竹一族の記憶

夕凪ヨウ

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25番は存在しない 〜竹一族の記憶(一)〜

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 色とりどりのスーツケースが、5・・6・・10はあった。着物を捌く音は騒めきに掻き消され、接客用語が飛び交っている。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
「19時チェックインでございますね。かしこまりました」
「お荷物をお預かりいたします。エレベーターはあちらでございます」
「お出かけでございますか。お気をつけていってらっしゃいませ」
 広々としたロビーには、従業員はもちろん、宿泊客も数多くたむろしている。老夫婦はソファーに座って夕食のメニューを話し合い、子供たちは置物に興味を持ち、女性の友人グループは土産物コーナーで声を上げていた。
「すみません、16時チェックインの予約をしていた者ですが・・・・」
 新たに入ってきた宿泊客の一言に、従業員が素早く応じる。
「田中様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
 アルバイトも混じっているはずだが、そんなことを感じさせないほど手際が良かった。上司の指示が適切なのか、個人の能力が高いのかは、わからない。ただ、苛立ちや呆れが見えない空間は、心地が良かった。
「坊ちゃん」
 そう呼ばないでくれと何度も言ったのに、番頭さんは俺をそう呼び続ける。まあ、成人していない唯一の旦那の子供だから、仕方ないのかもしれない。
「なんだ? 今忙しいんだけど」
「忙しいって、ロビーを見られているだけでしょう・・・・」
 番頭さんは呆れ混じりにつぶやいた。俺は、昔から人が大勢行き来する時間のロビーを見るのが好きなのだが、この年になっては、ただの怠慢にしか見えないらしい。全く、歳を取るとは悲しいものだ。
「旦那様がお呼びでございます。“柳の間”でお待ちです」
 思わず眉が動いた。この旅館ーー柳宿やなぎじゅくの名前を冠した間が、どういう時に使われるのか、当然知っていたからだ。俺は仕方なく手摺りから体を起こし、番頭さんに礼を言って歩みを進めた。




 足音で俺だとわかったのか、声を上げる前に入室を促された。失礼します、と添えて正座をし、襖を半分ほど開けて半身を入れると、案の定、父さん以外にも1人、いた。
 襖を閉めて父さんと“客人”に向き直り、三つ指をついて頭を下げた。
「彼は・・・・噂の長男ですか?」
 声を上げたのは“客人”だった。一瞬しか見ていないが若い男で、薄手のセーターと紺のパンツという、春らしい格好をしていた。清潔感があり、髭も生えていない優しげな面立ちは、異性から好かれやすいだろう。
「いいえ、この子は三男です。しかし、そろそろ独り立ちさせても良いと思っておりました」
 低く、威厳のある父さんの声が空間を制する。だが、その一言を聞いた瞬間、俺は弾かれたように顔を上げた。聞き捨てならない言葉だった。
「お言葉ですが、父さん。私はまだ18・・・・兄姉たちのようにできるとは思いません」
「やってみなければわからないだろう。それに、時期の問題がある。間もなくゴールデンウィークという時に、経営に携わっている子供たちが欠けるのは困るんだ」
 つまり、ゴールデンウィーク中に解決してほしい依頼ということか。確かにそれなら、俺しかいない。だが、いくらなんでも唐突すぎる。やってみなければわからないとは、納得できないこともないが、安心できる材料じゃない。
「あの、私も、そちらの方が・・・・」
 親子の会話に挟まるのを遠慮するかのように、“客人”が消え入るような声でつぶやく。揃って視線を移すと、“客人”は続けた。
「私としては、年の近い彼の方が安心できます。警戒心も薄れるでしょうし、いても違和感がないでしょうから」
 断るのか、と尋ねるように父さんの視線が投げかけられた。俺は内心ため息をつき、しかし“客人”の頼みを無碍にはできず、かしこまりました、と漏らす。
「依頼をお受けします。詳しくお話ししてください。霊が出たのか、遺物でも見つかったのか、はたまたーー神隠しか。
 どんな依頼でもお受けしますよ。それが一族の決まりですから」
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