竹一族の記憶

夕凪ヨウ

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42首目に潜む待ち人 〜竹一族の記憶(三)〜

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 朝から降り頻る雨は、全くと言っていいほど止む気配がない。窓から見える紫陽花は雫に濡れ、または雫を弾き、薄暗い空気に彩りを与え続けている。それは唯一の救いのようにも、時節に相応しい景色のようにも思えた。
「お待たせして申し訳ございません。仕事が立て込んでおりまして」
 努めて柔らかい笑みを浮かべながら言うと、“客人”は一瞬固まり、しかしすぐに頭を下げた。同じような反応は、もう何度見たことだろう。何とも言えない笑み漏れそうになるのを、必死にこらえた。
 “客人”の前に正座をして姿勢を正した後、私はおもむろに口を開いた。
「それで、どのようなご依頼でしょうか。遠くからお越しくださる方は少なくありませんが、東北からは、数えるほどですから」
「ああ、やはり、そうですか。いえまあ、気にするほどのことではないのかもしれませんが・・・・。有り体に行ってしまえば、よくある怪談話でして」
 “客人”ーー塚口夏斗つかぐちなつとは、30代くらいの男だった。東北の某県に妻子と暮らしており、今日ここへ来たのは、妻子と共に視てしまった幽霊についての話をするためだという。


「末の松山をご存知ですか?」
 ようやく話す準備ができた直後に、そんな一言が飛んできた。思わず目を見開きそうになるが、何とか黙って頷く。塚口は「それは良かった」と口にして続けた。
「私たちが幽霊を見たのは、そこなんですよ」
「・・・・歌枕に幽霊なんて、できすぎた話だと思いますけど」
「ええ、私たちもそう思いました。ですが、あれは幽霊だとしか思えません。だって、普通はいないでしょう? 平安時代くらいの服を着た人なんて」
 平安時代? 直衣のうし烏帽子えぼしってこと? コスプレじゃないの? 普通はそう思うはず。
「詳しく教えていただけますか?」
「はい。
 ーー2週間ほど前のことです。家族と買い物をして、夕方くらいに末の松山へ行ったんです。ただ、その日は生憎の雨でしたから、あまり海は見えなくて。それで、しばらく休憩した後、帰ろうかとした時に、松の側に人が立っていることに気がつきました。傘も差さずに立っていたものでしたから、心配になって近づいたんです。そうしたら、その時急に霧が晴れて、松の側に立っている人の姿が明瞭になったんです。その人が、」
「平安時代の装束を身につけていた?」
 続く言葉を口にすると、塚口は頷いた。嘘くさい話に聞こえるけれど、流石に雨の中で昔の装束なんて普通じゃないわ。
「そうです。男の人でした。男の人は、ずっと松を見上げていて、私や妻子の呼びかけには反応しませんでした。
 そして、近づくにつれて気がついたんです。男の人は、雨が降っているのに体のどこも濡れていないこと、足が膝上くらいまでしかないことに」
 
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