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156話 樹海の中にある砂漠(2021.08.21改)
しおりを挟む「暑いよルフト……本当にこっちで合ってるの?」
強い日差しを浴びながらフード付きのマントを着た、『ワールトラ』と呼ばれる二本の足で歩くカワウソにしか見えない魔物の少年モーソンが、暑さに耐えられないと弱音を漏らす。
ワールトラは、いうならばカワウソ人間である。ワーウルフやワータイガーの親戚みたいなものだろうか、違う点としては、ワーウルフとワータイガーは人の体に獣の頭と手足を持つ人間寄りの魔物なのに対して、ワールトラは体も胴が長めで全身モフモフ、二足歩行ではあるけれど、その見た目は人間というよりは動物寄りの魔物だ。
「方角は合ってるはずだよ、一面砂だらけで目印が無いから道は分からないけどね」
僕もフード付きのマント被っている、正直これが無いと、この強い日差しの中を歩ける気がしない。ちなみに靴の裏に付いてる板は、砂に沈まないための道具だ。雪山で使うスキー板を短くした形の物である。
僕らは、アリツィオ大樹海の中域、未開の地〝ラフラー砂漠〟にいる。この砂漠の名前は、十年以上前に、この砂漠を発見したAランクパーティー〝未知への導手〟のリーダー、ラフラーさんの名前から付けられたものだ。
未知への導手は、目の前に出現したあまりにも広大な砂漠を前に、探索を途中で諦めている。それ以来ラフラー砂漠は、Aランク冒険者すらも尻込みをする魔境と呼ばれる様になった。名前があるのに、今もなおこの土地が未開の地と呼ばれるのはそのためだ。
ラフラー砂漠の奥地までやって来たのは、僕らが初めてなんじゃないだろうか?
もちろん、僕だって、こんな厄介な場所に進んで来たかったわけじゃない。じゃーどうして、今ここにいるのか?
暑いと文句を言っているモーソンが、原因だったりするんだよね……僕は思わず溜め息を漏らした。
話は二日前に遡る――ゴブリンの町を脱出した僕らは、ゴブリンキングの討伐とゴブリンダンジョンの攻略を達成した証として狼煙を上げた。そして、逃げる様に大樹海を西へと進んだんだ。
二つのダンジョンや太古の大樹海について、他の冒険者からイロイロ聞かれるのが嫌で僕は逃げた。
もちろんラフラー砂漠には、足を踏み入れずに迂回して進む予定だったんだけど……一度砂漠がどんな場所なのか見てみたいという興味が、僕らをラフラー砂漠へと導いた。
「凄い、ねー見てよルフト、凄いなーこれが砂漠なんだね。砂も土と違ってサラっサラだよ」
目の前に広がる砂の大地を見て、モーソンは初めて海を見る子供の様にはしゃいだ。僕もまだ海は見たことがないけど……太古の湖を見た時は、こんな感じだったと思う。
「はしゃぐのはいいけど気を付けてよ、どんな魔物が住んでいるのかも分からないんだから」
〝えっ……ちょっと〟思わず間の抜けた声が出る。
砂と戯れていたモーソンを、急に現れた【砂ムカデ】という魔物が連れ去ってしまったのだ。
「ルフト――わわわ……助け……て」
モーソンが叫ぶ。
僕は近くで遊んでいた、スライムたちを精霊樹の杖の枝を伸ばして急いで掴むと、もう一本の枝を使い、砂ムカデの後ろ足へと絡ませる。鈍感なのか、砂ムカデは僕らがぶら下がるのも気にせず走り続けた。
僕は振り落とされまいと、必死に枝を増やして砂ムカデの体に絡ませていく、そして、少しずつ砂ムカデの体へと近付いた。
やっとの思いで砂ムカデの背中に登ると、僕とスライムたちが落ちない様に精霊樹の杖の枝で砂ムカデの背中に固定した。
砂ムカデが足を動かすたびに砂煙が舞い、頭から砂を被った。スライムたちが僕を包む様に広がってくれたから、砂の雨にも耐えられたんだと思う。
砂ムカデが砂の中に潜るタイプの魔物じゃなくて本当に良かった。
ラフラー砂漠の砂は、とても細かく重い生き物は砂の中に沈んでしまう、しかも、砂の中を泳ぐ魚までいるのだ。ラフラー砂漠が砂の海と呼ばれるゆえんだろう。
到着早々に従魔の住処から出てきたブランデルホルストが、砂漠に踏み出した途端に溺れかけた。
途中、砂ムカデは砂の中から顔を出した【サンドワーム】と呼ばれる蛇の様に体の長い、虫の魔物に襲われかけたが、そのスピードを生かしてサンドワームの群れの間を上手くすり抜けた。サンドワームの見た目は、魚釣りの餌に使うヌマゴカイを巨大にしたような見た目の魔物である。
砂を浴びながらも必死に前を向く。もう一時間近く走り続けてるんじゃないだろうか?砂ムカデに捕まっているモーソンが心配だ。目的地が近いのか……それとも疲れただけなのか砂ムカデの速度が極端に落ちた。
速度が遅くなったことで、舞う砂が納まり、砂ムカデの走る先にあるモノがハッキリと見えた。遠くでたくさんの砂ムカデたちが動く姿、そこは砂ムカデたちの巣だった。
巣に到着する前に、なんとかしなきゃ……。
体を伸ばして迷宮胡桃の帽子が落ちない様に必死に押さえるレッドさんと目?顔が合った。僕の顔を見て意図を汲み取ったかの様にレッドさんは頷く。体の一部を二本の腕の様に伸ばすと、体から隠し切れずに柄がはみ出ている魔法のトライデントとショートスピアを抜いて構える。僕が精霊樹の杖の枝を手の平の様に伸ばしレッドさんを抱えると、そのまま砂ムカデの腹の近くまで運んだ。
レッドさんは二本の槍を思いっきり、無防備なムカデの腹へと突き刺した。
「ギャアアアアアアアアアア」
腹から緑色の体液を撒き散らしながら、砂ムカデは激しく暴れ出す。モーソンを掴んでいた足の力が緩んだんだろう、モーソンの体が空中へと投げ出された。僕は精霊樹の杖の枝を伸ばしモーソンの体を地面に落ちる寸前にキャッチする。
砂ムカデの叫び声は、仲間に助けを呼ぶ声でもあったんだろう。結構距離があったにも拘わらず、巣からたくさんの砂ムカデたちが這い出してくる。
傷を負った砂ムカデは、ようやく僕らを認識した様だ。口を開け真っ直ぐ向かってくる。
それを正面から受け止めるために、ブルーさん小さな二つの盾を体の中から取り出した。スライムたちの間では、二槍流、二弓流、二盾流といった武器の複数持ちが流行っている様で、ブルーさんの盾二個持ちもそのひとつだ。
ブルーさんの持つ二つの盾は、ニュトンたちの新作装備で僕も初めて見る。
折り畳み式で五十センチ程の盾が、縦横一メートル近くある大きな盾へと変形した。『ブルーさんの体の中にすっぽり収まるジャイアントクラムの折り畳み盾です』と、ホワイトさんがこんな時にも黒板片手に解説する。『只今、レッドさん用の折り畳み槍も開発中です』とプチ情報が小さく書いてあるところも、ホワイトさん流の気遣いだろう。
突っ込んで来る砂ムカデをブルーさんは正面から受け止めた。余程痛かったのか、頭から盾に突っ込だ砂ムカデはその場で転がり悶えている。グリーンさん……だよね?いつ、こんなスキルを覚えたんだ。『分裂』で二匹に分かれた緑色の透明なカエルがいた。しかも、背中から人に似た二本の腕を生やし、クロスボウの矢を柔らかい砂ムカデの腹に次から次へと撃ち込んでいく。
ホワイトさんが『あれは新スキル『模倣』です』と書き込み僕に見せた。なんでも……魔物の魔石を食べることで、その魔物の姿だけでなく能力もある程度再現出来るんだそうだ。『あくまでモノマネですから、本物よりは弱いんです』と補足も忘れない、ホワイトさんの解説は分かり易いな。
ちょっと目を離した隙に、目の前にいたブルーさんが消えていた。ブルーさんは、青いレッサーワイバーンの姿に変わって空を飛び、そのまま盾を前に出しながら、砂ムカデへと急降下!〝グッシャ〟と鈍い音とたてて砂が舞い上がった。模倣で空も飛べるようになるんだ……。
視界が晴れると、そこには頭が潰されて息絶えた砂ムカデの姿があった。
レッドさんもマウンテンクラブというカニの魔物に変わっていたが、横歩きしか出来ない様で、明らかに変身前より戦闘力が落ちている。本人が一番ショックそうだ……僕はあえて見ないことにした。
砂ムカデの体から流れた体液の匂いが、近くにいたサンドワームの群れを呼び寄せた。砂の中からサンドワームが次々と顔を出し、砂ムカデの死体へと群がりはじめる。そこに巣から出た砂ムカデの群れが突っ込んでくる。
僕らは魔物同士の激突を避けながら、気を失っているモーソンを抱えて従魔の住処へと逃げ込んだ。
モーソンは大量の砂を呑み込んだせいで、口や鼻にも大量の砂がつき呼吸をするのも苦しそうだ。妖精の泉の水で砂を洗いベッドへと運ぶ。【月の袋花の蜜】を無理矢理口へと流し込むが、気を失っていて、なかなか飲み込もうとしない。
僕の中で良案が浮かぶ(口移ししかないか?目の前にある顔はカワウソだけど、昔のモーソンの顔を思い出すとイロイロ恥ずかしい……)僕が悩んでいるのが伝わったのか、ボロニーズが男らしく月の袋花の蜜を口に入れると、そのままモーソンの口の中に無理矢理流し込んだ。
モーソンの喉もゴクリと動く。
「あるじよだれも、いぱい、はいっちゃった」
無邪気に笑うボロニーズ、モーソンには少し悪い気もしたけど命より大事なものはないはずだ。例えこれがモーソンのファーストキスだったとしても……。
それから少しして苦しそうだったモーソンの容体は安定した。中級ポーションと同等の回復力を持つ月の袋花の蜜の効果が出たんだろう。そこからは専門家でもある、ホワイトさん、ナナホシ、ハナホシの三匹がかかりきりで看病した。
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