな一匹の黒い獣と革鎧を着た男が二人、テーブルを挟んで向かい合っていた。
黒い獣の姿を見て、それが犬だと知覚するのは難しいかもしれない。黒い獣は犬にしては大き過ぎるのだ。二人の屈強な男を真上から見下ろせるほどに黒い犬は大きかった。
黒い犬の周囲には、負のオーラとでもいうのだろうか、寒気を伴う不思議な気配が漂い続けている。
普通の人間であれば、その黒い犬を前におかしくなっても不思議ではない。そう思えるほど、濃厚な死の気配が黒い犬の体からは出ていたのだ。
そんな魔物を前にしても、二人の男は何食わぬ顔で、目の前のテーブルに置かれた焼き立ての骨付き肉を〝ハフハフ〟と熱そうに〝バリボリ〟と音を立てながら骨ごと齧る。
「相変わらずお前らは、汚い食い方をするな」
黒い犬は人の言葉で話し、呆れた顔をする。
「食べ方なんてどうでもいいんすよ。誰も見ていねーんだし、骨が美味いんすよホネが!人間がなんで骨を残すのか、俺には全く理解できねぇっす」
一人の男が、悪態をついた。
黒い犬と二人の男は、同じパーティーのメンバーだった。ここより南にある国、リレイアスト王国の冒険者たちが集うカスターニャの町で活躍する、『爆炎の槍』と呼ばれるパーティーの仲間……ガルロフとヘイマー、それが二人の男の名前だった。
「食べるのは後にしろ、時間がないんだ」
黒い犬は苛立ちながら命令するが、二人の男はそれに従おうとはしない。
「俺らだってこの体気に入ってるんすよ、別れを惜しんだっていいじゃねーすか。ディアラさんばっかしずりぃっす」
ヘイマーは黒い犬にそう言いながら、新しい骨付き肉を丸ごと口の中へと放り込んだ。
「ヘイマー、誰も見ていないって言ったが、そこの二人が見ているだろう」
ガルロフが部屋の隅に転がる男と女を指差した。男と女は手足を縄で縛られて、口には大声を出さないようにと猿轡を噛まされていた。男と女は、ディアラと呼ばれた黒い犬の姿に怯え、ここに来てからずっと震えて涙を流し続けている。
二人は、ディアラがここに来る前に近くの村から攫ってきた、ただの村人だった。
「そいつらは空気みたいなもんっす。なんでよりにもよって冒険者の体を捨てて、こんな弱っちい村人にならなきゃいけねーんすか」
ヘイマーの愚痴は止まらない。
「いい加減にしろよヘイマー、俺らはディアラさんの部下なんだ」
ガルロフはヘイマーにそう諭しながらも……急に何かを思い出したのか?話をすり替えた。
「そうだ……それにしてもディアラさん、いつの間に【ブラックドック】なんて化け物を倒したんですか、負の妖精の中でもトップクラスに強い魔物ですよね?俺、尊敬します」
ガルロフは、今までヘイマーと話していたことを忘れたかの様に、羨ましそうにディアラと呼んだ黒い犬を見る。
ディアラは、一瞬何かを言い掛けたが、その言葉を呑み込み一言だけ呟いた。〝運が良かっただけだ〟と……。
食事を終えて満足したのか、ガルロフは床に転がる男と女のもとへと近付く。
ガルロフがナイフを取り出したのを見て、二人は逃げようと必死に縛られた手足を動かして床を転がった。
しかし、意外にもガルロフは、取り出したナイフで二人を傷つけることは無く、むしろ、二人の手足を縛るロープを切り猿轡も外した。
ロープから解放された二人は、上半身だけを起こし声を上げずに、ただただガルロフを見つめる。
「お前たち、助かりたいか?」
ガルロフの質問に、今まで絶望を覚悟していた二人の顔が少しだけ明るくなった。
男と女はお互いの手を握る。少しだけ勇気が出たのか、男がやっとの想いで言葉を必死に吐き出した。
「助かりたいです……、助けてください」
と擦れる声で……。
ガルロフはその言葉に、ただ微笑む。
「ガルロフ勝手に話を進めんなつーの」
ヘイマーの登場に男と女は顔を曇らせた。そんな二人の目の前に、ヘイマーは錆びた二本の短剣を投げ捨てる。
「よく聞けよ、今床に投げた錆びだらけの短剣は魔道具だ。相手への殺意が強ければ強いほど力を増す、そんな武器だ。もし、その短剣で俺らに少しでも傷を負わせることが出来れば逃がしてやるよ、てめーらの殺意が強ければ強いほど生き残る可能性が高くなる。簡単だろう」
二人の男女は、お互い向き合うと決心した様に頷き合った。生きたい一心で錆びた短剣を拾う。〝ついて来い〟というヘイマーとガルロフに促がされるまま、男と女は隣の部屋へと消えていった。
ディアラは黒い犬の姿のまま、二人が戻るのをその場で待つ。
数秒後――隣の部屋から男女の悲鳴があがる。
ヘイマーとガルロフは、それぞれ殺した男と女の死体を大事そうに抱えて戻ってきた。
「めんどくせーよなホントに、自分に対して殺意を向けた相手を殺さねーと、条件がクリアできねーとかクソかよ」
ヘイマーはそう吐き捨てると、男の死体を大事そうに床の上に置き自らの形を変える。
ヘイマーだったモノは、徐々に色を失い全身が真っ黒になった。ついには人の形も失い何度も何度も形を変える。ヘイマーが着ていた装備は音を立てて床に落ちた。
ヘイマーだったものは、黒いスライムへと形を変える。
ガルロフも同じように女を床に置くと、形を変えて黒いスライムになった。
二匹の黒いスライムは、体の一部を口の様に大きく開けると、ヘイマーとガルロフに瓜二つの人間をディアラの前に吐き出した。
心臓部分に大きな刺し傷はあるが、それ以外の外傷がないとてもキレイな二つの死体。
黒いスライムは続いて床に置かれた男と女の死体をゆっくりと呑み込んでいく。明らかにスライムよりも人の体の方が大きいはずなのに、二つの死体はスライムの体の中へと消えてしまった。
最後にスライムたちは、人間たちが身に着けていた下着や服、指輪といった装備品だけを器用に体から吐き出した。
しばらくして、二匹のスライムはそれぞれ摂り込んだ男と女へ姿を変える。二人の体には心臓にくっきりと大きな刺し傷が残っていた。
裸の男女は、床に落ちた服を各々拾い身に着ける。
黒いスライムたちは【ドッペルスライム】という名の魔物だった。
自分に殺意を持った相手を殺し、その死体を呑み込むことで相手の全てを手入れる能力『成り代わり』のスキルを持った特殊な魔物。
しかも、『成り代わり』で化けた彼らは、その体を鍛えることによって更なる成長をすることも出来る。
『成り代わり』を使う姿は三つまでで、彼らは好きな時にその姿を自由自在に入れ替えることが出来る。もちろん殺意を持つ相手を殺すという条件から、彼らが摂り込むことが出来るのは、感情を持つ生き物だけだ。
ブラックドックも一度黒いスライムに姿を変えると、今度は人間の姿になった。冒険者ディアラに瓜二つの姿に、彼だけは、この人間の姿が本当の形だった。
「さっさと、死体の首を斬り落としてリレイアスト王国に送らないとな」
ディアラは木箱にヘイマーとガルロフの二つの首と、自分の物も合わせた三枚のギルドカードを入れて、扉の外で待っていた軍事国家ヴォラベルの制服を着た兵士に渡す。
部屋に戻ったディアラにヘイマーだった男は話し掛ける。
「ディアラさんって、俺らとは違って元々人間だったんすよね?」
「ああ、俺はあの方の実験場……人間共の言葉をマネするなら〝名も無き村〟の出身だ。それがどーかしたのか?」
ディアラは、実にあっけらかんと言った。
「いえ、ただ聞いてみたかっただけっす」
ディアラと、新しい体を手に入れた二人は、部屋を出ると屋敷の外に止めてある軍事国家ヴォラベルの紋章入りの馬車へと乗り込んだ。〝当分の間は、LV上げだな〟ディアラはめんどうそうに漏らした。
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