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連載
180話 第三都市エドックスへ2(2021.08.23改)
しおりを挟む冒険者ギルドの掲示板に面白い依頼を見つけた。紙は古びており長く貼り出されたままなのかボロボロで、文字は消えかけているが〝常時依頼〟の様だ。
余程夢中になって読んでいたんだろう、僕はすぐ側までギルド職員が来ていたことにすら気付かなかった。ナイトツーが僕の腕に触れたことで、ようやく後ろに立つ職員に気が付いたのだ。
「牛の捕獲依頼なんですよ。昔この辺りに大きな牧場がありまして、牧場主が死んだ後に飼っていた牛が逃げ出してしまい、近くの草原で野生化したんです。生きたまま牛を回収していただいた方が報酬もいいですよ、受けてみませんか?」
その職員は気の良さそうなおじいさんだった……七十代くらいだろうか?牛の生息域は、このラフバールから南、次の目的地ゴロネス村の西に広がる草原だ。すでに牧場主が死に家族もいないため、牛は誰の持ち物でもなく捕まえた人の物になり、報酬額もそこそこ良い様だ。
「万が一、死んだ牛が出た場合も持ち帰っていただければ買取しますよ。解体して肉屋に卸しますので、ただ……最初から殺すことは考えないでいただきたいのです。彼らは魔物ではなく家畜なのです」
職員は悲しそうな顔で、村人の中には、はじめから肉目当てで牛を殺そうとする人もいるんです。と付け加えた。
「今回はやめておきます。エドックスに急がなきゃないけないので」
「そうですか、旅の無事をお祈りしています」
職員は、そう言い僕に向かい短く両手を合わせた。旅の無事を祈るおまじないなんだそうだ。
冒険者ギルドの扉を開けて外に出ながら、僕の心は喜びに満ち溢れた。
牛……そう牛乳を手に入れるチャンスが訪れたのだ。牧草問題が解決した今、牛を従魔の住処に住まわせたいと考えるのは普通のことだ。牛は単に牧草を食べてその乳で日々の食卓を豊かにするだけじゃなく、彼らの糞尿は肥料にもなる!しかも、僕はテイマーだ。本来トイレなど覚えることも無い牛にトイレの場所を覚えさせることも可能である。
みんなで牛を捕まえて、従魔になってもらう様に頑張ってお願いして、憧れの牛乳がある暮らしを満喫してやるんだ。
僕は一人誓いを立てて、右手の拳を強く握り締めた。
赤ナマズ亭に戻ると、到着した時には客が少なく静かだった宿屋も、夕刻に近いせいか客も入り賑わいはじめていた。ナイトツーを先に部屋に戻し、僕は開いている席に座り名物のナマズ料理を注文する。
料理が運ばれてきた。
ナマズのフライにマヨネーズをかけたシンプルな料理で、大きな皿には一緒にパンも置かれている。
匂いは悪くない……最初はそう思ったんだけど。口に運んでいるうちに感想が変わった。
同じ白身であればキレイな沼ダンジョンで食べた魚の魔物の方が美味しいと思う。なんなんだろう……この感じは、そうだ泥臭いんだ。匂いが目立たない様に仕上げてはあるのだが、何度か口に運び噛み続けることで泥臭さを感じる様になった。
周りの反応を見る限りこれでも十分美味いんだろうな……僕は食べ物、特に食材には恵まれていたんだろう。海から離れたこの国で、魔物とはいえあんなにも新鮮な魚を味わえたんだから。本物の魚料理を、ここにいるみんなにも食べさせてあげたい。
「あんた冒険者なんだろう?」
食事の手を止める。話し掛けてきたのは、この宿屋の一人息子の少年だ。不味いという感想が顔に出ていたのかと焦ったがそうではないらしい。少年はその後は何も言わず、僕の空になった木のコップに水を継ぎ足した。僕が喋るのを待っているんだろう。
「うん、一応旅をしながら冒険者をしているよ」
「ふーん……なーあんた、不思議な魔物の話があるんだけど、情報を買わないか?」
突然そう言われて少し驚いた。少年は、そう言い右の掌を上に向けて僕に見せる。情報が欲しいなら金を払えってことなんだろうな、嘘かもしれない……でも、本当に不思議な魔物がいるなら是非会ってみたい。
僕は、迷わず少年の手に銅貨一枚を置いた。
少年は嬉しそうに急いで銅貨を懐にしまうと声を落とし耳元で囁いた。
「ここから南にゴロネスっていう村があってさ、その西に大きな草原があるんだ。牛がいっぱいる草原で、そのどこかに小さな泉があるらしくて、月の明かりが真上に来る時間にそこの泉に行くと、すっげーー魔物を見れるらしいんだぜ……凄い情報だろ」
少年は自慢げに話す。なんでも少し前に宿屋に泊まった旅人から聞いたとっておきの話なんだという。詳しい泉の場所もなければ、どんな魔物が出るのかも分からない、突っ込み所満載な話ではあるけど、不思議と僕はこの話に興味を持った。
どうせ、その草原には牛を説得にいくつもりでいたし、牛を探すついでに泉を探すと思えば苦にはならないはずだ。
目の前のナマズ料理をキレイに平らげると、少年にお礼を言いってそのまま部屋へと戻った。
部屋の鍵を閉めると、すぐに従魔の住処へ入る。正直、宿屋など使わなくても僕には従魔の住処がある。
本当は宿屋など使うつもりはなかったのだが、モーソンに言われたのだ。僕の様な子供がナイトツーと一緒とはいえ、宿屋も使わずに旅をするのはおかしなことだと、後は〝ルフトはいろいろ規格外で世間知らずなんだから、もっと子供らしくした方がいいと思うよ〟とも言われた。そんなに僕はおかしいだろうか?
僕が聞いた話は、すでに従魔の住処のみんなにも聞こえていた様で、みんなは朝牛乳が飲めるようになると大喜びだ。ホワイトさんなんかは『パンに水の代わりに牛乳を入れて捏ねると、甘く美味しくなるんです』と黒板に書いて楽しそうに見せる。
何人かは、牛よりも泉の上に現れる魔物の話に興味をもったみたいで、どんな魔物が現れるのかと予想をはじめていた。泉に月明かりに草原というキーワードを聞くと妖精を思い浮かべる。
ちなみに予想の一番人気は、霊と妖精の中間の魔物といわれている蛍の魔物ウィルオーウィスプだった。ウィルオーウィスプはまん丸な体型の甲虫に似た魔物で、常に光を放ち水辺近くをフワフワと飛んでいる。特に厄介なのが、機嫌を損ねると自爆して強烈な光を放つことだ。ウィルオーウィスプを無理に捕まえようとすると目を奪われる、そんな言い伝えがあるほどに、ウィルオーウィスプが死に際に放つ光は危険なのだ。
ムボ、シザ、ミダもどんな魔物が出るんだろうと、楽しそうに話をしている。
次の日、朝食は食べずに赤ナマズ亭を出た。どうも泥臭いナマズの身を食べる気にならなかったのだ。毎日、美味しい物を食べていると、舌が贅沢になってしまうらしい。
村を出て一日、僕らは、予定よりも早く目的地の草原に辿り着いた。草原は広く僕ら以外にも人の姿がもちらほらと見える。冒険者よりも村人の姿が多い、牛がタダで手に入るんだ、捕まえようとみんな躍起になるんだろう……中にはハナから生け捕りが無理と判断したのか弓を持つ村人までいる。
牛たちもそんな人間たちに慣れているんだろう。広い草原で人を避けるように移動している。なかなかに頭も良いようで、牛たちは常に弓の射程を考えて走っていた。襲って来る生き物を捕まえるのは簡単だけど、警戒する生き物を無傷で捕まえるのは至難の業だ。
なにより、こう人目が多いと、堂々とみんなも出せないし、困ったな。
僕らは明らかに、この草原で浮いている。そりゃーそうだ、大半の人が身に着けているのは、作業着や普通の服だ。僕らだけが鎧や武器や盾を持っているんだから……ナイトツーとナイトスリーなんてフルフェイスヘルム付きの紅樺色の全身鎧を身に着けているわけだし、これから戦場に向かうのかって格好だもんな。
唯一ありがたいのは、そんな僕らを警戒して、距離をとろうとする人が多いことだろう。
日が暮れるにつれて、人もだいぶ減ってきた……それでも人はいなくならない。暗くなれば牛だって眠くなる、動きが鈍るのを待っているんだろう。
だからといって村人が暗闇を恐れないわけはない。街灯ひとつない草原の中で街道から離れるのを嫌い、草原の奥までいかずに街道付近にテントを張り牛を監視する人が増えた。
僕らには好都合だった。草原の奥へと向かい明かりの届かない場所まで来ると、みんなを呼んだ。察したんだろう……牛たちの動きが明らかにオカシい。ローズやブランデルホルストやアルジェントはもちろん、従魔の大半がアリツィオ大樹海中域で戦える魔物たちだ。牛にとってはただただ恐怖しか感じないのかもしれない。人以上に獣は力の差に敏感だ。三十分もしないうちに草原の牛たちは身を寄せ合う様に一か所に集まり動かなくなった。
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