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第1章 暴力の旅路
3. 足を砕く者たち
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ノマドの気配が消えた路地を抜け、大通りへ戻る。乾いた風に乗って、また別の──今度はもっと生々しい、鉄と火薬の匂いが漂ってきた。
パーン! 乾いた銃声が響き、続いて男の悲鳴が上がる。
「あ、ぐあああッ! あ、あし、足がぁ……!」
街の出口付近で、数人の武装集団が道を塞いでいた。黒い革鎧で身を固め、脛当てには獣の意匠。この辺りで悪名高い盗賊団《黒脛の獣》だ。地面を転げ回っているのは、街から逃げ出そうとした商人だろう。その右膝は無残に撃ち抜かれ、骨が露出している。
「おいおい、雑だな。商品に傷をつけるなと言っただろう」
武装集団の中から、一際大柄な男が歩み出る。団長の《ロウガ・ヴォルグ》。元傭兵崩れの彼は、手にしたライフルを杖のように突きながら、冷めた目で部下を叱責した。
「膝を砕いたら治りが遅い。労働力として売るなら、足首かふくらはぎを狙え。……プロの仕事をしな」
ロウガは商人の髪を掴んで引きずり起こすと、ニヤリと笑った。そこにあるのは嗜虐心ですらない。ただ肉を削ぎ、値を付けるだけの、歪みきった職業意識だ。
「うわ……最悪だ」
物陰で見ていたピクスは顔をしかめた。この街では、弱者は人間ではない。ただの肉袋だ。そして不運なことに、彼らは街を出るための唯一の街道を完全に封鎖し、獲物を物色していた。
「グラード、あいつらヤバいよ。迂回しよう。時間はかかるけど、裏の岩場からなら……」
ピクスは小声で提案し、グラードの袖を引く。だが、巨人は止まらなかった。迂回? なぜだ。水は手に入れた。あとは次の目的地へ行くだけ。そこに何がいようと、道は道だ。
グラードが街道の中央を堂々と歩き出すと、すぐに盗賊たちが気づいた。
「あぁ? なんだあのデカ物は」
「おいおい、すげえ図体だぞ。ありゃあ鉱山送りにすりゃ、いの一番に値がつくぜ」
ロウガが興味深そうに口笛を吹く。彼らの前に、二メートルを超える巨躯が立ちはだかる。常人なら威圧感だけで逃げ出す光景だが、数の暴力に酔った盗賊たちは、自分たちが「捕食者」であると疑っていなかった。
「おいデカブツ。ここは通行料がいるんだ。金がないなら、その身体で払ってもらうことになるが──」
ロウガがライフルの銃口をグラードの太ももに向けた、その時だった。
「……退け」
地響きのような低い声。それは交渉ですらない。人間が石ころに対して「邪魔だ」と感じるのと同質の、無感情な排除の意思。
ロウガの眉がピクリと跳ねる。傭兵としてのプライドか、本能的な恐怖を誤魔化すためか、彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ナメてんじゃねえぞ! 野郎ども、足を狙え! このウドの大木を跪かせてやれッ!」
パーン! 乾いた銃声が響き、続いて男の悲鳴が上がる。
「あ、ぐあああッ! あ、あし、足がぁ……!」
街の出口付近で、数人の武装集団が道を塞いでいた。黒い革鎧で身を固め、脛当てには獣の意匠。この辺りで悪名高い盗賊団《黒脛の獣》だ。地面を転げ回っているのは、街から逃げ出そうとした商人だろう。その右膝は無残に撃ち抜かれ、骨が露出している。
「おいおい、雑だな。商品に傷をつけるなと言っただろう」
武装集団の中から、一際大柄な男が歩み出る。団長の《ロウガ・ヴォルグ》。元傭兵崩れの彼は、手にしたライフルを杖のように突きながら、冷めた目で部下を叱責した。
「膝を砕いたら治りが遅い。労働力として売るなら、足首かふくらはぎを狙え。……プロの仕事をしな」
ロウガは商人の髪を掴んで引きずり起こすと、ニヤリと笑った。そこにあるのは嗜虐心ですらない。ただ肉を削ぎ、値を付けるだけの、歪みきった職業意識だ。
「うわ……最悪だ」
物陰で見ていたピクスは顔をしかめた。この街では、弱者は人間ではない。ただの肉袋だ。そして不運なことに、彼らは街を出るための唯一の街道を完全に封鎖し、獲物を物色していた。
「グラード、あいつらヤバいよ。迂回しよう。時間はかかるけど、裏の岩場からなら……」
ピクスは小声で提案し、グラードの袖を引く。だが、巨人は止まらなかった。迂回? なぜだ。水は手に入れた。あとは次の目的地へ行くだけ。そこに何がいようと、道は道だ。
グラードが街道の中央を堂々と歩き出すと、すぐに盗賊たちが気づいた。
「あぁ? なんだあのデカ物は」
「おいおい、すげえ図体だぞ。ありゃあ鉱山送りにすりゃ、いの一番に値がつくぜ」
ロウガが興味深そうに口笛を吹く。彼らの前に、二メートルを超える巨躯が立ちはだかる。常人なら威圧感だけで逃げ出す光景だが、数の暴力に酔った盗賊たちは、自分たちが「捕食者」であると疑っていなかった。
「おいデカブツ。ここは通行料がいるんだ。金がないなら、その身体で払ってもらうことになるが──」
ロウガがライフルの銃口をグラードの太ももに向けた、その時だった。
「……退け」
地響きのような低い声。それは交渉ですらない。人間が石ころに対して「邪魔だ」と感じるのと同質の、無感情な排除の意思。
ロウガの眉がピクリと跳ねる。傭兵としてのプライドか、本能的な恐怖を誤魔化すためか、彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ナメてんじゃねえぞ! 野郎ども、足を狙え! このウドの大木を跪かせてやれッ!」
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