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番外
その後の後
しおりを挟む生徒会を引退したあとは身の自由さに毎日心躍ったものだったが、10日もしないうちにあの忙しさが恋しくなった。ゲームや動画を見て過ごすも頭に入ってこない。楽しいし笑えはするけどそれだけだ。俺を満たすには何かが足りなかった。
吉岡の部屋でクッションをだっこしてダラダラすごす。本来ならメシでも作って待っていれば良いのだろうが、生憎俺のメシより吉岡の方がうまい。吉岡も俺に作らせるようなこともしない。せっせと俺に尽くすのが趣味らしいのだ。その趣味は俺にとっては大変ありがた……嬉しい趣味なので是非ともこの先も飽きずに続けていってもらいたいものだ。
あー、吉岡さんほんと好きだわー。とメシ前に腹ごしらえとして用意してくれていたスコーンを齧る。すると静かにドアが開かれる音がした。家主のご帰還だ。
「おかえりー」
「ただいまもどりました」
疲れた顔を見せない吉岡はネクタイを緩めてソファに座る俺の横にどっかりと座った。顔を寄せてきて甘い空気を醸し出してきが、腹が減っていたので無視をした。耳たぶを噛まれ「佐野さん」と掠れた声で囁かれる。しかし俺は腹が減っているので吉岡の顔を掌でべちゃっと制した。
「なんだよ。疲れて無さそうだけど実は疲れてんのかよ」
「いえ。今日、役員決めがありました」
「あー、ああ、あれね」
去年の今頃、俺はコイツを選んだのだ。真面目そうで字が上手で、俺が楽できるかなってそんな思いで。まさか生徒会でのパートナーがプライベートでもこうなっちゃうなんて誰が思うだろうか。
俺にその気はなかったけどコイツに落ちてしまった。色々葛藤があったが今のところ俺が楽を出来ているので問題なしだ。
生徒会に入ったばかりの頃の吉岡は今以上に愛想もクソもなくて、コイツ本当にやる気あんのかと疑ったが、予想に反して仕事が出来たんだったよなーと昔を思い出す。いや、書類から選んだ予想通りか。
「佐野さん、あの中から俺を見つけてくれたんですね。どうして俺にしたんですか」
「え、そこ聞くの」
「純粋に知りたいだけなので」
「真面目そうだったからなー、外見。なんか騙された気分はあるけどお前はよく仕事をしてくれたよ。ま、ちょいちょい俺のことをバカにしてたけどな」
「バカにするつもりは無かったのですが……。無自覚なのにイライラしたのは覚えていますね」
「はははっ分かる。お前結構俺にだけ当たりきつかったもんな」
「……そんなつもりもなかったんですけどね」
「ああ、まあいいよ。過ぎたことだし」
遠慮のない俺の話が嫌だったのか、吉岡は俺の肩に顔を埋めてきた。大型犬らしく、大人しく俺にくっついていたので頭をわしわしと撫でてやった。
「で、お前も選んだんだろ、今日。誰にしたんだよ」
「まだ発表前なので言えません」
「は、こんなとこで真面目発揮してどうするよ」
「当然のことかと」
「つまんねお前」
吉岡のサラサラの髪の毛が名残惜しかったが、機嫌が悪くなりましたと伝えるためにもサッと手を引っ込めた。
発表まで誰にも言えないのも分かる。特別聞きたいわけでもない。なんなら聞きたくないかもしれないくらいだが、吉岡に内緒にされたのが面白くない。
断じて吉岡が誰かを選んだということが面白くないわけではない。
「佐野さん」
「あー」
「ご飯食べますか?」
「食べる」
「用意しますね」
俺から突っぱねるようなことをしたというのに、吉岡が立ち上がって離れていくとまた妙なイラつきが。
あれやこれやと今日も今日とて俺の好きなもの、でかい肉をがっつりと用意してくれた吉岡。これは俺のためだと分かっているのにイラつきは増すばかりで、機嫌を窺うような吉岡の視線もそれを増幅させた。
いつも静かな食卓ではあるが、今日の沈黙は一段と気まずかった。
吉岡に選ばれた奴を想像し、そいつが今度吉岡とペアを組んであの生徒会室で一緒に過ごすのかと勝手に嫉妬しているというだけだ。くだらないことだ。ここは一つ俺が素直になるべきだ。吉岡は悪くないのだから。しかし天邪鬼が腹の中にうじゃうじゃといる俺に素直と言うことが何より難しい。
洗い物を済ませた吉岡が手にクリームを塗りながら、また俺の横に座った。今度はさっきよりも距離を開けて。
柑橘系の匂いが好きな吉岡はクリームも柑橘系だった。ふわっと漂う匂いに心が奪われ、そして落ち着き始める。
この距離は俺のせいだし、縮めるのはどう考えても俺だし。
「あのさー」
「はい」
「あの……、なんというか、お前の横にお前が選んだ奴がいると思うと、ま、ね……」
「ああ、なるほど」
物分りのいい吉岡はもどかしかった距離を詰め、俺をぎゅっと抱きしめてくれた。ついでに唇も噛まれて舐められて。腕の中もいいけど、俺もぎゅっとしたかったから、吉岡の腿に乗っかり、対面し合う形で抱きしめあった。
形のいい鼻をガブっと噛んでやると嫌そうに眉を寄せられた。今度はその眉間にキスをした。
「浮気はしないんだろ」
「何の心配もいりません」
「ん、よし」
暖かな腕の中でうっとりとしていると吉岡の股間が主張し始めるのが分かった。元気なことだ。でも今日はしない。
俺の尻をゆっくりと撫で回し始めた吉岡に微笑みかける。
「ムカつきすぎて食いすぎたから今日は無理。腹重すぎ」
「……はい」
それでも諦められないのか下にいながら腰を揺すり始めて、腹の揺れて気持ち悪くなる前に吉岡の頭にチョップをお見舞いした。
眠くなったところで帰ろうとすると今日は帰らないでくれと懇願されたが、補佐を内緒にされているので却下した。それを口にしたらなんともあっさりと吉岡は教えてくれた。教える基準がよく分からない。
「田口の弟です。田口に似ているんですが、田口よりも理解力がありそうだったので。それに、田口似なら佐野さんも安心するんじゃないかなって」
なんだと、俺の脳内はお見通しときたか。
それにちょっとイラッとしたが、田口の弟が容易に想像ができて満足したこともあって、晴れ晴れとした気分で吉岡の部屋を出た。
寝る前には恨み言のように吉岡から『佐野さんの寝顔で目覚めたかった』とメッセージが来ていたので目をつぶった写真を送ってやる。『今日はこれでぬきます』といらん情報が流れてきたので無視をして寝た。
おしまい
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