剣も魔術も使えぬ勇者

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第5章「エルフの里」

第3話「歴史」

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 ジャイルズ先生の実験室。
 僕らは長机に4人座り、これからジャイルズ先生の歴史の授業を受ける。

「あっ」

 ジャイルズ先生が「あっ」という声と共に、自分の額をペチンと軽く叩いた。

「すまない。私の分の歴史の教科書を忘れていた」

 あぁ、そっか。
 歴史の教科書4冊を僕ら4人に渡してしまったら、ジャイルズ先生は教科書を見ないで授業をしないといけなくなる。

「それなら問題ありません」

 そう言って僕は、教科書をパラパラと捲っていく。うん、全部覚えた。

「これで全部覚えたので大丈夫です。僕の教科書を使ってください」

「覚えたって、アンタパラパラとめくっただけじゃない」

 サラが驚いと声をあげた。

「じゃあ、20ページ目です」

「うん。言えるよ」

 脳内で本をめくっていく。
 アンリ冒険譚の話から始まる部分だな。僕はスラスラと内容を読み上げていくとジャイルズ先生もサラもリンも驚愕の表情を浮かべる。
  
「暗記は得意なんだ」

 昔から本を暗記するのは得意だった。
 軽く流し読みをすれば、中身は完璧に覚える事が出来る。だから学園に通っている時は座学のテストではほぼ満点に近い数字だった。
 教科書を見ながらテストを受けるような物だったし。
 最初の頃はこれが普通だと思っていて、周りの人は何で本を何度も見るんだろうと不思議に思っていた事もあった。

「それだけで本の内容を覚えれるなんて、エルクはズルっ子です」

 拗ねたようにリンが言う。
 そのセリフは5年前に言われ慣れたけどね。

「あんた、そりゃあイジメられるわ」

 その返しは初めてだ。
 でも言わんとする事はわからなくはない。努力して覚えた人からすれば、一回見て全部覚えましたは不愉快だろうな。だからイジメられたというのもあながち間違いじゃないかもしれない。
 ほとんどの魔法適性が無い僕からしたら、こんな能力よりも魔法適性が欲しかったけど。

「うおっほん」

 ジャイルズ先生がわざとらしく咳き込むと、僕らは背筋を伸ばし黙った。
 
「それでは授業を始めても宜しいかな?」

 僕らが全力で頷くと、ジャイルズ先生は穏やかな顔に戻った。
 
「では始めようか」

 歴史の授業が始まった。
 ジャイルズ先生が指定したページは、先ほどリンが言ったページだった。
 勇者アンリの冒険譚。かつて勇者アンリは幼馴染である巫女のリリアと共に旅に旅立ち、旅の途中で戦士ゲルハルト、エルフピエロを仲間にして、見事魔王を打倒しましたという誰もが幼少時代におとぎ話として聞いた事のある話が載っている。
 おとぎ話と違い、道中に何があったのかも載っているけど「ここら辺は関係ないので飛ばします」と言われた。

「魔族に対抗するために人族獣人エルフドワーフと言った種族が手を組み、ついには勇者アンリとリリアがその命と引き換えに魔王を倒した。問題はその後の歴史でね」
  
 次のページをめくっていく。
 教科書にある、その後の歴史。

「めでたしめでたし、というのは人族だけだったのだよ。その後ゲルハルトはアンリの死を知らせたのちに行方不明に。同じくピエロもここ魔法都市ヴェルの北にあるエルフの里に仮面を置いた後に行方不明になっている」

 英雄達が居なくなった後の世界。それは酷いものだった。
 まずはドワーフ族とホビット族が僕らが住む大陸、ミド大陸から追いやられた。
 聖魔大戦の際に非協力的だった種族と言われ、他の種族から迫害されたのだ。そしてミド大陸に居場所がなくなり、海を渡っていった。
 現在ドワーフ族とホビット族は海の向こうに工業国家アインという国を構えている。魔術が得意な種族では無かった上に、他の種族と比べると身体能力が劣っているため。代わりに科学というものが発展しているのだとか。
 何度か戦争で遠征した際に、彼らの技術力により撤退を余儀なくされ。現在はお互い不可侵条約を結んでいるらしい。空や海を渡れる船で一部の都市で交易をしているのだとか。

 そして次に標的にされたのが獣人族だった。
 彼らは魔術は得意ではないものの、身体能力が他の種族よりも高い者が多い。もし人族だけが相手なら善戦も出来ていたかもしれないが、人族とエルフ族の両種族が相手ではさすがの彼らも為す術が無かった。
 迫害された彼らは工業国家アインに亡命をしようとしたのだが、海を渡った彼らを待ち受けていたものは、ドワーフ族やホビット族からの報復だった。
 今もなお、その爪痕は深く。この人族の国やアインでは獣人族を殺したとしても罪が軽かったりする。
 また無理矢理攫って奴隷にしたとしても、表向きでは禁止にする法律はあるものの、ある程度権力さえあればお咎めが無いのが現実だと、ジャイルズ先生が少し悲痛な表情で語っている。

 先ほどサラが苦い表情をしていた理由が今ならわかる。こんな話リンには聞かせたくなかったのだろう。
 昔の人がやった行為だから僕らが直接関係しているわけではない。だからと言って無関係を装えるほど図太い神経を持っていない。
 ジャイルズ先生が少し言葉に詰まっていた。多分このまま読み続けていくべきか、それともリンに何か声をかけるべきか悩んでいたのだろう。
 チラチラと僕ら見て、どうするべきか悩んでいるようだった

「いいです」

 口を開いたのはリンだった。その表情からは怒りも悲しみも感じられない。

「過ぎた事は仕方がないです。でもサラもエルクもアリアもスクールもクラスの皆もリンに構ってくれた学生も、そんな事気にしないで接してくれたです。だから気にしなくていいです」

 学園で最初の頃は色々あったけど、今では誰もリンを獣人だからなんて言わなくなっていた。
 だからリンもそんな歴史について何も言わない、気にしないと言う事だろう。それなら僕も出来るだけ気にしないようにしよう。これ以上の同情は、リンに対する侮辱でしかない。

「それでは、授業を再開するとしようか」 

 現在獣人族はミド大陸の東の隅の方に国を作っているらしいが、作物を育てるにはあまり良い土地ではなく、獣人の中でも種族同士で争いがあるらしく、上手くいってはいないそうだ。
 魔法都市ヴェルのような比較的中立で安全な都市に住むか、冒険者になって冒険者ギルドに後ろ盾になってもらう事が多いそうだ。

「そして最後はエルフだね。勇者アンリのパーティはアンリ、リリア、ゲルハルトが人族でピエロはエルフだった。魔王討伐にエルフも貢献したのだからエルフが迫害される事なんて無い。勿論そんな事は無かった」

 最後に残ったのは人族とエルフ族、そしてエルフ族の迫害が始まった。
 エルフは長命で他の種族よりも魔術で優れていた。しかし長命ゆえに出生率は低く、当時の種全体の数は人族の半分にも満たなかったため、数の暴力には抗う術がなかった。
 しかしエルフもその事態を想定していたのだろう。迫害が始まると同時にすぐに姿を消したそうだ。山や森の奥地に逃げ込んだらしいのだが、その殆どが見つからなかったそうだ。
 無理追えば山や森といった狭い場所では数の有利は生きにくいため、各個撃破のような形で返り討ちに会うのが関の山だった。

 森林を焼き払ってしまえばエルフを追い詰める事が出来なくは無いが、魔族領と密接している場合があり、下手に燃やせば魔族が攻め入る隙を作ってしまう。 
 また竜種やそれに匹敵するモンスターの縄張りに被害が及べば、怒りの矛先が近隣の町や村に向けられ、実際にそれでいくつかの集落が一夜にして滅んだりもしたそうだ。


 ☆ ☆ ☆


 こうして小競り合いなどを重ね1000年が経ち、今に至っている。
 ここら辺で人族以外あまり見ないのはそういう歴史があったからなのか。もし今後僕らが旅の最中に奴隷が盛んな都市に行けば獣人奴隷を嫌と言うほど見る事になるだろう。
 僕としてはリンを連れてそんな所には行きたくない、サラやアリアだってきっと同じ気持ちだ。この街から移動する際はそういう事を事前に調べてから行かないといけないな。

 そして当面の問題はこれから向かうエルフの里か、もしエルフの生き残りに出会った場合。最悪戦闘になる可能性もある。
 話し合いで穏便に済むならそれに越したことはないけど、エルフの人族に対する恨みがどんな物かがわからないからな。

「これは人族が残した歴史なので、他の種族ではどう伝わっているかはわからない。もしかしたらこれ以上の惨状があり、それが伝わっている可能性もある」

 ジャイルズ先生は数秒程黙ってから、小さいため息を一つ吐く。

「なので。もしエルフを見かけても迂闊に近づいたり、刺激を与えたりしないように気を付けるのだよ」

 僕らはジャイルズ先生にお礼を言って実験室を出た。
 少し沈んだ気持ちだった。それからアリアもサラもリンも何も喋ることなくそのまま学園を後にした。
 

 ☆ ☆ ☆


「エルフの里に行くための準備をしましょう」

 暗い気持ちを無理やり飛ばすため、僕は努めて明るく提案をしてみた。空元気も元気の内だ、無理にでも空気を明るくしていればその内自然になってくるはず。

「まずはサラが食材をダメにしないために、サラを縛る物買う?」

 以外にもアリアが乗ってくれた。
 普段なら無表情で知らぬ存ぜぬな態度なのに。

「なんですって! それよりもアンタが勝手に摘み食いしないように縛る物を買った方が良いんじゃないかしら?」

 それに対抗するようにサラが言い返すが、アリアは「知りません」と言わんばかりにそっぽを向いてスルー。ボルテージの上がったサラがガミガミと隣で言うのを見て、やっといつもの調子に戻って来た気がして少し安心する。
 
「はぁ。二人はもうちょっと大人しくして欲しいです」

 そんなやり取りを、全然困ったように思えない感じで言うリンを見て僕はギョッとした。
 リンのスカート盛り上がってるんですけど? 一瞬リンのスカートから白衣が生えてるように見えた。

「えっ」

 僕とリンが同時に声をあげると、リンのスカートからメガネをかけた白衣の女性が出て来た。いつの間にリンのスカートに侵入していたんだ!?
 確かこの女性は、スクール君から紹介してもらった治療院の先生だ。なんでリンのスカートの中に?

「いやぁ、今日も可愛いパンツを穿いてるじゃないか」

 固まってる僕らに気付いたのか、サラとアリアも言い合うのを辞めていた。

「こ、こんにちわです」

「はい、こんにちわ。うんうん、そういう態度良いよ。挨拶は大事だからね」

 挨拶以外の大事なものを色々と置き去りにしてるような気がするんだけど。
 リンに続いて僕も挨拶すると、アリアとサラも挨拶をした。サラは警戒しているのか、睨むような目をしながらリンの一歩前に出て。治療院の先生からリンを隠すような立ち位置に移動している。
 まぁ当然と言えば当然か。あいさつ代わりにスカートに入る人を警戒しない方がおかしい。

「それで、何か御用ですか」

 腕を組んで、これ以上リンに近づいたら容赦しないと言わんばかりの威圧だ。
 流石に彼女の威圧に、治療院の先生も頬をポリポリしながら「ヘヘヘヘ」と冷や汗を流している。

「いやね、キミ達がエルフの里に行くかもしれないから、旅に必要そうな薬があったら出来れば分けてあげて欲しいとスクールに頼まれてね」

 そう言って液体や球体状の入った小瓶をいくつか渡された。
 矢継ぎ早に小瓶を渡しては「これは発熱に効く薬」「こっちは下痢に効く薬」「森に居るモンスターの爪や牙で傷つけられた場合感染症の恐れがあるから、その時はこれを患部に塗る薬」覚えきれないので流石にメモを取らせてもらう。

「えっと、これで合計おいくらでしょうか?」

「いやいや、お金は頂かないよ。可愛いパンツを拝ませてもらったんだ、これくらいお安い御用さ。もしそれでもと言うならまた今度リンのパンツを、ってちょっと、冗談だから」

 彼女の冗談に、サラがフロストダイバーで応えていた。
 すぐに魔法を解いて「冗談よ」と言うサラだったけど、見てる側としてはヒヤヒヤした。リンの事になるとサラはたまに冷静さを失うからな。

「スクールに頼まれたからというのもあるが、私はキミに興味があってね」

 そう言って彼女はズレタ眼鏡を直すと、僕を指さす。
 僕に興味があるって、つまり僕のパンツが見たいと言う事なのだろうか?

「えっと。僕のパンツで良ければ見せても構いませんが、こう人通りが多い場所では」

「あぁ、別にキミの体に興味は無いんだ」

 あ、はい。
 僕の誤解をサラとリンが鼻で笑う。アリアまで無表情のまま顔に手を当てて鼻で笑っている。
 そんな事されたって別に僕は気にしないから良いけどね。あぁ全然気にしてなんかいないさ! 

「私は学園の卒業生なんだけど、同じようにイジメられて辞めていった友達が居たよ。なんで助けたのに頼ってくれないんだと思った事もあった」

「そうなんですか」

「だからキミの卒業式のスピーチを聞いて、キミの力になってやりたいと思ったんだ。差し出された手を最後まで握り返す大切さを伝えたキミをね」

 そう言って僕に手を差し伸べてくる。
 一瞬意味を理解できず、握手を求めていることに気付くのに数秒。握り返した僕に笑みを浮かべ。彼女は力を入れて更に握り返し手を離した。

「また戻ってきた時に薬が必要だったらウチの治療院に来ると良い。道具屋で扱っていない物も色々置いてあるからキミ達には格安で譲ってあげるよ」

 そのまま僕らに背を向けて、振り返らずに手を振って彼女は人混みに溶けていった。


 ☆ ☆ ☆


 二日後。
 僕らは北の森に足を踏み入れた。目的地はエルフの里だ。
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