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第3章「魔法大会予選 ‐エルクの秘められた力‐」

第20話「持たざる者」

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「……頭痛い」

「凄く、頭痛が、するです」

 昨日の酔っぱらい二人組は、朝から酔った代償を支払っていた。
 起きてから、ずっとこんな感じだ。
 しょうがない、今日は二人欠席だな。
 皆勤賞ならず。と言っても最初から学園に居たわけじゃないから、皆勤賞なんてないんだけどね。
 支度をして出かける際に、近くのテーブルに水とお昼ご飯を置いたことを伝えておいたけど、二人とも返事なのかうめき声なのか分からない声だった。
 
「エルク。早く行くわよ」

 そうやって僕を呼ぶサラの叫び声に、二人は頭を押さえてのたうち回っていた。
 

 ☆ ☆ ☆


 そっと扉を閉めて部屋から出る、部屋の外ではシオンさん達が待っていてくれたようだ。
 いつものように1階で朝食を取って、登校だ。

「シオンさんは二日酔い、大丈夫でしたか?

 登校途中に二人が居ない事が話題に上がり、二日酔いでダウンしていることを伝えた。
 しかし昨日同じように酔っていたシオンさんは、平気な顔をしている。

「酒に飲まれるようなヘマはしないさ」

 軽く笑い、そんな風に答えた。
 いやいや、「ヒックヒック」言ってたじゃないですか?
 それ、めちゃくちゃ酒に飲まれてますからね?
 ちなみに治療魔術をかけると、酔いも二日酔いも解けるそうだ。
 ただし代謝を良くして、無理矢理体に取り込んでいるだけだから、下手をすれば急性アルコール中毒で最悪死に至る事もあるので、あまりやらない方が良いそうだけど。

 登校途中で野試合を見かけたサラが、立ち止まり観戦をしだした。
 戦っているのはどちらも剣士で、胸当と肩当の軽鎧に、特徴のない普通の剣を持っている。
 そういえば重鎧の戦士を全くと言って良いほど見かけない。
 衛兵や守衛の人が全身鎧を着ている程度だ。
 金銭面の問題かな? とも思ったけど、戦士は速さを求めてる人が多いからなのだろう。
 『瞬戟』や『瞬歩』を使う際に、重鎧では色々邪魔そうだし。
 当たらなければどうという事は無いが、万が一に当たった時のために最低限は付けておこう、という感じだな。

 剣士の打ち合いを見て、サラがピクピクと体を動かしているのは、イメージトレーニングのようなものだろうか?
 どの程度反応出来ているのだろうか?

「おおー」

 歓声が上がる。見ると剣士は『瞬戟』による打ち合いになっている。
 打ち合った瞬間が見えない。お互い手がブレて見えた瞬間に音が聞こえるだけだ。
 何度目かの打ち合いで、力で押し負けたのだろう。片方の剣士の剣が飛んで行った。
 危ない! そう思ったが剣は謎のバリアに阻まれて、カランと音を立てて地面に落ちていた。
 野試合の審判には魔道具が渡されているらしく、試合会場のバリアと同じような物を周囲に発生させているそうだ。
 そりゃあ町中で野試合をして魔法や剣が飛び交うんだから、それぐらいの備えが無いと、アチコチで怪我人だらけになるか。
 
「う~ん、まだ『瞬戟』に対しては、反応出来ない事が多いや」

「いえいえ、中々の反応でしたよ?」

 サラとフルフルさんの会話を聞く限り、『瞬戟』以外には反応出来ているみたいだ。
 しかし、つい最近まで普通の魔術師だった彼女に、そんな反応が出来るのだろうか?
 どうやら思考速度を上げる魔法というのが存在するらしい。
 普通に使う分には、思考速度上げても体が追いつかない。
 身体能力を上げる魔法を使えば、こちらの魔法を使う暇が無くなる。
 それに見合った身体能力にするなら初めから戦士をやれ、と役に立つことが無い魔法なのだが。
 魔法を3つ同時に行使出来る彼女なら、身体能力と思考速度を上げる魔法を同時に使っても、まだ余裕がある。

 シオンさんのような、近接系の選手を想定にしているのだろう。
 1次予選突破しているのは、殆どが戦士か魔法戦士タイプが多いし。
 魔法大会(物理)をこの先勝ち抜くには、近づかれた場合の事も想定して戦わないと厳しくなりそうだ。


 ☆ ☆ ☆


 学園に着くなり、サラは生徒たちに囲まれて質問攻めだった。
 普段は実力が上の相手に話しかけてはいけない、みたいな暗黙のルールで僕ら以外に近づく人は居なかったのに。
 誰でも使えるようにもっと改良をするという彼女の発言は、瞬く間に学園内に広がり、どこの教室でもその噂でもちきりだ。
 3つの魔法を同時に使う、誰もがその技術に興味を持っているのは当然か。魔法学園なんだし。
 そのために本日の授業が全部無くなった。サラとフルフルさん、そして教員が総出で授業を中断してまでその技術に取り組むそうだ。
 
 そして現在、教室でローズさんとゴブリン討伐をいつ何人でやるか相談をしている。
 その後ろでピーター君がこっちをチラチラと伺っている様子だ。
 はは~ん、冒険者に興味あるから気になっているのかなと思っていたけど、実はローズさんの事が好きだから気になってるんだな?

「ピーター君も、一緒に行くだろ?」

 別に恋のキューピットになるつもりで誘ったわけではない。ただ変に逆恨みはされたくないからね。
 だけど、ここから先は自分で何とかしてくれよ。ローズさんが彼の方を向いた際にウインクで合図を送った。
 彼もローズさんがこちらに振り返った時に、ウインクで返してくれた。


 ☆ ☆ ☆


 授業が無くなったので、図書室に向かい本を読み漁る事にした。
 目的は魔法が使えなくても、何かパーティの為に出来る事が無いか調べるためだ。
 魔法学園で魔法を使えなくても出来る文献を探すのは意味が無いんじゃないか? と思うが実際は逆だ。魔力切れ等の何らかの要因で魔法が使えなくなった事も想定した本があるはず。
 調べた結果、元から魔法が使える事前提の内容ばかりだった。
 魔力が切れかけても使える魔法や、魔石に魔力を込めておき緊急時に使うといった物ばかりで、魔法が使えない僕には意味が無いものばかりだ。

 もうここで本を読んでいても、仕方がないじゃないか?
 それよりも、シオンさんやアリアに頼んで剣を教えてもらうべきではないだろうか? 覚えるまでに何年かかるかわからないけど、今ここでこうしている時間の方が無駄だ。そう思えてきた。

「おお、ここにおったか」

 気づけば僕の隣には、イルナちゃんが立っていた。
 僕の周りには色んな本が散らばっているのを見ると、それを一カ所に集めて置いてくれた。

「それで、何か役に立つ文献は見つかったのか?」

「何も無いので、もうこれ以上は調べても無駄かなと思っていた所です」

「そうか」

 集めた本を持って、片づけようとしてくれるようだ。
 お礼を言って、僕も残った本を持ち本棚に片づけていく。

「なので、シオンさんに剣を教えてもらおうかなと思っています」

 彼女は何も答えず、本を元の場所に戻していった。


 ☆ ☆ ☆


 図書館から出て、教室まで続く廊下を歩いている途中で、前を歩く彼女は急に立ち止まって振り返り、僕の目を見ていた。

「エルクよ、別に戦うだけが全てではない。料理を覚え、それでパーティに貢献するのではだめなのか?」

 確かに今の僕が一番役に立つこととしたら料理だろう。
 僕が無理をして戦う事を彼女達は望んでなんかいない事くらいわかっている。
 だけど。

「イルナちゃん。前にピノの話をしたことがあったよね?」

「うむ」

 1000人を助けるために勇者アンリの元へ駆け、救い出す頃には500人しか残っていなかった。 助かった500人はアンリに感謝を示すが、助けられなかった500人の責任を周りはピノに押し付け、彼を嘲笑う。それでも彼は人を救い続けた、そんな話だ。

「イルナちゃんからその話を聞いて、僕もピノを尊敬しました」

「ふむ、それは良い心がけじゃ」

「ですが、僕はピノのようにはなりたくないです」

 そんな僕の言葉に、イルナちゃんの眉がピクリと動いた。

「非力である事を認めても、まだ受け入れる気はありません。ここで何もしないで、もし今後彼女たちの身に何かあれば、絶対に後悔するってわかっているから」

 向かい合う僕ら。
 イルナちゃんは腕を組み、僕をしばらく睨むように見た後に、深いため息をついた。
 
「……わかった、ついてくるが良い」

 そう言って歩き出した彼女の後について行った。
 シオンさんに剣の手ほどきをしてくれるように、イルナちゃんが頼んでくれるのかな?


 ☆ ☆ ☆


 教室でイルナちゃんを待っていたシオンさんを引き連れて、そのまま学園の外へ。
 気づけば町の外まで来ていた。剣の練習をするにしても、わざわざこんな所まで来る必要はない気がするけど。

「エルクよ。お主は全ての属性の魔法適性が無いと言っておったな」

「はい。火水風土それに治療補助、全部が無いです」 

「それは間違いじゃ。魔法適性が全て無いわけではない」
 
 イルナちゃんの発言に僕よりも驚く人物がいた。シオンさんだ。
 いきなり周りをキョロキョロと伺い、そして僕をチラっと見てからコソコソと彼女の耳元で何か言っているようだ。
 何を話しているかはわからない。ただ今の彼女の発言は問題があったのだろう。
 普段は冷静に笑っている彼が、相当取り乱しているのだ。
 耳打ちをしながらも、僕をチラチラと見て警戒している。

「構わぬ。もう教えると決めたのでな」

「……そうですか、わかりました。仰せのままに従いましょう」

 彼女の言葉に、しゃがみこんで肩肘を立て頭を下げる。

「良いから頭をあげい、お主にも手伝って貰いたいから来てもらったのじゃ。その恰好をされると、なんだか無理に言ってるようで頼みづらいじゃろ」

「はっ!」

 返事をしてシオンは立ち上がり、僕にも頭を下げる。つられて僕も頭を下げ返す。
 
「エルクよ。これから教える魔法は魔族の中でも知る者は極一部で、本来は教え広める物ではない。まぁ今はこんな平和な世の中じゃ、お主が秘密にすると誓うなら、特別に教えても良いぞ」

「魔法って、僕は適性が」

「調べた適性の属性は5つであろう? 本来属性は6つあるのじゃ」

 鼓動が高まる、魔族でも極一部にしか知られてない魔法。
 そして人族には知られる6つ目の属性。それを僕が扱える?

 しかし、その6つ目も適性が無かったらどうする?
 いや、元々適性が無いと言われてきたんだ、それならダメ元でも良いじゃないか。
 ただ、その前に一つ確認しておきたい事がある。

「それは、勇者の技『覇王』みたいなものじゃないですよね?」

「そういえばシオンが勇者登録する際に『お前はもう強いから覇王はいらんな』と言われて、教えてもらえなかったのであるが。一体どんな技なのだ?」

 百聞は一見に如かずと言うし、やって見せたほうが早いかな。
 シオンさんをチラリとみる、目が合い僕に頷きかけてくれる。
 僕は気合を入れる為、膝を曲げ中腰の姿勢になる。
 両手に力を入れた僕を、二人がゴクリといった様子で見ている。

「シオンさんの剣技マジカッケーっす!」

 僕はシオンさんを、大声で褒めた。
 二人は急に大声で褒めだす僕に「はっ?」と驚いた様子だ。

「とにかく仲間を褒めちぎる、これが勇者アンリが使ったとされる技『覇王』です」

「……人族と言うのは、もしかしてバカなのか?」 

 やっぱりそういう反応になるよね。
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