小説探偵

夕凪ヨウ

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Case6.鮮血の美術室②

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「カイリさん! なぜあんなことを!」

 集会の後、楠木田は怒りを帯びた口調で叫んだ。海里は淡々と答える。

「私は事実を言ったまでです。強引とは思いましたが、情報の共有は必要なことですよ。」

 更に怒鳴ろうとした楠木田を無視し、海里は龍に視線を移した。

「東堂さん、聞き込みのため、部下の方々を複数動員できますか?」
「ああ。4クラス×3学年・・・12クラスなら1クラスに対して2人は集められる。お前は御堂真也のクラスを当たれ。俺は教師に聞く。」
「分かりました。」

 2人は楠木田の制止を聞かず、それぞれの行動に出た。海里は急いで2年2組へ向かい、再び事件の説明をした。

「1人1人、話を聞かせて頂きます。出席番号順で構いませんから、1人ずつ廊下へ来てください。」

 生徒たちの動揺は収まっていなかった。無理もないと思うが、やると決めた以上、退く気はなかった。
 すると、どこか不満を込めた声が聞こえた。

「カイリさん。1ついい?」

 声を上げたのは1人の女子生徒だった。ウェーブの黒髪を胸元まで垂らし、スカートの短さを補うように髪と同じ色のハイソックスを履いている。気だるそうな表情と釣り上がった両目は、気の強さを感じさせた。

「構いませんよ。あなたのお名前は?」
「鈴村姫子。取調の前に、これ、どうにかして欲しいんだけど。」

 鈴村が指し示したのは、被害者である御堂真也の机だった。海里は首を傾げながら机に近づき、中を覗く。

「これは・・・・花? いつからこんな物が?」
「知らない。今覗いたらあって・・私、花粉症で花触れないから、代わりに取って。」
「分かりました。」

 海里は龍から渡された手袋を嵌め、机の中にある花を取り出した。その花を見て、海里は顔を目を丸くする。

「これは・・・黒百合と、黒薔薇? 一体・・・・」
「ちょっと! 早く片付けてよ。」
「ああ、はい・・・・」

(証拠物品として扱うべきなのか? いや、花の1本や2本、妙な物じゃない。でも机に入れているのはおかしい気がする。御堂さんは美術部だと聞いたから、絵の参考にした可能性も捨てきれないか?)

 そんなことを考えていた時、別の声が聞こえた。

「呪い、憎しみ、恨み。」
「えっ?」

 短い言葉だったが、よく通る声だった。海里は驚き、声のした方に目を向ける。

 そこには、頬杖をついて校庭の花壇を見ている、1人の女子生徒がいた。真っ直ぐな黒髪と、黒い瞳が見える。横から見ても分かる整った顔立ちで、凛々しさすら感じさせた。
 海里がまだ目を瞬かせていると、女子生徒は続けて言った。

「黒百合と黒薔薇の花言葉。真也は植物が好きで、よく描いていたけど、黒は描きにくいって言ってた。だから、真也が入れた物じゃないと思う。」

 淡々と話す女子生徒が、海里を見据えた。揺るぎのない瞳には、一抹の不安が見え隠れしている。海里はなぜか安堵し、口を開いた。

「そうですか。とりあえず、証拠物品として回収しますね。では、聞き取り調査を始めましょう。」

            ※
                   
「随分疲れた顔だな。何かあったか?」

 聞き取り調査を終えた龍は、廊下の壁にもたれかかって溜息をつく海里の姿を見つけ、そう言った。海里は疲れた表情を崩さず言う。

「・・・ええ。あのクラス・・・・2年2組、少し薄情な生徒が多いように思います。普通、クラスメイトが怪我をしたら心配しませんか? それでなくとも、不安があるはずでは? 一部の生徒を除いて、そういったものを感じませんでした。」
「なるほど。早く済ませて帰りたい、みたいなことを言われたんだな。」
「そんなところです。衝撃ですよ。」
「そうか? 話を聞いてくれるならまだ良い方だろ。最悪の場合、警察だと名乗っても追い返される場合だってあるんだから。」

 龍の言葉に、海里は再び溜息をついた。そして、先ほど回収した花を見せる。

「偉く不吉な花持ってるな。どうした?」
「被害者の机に入っていました。クラスメイトの1人が、“呪い、憎しみ、恨み”の花言葉があると教えてくれましたよ。」

 海里の言葉に龍は眉を動かした。

「花言葉? おい、そのクラスメイトってもしかしてーーーー」
「龍さん⁉︎」
「やっぱりお前か・・・美希子。」

 龍の視線の先に立っていたのは、先ほど花言葉を教えた女子生徒だった。

「確か、久米美希子さん・・・ですよね。お知り合いですか?」
「ああ。そう言えばお前、この高校に転校したんだったな。」
「うん。」

 沈黙が流れる。美希子は海里を一瞥しながら、

「薄情な人間扱いしないでよ。虚勢張ってる子だっているだろうし、本当に薄情な子がいるとしても、一部だけだし。」
「・・・・聞いてたんですか。」
「たまたま。」

 海里は、あっけらかんとした態度の美希子を、特に気にする様子もなく尋ねた。

「なぜ花言葉を?」
「真也と一緒に植物を見てたから。昔から付き合って、よく植物園とか行ってたもん。」
「昔から? 御堂さんの幼馴染みなんですか?」

 美希子は頷いた。流石に龍も知らなかったらしく、多少の驚きを見せている。美希子は少し黙った後、海里に尋ねた。

「犯人分かった?」
「私は超能力者か何かですか? そんな簡単に行きませんよ。
 それより、なぜ聞き取り調査に応じてくれなかったのですか? 幼馴染みなら、御堂さんのこともよくご存じでしょうに。」

 そう。先ほど、美希子は話なんてしたくないと教室を出て行ってしまったのだ。担任が説得に行こうとしたが、海里は不安なのだろうと適当なことを言い、仕方なく彼女の聞き取り調査を諦めたのである。

 美希子は眉を潜め、ポツリと呟いた。

「・・・だって、嫌いなんだもの。探偵なんて、意味不明な職業。警察官とは全然違うし。」
「はい・・・?」

 海里は探偵に対する嫌悪と同時に、警察官に対する尊敬を感じ取った。龍が知り合い故だけではないと思ったが、口には出さなかった。
 美希子は続ける。

「格好つけて謎を解いてるけど、結局何かが起こった後に成果を得てる。失ってから得た利益にかぶりついてるだけじゃない。」

 海里は怒らなかった。微笑を浮かべ、腕を組む。

「そうですね。あなたの言い分は正しい。でもそれは、“本物の探偵”に言ってあげて下さい。私はあくまで小説家です。偶然頭が切れて、人より色んな物事に早く気がつく・・・・だから探偵を兼業している。それだけです。」
「・・・だったらどうして、本物の事件を物語にするの? 頭が良いなら、自分で作れるはずじゃない。」
「ええ、作れますよ。ただ、リアリティを求めると、そうなるんです。」

 海里はそう言って壁に預けていた体を起こし、美希子を見た。

「御堂さんのことを教えてください。この花の件も気になりますし、あなたは、まだ聞き取り調査が済んでいないんですから。」

 動じない海里に何を言っても無駄だと分かったのか、美希子は苛立ちと諦めを含んだ声を上げた。

「分かりましたよ。もう。」


 その日、聞き取り調査を終えた警察は、速やかに生徒たちを下校させた。教師たちにも仕事の有無に関係なく1度帰宅するよう頼み、海里と龍、数人の彼の部下だけが、学校に残った。

「血痕、綺麗になったんですね。」

 白い壁と床が現れた美術室を見て、海里は言った。龍は頷く。

「ま、臭いはまだ残るからな。しばらく封鎖だ。それより・・・・生徒教員全員が容疑者か。ここまで面倒な調査は初めてだな。」
「ええ。しかし、御堂さんが殺されかける理由が分かりません。誰に聞いても人気者、リーダーシップがある、優しい・・・と、肯定的な意見しか聞かなかった。嘘も混じっているのではと思いましたが、今日のところは見受けられませんでした。」

 2人は現場を見ながら話をしようと思ったが、あまりにも血の臭いが残っていたので諦めた。
 仕方なく1階の渡り廊下に移動し、缶コーヒーを飲みながら聞き取り調査の結果を報告し合う。缶コーヒーは学校の自販機から拝借しているが、校長に許可を得ているので、問題はない。

 一通りの報告を終え、海里が一息つくと、龍はまだ虚空を見つめていた。

「まだ、何か?」

 龍の答えは意外なものだった。

「いや・・・あの花のことが気になってな。」
「花・・・御堂さんの机で見つかった、黒百合と黒薔薇のことですか?」
「ああ。この学校に植えられている白百合の花言葉は“純潔・威厳”。対して、黒百合と黒薔薇は“呪い、憎しみ、恨み”。本当に被害者が全ての人間から肯定的に思われていたなら、あの花は絶対におかしい。この学校の中に、嘘をついている人間がいる。」

 龍の言葉に、海里も頷いた。
 これは後で分かったことだが、あの2本の花には被害者の血が付着していた。つまりあの花は、理由は分からずとも、犯人によって事件現場に持ち込まれた可能性さえあるのだ。

 海里は理由を考えたが、分からなかった。

「東堂さん。提案なんですが、一先ず、容疑者を教師に絞りませんか? 
 生徒と教員だと、教員の方が少ない。先に教員を調べて、何もなければ生徒を当たりましょう。もちろん、アリバイがなかったり、何かしらの怪しい言動をしている生徒だけです。そちらの方が早く済むかと。」

 海里の言葉に、龍はゆったりと頷いた。

「そうだな。空振りの調査は返って時間がかかる。俺たちだけで教員を当たって、部下に生徒の調査を頼むよ。」
「お願いします。」
「ああ。・・・そう言えば江本。お前、この学校について何も知らないのか?」
「学校? ここ、何かあるんですか?」

 龍は頷いた。周囲に誰もいないことを確認してから、彼は言葉を続ける。

「そもそも俺が花言葉に拘るのも、この学校の“過去”からだ。」
「過去?」

 海里は心底不思議そうな顔をした。随分と大袈裟な言葉選びだと感じたのだ。しかし、次に飛び出した龍の発言は、海里の想像の外にあった。

「ここ・・・白百合高等学校は、元々刑務所だったんだよ。」
「なっ・・け、刑務所⁉︎」

 驚く海里に龍は冷静に続けた。

「因縁なんていくらでも存在する場所だろ? 御堂真也に何があるのかは分からないが、もし刑務所だった過去が関係しているなら、あの花言葉も、意味のあるものだと思わないか?」
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