小説探偵

夕凪ヨウ

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Case6.鮮血の美術室②

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「この学校のこと、何も知らないのか?」
 妙な質問だった。私は首を傾げながら質問を返す。
「何かあるんですか? 普通の学校ですよね?」
 素直な感想を口にしたが、あずまさんは真剣な表情に変わっていた。彼は周囲を見渡し、誰もいないことを確認した後、先ほど交わした議論に拘る理由を述べた。

      ーカイリ『鮮血の美術室』第2章ー


            ※


「カイリさん! なぜあんなことを!」
 集会の後、楠木田は怒りを帯びた口調で叫んだ。海里は真顔で答える。
「私は事実を言ったまでです。強引とは思いましたが、情報の共有は必要ですよ」
 更に怒鳴ろうとした楠木田を無視し、海里は龍に視線を移した。
「東堂さん。聞き込みのため、部下の方々を複数動員できますか?」
「ああ。4クラスが3学年・・・・12クラスなら1クラスに対して2人は集められる。お前は御堂真也のクラスを当たれ。俺は教師に聞く」
「分かりました」
 2人は楠木田の制止を聞かず、それぞれの行動に出た。海里は急いで2年2組へ向かい、再び事件の説明をした。
「1人ずつ話を聞かせて頂きます。出席番号順で構いませんから、廊下へ来てください」
 生徒たちの動揺は収まっていなかった。無理もないと思うが、やると決めた以上、退く気はなかった。
 すると、どこか不満を込めた声が、海里の名前を呼ぶ。
「カイリさん。1ついい?」
 声を上げたのは1人の女子生徒だった。ウェーブの黒髪を胸元まで垂らし、スカートの短さを補うように髪と同じ色のハイソックスを履いている。気怠そうな表情と釣り上がった両目は気の強さを感じさせた。
「何でしょう?」
「取調べの前に、これ、どうにかして欲しいんだけど」
 女子生徒が示したのは、自身の席の左斜め前にある御堂真也の机だった。海里は首を傾げながら机に近づき、中を覗く。薄暗かったが、葉の緑と花弁が見えた。
「花? いつからこんな物が?」
「知らない。今見たらあった。私、花粉症で触れないから、代わりに取って」
「分かりました」
 海里は手袋を嵌めた手で、机の中にある花を取り出した。その花を見て、海里は目を目を丸くする。
「黒百合と黒薔薇? 一体・・・・」
「早く片付けてってば」
 苛立った女子生徒の声に曖昧に答えつつ、海里は教卓へ戻った。何か仕込まれていないかとあちこち触るが、それらしい物はなく、余計に訳が分からなかった。
 証拠物品として扱うべきなのか? いや、花の1本や2本、妙な物じゃない。机に入れているのはおかしい気がするけれど、御堂さんは美術部だと聞いたから、絵の参考にした可能性も捨てきれないか?
「呪い、憎しみ、恨み」
「えっ?」
 短い言葉だったが、よく通る声だった。海里は驚き、声が聞こえた方へ目を向ける。
 そこには、頬杖をついて校庭の花壇を見ている1人の女子生徒がいた。背中まで伸びる真っ直ぐな黒髪と、大きめの黒い瞳が美しい。横から見ても分かる整った顔立ちは、凛々しさすら感じさせた。
 海里が目を瞬かせていると、女子生徒は続けて言った。
「黒百合と黒薔薇の花言葉。真也は植物が好きで、よく描いていたけど、黒は描きにくいって言ってた。だから、真也が入れた物じゃないと思う」
 淡々と話す女子生徒が海里を見据えた。揺るぎのない瞳には、一抹の不安が見え隠れしている。海里はなぜか安堵し、口を開いた。
「そうですか。とりあえず、証拠物品として回収しますね。
 では、聞き取り調査を始めましょう」


            ※

                   
「随分疲れてるな。何かあったか?」
 聞き取り調査を終えた龍は、廊下の壁にもたれかかって溜息をつく海里の姿を見つけて尋ねた。
 海里は疲労を隠すことなく答える。
「・・・・あのクラス・・2年2組、少し薄情な生徒が多いように思います。普通、クラスメイトが怪我をしたら心配しませんか? それでなくとも、不安があるはずでは? 一部の生徒を除いて、そういったものを感じませんでした」
「早く済ませて帰りたい、みたいなことを言われたんだな」
「そんなところです。衝撃ですよ」
 半ば愚痴のような言葉に、龍は肩をすくめた。
「そうか? 話を聞いてくれるならまだ良い方だろ。最悪の場合、警察だと名乗った途端に追い返される場合だってあるんだから」
 龍の言葉に、海里はそれ以上何も言えなくなった。仕方なく、先ほど回収した花を見せる。
「偉く不吉な花持ってるな。どうした?」
「御堂さんの机に入っていました。クラスメイトの1人が、“呪い、憎しみ、恨み”の花言葉があると教えてくれましたよ」
 海里の言葉に龍は眉を動かした。
「花言葉? おい、そのクラスメイトって、もしかしてーー」
 龍が言葉を続けるより前に、彼の名前を呼ぶ声が響いた。
「龍さん⁉︎」
 声に応じて龍は素早く視線を動かし、驚きと呆れの混じった表情を浮かべた。
「やっぱりお前か・・・・美希子みきこ
 龍の視線の先に立っていたのは、先ほど花言葉を教えた女子生徒だった。海里は記憶を辿り、聞き取り調査の際に呼んだ名前を思い出す。
久米くめ美希子さん・・・・ですよね。お知り合いですか?」
「ああ。そう言えばお前、この高校に転校したんだったな」
「うん」
 知り合いらしい2人だったが、なぜかそれ以上の会話をせず、沈黙が流れた。
 少しして、美希子は海里に視線を移しながら、怒りのこもった声を上げる。
「みんなを薄情な人扱いしないでよ。虚勢張ってる子だっているだろうし、本当に薄情な子がいるとしても、一部だけだだから」
「聞いていたんですか?」
 気配はしなかったのに、と思いながら尋ねた。美希子は頷く。
「聞こえただけ」
 あっけらかんとした美希子の態度を特に気にする様子もなく、海里は質問を続けた。
「なぜ花言葉を?」
「真也が教えてくれたの。昔から、家族ぐるみで植物園とか行ってたもん」
「昔から? 御堂さんの幼馴染みなんですか?」
 美希子は頷いた。流石に龍も知らなかったらしく、多少の驚きを見せている。しかし、2人の驚きなど気にすることなく、今度は彼女が質問を投げかける。
「犯人分かった?」
 海里は思わず顔を歪ませて答えた。
「私は超能力者か何かですか? そんな簡単にいきませんよ。
 それより、なぜ聞き取り調査に応じてくれなかったのです? 幼馴染みなら、御堂さんのこともよくご存じでしょう」
 先ほど、美希子は「話なんてしたくない」と言い、教室を出て行ってしまったのだ。担任が説得に向かおうしたが、海里は不安なのだろうと適当な理由をつけ、仕方なく彼女の聞き取り調査を保留したのである。
 美希子は眉を顰め、ポツリと呟いた。
「・・・・だって、嫌いなんだもん。探偵なんて、意味不明な職業。警察官とは全然違うし」
「はい・・・・?」
 海里は探偵に対する嫌悪と同時に、警察官に対する尊敬を感じ取った。龍が知り合いだからだけではないと思ったが、話が脱線しそうだったので、口には出さなかった。
 美希子は続ける。
「かっこつけて謎を解いてるけど、結局何かが起こった後に成果を得てる。失ってから得た利益にかぶりついてるだけじゃない」
 一見、警察への皮肉とも取れる言葉だったが、龍は気にしておらず、聞き慣れたような表情を浮かべていた。海里も怒ることはなく、微笑を浮かべる。
「そうですね。あなたの言い分は正しい。でもそれは、本物の探偵に言ってあげてください。
 私はあくまで小説家です。偶然頭が切れて、人より色んな物事に早く気がつくから探偵を兼業しているだけですよ」
「・・・・だったらどうして本物の事件を小説にするの? 頭が良いなら、自分で作れるはずじゃない」
「ええ、作れますよ。ただ、リアリティを求めると、そうなるんです」
 適当な理由を述べていると龍は感じた。海里自身、明確な理由を見つけられぬまま小説を書いている自覚があったが、初対面の少女に話す気はなかった。
 海里は気持ちを切り替えるように息を吐き、壁に預けていた体を起こした。
「御堂さんのことを教えてください。この花の件も気になりますし、あなたは、まだ聞き取り調査が済んでいないんですから」
 動じない海里に何を言っても無駄だと分かったのか、美希子は苛立ちと諦めを含んだ声を上げた。
「分かったよ、もう」


 聞き取り調査を終えた警察は、速やかに生徒たちを下校させた。教員にも仕事の有無に関係なく1度帰宅するよう頼み、海里と龍、数人の彼の部下だけが学校に残った。
「血痕、綺麗になったんですね」
 白い壁と床が現れた美術室を見て海里は呟いた。龍は頷く。
「まあ、臭いはまだ残っている上、事件は解決していないから、しばらく封鎖だけどな。
 しかし・・・・生徒教員全員が容疑者か。ここまで面倒な捜査は中々ない」
「ええ。ですが、御堂さんが殺されかける理由が分かりません。誰に聞いても人気者、リーダーシップがある、優しいなと、肯定的な意見しか聞かなかった。嘘も混じっているのではと思いましたが、今日のところは見受けられませんでした」
 現場を見ながら話をした方がいいと思い議論を始めた2人だったが、あまりにも血の臭いが残っていたので諦めた。
 2人は1階の渡り廊下に移動して西洋風の東屋に入った。そして、海里はココア、龍は缶コーヒーを飲みながらーーどちらも学校の自動販売機から拝借しているが、校長に許可は得ているーー改めて聞き取り調査の結果を報告し合った。
 一通りの報告を終え、海里が一息つくと、龍は虚空を見つめていた。
「まだ何か?」
 海里の問いに対して、龍の答えは意外なものだった。
「あの花のことが気になってな」
「御堂さんの机で見つかった黒百合と黒薔薇のことですか?」
「ああ。
 この学校に植えられている白百合の花言葉は“威厳”。対して、黒百合と黒薔薇は“呪い、憎しみ、恨み”。本当に被害者が全ての人間から肯定的に思われていたなら、あの花は絶対におかしい。この学校の中に、嘘をついている人間がいる」
 龍の言葉に海里は頷いた。
 これは後々分かったことだが、あの2本の花には被害者の血が付着していた。つまりあの花は、理由は分からずとも、犯人によって一度、事件現場に持ち込まれたのである。
 海里は改めて花が存在した理由を考えたが、分からなかった。仕方ないとばかりに、彼は龍に向き直る。
「東堂さん。提案なんですが、一先ず容疑者を教員に絞りませんか? 
 生徒と教員だと、教員の方が少ない。先に教員を調べて、何もなければ生徒を当たりましょう。もちろん、アリバイがなかったり、何かしらの怪しい言動をしている生徒だけです。そちらの方が早く済むかと」
 海里の言葉に、龍はおもむろに頷いた。
「そうだな。空振りの調査は時間がかかる。俺たちだけで教員を当たって、部下に生徒の調査を頼むよ」
「お願いします」


 どのくらいの時間が経っただろう。何か他に報告するべきことがあったかと海里が考えていると、龍が口を開いた。
「そう言えば江本。お前、この学校について何も知らないのか?」
「この学校について? ここ、何かあるんですか?」
 龍は頷いた。周囲に誰もいないことを確認してから、彼は言葉を続ける。
「そもそも俺が花言葉にこだわるのも、この学校の“過去”からだ」
「“過去”?」
 海里は心底不思議そうな顔をした。随分と大袈裟な言葉選びだと感じたのだ。しかし、次に飛び出した龍の発言は、彼の想像の外にあった。
「白百合高等学校は、元々刑務所だったんだよ」
「なっ・・・・け、刑務所⁉︎」
 驚く海里に対し、龍は冷静に続けた。
「因縁なんていくらでも存在する場所だろ? 御堂真也に何かあるのかは分からないが、もし刑務所だった過去が関係しているなら、あの花言葉も、意味のあるものだと思わないか?」
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