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番外編(一)
四音の夢
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「お帰りなさい、賢三兄さん」
去年までよりも爽やかな笑顔で、四音は僕を迎え入れてくれた。
「ただいま。僕がいない間、困ったこととかなかった?」
「大丈夫だよ。ありがとう。・・・・あ、でもさ」
何かあったのかと思って首を傾げると、四音は少し不貞腐れたような表情を浮かべた。
「俺、今年は笛じゃなくて三味線を披露したんだ。だから、賢三兄さんにも聴いてほしかったんだ」
「え」
流石に面食らって兄さんを見ると、悪戯な笑みを浮かべていた。普段の悪戯の仕返しを、こんなところでやらなくたっていいのに。相変わらず、調子が良いんだから。
半ば睨むように兄さんを見たけれど、素知らぬ風だった。僕は心の中でため息をつき、四音に向き直る。また背が伸びたんだな。
「ごめんね。ひと段落ついたのに、勝手なことばかりして」
「まあ・・・・賢三兄さんが集まりを嫌っていることは知っているからさ、もちろん無理にとは言わないよ。でも、来年からはいてほしいんだ。・・・・ダメ、かな」
うーん・・・・いっそのこと四音を烏天狗の里に連れて行きたいくらいだけど、そう何度も招待していい所じゃないしなあ。僕が家にいるのが正しいか。里に行きたい気持ちもあるけど、最悪夜に行くことはできるし・・・・。
何より、弟の願いを無碍にするのは、嫌だしね。
「わかった。来年からは家にいるよ。また聴かせてね」
四音は目を輝かせて頷いた。やっぱり、どれだけ僕より大きくなっても、四音は可愛い弟だ。
話は終わったかと思って部屋に戻ろうとすると、今度は顔を出した父さんに引き留められた。何かまずいことをしたかと思ったけれど、すかさず四音が、「進路のこと、ちゃんと言っておきたくて」と告げる。
そうか。もう、高校3年生の夏休みだったな。父さんたちも僕も、四音を一族に縛る気はない。経営を学べなんてことは言わない。自由な道を選んでほしいとは思っている。だけど、四音自身が家に残ることを望むなら・・・・それはそれで受け入れるべきだ。決断してくれたんだから。
しかし、そんな心配は要らなかった。四音は、ちゃんと自分の道を見つけていたからだ。
「調律師? それって・・・・ピアノの?」
家族で揃って食事をする部屋に集まるなり、四音は「調律師になりたいんだ」と開口一番に言った。僕は音楽に疎いので、取り敢えず聞き返して認識が正しいかの確認をした。
四音は深く頷き、音楽の道に進みたいことは父さんと母さんに前から話していたこと、吹奏楽部の顧問にも相談して勉強方法や大学を紹介してもらっていたこと、同じく音楽の道に進む友人たちと音楽大学のオープンキャンパスに行ったことがあることなど、僕や兄さん、姉さんの耳には全く入っていなかったことを話した。
「兄さんたちに相談しなかったのは、不安とかじゃなくて、ただ3人とも大学で勉強していたことが全く違うからなんだよ。自分とまるで違う進路の話されても、流石に困らせるかなって思って、取り敢えず父さんと母さん、顧問の先生に相談したんだ」
四音の判断は正しい。大学の4年間において、兄さんは経営学、姉さんは和歌、僕は民俗学と、本当に全く違うことを学んだからだ。それなのに、揃って音楽の分野に疎い。つまり、相談されても進まなかったのは、間違いないのだ。
ただ、1つ気になることはある。
「ピアニストじゃなくてもいいけど、なんて言うのかな・・・・演奏者になる気はないの? 小学生の時から、ずっと吹奏楽部で、色んな楽器が扱えるじゃないか」
そう尋ねると、すかさず兄さんと姉さんも同意した。
「それは俺も気になった。そりゃ楽な道じゃないけどさ、楽器を弾いたり吹いたりするの、好きだろ?」
「顧問の先生にもプロになれるって言われてるのよね? 詳しいことがわからなくて申し訳ないけれど、演奏者ではいけないの?」
楽器を扱うのは好きだし、演奏者でいけないなんてことはないよ、と四音は答えた。それなら、どうして調律師なんだろうか。
同じ疑問を抱きながら揃って四音を見ると、四音は笑って答えた。
「自分の手で楽器に触れて、人それぞれの音を作るっていうのが、すごくやり甲斐のあることだと思うんだ。
確かに、俺は自分で楽器を扱うのが好きだよ。でも、それと同じくらい、人の演奏を聴くのが好きなんだ。
だから、人それぞれの音を聴き分けて、その音が出るように楽器に触れる仕事って考えたら、何だか・・・・尊いとすら思える仕事なんじゃないかって。
音楽は楽器や演奏者の姿を見ることでも楽しめるけど、1番に楽しむのは音だ。そのことが、音楽に触れて来たこれまでで、よくわかった。だからこそ、その音を作る仕事に、俺は就きたい」
朗らかな笑顔に、奏子さんが重なる。やっぱり似てるな。きっと彼女も、この世でないどこかで、応援してくれる。
「そっか・・・・。それは・・・・本当に、本当に素晴らしいことだね」
自然とそんな言葉が口をついて出ていた。兄さんと姉さんも同じようなことを思ったのか、笑って頷く。
父さんと母さんとも視線を交わして、頷き合った。
「それが進みたい道なら、精一杯頑張りなさい、四音。ずっと支えるし、応援するから」
父さんの言葉に母さんも頷いた。もう、四音との間に距離はない。良かった。
四音は姿勢を正し、父さんと母さんの方に向き直って言った。
「ありがとう。俺、なるよ。絶対」
その日、家族揃って食べた夕食は、これまでのどの食事よりも美味しく感じた。
去年までよりも爽やかな笑顔で、四音は僕を迎え入れてくれた。
「ただいま。僕がいない間、困ったこととかなかった?」
「大丈夫だよ。ありがとう。・・・・あ、でもさ」
何かあったのかと思って首を傾げると、四音は少し不貞腐れたような表情を浮かべた。
「俺、今年は笛じゃなくて三味線を披露したんだ。だから、賢三兄さんにも聴いてほしかったんだ」
「え」
流石に面食らって兄さんを見ると、悪戯な笑みを浮かべていた。普段の悪戯の仕返しを、こんなところでやらなくたっていいのに。相変わらず、調子が良いんだから。
半ば睨むように兄さんを見たけれど、素知らぬ風だった。僕は心の中でため息をつき、四音に向き直る。また背が伸びたんだな。
「ごめんね。ひと段落ついたのに、勝手なことばかりして」
「まあ・・・・賢三兄さんが集まりを嫌っていることは知っているからさ、もちろん無理にとは言わないよ。でも、来年からはいてほしいんだ。・・・・ダメ、かな」
うーん・・・・いっそのこと四音を烏天狗の里に連れて行きたいくらいだけど、そう何度も招待していい所じゃないしなあ。僕が家にいるのが正しいか。里に行きたい気持ちもあるけど、最悪夜に行くことはできるし・・・・。
何より、弟の願いを無碍にするのは、嫌だしね。
「わかった。来年からは家にいるよ。また聴かせてね」
四音は目を輝かせて頷いた。やっぱり、どれだけ僕より大きくなっても、四音は可愛い弟だ。
話は終わったかと思って部屋に戻ろうとすると、今度は顔を出した父さんに引き留められた。何かまずいことをしたかと思ったけれど、すかさず四音が、「進路のこと、ちゃんと言っておきたくて」と告げる。
そうか。もう、高校3年生の夏休みだったな。父さんたちも僕も、四音を一族に縛る気はない。経営を学べなんてことは言わない。自由な道を選んでほしいとは思っている。だけど、四音自身が家に残ることを望むなら・・・・それはそれで受け入れるべきだ。決断してくれたんだから。
しかし、そんな心配は要らなかった。四音は、ちゃんと自分の道を見つけていたからだ。
「調律師? それって・・・・ピアノの?」
家族で揃って食事をする部屋に集まるなり、四音は「調律師になりたいんだ」と開口一番に言った。僕は音楽に疎いので、取り敢えず聞き返して認識が正しいかの確認をした。
四音は深く頷き、音楽の道に進みたいことは父さんと母さんに前から話していたこと、吹奏楽部の顧問にも相談して勉強方法や大学を紹介してもらっていたこと、同じく音楽の道に進む友人たちと音楽大学のオープンキャンパスに行ったことがあることなど、僕や兄さん、姉さんの耳には全く入っていなかったことを話した。
「兄さんたちに相談しなかったのは、不安とかじゃなくて、ただ3人とも大学で勉強していたことが全く違うからなんだよ。自分とまるで違う進路の話されても、流石に困らせるかなって思って、取り敢えず父さんと母さん、顧問の先生に相談したんだ」
四音の判断は正しい。大学の4年間において、兄さんは経営学、姉さんは和歌、僕は民俗学と、本当に全く違うことを学んだからだ。それなのに、揃って音楽の分野に疎い。つまり、相談されても進まなかったのは、間違いないのだ。
ただ、1つ気になることはある。
「ピアニストじゃなくてもいいけど、なんて言うのかな・・・・演奏者になる気はないの? 小学生の時から、ずっと吹奏楽部で、色んな楽器が扱えるじゃないか」
そう尋ねると、すかさず兄さんと姉さんも同意した。
「それは俺も気になった。そりゃ楽な道じゃないけどさ、楽器を弾いたり吹いたりするの、好きだろ?」
「顧問の先生にもプロになれるって言われてるのよね? 詳しいことがわからなくて申し訳ないけれど、演奏者ではいけないの?」
楽器を扱うのは好きだし、演奏者でいけないなんてことはないよ、と四音は答えた。それなら、どうして調律師なんだろうか。
同じ疑問を抱きながら揃って四音を見ると、四音は笑って答えた。
「自分の手で楽器に触れて、人それぞれの音を作るっていうのが、すごくやり甲斐のあることだと思うんだ。
確かに、俺は自分で楽器を扱うのが好きだよ。でも、それと同じくらい、人の演奏を聴くのが好きなんだ。
だから、人それぞれの音を聴き分けて、その音が出るように楽器に触れる仕事って考えたら、何だか・・・・尊いとすら思える仕事なんじゃないかって。
音楽は楽器や演奏者の姿を見ることでも楽しめるけど、1番に楽しむのは音だ。そのことが、音楽に触れて来たこれまでで、よくわかった。だからこそ、その音を作る仕事に、俺は就きたい」
朗らかな笑顔に、奏子さんが重なる。やっぱり似てるな。きっと彼女も、この世でないどこかで、応援してくれる。
「そっか・・・・。それは・・・・本当に、本当に素晴らしいことだね」
自然とそんな言葉が口をついて出ていた。兄さんと姉さんも同じようなことを思ったのか、笑って頷く。
父さんと母さんとも視線を交わして、頷き合った。
「それが進みたい道なら、精一杯頑張りなさい、四音。ずっと支えるし、応援するから」
父さんの言葉に母さんも頷いた。もう、四音との間に距離はない。良かった。
四音は姿勢を正し、父さんと母さんの方に向き直って言った。
「ありがとう。俺、なるよ。絶対」
その日、家族揃って食べた夕食は、これまでのどの食事よりも美味しく感じた。
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