荒界の静寂

一丸壱八

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第1章 暴力の旅路

1. 砂都シェルターン

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 砂漠の大地が大きく裂けたその谷底に、人の欲望を煮詰めたような街があった。砂都《シェルターン》。かつての地下水脈を利用して作られたこの集落は、グラウル荒界において数少ない「水」と「娯楽」が存在する場所だ。ここでいう娯楽とは、すなわち「他人の死」を指す。

「──殺せ! 目玉を抉り出せェ!」
「右だ! 右の腕を千切れ! 金賭けてんだぞクソがッ!」

 谷底に怒号と歓声が反響する。街の中央にある『血の市』──すり鉢状の闘技場では、今日も奴隷たちが錆びた鉄屑で殴り合い、その鮮血が砂を濡らしていた。

「う……わぁ……」

 街の入り口に立ったピクスは、思わず鼻をつまむ。熱気とともに立ち昇ってくるのは、古い油と排泄物、そして濃厚な血の臭い。人の命が水よりも安い場所特有の、胃の腑が重くなるような空気だ。

「な、なあグラード。ここ、本当に寄るのか? 補給なら、他の小さい集落でも……」

 ピクスは怯えた視線で巨人の顔色を窺う。だが、グラードは闘技場の熱狂になど一瞥もくれなかった。

「水がいる」

 返ってきたのは、それだけの短い言葉。グラード・バロッグにとって、この街がどれほど危険で腐敗していようと関係ない。喉が渇いたから水を飲む。進む道に街があるから通る。それだけだ。野生動物のような、あまりにも純粋な行動原理。

 グラードが歩き出すと、雑踏が波が引くように割れた。チンピラやゴロツキたちも、本能で悟るのだろう。この巨躯の男が纏う空気が、闘技場の中で殴り合わされている奴隷たちとはまったく異質であることに。

(……やっぱ、すげえな)

 グラードの背中に隠れるように歩きながら、ピクスは安堵と恐怖がない交ぜになった溜息をついた。この男の後ろにいれば、誰も手を出してこない。だがそれは同時に、猛獣の檻の中に自ら入っているようなものでもあった。
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