背中

一丸壱八

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第三章 追う背中

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 それから、どれくらいの月日が流れたか。
 俺はずっと、親分の後ろを歩いてきた。

 夏のアスファルトは陽炎が立って、靴底が溶けそうなほど熱かった。
 冬の路地裏は風が吹き抜けて、耳が千切れそうに冷たかった。
 それでも、親分の歩く速度は変わらん。
 歩幅は広く、迷いがない。

 親分の靴は、いつだってリーガルのプレーントゥやった。
 手入れは俺がしとる。クリームを塗り込んで、布で磨き上げる。
 踵の減り方を見れば、親分がどっちに体重をかけとるか分かる。
 最近は、右の外側がよう減る。
 昔の古傷が痛むんかもしれん。
 でも、親分は何も言わん。

 ある時、街の裏通りで揉め事があった。
 相手は十人以上おった。
 親分は懐から白鞘の短刀ドスを抜いた。
 鯉口を切る、カチリ、いう硬質な音が、路地に響く。
 俺もドスを抜いた。柄の滑り止めのゴムが、手汗でぬるつく。

 親分は振り返らんかった。
「来るな」とも「行け」とも言わん。
 ただ、背中で語りよる。
 ここにおれ、と。

 乱闘が終わった後、親分の白いシャツには返り血が点々と散っとった。
 俺はゼイゼイと肩で息をしよったけど、親分は呼吸ひとつ乱しとらんように見えた。
 懐中時計を取り出して、時間を確認する。
 蓋に細かい傷が無数に入った、銀色の時計たい。
 カチ、と蓋を閉める音がして、親分はまた歩き出した。

 俺は、親分の半歩後ろを歩く。
 この距離が、俺の居場所やった。
 親分が何を考えとるんか、どこへ行こうとしとるんか、本当のところは分からん。
 分からんまま、俺は追いかける。
 それが俺の忠誠ち思うとった。

 親分の背中のシミが、地図に見えることがあった。
 俺がこれから進むべき道が、そこに描かれとるような気がしてならんかった。
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