できそこない

梅鉢

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18(深町5)

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深町視点

 
 今井に首を噛まれた。遠慮なく噛んだのだろう、すぐに離れたが痛みはかなりのものだった。それだけでも今井の本気の何かを感じた。
 珍しく感情が爆発している今井をどうあやそうかと考えるが、今井からは答えらしい答えもなく伸ばした手も振り払われた。それでも構わず頭を撫でてみると顔を涙でぐちゃぐちゃにさせながら深町に対する不満を漏らした。
 それは至極もっともな話で、後に自分でも引っかかっていたところでもある。ただ、誕生日のときに気持ちを伝えたことで満足をしたのは確かだし、今井の態度からも自分を好きなのは分かっていた。だから今の状況はお互いにとってそれほど不満のあるものだと思ってもいなかった。
 しかし発情期のきた今井に勝手に落ち込んだのも本当だし、学生である今井の立場も深く考えずに孕ませようともしてしまっていた。

「好きだとは聞いた。でもそれだけだ。陸が好きだと言えばきっと誰もが喜んでその気になるだろうな。俺もそうだよ。でも好きだと聞いてもお前の考えていることなんて何一つ俺には分からない」

 もともと口数の多くない今井が一生懸命、今まで言いたくても言えなかっただろう思いを自分にぶつけている。これが今井にとっての精一杯の告白なのだろう。深町がゆっくりと近づいては踏み込もうとしてもあれほど内側を見せずに、むしろすきあらば離れようとした意図を常に滲み出していた今井の、精一杯の。
 驚きはしたがそれは嬉しい変化だ。
 もしかしたら今井のほうが真剣に2人のこれからを考えてくれていたのかもしれない。やはり自分は考えが甘く、浅いのか。

「……そっか……」

 ぽつりと呟くと、険しかった今井の表情が少しだけ緩んだ。それを見て思わず自分も笑みを浮かべてしまう。

 自分が今までどれだけαとしてダメだったか、他と比べられてどれだけやる気が起こらなかったかを伝えると、今井はぽかんとした表情で固まった。自分の情けない話を晒しているのに今井の表情は哀れむでもなくがっかりした様子もなく、ただ驚いているようで少し笑えた。
 情けなくてネガティブな発言をする自分を幻滅しないでいてくれることが嬉しい。

 部屋に漂う濃密な空気は変わらず2人を包んでいた。呆気にとられている今井に触れるだけの口付けをする。愛おしくてたまらない、と思いを込めて。
 情けない話をされて、困った表情で首を傾げる今井に今は悩んでいないことを告げた。そしてそれは今井からもらったものだとも。
 今井がいたお蔭で頭の霞は消えたし、仕事では以前よりも父や兄についていけるようにもなった。また、Ωの匂いを感じられなかった自分に今井はαの機能があることを知らせてくれた。αとしての自信をくれたのはすべて今井からだった。

 いまひとつ分かっていない、と言う表情の今井の瞼や頬に唇を落としていく。

「確かに誠実さがなかったよね、俺。そこはとても反省してはいるんだけどね」
「……けど、ね?」
「あー、うん。反省しているけど後悔はしてなかったからなー」
「なんで?」

 いつもの今井にもどったのか呆けた感じがなくなり、今度は非難するよう眉を寄せている。先ほど「考えていることが何一つ分からない」と言われたばかりだ。自分達は日常を多く過ごしてきたが大切な話をしてきたことがない。

「本当は子供が出来て欲しかったんだ。最低で悪いけど、αとして何かハッキリしたものが欲しくて」
「αとして?」
「あの時、初めて一緒に過ごしたみのるの発情期の時はね。出来損ないって言われていたし、焦りもあったし。後で気持ちも伝えずにあんなことをして、と反省はしたけどそれでもやっぱりみのると俺の子が出来るなら他はどうなろうがあまり関係なかったしね」
「他は関係ないって……俺はまだ学生なんだよ」
「うん。だから、そういうのも含めて全部。だから最低っていっただろ。開き直っているわけでもないからね。学校へ行きたければ行けるようになんだってやろうと思ったし、すべてにおいてみのるのフォローはしていこうとも思っていたしね。ただそこは俺の勝手な思いであって、きちんと話さなければいけなかったんだよね。でもそこまでの考えなんて焦りの前では消え去っていたけどね。どれほどダメダメなんだろうね」
「……なんでそんなに焦ることがあったんだよ」
「えー? うーん」

 なにをそんなに焦っていたかと言われればどう答えたらいいのか。発情期のきはじめた今井の初めては自分でありたかったし、見合い相手のことも父に対しても頭にくることが多すぎて、色んなものが重なったからだろうがどう説明しようか考えてしまう。Ωのフェロモンに対してのキャパは広いのに物事に対するキャパが狭くて困る。

「……仕事、忙しい?」

 考え込んでいるとおずおず、と言った様子で今井が口を開いた。もしかして焦りは仕事からくるものだから今井には話せないとでも思っているのだろうか。
 仕事はまったく関係ないが、今井からの質問だ。笑顔で「そうでもないよ。みのるとこうなってからの俺は仕事のできる人間になったからね」とわざと偉そうに鼻を鳴らした。それに今井は苦笑で応える。

「そうなんだ、それならいいけど。さっきも着信音していたし、ここんところ俺のところにいるだけなのに結構電話きてたから忙しいかと思って」
「さっき? 鳴ってた?」
「うん」
「そっか。気づかなかった」

 黙っていようと思ったが、今井に対して誠実でいなければと思い、「それも焦りの一つではあったかな」と付け足した。

「それ?」
「よく来ていた電話さ、半分以上が父親が勝手に決めたお見合い相手なんだ。会ったこともないしこれから会う予定もないよ。もちろん、みのるが心配するようなことは一切ないし、心配もさせないよう努める」
「あ、ああ、うん……」

 今井が納得できる、十分な説明じゃないのは知っているが、自分としては父親がこの件から手を引いてくれたからには関係は終わりであると思っている。不安があっても言えない性分であろうから、そこは愛情をこめてフォローしていくつもりだ。

「……でも見合いってことは家同士のことなんだろ。そんなに簡単に切れるのかよ」

 いかにも気にしています、不安ですという表情で今井は目を泳がせていた。
 言葉でも行動でも、なんでも、いくらでもあげようと思う。不安になってくれている今井がたまらなく可愛い。

「父親の許可が取れたんだ。やっと。だから大丈夫。もうね、みのるがそばにいてくれるなら、あとはどうでもいいんだ。でもしつこいやつには拒否をすると逆上される場合があるから拒否はしていないけどね」

 瞼やおでこに何度もキスをし、「みのるだけが好き」と甘い声で囁く。

「!?」
「うん、ごめん。また勃ってきた」

 真面目な話をしていたが、少し話もそれたことと、甘い雰囲気で萎えていたモノが少しずつ硬さを取り戻していた。
 いやらしさが微塵も感じられないほど爽やかに微笑み、柔らかな今井の中を緩く擦ってやる。今井はまだ何か言いたそうにしていたので動きを止めてやると「そのうち千切れるんじゃないのか」とわけの分からないことを言ってくる。

「なにが千切れるの?」
「陸の……がだよ。いつもずっと俺の中に入れっぱなしだし」
「ああ、そう言うことね。いいよ。千切れても。ちぎれるほど愛してあげたい」

 顔を赤くし、困惑した表情で見上げられ、深町は苦笑した。確かにおかしいことを言っている自覚はあった。

 今井が手を伸ばし、首筋に触れる。先ほど今井に噛まれたそこは熱をもっていて脈を打つタイミングで痛みがじわじわと走っていた。

「歯形、ついてる」
「うん。付けたければもっとつけていいよ」
「……痛い?」
「全然」
「いくら俺が噛み付いたところで、なんの変化も起こらないなんてやっぱり不公平さを感じる」
「まぁ、そういう体質だしね。でもこれほどまでに自分がαでよかったと思ったことはないよ。みのるがいてくれて本当によかった」

 甘く囁き、首筋に顔を寄せれば今井はくすぐったそうに身を捩る。

「噛んで」

 今井からの突然の言葉に少し驚き、腕に力を入れて状態を起こせば、そこには顔を真っ赤にさせた今井が眼を瞠ってこちらを見ていた。自分で言ったくせに自分で驚いているようで。
 あまりにもその姿が可愛くて見とれていると腕で顔を隠してしまった。やはり恥ずかしいのか。
 高鳴る胸を押さえつつ、一度深呼吸をする。今井の体から自身を抜き、うつ伏せにさせる。恥ずかしがる尻を高く上げて、先ほどの言葉でガチガチの状態になった塊を一気に押し込んだ。

「あああっ」

 今井の熱い中をゆっくりと出し入れするだけで、今井は内腿を震わせてぱたぱたとシーツに白濁を落とした。
 膝立ちすら危ういのか、体から力が抜け、汚したばかりのシーツに身を沈める。抜けてしまわぬように自分も体勢を今井に合わせた。

「あぁ……んっ、ん」

 左手でベッドに手を付いて体を支え、空いた右手では露になっている今井の項にそっと触れた。途端、今井の体に緊張が走り、快楽に身を任せていた体を強張らせた。
 おかげで今井の中もきゅうきゅうと締め付けてくる。イきそうになるのを我慢するため抜き差しをやめ、奥まではめたら腰をグラインドさせた。

「うっ、……ま、まって、やっぱりちょ、っと、待って」
「みのるがそう言うなら待つよ、いくらでも」

 しかしその言葉は今井にとっては悪魔の囁きだった。


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