竹一族の記憶

夕凪ヨウ

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24年前の先見 〜竹一族の記憶(十)〜

「清二様の特別になるには、どうしたらいいの? 黒鉄」
 中学に上がったところで、わたしと清二様の関係性は変わりませんでした。無理のないことではありましたが、わたしは数年前よりもさらに異性からの視線を浴びることが多くなっており、一刻も早く状況を変えたかったのです。
 だからこそ、よく清二様の元を訪れては身の回りの世話をし、共に依頼をこなす烏天狗一族の長・黒鉄に相談をするという、なんとも訳のわからぬことをしました。
「・・・・難しいですね。清二様は、あまり他者に大きな感情を抱かれる方ではございません。あの方にとって、他者は基本的に心惹かれない存在。人ならざるモノに心を惹かれるのは、自分たち人間と違うからだと、以前お話しされていましたし・・・・」
「心惹かれない・・・・。でも、夏実様やあなたは違うじゃない」
「夏実様は実の妹君ですし、私は幼い頃からお仕えしていますから、一定の信頼をいただいているだけですよ」
「誤魔化さないで。実の妹だと言うなら、光雄様の双子の姉に当たるしおり様もでしょう。それなのに、清二様が同じような感情を向けられたことはないわ」
 そう指摘すると、黒鉄は困ったように笑いました。姉妹の差を、ずっとそばにいる彼が知らないはずはないのに、なぜそんな顔をするのか・・・・わたしにはわかりませんでした。
「本当にわからないのよ。どうして、清二様はあそこまで夏実様を大切に想っているの? 妹だということはわかっているけれど、他のご兄弟に同じ素振りを見せたことはない。何より、夏実様は人ならざるモノを見聞きし、感じすることすらできな」
「その話」
 わたしの発言を遮って、黒鉄は突然声を上げました。今までそんなことはなかったので驚いていると、黒鉄は続けてこう言いました。
「夏実様が人ならざるモノを見聞きし、感じることすらできないという話は、清二様の前でされないでください。あの方は、その指摘が本当にお嫌いなのです。・・・・言い換えるなら、除霊師としての力量しか見ていない言動、ですね。普通の人間には存在しないものを、当たり前のように誇示するなんて馬鹿馬鹿しいと、仰っていましたから」
「そんな・・・・あんなに強力な力を持っているのに?」
「力が清二様を幸福にしていると思われますか?」
 このやり取りだけで、わたしがどれだけ清二様を理解できていないかが浮き彫りになりました。同時に、数年前に交わした“清二様の力を頼り、守ってもらいたいから結婚したい”というわたしの発言は、してはならないものだったと気が付きました。
「私は一族に救われた立場上、悪しき言葉を口にするつもりはありません。しかし、清二様からすれば、ご自身の力は負担なのです。今でこそ研究という形で様々なことを試すのを楽しんでおられますが、かつては、の姿を重ねられるご当主様に辟易されていらっしゃいましたから」
 前任者。その一言に、わたしは強く惹かれました。清二様に言及して拒絶されてからり誰にも聞くことができなかったからです。前任者とは、亡くなったという黎一様の弟君のことでしたが、それが何を意味するのか、強く知りたいと思いました。
「・・・・前任者は、ご当主様の弟君だと聞いたことがあるわ。亡くなったとも。だけど、ご当主様の弟妹は皆健在。それなのに亡くなったなんて、どういうことなの?」
「私に話す権利はございません。ご当主様にお聞きになってください」
「それがやりにくいから、あなたに聞いているの。あなた、ずっと昔から力の持ち主を主人として仕えて来たのでしょう? 前任者の時も同じはず。寧ろ、あなたが一番知っているんじゃないの?」
 黒鉄は話すことを渋りました。一族内で封印された話であり、黎一様も亡くなった時のことを思い出してお辛くなるから、軽々しく口にはできないと。でも、私は辛抱強く尋ねた。清二様を苦しめていた前任者の存在を、知るために。
 やがて、黒鉄は諦めたようにため息をつき、他言無用だと前置きしてから答えを告げました。
「ご当主様には、清四郎せいしろう様という弟君がいらっしゃったのです。セイの字は清二様と同じであり、お父君の第四子かつ次男。ご当主様にとっては一番初めの弟君でしたから、それはもう大切に思っておられました」
「清四郎・・・・。その人が、清二様の前任者」
「はい。ただ、清四郎様は虫を殺すことすら躊躇われるほどお優しい方で、とても除霊師には向いていなかったのです。
 詠美様は当然ご存知と思いますが、除霊師として独り立ちした一族の者は、人ならざるモノは当然のこと、時には同じ人間にすら力を使う必要があります。しかし、あの方はどうしてもそれができなかった。強大な力を持ちながら、使うことを拒絶されたのです。
 ご両親はお怒りでしたが、ご当主様はいいじゃないかと笑っておられました。実際、清四郎様のお力は縁を結びさえしなければ使えない代物ですから、無理に何かが起こるわけでもございません。ですから、清四郎様が生涯で結ばれた縁は、私一人なのです」
 その告白に、わたしは目が飛び出る思いでした。強大な力を持って生まれた以上、その力を一族のために使うのは当然であり、拒否することは許されないと、教え込まれて来たからです。それを拒否し、あまつさえ許してしまった黎一様は、本当に清四郎様のことを大切に思っておられたのでしょう。
「しかし、優しすぎるが故に、清四郎様は他者と同じ痛みや苦しみを感じて寄り添うべきだと考えられました。もちろん大切なことではあるかもしれませんが、何事にも限度はございます。清四郎様には、それがなかった。だから」
 一呼吸おいて、鋼は、さらに驚くべきことを告げました。



 淡々とした声でありながら、表情は悲哀に満ちていた。人間より、よほど人間らしいと、わたしはぼんやり考えたのを覚えています。
「当時、一族の皆様はどのような方法を使われたのか・・・・誰一人として戦争に行くことはありませんでした。人殺しが躊躇われたり、国家に従うのが不満だったり、そのような理由ではないと思います。恐らく、とてつもなく単純に、除霊の依頼以外で命を落とす気がなかったのでしょう。
 ですが、清四郎様だけは違った。日々命を落とし続ける民衆や軍人を見て、安全圏にいることが耐えられなくなった。敗北の色を感じることがあれば、さらにお心を乱されていました。使命感などではなく、ただただ、お心を痛めておられました」
 だからこそ、と続けて黒鉄はため息をつきました。呆れというより、この先を話したくないという気持ちが透けて見えました。
「学徒出陣は、清四郎様にとって幸運だったのです。死ぬことが確定していると言っても過言ではないことであろうと、同じ痛みや苦しみを分かち合えるのならば、死地に迷いすらございませんでした。当然私を初め、ご家族の皆様は止められました。黎一様は、その最たる方でした。
 出陣の前日、黎一様は仕切りに“行く必要はない”、“そんな義務を負ってどうするのか”、“学生まで死ぬことが正しいとは思えない”・・・・と、誰に批判されてもおかしくないようなことを訴えられておられました。しかし、清四郎様の決意は揺るがなかった」
 自分の息を呑む音を聞いてから、わたしは口を開きました。
「そうして、戦地で亡くなったの?」
「特攻隊として戦死されたのです。骨の欠片すら帰って来なかった現実に、黎一様は泣き崩れられ、空の棺に向かって清四郎様の名前を呼び続けられていました。ーーそして、終戦から年が明けた2月、清二様がお生まれになったのです。清四郎様と同じ力を持つ、あの方が」
 だから黎一様は清二様を溺愛しているのだと、言われずともわかりました。若くして亡くなった弟と、その後に生まれた、弟と同じ力を持つ息子。溺愛しないわけがなかったのです。
「・・・・悲劇ね」
「ええ。しかし、清四郎様と清二様は別の人間です。時折話題になる前世や輪廻転生などは、この一族では起こらないこと。それなのに弟君の姿を重ねる黎一様を、清二様は父と呼ばれないのです。違う外見、性格だろうと、常に付き纏う清四郎様の影・・・・。振り払えぬ影と少しでも距離を置くために、清二様は研究に打ち込み、清四郎様とご自身を乖離させられているのですよ」
 それは、わたしの知らない清二様の苦悩でした。口にも態度にも出されませんが、清二様は、そんな苦悩を背負い続けて来られたのです。
 それがわかって、わたしはようやく、清二様がお力を持たず、見聞きすることも感じることもできない夏実様を大切にされるお気持ちがわかったような気が致しました。
 何も持たないからこそ、何もない存在。ただそばにいるだけで、兄妹として過ごせる存在。その存在が、清二様には本当に救いなのだと。夏実様にとっても、愛しい兄なのだと。そう、気づきました。
「そのような訳で、清二様は夏実様のことを人一倍大切にされているのです。・・・・知りたかったことに対する答えは、こちらでよろしいですか?」
 わたしは頷きました。本当十分すぎるほどに、十分でした。


「詠美、来ていたのか」
 黒鉄が帰り、しばらく清二様のお部屋でぼんやりしていると、当の本人がいらっしゃいました。18になっていた清二様は、精悍な顔立ちの一言が似合う方で、異性の視線を昔より惹きつけるようになっていました。
「・・・・清二様。わたし、やっぱりあなたの妻になりたいと思います」
「まだそんなことを言っているのか。何度も言っただろう。私は結婚する気も子供を儲ける気もない。力の研究に一生を捧げる。その方が有意義な人生だ。それに、お前はあくまで私の力をーー」
「違います」
 お言葉を遮ってまで違う理由を説明しようとしましたが、清二様はすぐに見抜かれ、「黒鉄に聞いたのか」と、逆に尋ねられました。私はやむなく頷きましたが、言うべきことは言おうと思いました。
「清二様にとって、夏実様は特別な存在です。でも、それはあくまで家族愛。悪いだなんて恐れ多いことは言いませんが、それだけでは勿体無いと思うのです」
「だから恋愛をし、その相手を自分にしろと言うのか? 随分と大きく出たな」
「自分でもそう思います。ですが、きっとなってみせます。だからそれまで、待っていていただきたいのです」
 その時の清二様が何を考えていたかはわかりません。無表情ではありませんでしたが、とにかく感情の読めない表情をされていましたから。
「好きにしろ。私に結婚の予定はないからな」
「ありがとうございます。好きにさせていただきますね。ーーその日が来る時まで」
 こうして、わたしは清二様の妻となる決意を、改めて固めたのです。
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