剣も魔術も使えぬ勇者

138ネコ@書籍化&コミカライズしました

文字の大きさ
86 / 157
第5章「エルフの里」

第1話「新たな予感」

しおりを挟む
 僕の名前はエルク。
 かつては5年来の引き籠りで、親のスネをかじるだけのダメな人間だった。
 結局家を追い出されるような感じになって冒険者に登録、僕が登録した職業は”勇者”だ。
 勇者の役割それは、炊事、洗濯、荷物持ち……いわゆる雑用係。そもそも戦闘の技術が無い僕がなれるのは勇者だけだった。
 勇者に登録して不安になっている僕、そして、そこで彼女達と出会った。

 いつも無表情で、何を考えているのかちょっと分からない女の子、アリア。
 職は剣士の上位職聖騎士パラディンでパーティの前衛を務めている。
 基本は思い立ったら即行動。だけど後先考えずオマケに話を聞いてくれない時が多いから何かしらやらかす事が多い。場合によっては僕にとばっちりが飛んできたりする。
 そして今回もやらかしたようで、無表情のままポロポロと涙を流している。

 ややツリ目がちな目を吊り上げて、ガミガミと説教をしている少女はサラ。
 パーティの後衛で職は魔術師マジシャンだったけど、学園卒業時に上位職の高位魔導士ハイウィザードの称号を授与された。
 カチンと来たらすぐに口か手が出る性格で、今はアリアに絶賛説教中だ。「まぁまぁ」と宥めようとする僕に「何よ!」と目を吊り上げ、口から炎でも吐きそうな位の勢いで当たり散らしてくる。まるで彼女の二つ名―5つの口を持つ魔術師―ヒュドラのようだ。

 そんなやり取りを、ちょっと離れた所で見ている少女がリン。
 パーティの斥候役で、モンスターがこっそり近づいて来たとしても彼女が『気配察知』スキルですぐに気づくため、僕らは不意打ちに合う心配はない。
 見た目は幼く12歳位に見えるが、これでも僕やサラと同じ15歳だ。ゴシックな衣装を身に纏い、獣人族特有の耳をヘッドドレスで隠すようにしている。

「今度は一体何をやらかしたですか?」

 サラの剣幕に押され、逃げるようにリンの隣に移動した僕に、呆れた様子のリンが僕に尋ねてくる。

「さ、さぁ?」

 正直何があったか分からない。分からないからアリアの擁護がしようがなかった。

 卒業してから一ヵ月が経ち。僕らはまだ魔法都市ヴェルに居た。
 魔法大会も終わり、観光客が減り街は少しづつ元の静けさを取り戻し始めると、どこの宿も料金を通常の価格に戻し始めた。勿論僕らが泊まっている野良猫通りの宿も値段は通常の料金になっている。
 学園に通っていた頃は宿代等は学園がもってくれていたので、支出が減ると思っていたけど、その分他の事でお金を使い過ぎた。正直反省している。
 と言っても今すぐお金が無くなるほどではない。ただ他の街に移動したり、仕事が減った場合の事を考えると心許無い感じだ。
 
 卒業して二日後からはギルドで依頼を受けて、まずはお金を貯めようと言う事で方針が決まった。
 何で次の日じゃなく二日後だったかって? 卒業して浮かれて飲み過ぎた僕らが二日酔いになったからだ。 
 最近は数が増えてきているというキラーファングの討伐依頼を受けている。駆け出し冒険者にとって鬼門とも呼ばれるモンスターだが、彼女達の敵ではない。今は僕も『混沌』により時間は限られるが戦闘に参加する事が出来る。と言っても彼女達だけで楽に倒せてしまうので今の所僕の出番はない。
 順調に依頼を受け続けて一ヵ月、実力を認められてついに僕らは冒険者ランクがDに上がった。勇者である僕はランクが無いので直接関係は無いが、それでも努力を認められたようで誇らしい気分だった。
 ランクが上がり、資金にも余裕が出来て来た。なので今日は依頼を受けずにオフにしようと言って宿に帰ってきたらこれである。

 なぜ一緒に帰って来たのに二人が喧嘩している(と言ってもサラが一方的に捲し立てているだけ)理由を知らないかと言うと、洗濯物が溜まっていたことを思い出したからだ。
 彼女達に「洗濯を済ましてから部屋に戻りますので」と言って、宿の裏で洗濯板と桶を持って洗濯していたから何があったか僕は知らない。
 そして、そんな僕に「手伝うです」と言って、リンも付いてきて手伝ってくれたから、リンも何があったかわからない。
 一体この数分の内に何があったのだろうか?
 何があったか聞いても、サラは顔を赤くして怒るばかりだ。このままじゃ埒が明かないな。

「サラに何をしたの?」

 今のサラじゃ話にならない。仕方ないのでポロポロと無表情で涙を流すアリアに聞いてみた。
 
「サラの胸を触ったら怒った」

 何を考えているのかちょっと分からない彼女は、今日も理解不能だった。
 つい先日キス事件を起こしたばかりだというのに。
 しかし、それで怒るサラもサラだ。女の子同士だし、パーティなんだからそこまで怒るような事じゃないだろう。

「何が『触った』よ! いきなりベットに押し倒して揉んできたじゃない!」

 前言撤回。サラが怒るのも仕方ない。
 しかしアリアはなんだって急にそんな事を。まぁ犯人の目星はついているけど。

「どうして急にそんな事をしたのですか?」

「スクールが、『女の子同士で仲が良い子は胸を触り合う』って言ってた」

 やっぱり。サラが杖を握りしめ「あのバカ殺す」なんて物騒な事を言っている。出来れば半殺し程度で許してあげて欲しいかな。あれでも一応僕の親友なので。
 今はそんな親友の事よりもアリアだ。無表情でポロポロ泣きながらも、リンを目で追っている。獲物を狙う獣のような目だ。
 リンもそれに気づいたのか、アリアに警戒しながら少しづつ距離を離そうとするもここは室内だ。行く手を壁に阻まれてしまう。

「はい。アリアストップ」

 そのままリンに襲い掛かりそうなアリアの前に立ちはだかり、両手を前に出してストップの合図。 
 もしリンに襲い掛かれば、サラがまた怒りだしてアリアが余計に泣くのが目に見えている。
 ストップをかけた僕に、いつもの無表情でじーっと見てくる。これは「何で?」の表情だな。無表情だけど何となくわかる。

「リンが嫌がってるから、そういう事は嫌がる相手にはしてはいけません」

 子供に言い聞かせるような口調で言う。アリアが僕らの中で一番年上な筈なのに扱いは年下のそれだ。

「わかった」

 分かっていない顔で、分かったと返事をするアリア。
 理解できないけど、やったらダメだと諭されたのでやりませんという感じだ。前みたいに「何で?」を連呼しない辺り、周りに配慮する成長を感じる。

「ほら、サラにごめんなさいして」

「ごめんなさい」

「サラも、もう許してあげるよね?」

「はぁ。そうね、私も言い過ぎたし、もう良いわ」

 一つ溜息をついて、サラは頷いた。
 サラも相変わらず素直じゃないものの、自ら自分が言い過ぎたと認める辺り変わってきてはいると思う。 

「サラ」

「何よ?」

「サラも触る?」

「……考えておくわ」

 すぐさま否定をすると思ったけど、意外な返事だった。
 チラチラとアリアの胸を見ているから興味はあるのだろう。スクール君の言った「女の子同士で仲が良い子は胸を触り合う」と言うのは、やはり間違いではないのかもしれないな。
 

 ☆ ☆ ☆


「やぁ、冒険者ギルドへようこそ」

 翌日。冒険者ギルドのカウンターで、笑顔で僕らを迎えるスクール君。
 彼は卒業後、冒険者ギルドの職員に就職した。
 ギルドとしては冒険者と学生の間を取り持てる人材が欲しかったというところだろう。
 色んな女の事仲良くしている彼の情報も中々の物で、冒険者ギルドに持ち込まれた依頼で、いくつか明らかに報酬が適性じゃない依頼を見つけそれを指摘した事もあるそうだ。

「今日は何の用かな。確か今日は休みにすると言ってた気がするけど」

 そんなスクール君の疑問にサラが答える。

「アンタに用事があったから来たのよ」

 笑顔で凄んでくる彼女に対し「えっ、本当に何の用かな?」と焦っているようだ。
 ギルド職員に手を上げたら流石に問題になりそうだし、サラもそこら辺は理解しているのだろう。「熱いのが好き? それとも寒いのが好き?」と脅す程度に留めている。現時点では、の話だけど。

「そ、そういえば。ジャイルズ先生が護衛依頼を出すそうだから、キミ達が受けるのはどうかな?」

「護衛依頼?」

 正直、ジャイルズ先生に護衛なんて必要あるのかと疑問に感じる。
 ヴェル魔法大会で上位に食い込む程の実力者だ。そんなジャイルズ先生が護衛を必要とする場所なら僕らで務まるとは思えないけど。

「目的地は聞いて驚け。北の森の奥地にあると言われるエルフの里。もしかしたらエルフに出会えるかもしれないチャンスだよ!」

 エルフねぇ。
 アリアはいつもの無表情だけど、サラとリンがエルフという言葉に反応をして『興味はありません』っていう顔をしながらソワソワしている。

「べ、べつに受けても良いんじゃない?」

「リンも良いと思います」

 僕も興味が無いわけじゃないし、とりあえずジャイルズ先生に会って話を聞いてみようかな。僕らには荷が重いと感じたら引き受けなければ良いだけの話だ。
 しかし彼はまだ正式に出されていない依頼の事をペラペラ喋っているけど、問題ないのだろうか。そう思っていたら笑顔のギルドマスターに首を掴まれ奥まで連行されていた。
 彼の叫び声を背に受けて、僕らは冒険者ギルドを後にした。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...