竹一族の記憶

夕凪ヨウ

文字の大きさ
107 / 127
母の御魂は四つ辻に眠る 〜竹一族の記憶(五)〜

十九

しおりを挟む
 静かに涙を流す四音を、賢三が優しく抱きしめた。幼い頃から変わらない光景だ。だが、こんな時に抱きしめてやれない私は、父親としてどうなのか。
「鋼・・・・母さんの遺体は・・・・どうしたんだ? 仏壇には、遺影も位牌もない・・・・どこかの墓地に、あるのか? それとも、まさか・・・・」
「烏天狗一族の里に埋葬しました。出産前、父に自分が死んだらそうしてほしいと伝えていたようなのです。親族や友人のことは一言も語られませんでしたから、望まれる通りに致しました。・・・・今から、来られますか?」
 その一言に私たちは弾かれたように鋼を見た。妖怪の里には、そんな簡単に人間が入っていいわけではない。わざわざ誘うことなど、あり得なかった。
「いいのか・・・・?」
「いずれ、お連れしようと思っておりました。賢三様とも話し合い、体に影響のないことはわかっておりますので」
 やはり賢三は全てを計画していたのか。今回のことがあってもなくてもらいずれ話すつもりだったのだろう。
「行かせてくれ。母さんと俺が・・・・俺は本当に少しだけだけど、過ごした場所を」
 鋼が頷くと、賢三は四音の手を取った。1人で行くことはできないので、当然の行動だった。
「できる限り早く戻るよ、父さん。何なら休んでて」
 賢三がそう言うなり、どこからともなく風が吹いて私たちの視界を塞いだ。そして、次に目を開けた時には、四音たちの姿は消えていた。




 田園風景と枝や藁で組まれた家々は、田舎らしさを感じさせるものの、見張り台や門番の存在によって、人間の里ではないと一目でわかった。
「あれ? 兄さん、俺・・・・妖怪が視える・・・・。鋼のことも・・・・」
「ここは本当に妖怪しか住んでいないからね。人間の里では普通でないとされる力が満ち溢れているから、僕たちには寧ろ心地が良い。四音の視えない力を超える力が、あるってところかな」
 俺は思わず鋼を凝視した。金の瞳はダイヤモンドみたいに綺麗で、黒い羽は雄々しさを感じさせる。頼り甲斐のある見た目だった。
「お待ちしておりました、四音様」
 声をかけられて振り返ると、鋼よりも一回りは大きい鴉天狗が立っていた。右目に大きな刀傷があり、失明しているのだとわかった。
「四音様。こちらは私の父の黒鉄でございます」
「え・・・・あ、あなた、が・・・・」
 伝えたいことがいっぱいある。感謝の言葉は溢れるし、母さんを救うために手を尽くしてくれたことも、遺言を伝えてくれたことも・・・・。何から話すのが正解なのか、わからないほどに。
 俺が迷っていると、黒鉄さんは優しく微笑んで言った。
「後でじっくりお話ししましょう。一先ず、四音様の目的である、奏子様の墓地にご案内します」
「あ、ありがとう・・ございます・・・・」
 長自らの案内なんて、贅沢にも程がある。だけど、兄さんは気にしている様子がないし、兄さん相手だとかなり砕けた態度も取っている。築いてきた信頼関係ってやつだろうか。
 俺たちは田園を抜け、小高い山を登った。虫はおらず、人間の里では絶えず耳にする、蝉の鳴き声も1つとして聞こえなかった。所々に小川があり、陽光に反射して宝石のように煌めいていた。
 頂上まで登ると、ようやく視界が開けた。里の全体が見渡せる絶好の場所だった。
「こちらでございます」
 黒鉄さんの指し示した場所に、“それ”はあった。


 小さく積もった土の上に立てられた、磨かれた巨木の一部。隙のない長方形は美しく、しかし隅は丸まっていて、優しさを感じる。そして、巨木の中央に彫られた、“奏子”の2文字。木の根元に添えられた無数の花冠と人間の里の食事ーー。全てが、母さんに対する烏天狗一族の気持ちを表しているような気がした。
「里の花がお好きでしたので、女性たちや子供たちが花冠を作って置いていくのです。人間の里の食事は、化け狸や化け狐の一族に頼んで取ってきてもらい、時には調理して供えております。木を磨くのは朝昼夜の3度で、交代しながら行っております」
 黒金さんの言葉を聞きながら、俺は大粒の涙をこぼしていた。母さんが俺に遺した言葉・・・・“生きる場所がある”ーー母さんにとっての生きる場所は、ここだったんだ。人間の里でも竹一族の家でもない。ここだったんだ。
「ありがとう、鋼。ありがとう、黒鉄さん。確かに・・・・母さんの人生には、悲しいことがたくさんあった。その方が多かったのかもしれない。でも、人生の最期に安心できる場所に来られて、時間が経っても忘れられていなくて、生きた証が残っていて、俺、本当に嬉しい」
 微笑んだ俺を見て、鋼と黒鉄さんは少し驚いていた。きっと、母さんと重なったんだろう。母さんのお墓を一瞥した視線が、それを物語っている。
「2人に、頼みたいことがあるんだ」
「何なりと」
 迷わず返してくれるんだ。ああ、どうしよう。ずっと2人を・・・・この里に生きているみんなを、視ていたいな。声を聴いているだけじゃ、何だか悲しいな。でも、母さんはずっと視えなかった。声だけを頼りに生きていた。だったら俺は、そんな母さんを否定するようなこと、しちゃいけないよな。
「俺が死んだら、母さんの隣に埋葬してほしい。その時、この里がどうなっているかとか、俺自身がどうなっているかとか、何もわからないけど、そうしてほしい。母さんの隣で、眠りたい」
 2人は兄さんを見た。兄さんは微笑んで、わずかに頷いた。それが答えだった。2人は揃って片膝をつき、頭を下げた。
「かしこまりました。その望み、必ず叶えさせていただきます。ーー四音様」
 泣き笑いで頷いた俺を、母さんがどこからか見ている気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

怪談

馬骨
ホラー
怪談です。 長編、中編、短編。 実話、創作。 様々です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

近づいてはならぬ、敬して去るべし

句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中した。   ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   雪深い山の中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 あれ? 鳥の声が、まったくない。

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/3/8:『ほうもんしゃ』の章を追加。2026/3/15の朝頃より公開開始予定。 2026/3/7:『こんびに』の章を追加。2026/3/14の朝頃より公開開始予定。 2026/3/6:『えれべーたー』の章を追加。2026/3/13の朝頃より公開開始予定。 2026/3/5:『まよなかのあしおと』の章を追加。2026/3/12の朝頃より公開開始予定。 2026/3/4:『ぎいぎいさま』の章を追加。2026/3/11の朝頃より公開開始予定。 2026/3/3:『やま』の章を追加。2026/3/10の朝頃より公開開始予定。 2026/3/2:『いおん』の章を追加。2026/3/9の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

境界の音

迷い人
ホラー
大学二年の榊真樹は、臨床心理学科教授の紹介で映像関連企業のインターンに入る。 慣れないオフィスでの雑務に追われる日々、営業の高木歩だけは、真樹の不安を切り捨てない人だった。 距離の近い声、触れそうで触れない手、名前の呼び方ひとつで揺れる心。 惹かれてはいけない、と分かっているのに、真樹の身体はその優しさを覚えてしまう。 けれど、穏やかな時間に混じって、海の気配が増えていく。 波の音はないのに聞こえ、足音がひとつ多い気がして、見られている感覚だけが残る。安心を与える腕ほど、境界を曖昧にする――そんな違和感を抱えたまま、真樹は高木の出張に同行し、香川・琴平へ向かう。

処理中です...