竹一族の記憶

夕凪ヨウ

文字の大きさ
63 / 127
42首目に潜む待ち人 〜竹一族の記憶(三)〜

十五

しおりを挟む
 静けさが戻ったのを感じて、俺はようやく目を開けた。かなり長い間閉じていたので、月明かりがやけに眩しい。
「姉さん、体の方は大丈夫なのか? 結構動いただろ」
「心配してくれてありがとう。でも、このくらい屁でもないわ」
「さすが。それで・・・・あの男は“あちら側”に行ったのか」
「ええ。まあ、数百年も“こちら側”に留まっていたから、待っていた誰かと会うのは長い時間が必要でしょうけど」
 例え人間に悪さをしていなくても、地縛霊となった以上、その土地に悪影響を及ぼしたり、次の生を邪魔する理由になる。どれだけ切実な思いを抱いていようが、仕方のないことなんだ。
「“花纏い 舞う姿見て 思い出す 雪纏う日の 舞い踊る君”」
「えっ?」
 姉さん、急にどうした? ついに自分でも和歌を詠むようになったのか? いや、寧ろ今まで詠んでなかったのが不思議なくらいだけど・・・・。だからと言って何で今?
 噴出する疑問を口にしようとした時、姉さんが先に口を開いた。
「あの男が消える前に朗誦ろうしょうした和歌よ。かなりわかりやすいから、大体意味はわかるでしょう?」
「えっと・・・・“花を纏って舞う姿を見ていたら思い出した。雪を纏った日の舞い踊るあなたを。”・・・・みたいな?」
 姉さんが頷いたのを見て、つまりどういうことなのかと首を傾げた。花? 雪? 纏うってなんだよ。自然物は身につけられねえだろ。
「この和歌のおかげで何となくわかったわ。あの男とあの男が待っていた誰かの関係」


 驚いて目を瞬かせる四音に対して、私は自分なりの推測を口にした。
「和歌における花は、ほとんどの場合桜を指すの。今回もそれに当てはめられると思うわ」
 言いながら、私は帯に挟んだ扇を少し引き上げた。四音はハッとし、雪も同じなのか、と尋ねる。
「恐らくね。そう考えると、上三句は私のこと。桜の扇と簪を身につけて舞う私を見て、あの男は過去を思い出したの。それこそが下の句の、雪纏う日の舞い踊る君ってこと」
「雪を纏う・・・・姉さんと同じく雪の扇と簪を身につけていたってことか?」
「扇はそう考えてもいいんだけど、簪がしっくり来ない。私は個人的に、簪じゃなく衣や髪を束ねた紐のことじゃないかと思うのよ」
「白い衣を着て髪を束ねて舞っていた? 白って聞いたら死装束が浮かぶけど違うのか?」
「違うと思うわ。男は待っていた誰かの死の瞬間を見ていない。死装束を見たとは思えない。だから、衣が白かったと考えた方がいい。そして、白と舞いという言葉から連想するに、待っていた誰かはーー白拍子しらびょうしなんじゃないかしら」
 四音は聞いたことがあるものの、意味を測りかねる単語にしばし首を傾げていたけれど、すぐにハッとした。以前話したことがあったけれど、どうやら覚えていたらしい。相変わらず、記憶力のいい子だわ。
「白拍子は、愛妾とか寵愛を受けたって話はあるけど、正妻にしたなんて話はないよな。男は何にも変え難い存在だって言ったくらいだから、そのために全てを捨てたのか?」
「可能性は高いわ。順序としてはーー男と白拍子は出会って恋に落ちた。それは少しずつ恋や愛の一言に収まらないほどになり、互いに人生を捨ててでも共にいたいと思うようになった。かの有名な末の松山を詠んだ和歌を知っていた男と白拍子は、自分たちはあの和歌と同じではなく、あの和歌が大きな意味を持つからこそ、この場所で落ち合って逃げる誓いを立てた。先に逃げられたのは男の方であり、ここへ辿り着いた。だけど白拍子はやって来ず、死んだという話を聞いて命を絶ったーーという感じかしら。
 まあ、推測に過ぎないから、本当のところはわからないけれどね」
 

 姉さんはそう言って苦笑いを浮かべたが、俺は正しいんじゃないかと思った。わざわざ“舞”という言葉を2度も用いている以上、大きな意味を持っていると考えられるし、“纏う”からは桜と雪の重要性を感じさせる。
 流石は平安貴族というべきか。男は2度目の人生の最期を、和歌で締め括った。誓いを立てる理由にもなった和歌で。恨み言でも何でもなく、今を見て過去を想えたならーー男は、穏やかな気持ちであちら側に行けたのではないだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

怪談

馬骨
ホラー
怪談です。 長編、中編、短編。 実話、創作。 様々です。

近づいてはならぬ、敬して去るべし

句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中した。   ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   雪深い山の中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 あれ? 鳥の声が、まったくない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「モブ子で結構。クラスでパシリにしていたあなたより、フォロワーが100万人多いので、趣味の合わない方とはお話ししない主義なので」

まさき
ライト文芸
静はイヤホンをつけ、眼鏡を外した。 「ごめんなさい——趣味の合わない方とはお話ししない主義なの」 ——これは、モブ子と呼ばれた少女が、誰にも媚びなかった夏の話。 学校では地味で目立たない女子高生・葛城静。分厚い眼鏡、冴えない服装、クラスのリア充グループには「モブ子」と呼ばれ、パシリにされる日々。「ブスに夏休みは似合わないよね」——そんな言葉を笑顔で浴びせてくる同級生たちは、知らない。 彼女が、フォロワー100万人を誇る超人気ストリーマー「シズネ」だということを。 夏休み。秘密の別荘プールから配信した100万人記念ライブが大バズり。特定班の動きは早く、やがて「シズネ=あのモブ子」という事実がXのトレンドを席巻した。 翌朝の教室。昨日まで見下していた同級生たちが、一斉に満面の笑みを向けてくる——。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/3/8:『ほうもんしゃ』の章を追加。2026/3/15の朝頃より公開開始予定。 2026/3/7:『こんびに』の章を追加。2026/3/14の朝頃より公開開始予定。 2026/3/6:『えれべーたー』の章を追加。2026/3/13の朝頃より公開開始予定。 2026/3/5:『まよなかのあしおと』の章を追加。2026/3/12の朝頃より公開開始予定。 2026/3/4:『ぎいぎいさま』の章を追加。2026/3/11の朝頃より公開開始予定。 2026/3/3:『やま』の章を追加。2026/3/10の朝頃より公開開始予定。 2026/3/2:『いおん』の章を追加。2026/3/9の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...