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06_波乱の告白
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そして迎える放課後の告白。
先輩から指定された場所は告白スポットらしき校舎裏で、雰囲気を作るのには十分だ。
2人きりであれば、青春の1ページとして映えていたに違いない。
――すごく居たたまれない顔をした翼を除けば、だが。
「……お前、例の護衛か」
「はい」
先輩は一応翼を知っているのか、ご丁寧に舌打ちで出迎えてくれた。
こうなることは分かり切っていたので悶々と悩んでいたのだが、アリアによって翼も同行することが確定になり、そのまま今の状況に至る。
当然先輩からは「邪魔なんだけど」と言いたげな視線を何度も投げかけられ、それでも翼が離れないことを理解して、盛大に溜息をついた。
「席外してくれ。真崎さんに話があるから」
「いえ、その申し出は受けられません」
「はぁ?」
「お嬢様の安全が第一ですので」
「……俺が何かするって?」
「1週間では判断するには急過ぎました」
そう言っていいのけると、先輩は目をそらした。
入学すぐに告白することに対して負い目があるのは間違いない。
心桜もその点で迷惑といえば迷惑をかけられているので、それとなく釘を刺しておく。
ここまで心桜そっちのけで会話する2人だったが、先輩は翼を言いくるめるのを諦めたのか、無視するかのように心桜へ向き直った。
「じゃあいいよもう……真崎さん」
「は、はい」
「好きです。付き合ってください」
彼は告白すると決めてからの行動が早かった。
単純に告白自体に慣れているような気もする。
先輩は焦るそぶりもなく告白した。
この感じが高校生の恋愛模様なのかと翼は素直に感心する。
「急でごめんとは思ってるけど伝えたかった。できれば返事を聞かせてほしい」
「う、え、あの……」
しかし当の心桜はスムーズに行われた告白に、困惑と焦燥でそれどころではない様子。
申し訳なさが垣間見える表情で、口をモゴモゴとさせている。
その様子を見て翼は優しいなと思った。
翼が怪我をした際に気遣ったのもそう、今相手を傷つけずにどう答えればいいのかと答えあぐねているのもそう。
大切に大切に育てられ、善良なまま生きてきたことがよく分かる。
しかしこういった告白で相手を傷つけないように断るのは難しい。
特に告白された側が慣れていないと、相手を慮りすぎて結局どうしたらいいのか分からなくなる。
しかも先輩は翼に対して苛立ちをはらんでいるのが隠しきれていない。
そんな年上の男性の様子に、男性慣れしていない心桜が恐怖を抱くのも仕方がない。
そもそも見知らぬ人から向けられる好意は恐怖まである。
「ちょっといいですか?」
優しい主人がこれ以上自分を傷つけないようにと、翼が先輩に声をかけた。
すると先輩が隠しきれていなかった苛立ちを前面に出し、翼を糾弾するために口を開いた。
「っ――お前、これ以上邪魔するなら」
「付き合われるということなら、2人きりになるということですよね」
「は?当たり前だろ」
「その場合、護衛はどうなるのでしょうか?」
翼としては至極真っ当な疑問を投げかけたつもりだが、先輩からは「何言ってんだこいつ」という表情で見られる。
これで伝わらないぐらい相手側の平常心が失われていることに、もはや告白どころではないと翼は判断した。
心桜に反感が向くことだけはどうしても避けたい。
そのためもう一歩、分かりやすく相手の間合いに踏み込む。
「あなたはおれよりもお嬢様の身を守れるのですか?」
その瞬間、先輩の頭からぷっつーんと何かが音をたてて切れた気がした。
「……じゃあお前をボコればいいわけだな?」
「なるほど、分かりやすくていいですね」
元々好戦的だった先輩が分かりやすく拳を鳴らす。
翼としてもその心境は分からなくもない。数日前まで中坊だった年下に煽られて、先達の自尊心が傷つくのは目に見えていた。
しかしここまで簡単に事が進むとは思っていなかったので、やはりこの顔と背丈は侮られやすいなと自嘲気味に笑う。
「え?え?え?」
勝手に2人で話を進めているせいで心桜はついてこれていない。
表情を困惑いっぱいで染めたまま、先輩と翼の両者の顔を見比べていた。
「お互い退学沙汰になっても困りますので、膝をついた方が負けでいいですか?」
「あ?ビビってんのか?」
「もちろんおれの顔を狙っていただいて構いませんよ」
「よっしゃ……一発いれねぇと気が済まねぇんだわ」
泥沼になっても困るので、最低限のルールを提案する。
怒りを巻き散らかす先輩に穏便なルールを提案しても聞いてもらえないと予想していたので、自分に関してはどうしてもらっても構わないと譲歩して条件を呑ませる。
告白並みにスムーズに決闘が決まっていく様を見て、心桜がようやく正気を取り戻したかのように声を上げた。
「い、いえ!やめてください!」
当事者であるのに完全においてけぼりで、翼としては申し訳なくもある。
止めに間に入ろうとする心桜だが、今更先輩の怒りはもう収まらないし、翼も引くつもりは微塵もない。
先輩の怒りが心桜に向き怖がらせてしまう前に、翼が心桜へ諭すように語りかける。
「もう何を言っても届かないでしょう。少々お待ちください」
「で、でも」
「いずれにせよ襲撃のことがあるので護衛の問題は避けられません。事情を説明しても相手に理解してもらうのも難しいと思います。であればこうする方が安心ですし、上も説得できます」
翼だってこんなことは無粋だと分かっている。
だから護衛としての回答は決まっていても、アリアに声をかけられるまで悶々としていた。
襲撃が実際にあった以上、さすがに見過ごせない理由がありすぎる。
告白自体も、それを受けるのも、相手の条件にも、心桜がそう易々と受けられない要因があり、普通の青春をさせてあげられないことに申し訳なさを感じる。
すると心桜は翼の謝意を感じたのか、覚悟を決めた顔で言い放った。
「わたしが今断ればいい、でしょう」
「そうでしたが……もうあちらは関係なさそうですよ」
すぐにそれを言えれば良かったかもしれないが、先輩はすでに臨戦態勢に入ってる。
こうなった相手に告白を断らせるのは、さすがに危険を感じるのでやめておきたい。
「大丈夫です。待っていてください」
翼が有無を言わせぬ微笑で心桜を下がらせると、背後から「 ……はい」 と小さく声が聞こえた。
主人の同意も得て、場は整った。
先輩と距離を取りつつ正面に向き合い、口火を切った。
「それでは始めましょう。いつでもどうぞ」
「舐めてんじゃねぇぞガキが!」
そう吐き捨てられ、「歳はそんなに変わらないのでは?」と心の中で突っ込んだ。
コンプレックスを刺激され、むっとした表情で突っ込んでくる先輩を迎える。
一発入れたいと事前に言っていた通り、先輩は翼の顔面めがけて拳を振りかぶっている。
しかし動きの読める素人ほど、脅威のないものもない。
翼が取った行動はシンプル。
顔を狙われているためすぐさましゃがみ、警戒がお留守の足めがけて回し蹴り。
そのまま簡単に足を払う。
護衛には必須の、リーチを活かしつつ相手の足止めをするテクニック。
翼としては数百とやりなれた動作をただなぞるように動いただけだ。
「は?」
先輩が、驚いたような声を漏らした。
特に派手なこともなく、がら空きの足を払う。
それだけで簡単に膝をつかせることに成功した。
翼は目の前で転んだ先輩を見ながら立ち上がって、先輩の頭上から声をかける。
「膝をつきましたね。それではこのお話はなかったことで」
事実を淡々と読み上げ、現状を先輩に認識させる。
思考の追い付いていない先輩に響くか響かないは分かりきっているが事務的に告げる。
さらに翼は先の展開を見越して、足元にいる先輩から距離をとった。
現状を把握したのか、先輩は顔を真っ赤にして翼に怒鳴ってくる。
「ふ、ふざけんなてめぇ!」
「不服ですか?」
「当たり前だろ!こんな、簡単に」
「ではどうすればいいのでしょうか?」
そう疑問を投げかければ、先輩はすぐに立ち上がって翼を指さす。
「もう1回だ!」
「そうですか。ではどうぞ」
怒鳴る先輩に対して再戦をあっさり認める。
すると一瞬先輩の表情が抜け落ちたが、すぐさま好戦的に拳を握った。
さすがに学習したのか、先ほどのような派手な突っ込みはなく、こちらの出方をうかがっている。
緩慢な動きのまま先輩に近づくと、彼は怯んだようにぎこちなく一歩後ろに下がった。
警戒は十分にされているが、その警戒心に脚がついてこれていない。
脚の動きは思った以上に自分の思考とズレやすく、素人だと対策はまず不可能だ。
もう一歩踏み込み、先輩を下がらせて軸足に体重を乗らせ、物理的に動けない隙を突いて、瞬時に前へ詰める。
そして腕よりもリーチの長い脚で、先輩の太ももへ素早く蹴りをいれた。
緩急をつけた足技にガードすることもなく一撃をくらい、先輩は 「ああああ!!」と叫びながら太ももをかかえて膝をついた。
「これで2回目ですがどうされますか?」
「ぐっ、この……」
翼としては、これでもかなり手加減して当てている。
実際に痛みを伴わないと止まってくれそうもないので、渋々やらざるを得なかったのだが、そんな翼の配慮など届くはずもなく、先輩からは睨まれてしまった。
少しして立ち上がった先輩にはもう覇気がない。
迷いが瞳からありありと伝わり、それにトドメを刺すかのように翼から仕掛けた。
「では3回目ということですね。どうぞ」
「う、ぐ……!」
「……来ないならこちらから行きますね」
来ない事は分かっているので降参を引き出すために一歩前へ押す。
立っているのすらきついという先輩の顔に恐怖の色が見え、これぐらいにしようかと思った矢先、目の前に心桜が立ちふさがった。
「もう、やめてください」
そう短く言い放った心桜の瞳から、敵意を向ける眼差しが翼に刺さっている。
他人をいたぶるようなやり方に対して強い非難が瞳から伝わり、さすがにやりすぎたと翼も反省する。
(……本当に優しい方だな)
先輩を庇っている心桜は、本来状況としてはおかしいのだが、それでも弱者のために立ちふさがった主を見て、翼は胸が熱くなりふっと軽く笑った。
そんな翼を見て心桜も正気に戻ったのか、表情から強張りがとれ警戒を解いた。
「わ、わかったよ!や、やめだ!」
好きな、さらには年下の女子に庇われたことで心が折れたのだろう、先輩から降参の意が告げられる。
翼はそれを聞いて、心桜に安心してもらうために笑いかけて、先輩に向き直った。
「分かりました。すみません、足を蹴ってしまい」
「く、そ」
「……お詫びといってはなんですが、おれにも一発蹴っていただけますか?」
「は?」
「一発いれないと気が済まないと仰っていたと思うのですが」
翼がどうぞ、と軽く脚を差し出すと、先輩も心桜もポカンと呆けている。
まだ完全には納得がいっていないようだったので、違った形で決着を設けた方がいいと判断した。
尾を引くと面倒なことになる相手なので、念には念をと翼は提案した。
気が済むまでやってみればいいと挑発すると、それを理解した先輩がすぐに怒りの表情となり、大きく足を振りかぶった。
「ああああ!!」
叫びながら渾身の蹴りを入れられる。
翼は蹴りが脚に当たるその瞬間に力を入れ、相手の脚に衝撃が反発するよう防御をとる。
すると綺麗に決まったと思った蹴りに相反して、先輩は悶絶しながら脚を抑えて転がった。
「あ、あ……ぐ……」
「これでお互い様、ということで。後腐れなくいきましょう」
なんて事はないとさっぱり翼が告げると、ついに先輩は観念したかのように頭を垂れた。
簡単に脚を払われたのち、正面から一撃で叩き伏せられ、全力の一発をいれても微動だにせず。
さすがにこれで力の差は十分思い知ったはずだ。
翼としても手加減した一蹴り程度で済ませられて、誰にも大きな怪我をさせることもなく終わり安心した。
先輩に笑顔のまま手を伸ばせば、彼は完全に恐怖にのまれた表情を浮かべながらも、小さく「あ、ああ……」と呟きながら手をとってくれた。
「では帰りましょうか」
一件落着と心桜に振り返り帰宅を告げれば、彼女の表情は晴れないままだった。
先輩から指定された場所は告白スポットらしき校舎裏で、雰囲気を作るのには十分だ。
2人きりであれば、青春の1ページとして映えていたに違いない。
――すごく居たたまれない顔をした翼を除けば、だが。
「……お前、例の護衛か」
「はい」
先輩は一応翼を知っているのか、ご丁寧に舌打ちで出迎えてくれた。
こうなることは分かり切っていたので悶々と悩んでいたのだが、アリアによって翼も同行することが確定になり、そのまま今の状況に至る。
当然先輩からは「邪魔なんだけど」と言いたげな視線を何度も投げかけられ、それでも翼が離れないことを理解して、盛大に溜息をついた。
「席外してくれ。真崎さんに話があるから」
「いえ、その申し出は受けられません」
「はぁ?」
「お嬢様の安全が第一ですので」
「……俺が何かするって?」
「1週間では判断するには急過ぎました」
そう言っていいのけると、先輩は目をそらした。
入学すぐに告白することに対して負い目があるのは間違いない。
心桜もその点で迷惑といえば迷惑をかけられているので、それとなく釘を刺しておく。
ここまで心桜そっちのけで会話する2人だったが、先輩は翼を言いくるめるのを諦めたのか、無視するかのように心桜へ向き直った。
「じゃあいいよもう……真崎さん」
「は、はい」
「好きです。付き合ってください」
彼は告白すると決めてからの行動が早かった。
単純に告白自体に慣れているような気もする。
先輩は焦るそぶりもなく告白した。
この感じが高校生の恋愛模様なのかと翼は素直に感心する。
「急でごめんとは思ってるけど伝えたかった。できれば返事を聞かせてほしい」
「う、え、あの……」
しかし当の心桜はスムーズに行われた告白に、困惑と焦燥でそれどころではない様子。
申し訳なさが垣間見える表情で、口をモゴモゴとさせている。
その様子を見て翼は優しいなと思った。
翼が怪我をした際に気遣ったのもそう、今相手を傷つけずにどう答えればいいのかと答えあぐねているのもそう。
大切に大切に育てられ、善良なまま生きてきたことがよく分かる。
しかしこういった告白で相手を傷つけないように断るのは難しい。
特に告白された側が慣れていないと、相手を慮りすぎて結局どうしたらいいのか分からなくなる。
しかも先輩は翼に対して苛立ちをはらんでいるのが隠しきれていない。
そんな年上の男性の様子に、男性慣れしていない心桜が恐怖を抱くのも仕方がない。
そもそも見知らぬ人から向けられる好意は恐怖まである。
「ちょっといいですか?」
優しい主人がこれ以上自分を傷つけないようにと、翼が先輩に声をかけた。
すると先輩が隠しきれていなかった苛立ちを前面に出し、翼を糾弾するために口を開いた。
「っ――お前、これ以上邪魔するなら」
「付き合われるということなら、2人きりになるということですよね」
「は?当たり前だろ」
「その場合、護衛はどうなるのでしょうか?」
翼としては至極真っ当な疑問を投げかけたつもりだが、先輩からは「何言ってんだこいつ」という表情で見られる。
これで伝わらないぐらい相手側の平常心が失われていることに、もはや告白どころではないと翼は判断した。
心桜に反感が向くことだけはどうしても避けたい。
そのためもう一歩、分かりやすく相手の間合いに踏み込む。
「あなたはおれよりもお嬢様の身を守れるのですか?」
その瞬間、先輩の頭からぷっつーんと何かが音をたてて切れた気がした。
「……じゃあお前をボコればいいわけだな?」
「なるほど、分かりやすくていいですね」
元々好戦的だった先輩が分かりやすく拳を鳴らす。
翼としてもその心境は分からなくもない。数日前まで中坊だった年下に煽られて、先達の自尊心が傷つくのは目に見えていた。
しかしここまで簡単に事が進むとは思っていなかったので、やはりこの顔と背丈は侮られやすいなと自嘲気味に笑う。
「え?え?え?」
勝手に2人で話を進めているせいで心桜はついてこれていない。
表情を困惑いっぱいで染めたまま、先輩と翼の両者の顔を見比べていた。
「お互い退学沙汰になっても困りますので、膝をついた方が負けでいいですか?」
「あ?ビビってんのか?」
「もちろんおれの顔を狙っていただいて構いませんよ」
「よっしゃ……一発いれねぇと気が済まねぇんだわ」
泥沼になっても困るので、最低限のルールを提案する。
怒りを巻き散らかす先輩に穏便なルールを提案しても聞いてもらえないと予想していたので、自分に関してはどうしてもらっても構わないと譲歩して条件を呑ませる。
告白並みにスムーズに決闘が決まっていく様を見て、心桜がようやく正気を取り戻したかのように声を上げた。
「い、いえ!やめてください!」
当事者であるのに完全においてけぼりで、翼としては申し訳なくもある。
止めに間に入ろうとする心桜だが、今更先輩の怒りはもう収まらないし、翼も引くつもりは微塵もない。
先輩の怒りが心桜に向き怖がらせてしまう前に、翼が心桜へ諭すように語りかける。
「もう何を言っても届かないでしょう。少々お待ちください」
「で、でも」
「いずれにせよ襲撃のことがあるので護衛の問題は避けられません。事情を説明しても相手に理解してもらうのも難しいと思います。であればこうする方が安心ですし、上も説得できます」
翼だってこんなことは無粋だと分かっている。
だから護衛としての回答は決まっていても、アリアに声をかけられるまで悶々としていた。
襲撃が実際にあった以上、さすがに見過ごせない理由がありすぎる。
告白自体も、それを受けるのも、相手の条件にも、心桜がそう易々と受けられない要因があり、普通の青春をさせてあげられないことに申し訳なさを感じる。
すると心桜は翼の謝意を感じたのか、覚悟を決めた顔で言い放った。
「わたしが今断ればいい、でしょう」
「そうでしたが……もうあちらは関係なさそうですよ」
すぐにそれを言えれば良かったかもしれないが、先輩はすでに臨戦態勢に入ってる。
こうなった相手に告白を断らせるのは、さすがに危険を感じるのでやめておきたい。
「大丈夫です。待っていてください」
翼が有無を言わせぬ微笑で心桜を下がらせると、背後から「 ……はい」 と小さく声が聞こえた。
主人の同意も得て、場は整った。
先輩と距離を取りつつ正面に向き合い、口火を切った。
「それでは始めましょう。いつでもどうぞ」
「舐めてんじゃねぇぞガキが!」
そう吐き捨てられ、「歳はそんなに変わらないのでは?」と心の中で突っ込んだ。
コンプレックスを刺激され、むっとした表情で突っ込んでくる先輩を迎える。
一発入れたいと事前に言っていた通り、先輩は翼の顔面めがけて拳を振りかぶっている。
しかし動きの読める素人ほど、脅威のないものもない。
翼が取った行動はシンプル。
顔を狙われているためすぐさましゃがみ、警戒がお留守の足めがけて回し蹴り。
そのまま簡単に足を払う。
護衛には必須の、リーチを活かしつつ相手の足止めをするテクニック。
翼としては数百とやりなれた動作をただなぞるように動いただけだ。
「は?」
先輩が、驚いたような声を漏らした。
特に派手なこともなく、がら空きの足を払う。
それだけで簡単に膝をつかせることに成功した。
翼は目の前で転んだ先輩を見ながら立ち上がって、先輩の頭上から声をかける。
「膝をつきましたね。それではこのお話はなかったことで」
事実を淡々と読み上げ、現状を先輩に認識させる。
思考の追い付いていない先輩に響くか響かないは分かりきっているが事務的に告げる。
さらに翼は先の展開を見越して、足元にいる先輩から距離をとった。
現状を把握したのか、先輩は顔を真っ赤にして翼に怒鳴ってくる。
「ふ、ふざけんなてめぇ!」
「不服ですか?」
「当たり前だろ!こんな、簡単に」
「ではどうすればいいのでしょうか?」
そう疑問を投げかければ、先輩はすぐに立ち上がって翼を指さす。
「もう1回だ!」
「そうですか。ではどうぞ」
怒鳴る先輩に対して再戦をあっさり認める。
すると一瞬先輩の表情が抜け落ちたが、すぐさま好戦的に拳を握った。
さすがに学習したのか、先ほどのような派手な突っ込みはなく、こちらの出方をうかがっている。
緩慢な動きのまま先輩に近づくと、彼は怯んだようにぎこちなく一歩後ろに下がった。
警戒は十分にされているが、その警戒心に脚がついてこれていない。
脚の動きは思った以上に自分の思考とズレやすく、素人だと対策はまず不可能だ。
もう一歩踏み込み、先輩を下がらせて軸足に体重を乗らせ、物理的に動けない隙を突いて、瞬時に前へ詰める。
そして腕よりもリーチの長い脚で、先輩の太ももへ素早く蹴りをいれた。
緩急をつけた足技にガードすることもなく一撃をくらい、先輩は 「ああああ!!」と叫びながら太ももをかかえて膝をついた。
「これで2回目ですがどうされますか?」
「ぐっ、この……」
翼としては、これでもかなり手加減して当てている。
実際に痛みを伴わないと止まってくれそうもないので、渋々やらざるを得なかったのだが、そんな翼の配慮など届くはずもなく、先輩からは睨まれてしまった。
少しして立ち上がった先輩にはもう覇気がない。
迷いが瞳からありありと伝わり、それにトドメを刺すかのように翼から仕掛けた。
「では3回目ということですね。どうぞ」
「う、ぐ……!」
「……来ないならこちらから行きますね」
来ない事は分かっているので降参を引き出すために一歩前へ押す。
立っているのすらきついという先輩の顔に恐怖の色が見え、これぐらいにしようかと思った矢先、目の前に心桜が立ちふさがった。
「もう、やめてください」
そう短く言い放った心桜の瞳から、敵意を向ける眼差しが翼に刺さっている。
他人をいたぶるようなやり方に対して強い非難が瞳から伝わり、さすがにやりすぎたと翼も反省する。
(……本当に優しい方だな)
先輩を庇っている心桜は、本来状況としてはおかしいのだが、それでも弱者のために立ちふさがった主を見て、翼は胸が熱くなりふっと軽く笑った。
そんな翼を見て心桜も正気に戻ったのか、表情から強張りがとれ警戒を解いた。
「わ、わかったよ!や、やめだ!」
好きな、さらには年下の女子に庇われたことで心が折れたのだろう、先輩から降参の意が告げられる。
翼はそれを聞いて、心桜に安心してもらうために笑いかけて、先輩に向き直った。
「分かりました。すみません、足を蹴ってしまい」
「く、そ」
「……お詫びといってはなんですが、おれにも一発蹴っていただけますか?」
「は?」
「一発いれないと気が済まないと仰っていたと思うのですが」
翼がどうぞ、と軽く脚を差し出すと、先輩も心桜もポカンと呆けている。
まだ完全には納得がいっていないようだったので、違った形で決着を設けた方がいいと判断した。
尾を引くと面倒なことになる相手なので、念には念をと翼は提案した。
気が済むまでやってみればいいと挑発すると、それを理解した先輩がすぐに怒りの表情となり、大きく足を振りかぶった。
「ああああ!!」
叫びながら渾身の蹴りを入れられる。
翼は蹴りが脚に当たるその瞬間に力を入れ、相手の脚に衝撃が反発するよう防御をとる。
すると綺麗に決まったと思った蹴りに相反して、先輩は悶絶しながら脚を抑えて転がった。
「あ、あ……ぐ……」
「これでお互い様、ということで。後腐れなくいきましょう」
なんて事はないとさっぱり翼が告げると、ついに先輩は観念したかのように頭を垂れた。
簡単に脚を払われたのち、正面から一撃で叩き伏せられ、全力の一発をいれても微動だにせず。
さすがにこれで力の差は十分思い知ったはずだ。
翼としても手加減した一蹴り程度で済ませられて、誰にも大きな怪我をさせることもなく終わり安心した。
先輩に笑顔のまま手を伸ばせば、彼は完全に恐怖にのまれた表情を浮かべながらも、小さく「あ、ああ……」と呟きながら手をとってくれた。
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