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第3章「魔法大会予選 ‐エルクの秘められた力‐」

第10話「ヴェル魔法大会、2回目の予選」

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「~~♪」

 リンが鼻歌交じりに僕らの前を歩く。凄くゴキゲンだ。
 勇者ごっこ際に見せたリンの動きを子供たちから「もう一回見せて」とせがまれ、「わかったです」とまんざらでもない表情で言いながら披露した際に、子供たちが大喜びしたのだ。

「リン姉ちゃんすげぇ!」

「リン姉ちゃん、ですか?」

「うん、リン姉ちゃん!」

「リンお姉ちゃんって呼ばれるの、もしかして嫌でしたか?」

「そんな事無いです!」

 それから子供たちはリンの事を「リン(お)姉ちゃん」と言って慕い、一緒に遊んでいた。
 普段僕らと居ても、見た目のせいで子ども扱いばかりされるリンだから「(お)姉ちゃん」扱いは相当嬉しかったのだろう。
 ちなみにイルナさんの事を子供たちは「イルナ様」と呼んでいた。多分シオンさん達の影響だろう。

「そう言えばイルナさん達は、いつも子供たちと勇者ごっこしているんですか?」

「うむ、といっても毎日ではないがな。魔族役が足りぬそうだ」

 まぁ悪役をやりたがる子は少ないからねぇ。

「魔族の場合は魔王役が人気であったが、人族ではやはり勇者が人気であるな」

 最近馴染んでいて忘れてたけど、彼女達は魔族なんだよな。
 魔族と一口に言っても見た目が明らかに違う種族もあれば、ほとんど人族と変わらない種族もいたりで多種多様だ。

「勇者ごっこって、人族と魔族では違うところってあるんですか?」

「うむ、些細な違いはあるが、基本一緒じゃな」

 些細な違いか、ピノとかかな?
 ピノ役の少年は妙に張り切っていたし。

「ピノも魔族側では内容は違うの?」

「いや? 一緒であるぞ?」

「そうなの? ピノって言うと何もできずいつも勇者アンリに泣きついて、助けを求めてるイメージだけど」

 むしろピノのせいで状況が悪くなるなんて事も有るくらいだ。
 余計なことに首を突っ込むが、そのくせ自分ではどうにもならないからと最後にはアンリに泣きついて助けてもらい、「これにて一件落着」なんて調子の良い事を言っちゃうくらいだ。
   
 イルナさんが不意に立ち止まる。
 時刻は夕暮れ、日は沈み始め、大通り以外は人もまばらになってきている。
 夕日を背に受け、真剣な眼差しで、彼女は僕を見ている。

 少し離れた所で、僕らが立ち止まっていることに気付き、「どうしたです?」と言いながらリンが戻って来る。
 不穏な空気を感じ取りつつも、状況がわからず頭に「?」を浮かべている。

「エルクよ、ならば貴様に一つ問うぞ」

「はい」

「貴様なら、何が出来る?」 

「何が?」

 何が? と言われても、質問の意図がちょっとわからない。

「たとえば人々を困らせるドラゴンを相手に、たとえば町娘を攫う盗賊を相手に、たとえば民を困らせる領主を相手に、何が出来る?」

「いや、それは」

 何が出来るかと言われても、何かできるわけがない。

「出来んじゃろ?」

「あ、うん」

「それはピノと一緒じゃ」

 結局悪口じゃないのそれ!?
 あぁいや、自分を棚に上げて、人の事を笑うなって事か。

「しかし、ピノは何も出来ないからと言って諦めんかったぞ?」

「ん?」

「非力だから勇者を頼るしかなかった。誰だって力があれば自分で助けたいに決まっておろう」

「そうだね」

「1000人を助けるため勇者アンリの元へ駆け、救い出す頃には500人しか残っていなかった。500人を助けた勇者アンリは称賛され、500人を助けられなかったピノには批難され、人はそんな彼を嘲笑うのじゃ」

 僕もリンも何も言えない。
 そんな目で見た事が無かったから、そう言われると何て残酷な話だ。

「ピノは目の前の理不尽に対して無力な自分を呪い、それでも見知らぬ誰かを助けるために悪を見つけては、勇者アンリの元へ駆けるのじゃ。誰に何を言われようともな」

 想像してみる。あの時の火竜で考えてみよう。
 アリア達では勝ち目が無く、悲鳴を上げる彼女達に背を向け、シオンさんに助けを求めるために走り出す僕。
 そして火竜を倒したシオンさんだけにお礼言うアリア。
 その横では動かなくなったリンを抱きしめ、大粒の涙を流しながら僕に暴言を浴びせるサラ。
 
 ダメだ、想像するだけで泣いてしまいそうだ。
 もしそうなったら僕は立ち直れる自信が無い。
 ピノという英雄は、そんな心が引き裂かれそうな思いを何度も繰り返してきたのか。 

「誰にも褒められることも無く、誰にも感謝されることも無く、笑われ、馬鹿にされ、恨まれ。助けようとすらしなかった大ばか者が、助けるため必死になっている者を嘲笑うのじゃ」

 正直者が馬鹿を見る、まさしくそんな感じだ。

「誰もが力があるわけじゃない。それでも最後まで人を救い続けたピノの心は誰よりも強く尊い」

 そう言うと、彼女は「フッ」と笑った。
 いつもの笑顔だ、あどけない子供のような笑顔に戻っている。 

「そういう者こそ褒められるべきという話じゃ。よし話は終わったしさっさと帰るぞ、妾は空腹じゃ」

 そう言って走り出した彼女を追いかけて、僕らは帰路に着く。
 最後のはきっと照れ隠しだろう。
 
 彼女の言葉には、上に立つ者の貫録を感じられた。
 シオンさんやフルフルさんが彼女に対し敬う理由がわかった気がする。

「そうそう、明日も勇者ごっこの予約があるから同じ時間に集合じゃぞ? 1日程度の修行じゃアリアもサラも変わらんだろうし」

「「えっ!?」」

 こうして、しばらく勇者ごっこをする日々が続いた。
 嫌そうなそぶりを見せるリンだが、なんだかんだで一番ノリノリでやっていた。


 ☆ ☆ ☆


 2回目の予選。
 サラはまだ修行の成果が上手くいっていないとの事で、今回の予選はスルーして次回か次々回に参加すると言っていた。

 アリアは「どこの会場が良さそう?」と聞いてきたので「東予選会場が良いみたいですよ?」と答えたらそのまま東予選を選んでくれた。
 彼女を誘導するための会話を色々考えて来ていたのだが、必要は無かったようだ。

「エルク、ちょっと来て」

 観客席に向かおうとする僕は呼び止められ、アリアについていき選手の待合室まで来た。
 参加しないのに待合室に入っても良いのだろうか? と思ったが、別に他の選手の邪魔さえしなければ問題ないようだ。
 試合までまだ時間はあるが、何の用だろう?

「私の対戦相手の情報は?」

「えっ?」

 なんで僕が情報を調べてるって知っているんだ?

「スクールが『エルク君が君たちの為に対戦相手の情報をリサーチしてるよ』と言ってた」

「それいつ聞いたの?」

「エルクが他の冒険者とゴブリン狩りに行ってる時」

 必死にばれないようにやっていたのに、彼は即ばらしてたのか!?
 彼女達に変に勘繰られたくないから、こっそりやっていたのに!

「情報、無いの?」

「あ、あるけど良いの?」

「何が?」

 首を傾げて、いつもの無表情だ。

「いや、卑怯だなとか思ったりしないの?」

「なんで?」

 なんでって言われても、何となくだけど……
 もしかして彼女達は最初から知ってて、全く気にしてないのに、僕だけがそれを知らずに一人気にしてコソコソしてたのか。何かそう思うと恥ずかしい。
 でも一々あれこれ考えて、遠回しに教える必要が無くなったから結果オーライだよね!

「初戦の相手は素早い上に身のこなしが軽いのが特徴だけど、素早いといってもリングの上で『瞬歩』が出来るほどではないらしい。魔法は使ってこなくて剣術主体の戦いをするみたいだけど、魔術の詠唱する振りして暗器を使ってくるみたい」
 
 ちなみにランベルトさんの評価ではDだ。
 暗器を警戒してない相手に白星を上げる事があるくらいで、それ以外は特に特徴がないとか。

「うん、わかった」

 そろそろ彼女の試合だ、僕は観客席に戻ろう。

「アリア、応援してるから、ケガしないようにね」

「うん」


 ☆ ☆ ☆


 観客席に戻ってきた。彼女達が僕の席をとっておいてくれたようだ。
 今日はシオンさん達も一緒に応援だ。左からフルフルさん、イルナさん、シオンさん、僕、リン、サラの順に座っている。

「次の試合はアリア選手vsジャコ選手」
 
 1回目の予選の審判とは別の太った男性が、赤いスーツを身に纏い、棒状の声を大きくする魔道具を握りしめ声を張り上げる。
 今までの試合を見ていて気付いたけど、有力な選手以外では枕詞は入らないようだ。

 対戦相手のジャコと呼ばれた選手は、剣を腰に下げ、魔術師のようなローブを着ていた。
 初見ではその風貌から剣と魔法を警戒してしまうだろう。だからこそ暗器が効果的になっているのだろう。
 しかし暗器が来ることを知っているアリアには通じないはず。


「お互いがリングに上がりました、それでは準備は宜しいですね! 魔法大会、レディー」

「「「「「「ゴー!!!!!!!」」」」」」
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