学園の姫君と騎士の青春は御法度です

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16_強硬姿勢

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「小宮さん、勉強しましょう」

 鋭い一言が閑散としたマンションの廊下に響く。

 翼の家の前で心桜はそう呼びかけ、一歩も引かない姿勢を見せる。
 そんな心桜を前に、翼は困惑しながら言葉を探す。

 昼の件を経て、つつがなく授業が終わり、放課後を迎えたころ。

 あれだけのことがあったので、今後の関係も見直されたかと思っていた。

 しかし心桜の姿勢は変わらないどころか、より強固になったとまでいえる。

 いつになく剣呑な彼女の表情は、普段の控えめな令嬢の微笑みからは想像もつかないほど、有無を言わさぬ迫力があった。

「えっと、お嬢様……もう昼に同行しないので不要だと思うのですが」

 そう心桜の意見を突き返せば、眼差しはますます鋭くなっていく。

「今日の分がありますし、別に勉強して悪いことはないでしょう」
「それは、そうですが」
「なら問題ありません。入れてください」

 心桜の言葉には、一切の迷いがなかった。

 普段は誰よりも周囲を慮り、温厚な態度を崩さない彼女が、こんなにも強く押し通してくることに、翼は内心で大きく動揺する。

(……なんか怒ってないか?)

 彼女の顔には、どこか不服そうな色が浮かんでいた。

 学校では決して見せない、負の感情が隠し切れず発露している。

 男性恐怖症を抱えているはずなのに、こうして自分にガツガツと詰め寄ってくる姿は、入学当初とはまるで別の人間を見ているかのようだ。

 翼は何度か彼女の強気な姿勢を見てきたが、今回はそれらとはまた少し違った印象を受ける。

 具体的にどう違うというのは翼には推し量れないが、いずれにせよ翼の返答は変わらない。

「あの、私は大丈夫ですよ」
「……わかっています」

 心桜は、むっとした顔で翼を見つめ返す。

 まるで幼子のような、初めて見せるその表情に押されつつも、翼は必死に抵抗を試みる。

「いつまでもお嬢様のお手を煩わせるわけには……」
「わたしがしたいからするのです。入れてください」

 しかし、心桜の言葉は彼の抵抗を一瞬で打ち砕く。

 距離を取ろうとすればするほど、無理やりにでも詰め寄ってくる。

 こんなタイプの人は初めてで、翼は狼狽えるばかりだった。

 彼女の射貫くような瞳に気圧され、どう対応していいのか分からず、観念したかのように玄関のドアを開けた。



「小宮さん、行きましょう」
「えっと、その」
「何か問題が?」

 翌日の昼休みに入った瞬間、翼は心桜から声をかけられる。

 内容としては中止になったはずの昼食の同行だろう。
 しかし傍にアリアも凛乃もおらず、心桜が1人で翼に詰め寄る形だ。

 遠くではアリアと凛乃が驚いた顔をしているので、この2人も知らなかった行動を心桜がとっていることになる。

 あまりにも強引すぎると翼は焦燥に駆られる。
 こんな後先を考えない行動をして、心桜に被害が行くのは絶対に嫌だ。

 そう忠告するように、翼は心桜に一言告げる。

「あの、飛び火するかもしれません」
「だから?」
「いえ、ご迷惑をおかけするかと」
「わたしはあなたに散々迷惑をかけたので今更ですね」
「わ、私は迷惑だと思ってません」
「ならわたしも迷惑ではないので問題ありません」

 つん、と言い返されて翼は言葉に詰まる。

 そうやって迷っている翼に対して、心桜は「それに」と口を開き、生暖かい視線を向ける。

「あなたが昨日やったことと同じだと思いますが?」
「うっ」

 心桜がそう指摘すると、翼はぐっと言葉に詰まった。

 闇雲に人へ手を差し出して窮地に立ち、心桜を遠ざけようとしたことに対して咎めるような視線。

 今、翼はその意趣返しを身をもって味わわされているのだ。

(どうしたらいいんだ……)

 何を言っても言い負かされそうな雰囲気のある心桜を前に、翼は頭を抱える。

 こういう時の心桜は、強固な姿勢もさながら、口論もすさまじく強い。
 さすがは学年1位の頭脳であり、彼女の言葉は翼の良心を的確に射抜き続ける。

 怯んだままの翼を見て、彼女は追撃の一手として、踵を返しながら翼に告げた。

「あなたが来ないなら、わたし1人で学食に行きますが」
「い、行きます……」
「ではお願いします」

 心桜を1人で大勢の所に行かせるわけにはいかない。
 今すぐにでも捨て身の特攻を実行しそうな雰囲気を察して、翼は即答せざるを得なかった。



 そうやって初めてふたりきりで昼の校内を歩いていると、やはり雑多に視線が飛んでくる。

 ただ昨日よりも訝し気な色が強く混じっている気がした。
 アリアと凛乃がいないこともあるだろうが、心桜の態度が普段見ないようなものだからなのかもしれない。

 柔和で微笑を絶やさない姫君としての顔とは違った、凛とした強気な姿勢の心桜。

 怒りで不快感をまき散らすのではなく、ただ真っ直ぐに行動で示す彼女の背中を見て、こんな人もいるんだなと翼は困惑しながらも感心する。

 そうやって心桜の隣に付き添い、彼女が食事を手にしたのちに同じ席へ座る。

 つーんとした表情で箸を進める心桜を前に、無言でご飯を食べる翼。

 今までになかった異様な光景に、近くを通りかかったクラスメイトの女子たちに声をかけられる。

「昼に2人でいるなんて珍しいね」
「彼はわたしの護衛なので。何も変ではありません」
「そ、そうだよね」

 心桜のなかなか見ない態度に戸惑う彼女たち。

 ちらっと翼の方も見てくるが、翼もどうしていいか分からず、ただあたふたすることしかできない。
 あまりいい雰囲気ではない事を察して、彼女たちは逃げるように離れていった。

「お嬢様、いいのですか?」
「何がでしょうか?」
「彼女たちに誤解されたかもしれませんが」

 そうやって悪印象を抱かれたかもしれないという懸念を投げかければ、心桜は平坦に語った。

「いいんです。声をかけないでほしいと意思を示すことも必要でしょう」
「それはそうですが」
「それに、いつまでも守られるばかりではいられませんから」
「……どういうことですか?」
「わたしにもやれることを探していくだけということです」
 
 そうやってチラッと学食の入り口を見た心桜。

 それに釣られて翼もそちらの方に視線を向けると、例の男3人が苦虫を嚙み潰したような表情で帰っていくところだった。

 その視線が翼というよりも、心桜に向けられていることで意図を察する。

 上級生といえど、さすがに心桜の前では何もできないらしい。
 学園一の美少女である姫君、且つ真崎の令嬢に嫌われたい男子など1人もいないので、そこまでやる度胸はないかと翼は理解した。

 しかし翼はそのやり方を素直に賞賛できなかった。

「……牽制のためだと?」
「はい」
「でも危ないのでは」
「あなた1人を危険な目に遭わせておいて、わたしには安全圏でいろと?」
「こ、これは私個人の問題です」
「そうですか。ならわたしが勝手にあなたのことを構っているだけなので気にしないでください」

 淀みなく答える心桜に、ぐっと言葉を飲み込む翼。

 もう何を言っても、翼の昨日の行動を元に言い返されるだけだと、さすがに学習した。

 無償の助力をする人間が、無償の助力を拒むことなどできるはずもない。
 完全に自己矛盾に陥るため、今は大人しく口をつぐむしかなかった。

 悶々としながら食事を進め、いつの間にか食事を終えた心桜が、真顔のまま翼に告げる。

「では今日も同行してもらったので、放課後に勉強しましょう」

 その一言に、『やられた』と翼は表情を歪めた。

 心桜が1人で食堂に行く姿勢を見せる限り、翼は同行を断れない。
 そして同行した以上、心桜が勉強に付き合う口実が生まれてしまう。

 どう考えても詰みである。

 しかめっ面のまま「……はい」と答える翼を見てか、心桜は今日翼の前で初めて慈しむような微笑を浮かべた。
 
 その笑みを見て、翼はこの主人に一生頭が上がらないような気がした。
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