剣も魔術も使えぬ勇者

138ネコ@書籍化&コミカライズしました

文字の大きさ
60 / 157
第3章「魔法大会予選 ‐エルクの秘められた力‐」

第19話「酔っぱらい」

しおりを挟む
 グレン達が去った後、一人テーブルに座り周りを眺めていた。
 ネガティブな事を考え込まないようにしようとすると、余計に考えてしまうのは悪い癖だ。
 
「さっきの子、感じ悪いね」

 コップを片手に、僕の後ろにはローズさんが立っていた。
 眉毛をへの字にして何か困っているようだ。いや、困っているわけではない。
 元からそういう顔なのだ。笑っているのに眉毛のせいで苦笑しているように見えてしまう。

「隣、良いかな?」

「どうぞ」

 正直、助かる。
 今アリアやサラのテーブルに行っても、余計に気にしてしまうだけだ。
 
「さっきの話、聞いちゃったんだけどさ」

「うん」

「確かにサラさん達は凄いと思うけど、私はエルク君も凄いと思うよ」

 そんな事無いよ。言いかけた言葉を飲み込む。
 自己否定をしているから、ネガティブになってしまうんだ。
 褒められたら喜ぶ事を覚えるです、なんて前にリンに言われてたっけな。

「前に卒業試験でキラーベアに襲われた時あったでしょ? あの時皆悲鳴を上げて逃げ回ったりして、私も腰が抜けて動けなくなったのに、エルク君は落ち着いて仲間を信じてたでしょ?」

 キラーベアか、色々あって正直思い出したくない記憶ではあるけど。

「キラーヘッドの時だって、危険を顧みずにファイヤウォールの中に飛び込んだりして。その、凄くカッコ良かったよ?」

「そ、そう? ありがとう」

 つい「えへへ」と笑みがこぼれてしまう。何というか、こうやって面と向かって言われると照れるな。
 あの後リン達からはボロクソの様に叱咤を貰い、褒められたりすることは無かったから、今更でも褒められると嬉しい。

 そっか、あの時の僕カッコ良かったか。
 村人がピンクのハート型フリフリエプロンを着て、高速で走っていく姿を思い浮かべた。
 あれ? 僕カッコイイか?
 
「それでね、あの時のエルク君を見て思ったの。私も冒険者になろうかなって」

 冒険者か。彼女ならやっていけるだろうな。
 魔法学園を卒業出来る程の人材だ、きっとどこのパーティからも引っ張りだこだろうな。
 聞き耳を立てていたのか、冒険者の人達は早速彼女をチラチラ見ているし。

 そんな彼女は、人差し指同士をツンツンしながら、上目づかいで僕を見ている。
 困った感じのへの字眉毛と、子供っぽい可愛らしさが相まって、そのしぐさに保護欲を掻き立てられる。
 こんな妹がいたら大切にするんだろうな、きっと。

「あのね、それでエルク君に聞きたい事があってね」

 うんうん、何でも聞いて!
 僕がわかる事なら何でも答えるよ、さぁさぁ。

「冒険者のお話を聞かせてもらいたいんだけど、良いかな?」

「良いよ、と言っても僕の話は失敗談ばかりになるんだけどね」

 家を出ていくように言われて冒険者になり。
 彼女達と初めてのゴブリン討伐。
 ジーンさん達の勇者イジメの一件。
 護衛依頼を受けて、ヴェルに行く途中でドラゴンと遭遇。
 そして、卒業試験の護衛依頼。

 一つ一つの話を聞くたびに、彼女は頷いたり、笑ったり、時には悲しそうに、僕の話を楽しそうに聞いてくれた。
 目をキラキラ輝かせて、話に合わせて表情がコロコロ変わる。そんな態度が語る側として嬉しい。

「そうだ。それなら今度、ゴブリン討伐にでも一緒に行きますか?」

 ゴブリン程度なら、もう一対一で負ける事は無い。
 それでもリンに護衛として一緒に来てもらおうかな、彼女なら大会参加予定も無いし来てくれるはず。

「うん、行きたい!」

「お、俺も一緒に行きたい」

 さっきから近くをうろうろしていたピーター君だったが、ゴブリン討伐に行くと聞いた瞬間に話に割って入ってきた。
 冒険者志望だから話が気になったけど、中々会話に入ってこれなかったという事か。
 もしかしたら、他にも同じような学生がいるかもしれない。 

「それなら、他にも希望者が居るかもしれないし、明日皆に聞いてみようか」

「うん」

 ローズさんはちょっと落ち込んでるように見えるけど、眉毛のせいでそう見えるだけかな?
 逆にピーター君はテンションが上がってるようだけど。

「あっ、もう遅いから、私はそろそろ帰るね」

「お、俺も帰るから、途中まで送るよ」

「いらない」

「あ、はい」

 かなりの時間が経過したのだろう、最初の頃は座る場所が無い位だったのが空席も目立つようになってきた。
 ローズさん達は帰ったし、僕の気も大分落ち着いた。
 アリア達の所に戻るか。


 ☆ ☆ ☆


「あ、エルクれす。どこいってたれす?」

 何が面白いのか「キャハハハ」と笑いながら、ケーラさんの膝の上に座ってチビチビとコップに入ったお酒を飲んでいる。
 呂律が回ってない様子だ。

「リン、酔ってますか?」

「酔ってないれすよー」

 酔っぱらいは皆そう言うよね。
 父も酔ってる時に限って「酔ってませーん」とか言うし。
 ケーラさんはこの状況で、完全に悦に浸っている。
 酔ったリンが何か話すたびに「なるほどなるほど」と言いながら、コップに飲んだ分を注いで。
 隣では、イルナちゃんが机に突っ伏して、寝てしまっている。
 シオンさんは、その寝顔を温かい目で見ている。

「ヒック」

 しかし、酔っているようだ。大丈夫だろうか?
 少し席を外した間に、中々の惨状になっていた。
 そんな状況でも冷静沈着な、無表情のアリアを見る。
 もしかしたら彼女がストッパーとなってくれたおかげで、この程度で済んでいるのかもしれない。

「ヒック」

 前言撤回、彼女も酔っぱらいのようだ。
 全員が楽しんで酔っているんだ、シラフの僕が居ては逆に盛り下がってしまう。そうだろう? きっとそうさ!
 よし、サラのテーブルに移動しよう。
 僕は逃げ出した。

「待つれす」

 しかし、回り込まれてしまった。
 いや、回り込まれてはいないんだけどね。
 アリアに服を掴まれて、逃げられないことには変わりないけどさ。

「エルク、話があるれす。そこに座るれす」

 リンが指さす『そこ』それはアリアの膝の上だ。

「そこって、アリアが座ってるんだけど」

「いーいーかーらーすわるれす」

 えー? と助けを求めるつもりでアリアを見てみたのだが、そのまま引っ張られてアリアの膝の上に座らされた。
 両手でガチっと、抱きかかえるように捕らえられて逃げ出せないようにされた。

 後ろから抱きかかえられ、ドキドキするが、普通逆じゃない?
 僕の対面には目が座ったリンがお酒をチビチビ飲みながら、『むぅ』と言った感じで僕を睨んでいる。

「エルク、サラやアリアとデートしたれすね」

「はい、しましたが」

「なんで、リンとはしないれすか!」

 ドンと音を立て、テーブルに勢いよくコップを置く。
 そこそこ大きい音を立てたが、誰も気にしていないようだ。と言うかどこも酔っぱらいだらけでドンチャン騒ぎをしている。

「なんでって言われても」

「リンが子供っぽいかられすか? 見た目が子供だかられすか?」

 そう言って、駄々をこねた子供の様に手足をバタバタさせている。
 ダメだ、完全に手に負えない状態になっている。
 しかし逃げ出そうにも、アリアに抱きかかえられ逃げ出せない。

「今からデートするれす」

「今からって、もう遅いよ? 今度にしよう?」

「だめれす、エルクが『はい』と言わないなら、リンにも考えがあるれす」

 彼女は胸を張り、ニヤリと悪人のような笑みを浮かべた。

「泣きながらサラに『エルクにイジメられた』と言ってやるれす」

 やめろ、それはマジでヤバイ!
 その場合、僕は一切の言い訳をする暇すら与えられないだろう。
 ならば僕はリンに従う他ない。

「わかりました」

 実際、リンとだけデートしてないと言うのは事実だし。
 僕なんかで良ければ、いくらでもデートをしよう。
 可愛い女の子とデートを断る理由なんて無いしね。酔ってなければだけど。

「でも、この時間からデートするにしても」

「さっきケーラから、デートの道具を貰ったれす」

 そう言ってリンが自慢げに取り出したのは、リードのついた首輪だった。
 ごめん、意味が分からないよ。

 リンは嬉々として首輪を自分に付けようとするが、酔いが回っており上手く付けれない様子だ。
 それを見かねたケーラさんが付けてあげている。傍から見ると微笑ましい獣人姉妹に見えなくはないな。

「やっぱり少女には首輪よね」

 恍惚の表情で、心の声をそのまま口にしているケーラさん。
 本当にこの人大丈夫なのだろうか? 色んな意味で。
 そしてリードを手渡されたが、僕にどうしろというのだ。

「デートれす、エルクはどこに行きたいれすか?」

 そうだね。とりあえず店の外には行きたくないかな。
 このまま外に出て衛兵や自警団に見られでもしたら、僕は屈強な男たちと牢屋でデートするハメになるからね。

「それじゃあ、サラのテーブルまでデートしましょうか」

「はいれす」

 抱きかかえていたアリアは、その手を緩めて僕を解放してくれた。
 そしてイスから降りた僕の服の背中を、アリアは摘んでいた。

「アリア?」

「私もデート……ヒック」

「あ、はい」 

 女の子に首輪をつけて、リードを持ち。
 他の女の子に僕の服の背中を摘ませる。
 僕の人生で、これ以上狂ったデートはこの先もう無いだろう。多分。


 ☆ ☆ ☆


 サラの元に着くと、サラがギョっとした表情で僕を見ている。

「何してるの?」

 普段の彼女なら烈火の如く怒りだし、僕が言い分けする前に手が出ると思うけど。意外にも冷静だった。
 状況があまりに特殊すぎて、怒るという事すら出てこなかったのかもしれない。
 そして僕は、彼女のその問いかけに対して答えを持っていない。

 だってリンに首輪付けて、リードを片手に「リンとデートだぜ!」なんて言った日には、僕が女の子にされてしまう可能性がある。
 状況を説明しろと言われても無理なのだ。
 フルフルさんやジャイルズ先生、ジル先生も「何してるんだコイツ?」という目で見ているし。

「デートれす」

「デート……ヒック」

 えっへんと胸を張りながら、ドヤ顔でデートと言い張るリンと、僕の服を摘みながらデートと言ってしゃっくりを続けるアリアを見て、察してくれたのだろう。
 もしかしたら、単に呆れているだけなのかもしれないけど。

「ごめん、もう遅いし、私達は帰りますね」

 残った人達に挨拶をして、僕らは店を後にした。

「リン。デートの帰りってのは、男の人にお姫様抱っこされないとダメなのよ」

 サラの気が利いたウソにより、リードをひいて夜道を歩く危険は回避できた。
 リンをお姫様抱っこする際に、酔ったアリアまで僕の腕に乗ろうとして大変だったけど。

 最初はお姫様抱っこにはしゃいでたリンだが、お酒が回ったのか、それとも普段の寝る時間だからか、すぐにすやすやと寝息を立てて今は大人しく寝てくれている。
 
「サラはお酒飲まなかったの?」

「ええ、新しい魔法の技術が出来そうだったから、そっちの話で夢中になっていたのよ。次の予選までには覚えたいからね」

 4人でずっと紙に色々書いてたのはそれか。
 彼女はまだまだ強くなるようだ。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...