できそこない

梅鉢

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15(深町4)

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 今井の体は予想以上に自分にしっくりしていた。複雑な形状で開いていた深町の心の穴をキレイに塞いでくれた気がした。それはもうあつらえたかのように。
 抱けば抱くほど頭から霞が消えていく。今まで正常だと思っていたが、これでようやく正常にでもなれた感じだ。




 今井にとっては初めての行為だったが随分無理をさせてしまった。今井の匂いをどれだけ近くで嗅いでも理性が飛ぶようなこともなかったが、ぐったりしてしまった体を目の前にしてもやめてあげることも出来なかった。求めてやまなかったものが腕の中にいる喜びに好き勝手してしまった。結果、今井は何度目かの吐精で意識を失ってしまった。
 寝顔もかわいいなと首筋にキスをする。深町も絶頂までもう少し、今井の耳の裏の匂いを嗅ぎながら欲望をぶちまけた。一呼吸おいて、自身を今井の体内に埋めたまま深町も横になった。ベッドの端に寄せていた上掛けを掛けると今井の腹部に恐る恐る触れた。
 規則正しい寝息をたてる今井に後ろからギュッと抱きつく。項に鼻を擦り、今井に触れていた手をゆっくりと腹を撫でるよう動かした。

 見合いが迫っていたせいもあって今井を自分のものにするため賭けをしたが、霞が消えた頭では後悔が押し寄せていた。
 気持ちも伝えず今井の発情期を理由に無理やり体を奪ってしまった。
 自分は好かれていたし今井は断らないとは思っていたが、体だけを繋げて「孕め」というα。これは如何なものか。今井の体や気持ちをなんだと思っているのだと自分が情けなくなる。好いた相手に対して気持ちの一つも伝えていないのはお互いにとって行き違うし、勘違いだってしてしまう。今井をセフレにしたいわけじゃないし、妊娠してほしいのも本気だがそれは今井には何一つ分かってもらえていないだろう。

 規則正しく寝息を立てていた今井の呼吸が小さく張りつめたものとなる。同時に腕の中の細い体にも少し緊張が走った。目が覚めたのだろう。だが深町は手を休めず腹部を撫で、気づかないふりをした。今ここで何かを弁解しても何も信じてもらえそうにないと思い、ただ今井の体を慈しむよう大切に撫でることだけをした。
 今井も起きたことを悟られないようジッとしている。しかしまたすぐに今井は眠ってしまったようだ。少しだけ深町に背中を預け、ぐったりとしてしまった。
 散々交わり、今井の匂いもピーク時にくらべ落ちてはいるがそれでも全身からは深町を誘う匂いを発していた。深町も今は理性が働き、こんな状態の今井を前に抱こうとは思わないが匂いのせいで自身が頭をもたげ始めてしまった。
 βの女とならそこそこの性交渉はあったがこんなに求めたことはない。Ωがそうさせるのか今井がそうさせるのか。

 2人きりの空間。事後のまどろみと幸福感と後悔の中で家族用のスマホが震えているのが聞こえた。いつもなら音を出すよう設定しなければならないのだが昨日の夜からマナーモードに切り替えた。サイレントにでもしようかと思ったが、それは出来なかった。
 無視をしていたが何度も何度もしつこく着信がくるため苛立ちを隠すことなく舌打ちをして起き上がった深町は、固くなり始めていた熱を今井の後孔から引き抜いた。名残惜しいのは深町だけではなく、今井のそこはヒクヒクとしていて物足りなそうにゆっくりと収縮していた。どろりとした白濁がつぅ―と引き締まった臀部を伝う。あまりの光景に思わず口元がにやける。
 すやすやと眠る今井のこめかみにキスをし、ベッドから降りて煩く震えるスマホを探した。
 手に取るころには着信は一旦途絶えたので履歴を漁る。30件以上の新着の中で一度だけ母から着信があったがあとはすべて父親だった。現在の時刻は11時32分。見合いが始まっている時間だ。もともとすっぽかす気でいたしそれは両親にも伝えていたためなんとも思わないが、それとは別に言わなければならないことがある。
 素早く身支度をして部屋を出た。性行為後の匂いと今井のフェロモンが充満した部屋を名残惜しく感じながら鍵を掛け、そのまま鍵はポストに突っ込んだ。

 アパートの階段を下りながら父親に電話をする。ワンコールで出た相手は挨拶もなしに怒鳴り声で何かを喚いていた。言葉として、日本語として聞き取れないそれは父親の出身地の訛りが混じっており、標準語装備の深町にとっては異国語だった。ひとしきり話した後、父親はフーフーと鼻息を荒くし「お前なぞいらん」と一言、はっきりとした口調で言った。

「……ありがとうございます」

 父親の本音はどうか知らないが、きっと彼なりに深町の思いを酌んでのことだろう。深町にとってはその一言が、今まで父親から受けた言葉の中で何よりの言葉に聞こえた。

『ふん……。陸、これでも俺は親だしお前は子だ。大学は出してやる。そのかわり在学中は深町の人間として振舞ってもらう』
「わかりました。ありがとうございます」

 今まで稼いできた金でも十分に卒業できるほどだったがここで口を挟めば父親はまた怒りで自分自身を失うだろう。それよりもあの父親が、深町を蔑みながらも所有物として囲っていた人物がどういった心境の変化なのだと疑問が湧いた。だがそれを聞いたところで教えてはくれないだろうし、せっかく自分を自由にしてくれたのに気が変わったと言われるのもイヤで余計なことは言わずにただ父親の話を聞いた。

『あちらの親御さんはもちろん、見合い相手もお怒りだ。お前が後始末しろ。俺は知らない。……今からでも間に合うが、どうせお前は行かないのだろう』
「申し訳ありません」

 後始末をしろといわれても、元はといえば父親が勝手に見合いを持ってきたくせにという言葉も飲み込む。

『じゃあすぐに本社に来い。お前の容姿を借りる。お前みたいなもんは外見でしか役に立てないのだからな』
「……分かりました」

 通話を切り、大通りに出てタクシーを拾う。
 見合い相手には適当に断りと謝罪の電話で済ましてしまおうと簡単に考えた。だが簡単にいくと思ったのが恨めしくなるくらい見合い相手は食い下がってきた。強引に謝罪して通話を切ってもしばらく着信は鳴り響いた。驚いたのは仕事で使用する家族用のスマホにも同じ番号の着信があったことだ。
 相手は深町の家との繋がりが欲しかったが、見合い相手は深町本人に執着しているようだった。今井から連絡など来ることはないが、もしかして……という希望も捨てられないため電源を落とすのはためらわれた。
 しばらく放置するとようなく鳴り止み、ホッと息を吐いた。

 タクシーを40分ほど走らせ本社前に着き、そういえば、と思い出す。抑制剤やアフターピルをトイレに昨夜のままにしてしまっていた。
 今井の性格を考えればアフターピルを使用するだろうから捨てなければいけなかった。忘れていた自分が悪い。引き返そうか迷っているうちにビルの入り口からマスクを掛けた母親が付き人である賀川と一緒に出てきた。
 今日の見合いのことを母親にも謝罪しなければと、料金よりも大目の札を運転手に渡した。タクシーの運転手が何かを言おうとしたが「鳴り止まない電話の迷惑料です」と告げてサッとタクシーを降りた。
 母親に向かってお辞儀をすると眉を下げた母親が力なく手を振った。

「今日のことはすみませんでした」
「ん? お見合いね。相手方には謝るだけ謝っておいたわ。お父さんもすごい怒っていたけど、やっと落ち着いてくれて『もう知らん』って言ってるし」
「そうですか、ありがとうございました。帰られるのですか?」
「うん。私もさっきここに着いてお父さんに報告してきただけだしね。それに、体調もあまりよくないからお父さんに帰されちゃった」
「……マスクをして、どうしたんですか?」
「あ、うん。ちょっと胃がムカムカするの」

 父親は母親に対して過保護であるが、さすがに母親が体調不良となると深町も心配になる。そんな母親にホテルで1人(と言っても賀川はずっとそばにいる)、見合い相手と気まずい思いをさせてさすがにここで漸く申し訳ない気持ちが起こる。
 うつむいてもじもじと手を動かせた母親は時々チラチラと賀川と深町を交互に見やった。言いたいことがあるが言えない、そんな雰囲気だ。

「……立っていてはお体に障りますゆえ、そろそろ……」
「そ、そうね」

 先ほどまで後ろで構えていた賀川が母親の横に並び、車へと歩き出すよう促す。
 母親の様子に賀川の言葉。スッと視線を下ろして母親の足元を見た。いつも控えめであるがヒールのあるパンプスを履くのに今日はぺったんこ。
 深町の横を通り過ぎるとき、母親は少しだけマスクを下げて口元を見せた。背の高い深町を上目遣いで照れくさそうに。

「来年にはキョウダイが増えるわ」

 驚く深町にいたずらに成功したような笑顔を向け、母親は通りすぎた。後姿は幸せそのものだった。
 16で見合い結婚した母親はまだ42歳。経産婦のため初産婦よりはリスクは少ないかもしれないがそれでも高齢出産だ。
 母親が車に乗り込む直前で「大事にしてください」とその場から動かず声を掛けた。振り返った母親の笑顔はキラキラと眩しいものだった。

 少しバカっぽくて素直な母親の性格は今井とは正反対である。少し父親が羨ましくなったがその思考を捨て、ビルの中へと足を進めた。
 すべての用事を電話で済ませていたため実際に会うのは久しぶりだった。社長室のソファに座り、憮然とした態度で眉間にこれでもかと皺を寄せて機嫌が悪いアピールをしているが口元が緩んでいるのは明白だった。

「おめでとうございます」

 何が、とも言わず珍しい父親の姿につられて口元を緩めてしまうと「うるせぇ」と照れながらもぶっきらぼうな声で返事があり、少し笑ってしまった。
 しかしこの笑みが父親の何かに触れたのだろう。このあと数日間、寝る間もないほどこき使われるはめになった。
 父親も、1を聞いて10どころか20も分かってしまう、スッキリとした表情の深町の変化を敏感に捉えていた。今までの深町は家族や仕事でαだらけの中にいるとどこか自分を蔑むような態度を取ることがあったがそれもない。
 予想以上の働きにどこまでやれるのかついつい試してみたくなったんだと偉そうに言う父親。ただ、その忙しさで今井と連絡することも間々ならなくなっているというのに見合い相手からの電話はしつこくあり、深町をさらに苛立たせた。こういった人間は拒否をしても諦めることをせず別の方法をとろうとするので10~20回に一度は相手をし、丁寧な断りをいれた。
 しかし見合い相手は結婚してくれなければ死んでやるなどと脅迫めいたことを言うようになった。喚けば喚くほど深町の心から遠ざかるということはまだ若い娘には分からない。深町の美貌はその辺のαよりも抜きん出ているため、隣にいたらさぞかし自慢できるだろう。意地なのかプライドなのか分からないが知らない女の虚栄心のために犠牲になるつもりもない。脅迫の言葉はありがたく録音した。
 あの医者といい、この見合い相手といい、父親からの紹介者はろくな者がいないと深いため息をついた。

 気がつけば今井の誕生日が明後日に迫っていた。
 見合い相手など相手にはしていられなかったが何度かの電話の時に「諦めます」と見合い相手から申し出があった。喜んだのはつかの間、小娘が生意気にも条件があると言う。一度だけでも会って欲しい、10分だけでもいいから、と。たった10分会うだけなら会わなくてもいいんじゃないかと思うが深町はこれを了承した。ただしそれは弁護士を連れていきもう関わらないことを文書にし、署名してもらうためだった。

 そんな深町の苦労などお構いなしに今までになく楽しそうな父親は深町をここぞとばかりに連れまわし、それは今井の誕生日当日の朝、深町が爆発するまで続いた。




 今井の誕生日は一緒に過ごす。これは以前から考えていた。そしてついでではないが想いを伝えるのもこの日にしようと決めた。
 アパートに向かう前、社内のトイレで身だしなみを整えてから花屋へ向かった。蕾のものではなく5割ほど開いた真っ赤な薔薇を21本購入した。花束を手にし、今井が受け取る姿を想像して微笑んでしまう。
 細身の上等なスーツを着込んだ美しい男はそれだけで周りを惹きつけた。この花束をもらう人物もさぞかし美しい人なんだろうなと憧れと諦めのため息があちこちで漏れた。


 思ってもみないタイミングで母親の懐妊。父親の意識は深町から母親へとまた向けられた。見合い相手のことはまだかたはついていないがきっと大丈夫。父親が許してくれている。神など信じていないがお礼を言いたい気分だった。


 うきうき気分でアパートに着いたが、階段を上がっていくうちに薔薇の匂いに紛れて愛しい人の匂いが鼻を掠める。そろそろ発情期は終わるはずで、それなのに外にまで漏れているのは何故だ。自然と眉が寄せられ、ゆっくりと足を進めた。
 廊下を歩き、ドアの前につくとあたかも今までここに今井がいたかのように周りの空気が今井でいっぱいだった。ふわっと風が吹き、さらに匂いが濃くなる。なるほど、と匂いの元に足を向けて花束を抱えなおした。
 とりあえず呼び鈴を鳴らし、聞こえるように「留守か」と呟く。
 今井は隠れているつもりらしいがこんなに匂いがもれているのでは隠れている意味がない。
 行き止まりの右側は壁がくぼんでおり、音を立てずに近づく。体を震わせ、これでもかと小さくさせた今井が息を荒くして立っていた。

 まだまだ発情中じゃないか。
 外に出たらどうなるか分からないのか。
 危機感が足りなすぎる。
 だから意地悪もしたくなる。


 ドロリとしたものが奥から這い上がってくるものをこの場で出すわけには行かない。ガクガクと震えて足元が崩れ始めた今井を後ろから抱き寄せた。
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