2 / 5
第二章 手当て
しおりを挟む
「……灯り、つけろ」
親分の声で、俺は我に返った。
港近くの古アパートの一室。湿気た畳の匂いがする。
裸電球の紐を引くと、ジジ、と音がして黄色い光が部屋を埋めた。
親分は上着を脱いで、シャツを破いた。
右の二の腕に、裂けたような傷がある。肉がめくれて、血が止まらん。
親分は何も言わずに、救急箱を顎でしゃくった。
俺は洗面器に水を汲んで、消毒液を垂らした。水が白く濁って、独特の匂いが鼻を突く。
タオルを絞って、傷口を拭う。
親分の筋肉が、一瞬だけピクリと固まった。
「すんません」
「……構わん」
針と糸を出す。
裁縫道具の針じゃなか。釣り用のテグスと、太めの縫い針たい。
針の先をライターで炙る。先が赤く焼けて、また黒く戻る。
親分は煙草をくわえて、天井を見上げとった。
針を刺す。
皮膚が硬い。指先に、ブチッ、いう感触が伝わってくる。
震えそうになる手を、必死で抑えた。
親分は瞬きひとつせん。ただ、くわえた煙草の灰が、少しだけ早う落ちた気がした。
呼吸が浅い。
肋骨が浮き出るたびに、そこにある古傷が歪む。
「……親分、痛かですか」
俺が聞くと、親分は横目で俺を見た。
その目は、深い井戸の底のごと暗うして、何も映しとらん。
「早うせえ」
それだけやった。
痛いとも、やめろとも言わん。
この人は、説明せん。
痛みがどこにあるんか、どれくらい辛いんか、俺には分からん。
ただ、親分の首筋に汗が滲んで、それが一筋、ツーっと流れていくのを見ただけたい。
傷を縫い終わって、ガーゼを当ててテープで固定した。
親分は新しいシャツに着替えて、また無言で煙草に火をつけた。
その背中は、さっきよりも少し小さく見えた気がしたばってん、ありゃあ俺の前にある壁たい。
親分の声で、俺は我に返った。
港近くの古アパートの一室。湿気た畳の匂いがする。
裸電球の紐を引くと、ジジ、と音がして黄色い光が部屋を埋めた。
親分は上着を脱いで、シャツを破いた。
右の二の腕に、裂けたような傷がある。肉がめくれて、血が止まらん。
親分は何も言わずに、救急箱を顎でしゃくった。
俺は洗面器に水を汲んで、消毒液を垂らした。水が白く濁って、独特の匂いが鼻を突く。
タオルを絞って、傷口を拭う。
親分の筋肉が、一瞬だけピクリと固まった。
「すんません」
「……構わん」
針と糸を出す。
裁縫道具の針じゃなか。釣り用のテグスと、太めの縫い針たい。
針の先をライターで炙る。先が赤く焼けて、また黒く戻る。
親分は煙草をくわえて、天井を見上げとった。
針を刺す。
皮膚が硬い。指先に、ブチッ、いう感触が伝わってくる。
震えそうになる手を、必死で抑えた。
親分は瞬きひとつせん。ただ、くわえた煙草の灰が、少しだけ早う落ちた気がした。
呼吸が浅い。
肋骨が浮き出るたびに、そこにある古傷が歪む。
「……親分、痛かですか」
俺が聞くと、親分は横目で俺を見た。
その目は、深い井戸の底のごと暗うして、何も映しとらん。
「早うせえ」
それだけやった。
痛いとも、やめろとも言わん。
この人は、説明せん。
痛みがどこにあるんか、どれくらい辛いんか、俺には分からん。
ただ、親分の首筋に汗が滲んで、それが一筋、ツーっと流れていくのを見ただけたい。
傷を縫い終わって、ガーゼを当ててテープで固定した。
親分は新しいシャツに着替えて、また無言で煙草に火をつけた。
その背中は、さっきよりも少し小さく見えた気がしたばってん、ありゃあ俺の前にある壁たい。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる