小説探偵

夕凪ヨウ

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Case11.狙撃者の行方

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「以前の事件と似ていますね。一先ず、容疑者はタワマンの住人全員と管理人。しかし先ほどの推測がありますから、ある程度の高層階の住人に絞りましょう」
 私の声は比較的明るかったと思う。1つの問題が解決して、事件そのものが終息に向かいつつあると、手応えを感じていたからだ。
 しかし私は、いや、私たちは知らなかった。


 この事件が、ただで終息しないことを。


        ーカイリ『炎の復讐』第2章ー


            ※


「刑事部長に面会?」
 龍から協力を申し込まれた翌日、現場に向かっていた海里は、思わず目を丸くして反問した。対して、龍は落ち着き払った様子で頷く。
「ああ。お前のことは以前から報告していたんだが、遂に会ってみたいと言われたんだ。日程は明後日の午後。予定は空いてるか?」
「ええ。でも、どうして急に?」
「会えば分かる」


 2日後、海里は警視庁へ足を運んだ。事後報告などで行くことはあったが、龍以外の警察官に会うために行くことなど初めてで、彼はがらにもなく緊張していた。
「来たか。行くぞ」
 龍は海里の緊張を無視して中に入った。海里は慌てて追いかける。多くの警察官が彼を不審な目で見たが、龍の顔を見ると、軽く会釈をした。
「東堂さんって、捜査一課のボスか何か・・・・」
「そんなわけないだろ。一種の社交辞令だよ」
 海里は納得したような表情を見せたが、警察官の中には、龍を尊敬以外の、羨望と嫉妬の眼差しで見つめる者もいた。その視線を見て、海里は彼がただの優秀な警察官ではないと直感する。しかし、口に出したところで何も話してくれないと分かっていたため、それ以上は何も言わなかった。
 何度か階段の踊り場を踏み締め、長い廊下を通ると、龍は何の変哲もない扉の前で足を止めた。隣室の扉が離れていたので、捜査本部として使われることがあるのだろうと推測できた。
 龍は扉をノックし、口を開く。
「東堂です」
「入れ」
 短い答えの後、龍はゆったりと扉を開けた。
 机と椅子、ホワイトボードだけの殺風景な部屋だった。部屋の3分の2ほどを整然と並べられた机と椅子が占め、複数人が通れる隙間を開けて、数人が座れるほどの机と椅子、ホワイトボードが置かれている。
 しかし、広い空間には1人の男しかいなかった。男は扉から一直線に進んだ所に背を向けて立ち、窓の外を見つめていた。
 男は漆黒のスーツを着用し、両手を後ろで組んでいた。立派な体躯は遠目でも分かり、身長は龍より高く見える。白髪の混じる黒の短髪は、きっちりと整えられていた。
「君が江本君か。龍から話は聞いているよ」
 そう言いながら、男はゆっくりと振り返った。
 刹那、厳粛げんしゅくに見えた顔には笑みが浮かんでいた。年齢は40代後半くらいで、年齢相応のしわがある。鋭い瞳に隠された穏やかさが目立ち、それだけで人柄が窺えた。高い鼻やがっしりとした顎は、頼り甲斐のある人間性を表していた。
 海里はぎこちない足取りで近づき、深く頭を下げた。
「初めまして。江本海里です。
 お忙しい中、わざわざ時間をとって頂き、ありがとうございます」
「堅苦しい礼は不要だよ。呼び出したのはこちらだ。私は九重浩史ここのえひろふみ。龍が話したと思うが、階級は警視長で、刑事部長を務めている」
 九重さん、と海里は復唱した。同時に、浩史はいたずらな笑みを浮かべて続ける。
「今は九重だがーー数年前までは、久米浩史と名乗っていた」
 その言葉を咀嚼するのに時間はかからず、海里は目を丸くした。表情の変化を見るなり、浩史は今度は満足そうな笑みを浮かべる。
「お察しの通り、君が白百合高等学校で出会った久米美希子みきこは、私の実の娘だ。私は婿入りして職場でも妻の姓を名乗っていたから、本姓に戻ったのは割と最近だ。今でも偶に呼び間違えられる」
 浩史は変わらず笑みを浮かべていた。穏やかな口調に、海里への不信感は微塵も感じない。
 海里は驚愕と同時に、美希子を見た時に感じた凛々しさが、父である浩史譲りであると理解した。全体の顔立ちは似ていないが、堂々とした雰囲気や立ち居振る舞いはそっくりだった。


 ようやく驚きを飲み込んだ後、海里は改めて口を開いた。
「私をここへ呼んだのは・・・・」
「その事実を知らせると共に、2年前、今回と同様の事件で命を落とした、1人の刑事の話をするためさ」
 その言葉が言い終わるか否かのうちに、龍は2人から目を背けていた。浩史は彼を一瞥いちべつするが、穏やかな表情は崩さない。
「2年前の事件で亡くなったのは、1人の刑事だけだった。名前は杉並亮すぎなみりょう。捜査一課の新人刑事で、龍の直属の部下だったんだよ」
 海里は息を呑んだ。浩史は落ち着いた口調で続ける。
「彼は明るく、優しく、努力を怠らない刑事だった。人を思い人に思われる、そんな人だった。
 捜査一課の誰もが、彼を可愛がっていたよ。私も、彼の人となりを素晴らしいと思っていた。いつか、刑事でいることに悩み、苦しむ時が来たとしても、そのままでいて欲しいと願った。将来必ず、警察の希望になってくれると信じてね」
 海里は尋ねることが心苦しいと思いながらも、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・なぜ、杉並さんは命を落としたのですか? 犯人は虚仮威こけおどしのつもりでやっていたのでしょう」
「他の事件はね。しかし杉並が殺害されたのは、偶然ではなく意図的だったと思っている」
「なぜです?」
 続く海里の質問に浩史は顔色を変えることなく答えた。
「だっておかしいだろう? それまで1人として掠り傷さえ負わせなかったのに、その時だけヘッドショットだなんて」
 重い言葉だった。海里は、今まで感じたことのない苦々しさに、息が荒くなるのを感じた。彼は浩史の言葉を待っていたが、龍が言葉を引き継いだ。
「事件現場から引き上げるその時に杉並は撃たれた。即死だった。最期の言葉も何もなかった・・・・守れなかった」
 後悔一色の言葉に、海里は俯いた。龍は続ける。
「正直、未だに犯人の意図は分からない。あいつが俺たちの目の前で撃たれて、呆気なく命を落としたこと、それだけが事実として残った。俺は部下を死なせた男、として、しばらく上から色々言われたよ」
 龍は苦笑した。浩史は長い息を吐く。
「少し感情的になってしまったが、私たちが君に望むのは、事件解決に力を貸して欲しいということだけだ。思うところはあるだろうが、よろしく頼むよ」

                    
            ※


「湿っぽい話になって悪かったな。まあ、いつも通り手伝ってくれ」
 龍は普段の声音で言った。先ほど見せた後悔や悲しみは、微塵も感じられない。そんな態度を取られては、海里は頷くことしかできなかった。
「・・・・はい。あの・・・・」
「ん?」
「九重さんが本姓に戻ったということは、離婚されたということですよね。
 ただ、先ほどお話ししただけでも、優しい方だと分かります。それなのに、どうして九重さんは・・・・」
「個人情報は漏らしたくないな」
 重ねた声は明らかな拒絶だった。海里は少し表情を固くした後、いつもの笑みを見せる。
「東堂さん。今から、先日の犯人がいたと思わしき場所に行きませんか? 犯人の足跡を辿らない限り、事件は進みませんので」
 龍は己の過去にも浩史のことにも触れず、いつものように頷いた。
「そうだな」


 タワーマンションの管理人は、龍から事情を聞くと驚いたが、納得して鍵を差し出した。2人は礼を述べ、すぐに屋上へ入る。
「眺めが良いですね。犯人は、ここから発砲を・・・・」
 海里は町を一望しながら呟いた。龍はフェンスも何もない屋上を見渡し、笑う。
「なるほどな。確かに狙撃にぴったりだ。全方位が見渡せる上、遮蔽物がほとんどない。
 ただ、ここまでの距離となると、スコープ付きのスナイパーライフルでも使わなきゃ無理だ。拳銃は長さが圧倒的に足りない上、狙いが定まらないからな」
 実際に銃を扱う龍の発言は参考になった。海里は頷いて言葉を返す。
「恐らく、犯人は複数人です」
「なぜそう思う?」
「あの時撃たれた銃弾の数も1つの根拠ですが・・・・もう1つはこれです」
 そう言って、海里は側の泥汚れを示した。そこには2つの靴跡がある。
「1人の男性が足を広げて座ったと考えても良いですが、靴跡の大きさと幅が違う。管理人の方が入った可能性もありますが、先ほど話をした際、事件現場当日からここには入っていないと仰っていました。東堂さんも指摘されませんでしたから、嘘ではないと分かっているのでしょう」
 あまりにも早い問題解決に、龍はなぜか笑ってしまった。海里は別段気にする様子もなく続ける。
「ここで1つ問題があります。犯人は、どうやって屋上に入ったのかーーということです」
「ああ。鍵の場所は管理人しか知らないし、警察を装っても鍵は必要だ。ピッキングで開ければ跡は残る。タワマンである以上、防犯カメラもあちこちにある」
「ええ。ですから、警察官を装った線は消しましょう。ついでに、犯人が何かしらの方法で鍵を開けて屋上に入った可能性も消します。場所が分からないなら合鍵も作れませんし、東堂さんの仰る通りピッキングもリスクがある」
「じゃあ何だ? タワマンを登ったってことか?」
 突拍子もない質問だったが、海里はすぐさま頷いた。
「恐らく」
 海里は突然きびすを返し、屋上の扉の奥へ足を運んだ。龍が後を追うと、彼は満足げな笑みを浮かべている。
「当たりですね。ほら、見てください。ここ」
 海里は側にあったフェンスを掴みながら屈み、屋上の床を指し示した。そこには2つの穴が開いていた。海里は子供のように無邪気な笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「まるで忍者ですね。犯人は命綱として作ったロープに、自分の体を支えられるほどのフックを取り付けたんです。それを階下から投げ、ここに嵌めて屋上に登った。穴は深いですから、念入りに登れるか確かめたということでしょう」
「そして念入りに確かめた後、ロープを軸に壁を伝って登り、狙撃した?」
 海里は深く頷いた。
「ただ、現実的に考えて地面から屋上までの距離のロープを用意するのは難しいでしょう。長すぎると、上手く引っかからない可能性も高い。
 にも関わらず、人目に着くかもしれない場所で、なぜそんな危険を犯せたのか? 理由は簡単、犯人がこのビルの住人だからです。それも、ありったけの度胸と、狙撃の腕を持った」
 冷たい風が吹いた。一息で話し終えた海里は息を吐き、屋上の扉へ戻る。
「この間の事件と似たような状況ですね。一先ず、容疑者はこのビルの住人全員。一応、管理人の方も含みましょう。1人1人調べるのには時間がかかりますから、ある程度の高さに住む住人から調べた方が早いと思います」
「そうだな。始めるか」
「はい」
 2人は頷き合い、鍵を返してタワーマンションを後にした。すぐさま警視庁へ戻り、捜査一課に再捜査を行うことを伝えた。過去の事件を聞いた海里は、必ず解決する決意を固めていた。





 だが、2人は知らなかった。この時、“第2の事件”の幕が、既に上がっていたことに。
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