エルフィさんは、お出かけしたい!

青波 花実

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目を閉じてゆったりと身体の力を抜き、柔らかな葉音に耳を傾ける。

瞼の向こうで揺れる木漏れ日の光、背に感じる木肌の温もり。
穏やかに時が過ぎていくのを感じる。

このまま眠ってしまいたいところだが、そうはいかない。

「――さぁ、エルフィ。そろそろ、動きだしてもいいんじゃない?」
 
そう呟くと、エルフィはゆっくりと目を開けて自分の足元へ視線を落とした。

しかし、そこにあるのは相変わらずの乳白色の樹皮。
大樹を支えるため、地面から大きく盛り上がった太く逞しい根と、大樹の根元に飲み込まれるように消えている、己の腰から下。

「……なんて言ってみたけど、これは勇気がいるかも」

先程の自分の言葉にエルフィは苦笑いする。

こんな奇妙な状態になっていると気づいたのは、つい今朝方の事だった。
誰かは憶えていないが優しい声に名前を呼ばれ、目を覚ましたと思ったら、ごらんの有り様である。
何をどうすれば人間の上半身が木から生えるのだろう? まったく訳が解らない。

呆然としつつも、こうなった原因を探るべくエルフィは目覚める以前の記憶を思いだそうとした。
思い出すことができれば、きっとこうなった理由が分かると考えたからだ。
ところが、その試みはあえなく失敗する。

記憶が無いのだ。

――――日が昇る方角は東。日が沈む方角は西。
――――1ヶ月は28日、1年は13ヶ月で364日。
――――季節は春・夏・秋・冬と、冬去・春来の七つ。
――――世界を創造したのは天空の神・大海の女神・大地の女神の三柱。

文字の書き方や読み方、ナイフ・フォークの使い方。
魔獣と動物の違いは穢れを纏っているかいないか……など、一般的な知識は頭に残っている。 

失くしてしまったのは主に自分に関する情報だけ。
どこで暮らしていたのか、何をしていたのか?
何が得意で何が好きだったのか。霧がかかったように思い出せない。

かろうじて憶えているのは自分が『エルフィ』と誰かに呼ばれていたこと。
ただし、これはどうやら愛称のようで本名じゃないとも、薄っすらと理解している。

(つまり愛称で呼んでくれるほど仲の良い人が居た……ということかも?)

それから、自分の正体は人間だという謎の自覚。
こちらは文字の書き方や読み方、ナイフ・フォークの使い方といった、人として暮らしていなければ身に付かない知識が残っていた事からの予想だ。

「せめて身分や職業がわかるような物があれば良かったけれど」

何かしらの持ち物があれば、ある程度の手掛かりにはなっただろう。
道具があれば職の種類が、衣服の質で裕福さが、など。
残念なことに目に見える範囲で荷物を探してみたが見つからなかった。
衣服については下着一枚たりとも身に着けておらず全裸だったので、こちらも手掛かりなし。

問題は山積みだが、思い悩むばかりでは何も進展しない。
とりあえずエルフィは、身近なところから調べることにした。
 
まずは自分の状態。

大樹から生えた上半身は、体形から見て幼い子供のようだ。
起伏の少ない身体、ふくふくした小さな手……おそらく十歳以下だとは思うが、実年齢は違うかもしれない。
なんとなく、もっと背は高かったような……もう少し指はスラリとしていたような。
願望も含まれている可能性もあるが、そんな気がしている。
ちなみに髪の毛は腰まで届くほど長く、鮮やかな若葉のような色をしていた。

続いては健康状態。幸いにもどこにも怪我は無いようだ。
痛みや吐き気といった不快な症状も無い。
指の曲げ伸ばしも問題なく、腕も自由に動かせるのを確認した。
肌にも触れてみるが、温かで柔らかかった。
血の通った生きた身体なのだと実感し、エルフィは少し安心した。

残るは見えていない部分、大樹に飲まれた下半身だ。
こちらも痛みなどは感じないが、不思議な事に窮屈さや動きを阻害されているような感覚さえ無い。

だが、それが逆に不安を掻きたてた。
もしも、この身体の下に何も無かったら、大樹と完全に融合していたら……。

ふるふると頭を振り、その不吉な考えを追い払う。
それから少しの躊躇ためらいの後、エルフィは意を決して足を動かした。

「……えっ?」

結果は何ともあっけなかった。何の抵抗もなく、するりと足が現われたのだ。
両足を交互に動かして一歩、二歩と前へ進む。

まもなく身体の全てが大樹の中から現れた。
手足の長さや背の高さから見て、やはり年の頃は十歳にも満たない子供のようだ。

エルフィはくるくると回るようにして全身の確認をした。
その結果、足の爪の一枚たりとも無くなっているものはなかった。

最初の衝撃に比べれば、なんとも拍子抜けしてしまう結果だ。
何にせよ大樹に一生固定されたまま……という最悪の事態は免れたらしい。

後の問題は失った記憶の回復と、必要物資の調達だろうか。

「まずは服……だよね。さすがにこの格好じゃ、風邪をひきそうだし」

身に着ける物は服も靴も何もない。文字通りの裸一貫。

腰まで長さのある髪を、くるりと身体に巻きつけてみる。なんとなく、あったかい気がした。
……あったかい気がしたが、それだけだ。早急に身体を隠す物が必要なのは変わりない。

エルフィは大きな葉っぱでもあればいいかな等と考えつつ、裸足で草の上を歩き出す。

その爪先に“こつん”と硬い物が触れた。
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