荒界の静寂

一丸壱八

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第3章 崩壊への祭壇

6. 絶対静寂

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「仕上げだ! おい白鎖団! あの小僧を狙え!」

 ソルガが叫んだ。歪んだ空間の向こうから、白鎖団の兵士たちが一斉にピクスへ狙いを定める。グラードを精神的に追い詰めるための、卑劣な一手。

「死ね、災厄の餌よ!」

 数十本の矢と、魔術の弾丸がピクスへと放たれる。逃げ場はない。足は動かない。ピクスは反射的に目を閉じ、名を呼んだ。

「グラードッ──!」

 その悲鳴が、巨人の鼓膜を打った。グラードがゆっくりと振り向く。その瞳に、理性はなかった。獣の光すらなかった。あるのは、底なしの暗いホール

 うるさい。邪魔だ。俺の通り道を、俺の静寂を、これ以上汚すな。

 グラードは、斧を捨てた。そして、ひび割れた両手を広げ、世界そのものを鷲掴みにするように虚空を握りしめた。

「──消えろ」

 音が消えたのではない。存在が消えた。

 ブツンッ。世界中の電源が落ちたような、唐突な暗転。

 ピクスに迫っていた矢が、空中で灰になって崩れ落ちた。白鎖団の兵士たちが、悲鳴を上げる間もなく、輪郭を失って砂へと還る。彼らは殺されたのではない。「最初からいなかったこと」にされたのだ。

「な、あ……!?」

 ソルガが目を見開く。彼の『時喰らいの反響タイド・オブ・エコー』が軋みを上げる。巻き戻そうとした。だが、巻き戻すための「時間」そのものが、グラードの静寂に食われて消滅している。

「ま、待て……! 俺の時間は……俺の因果は……!」
「うるさい」

 グラードが一歩踏み出す。その足音だけで、ソルガの遺物が砕け散った。時の檻が壊れる。因果の逆流が止まる。
 ソルガは何かを叫ぼうとして、口を開けたまま、ゆっくりと炭化していった。絶対的な“停止”の前に、過去への逃避は許されなかった。
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