小説探偵

夕凪ヨウ

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Case39.見えない狙撃手①

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「復活してくれて良かったよ、江本君。以前の月影旅館の件の後、しばらく連絡がなかったから心配していたんだ」
「申し訳ありません。少し・・・・考える時間が必要だったのです。でも、やっと心が決まりました」
 そう言いながら、海里は束の原稿用紙を机に置いた。1行目の中央には、『若女将の涙』と書かれてある。編集者は顔を明るくしながら言う。
「おお! ありがとう。じっくり見させてもらうよ。修正があったら、また電話をするから」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
 編集者が2人分の会計を支払い、店を出て別れると、海里のスマートフォンが鳴った。龍である。
「もしもし?」
『今、暇か?』
「ええ。先ほど打ち合わせが終わりましたから」
『じゃあ今から言う場所にきてくれ。また、だ』
「分かりました。すぐに」
                    
            ※

「やあ、久しぶり」
「玲央さん。東堂さんとは警視庁と現場で分かれて仕事をされると仰っていませんでしたっけ?」
「上からの指示だから仕方ないよ。今回の事件は、一筋縄じゃ行かなさそうだし」
 そう言いながら、玲央は横目でブルーシートがかけられた遺体を見た。海里がゆっくりとブルーシートを捲ると、やはり、“いつもの傷”が付いている。
「心臓を1発で撃ち抜いただけで亡くなっている可能性が高いのに、追い討ちをかけるように頭・肩・手・足の全てに銃創・・・・悪趣味ですね」
「本当に。しかも、殺される人間が全員警察官とあっては、これまた困る」
 ここ数週間、警視庁を悩ませている“ある事件”があった。その名もーー


 警察官連続殺人事件


 職務中や職務後など、多数の警察官が狙撃によって殺害される事件である。
 龍と玲央は上層部からの指示のもと、捜査一課の指揮を取っていたが、捜査に進展が見られないため、海里に協力を依頼したのだ。しかし、彼が加わってからも明確な手がかりが得られず、数人の被害者が出ていた。
「被害者は本庁交通部交通捜査課勤務の米倉雅史よねくらまさし。昨夜、仕事を終えて帰路に着いたところ、襲われたと考えられる。1年ほど前に警察官になったばかりだ」
「以前はベテランの方でしたよね? その前は壮年の婦警の方・・・・やはり、年齢や性別は考えていませんか」
「ああ。歴とした無差別殺人だ。既に10人は殺されている」
 想像以上の数に海里は息を呑んだ。
「10人・・・・警察が恨まれていると考えて間違い無いでしょうが、今まで解決した事件の中から洗い出すことは可能ですか?」
「難しい話だね。どこまで昔のものか、どの事件なのか・・・・何も分からないから。被害者の共通点は、警察官であることだけだ」
 玲央の言葉に海里は眉を顰めた。何も分からない事件など、何から調べていいかすら分からない。海里は基本的な情報を龍たちからもらった上で推理をするので、その情報が手に入らない以上、先に踏み込むことができないのだ。
 加えて、犯人の特定も証拠もなく、どこから狙撃しているのかすら分からないままだった。
「犯行時間は夜が多いけれど、数回、朝や昼の時間がある。人目につかない場所だから、いずれにしても目撃情報は無いんだけど」
「困りましたね・・・・。しかし、1度夜に張り込みをされたのでしょう?」
「数日な。だが、犯人は俺たちの行動が見えているのか、張り込みをしている日は犯行をしなかった。そして、やめた途端に再開した」
 龍はため息混じりに告げた。海里は声を潜めて続ける。
「警察の行動が、犯人に知られている・・・・?」
「その可能性が高い。こちらも怪しい動きをした警察官がいないか、片っ端から調べているんだ。効果はないけどな」
 海里は龍から渡された資料を見た。確かに、犯人の目撃情報はなく、防犯カメラの映像などにも、怪しい人間は確認されていないらしかった。


「東堂さん。携帯、鳴ってますよ」
 資料を読み終えると同時に海里が言った。龍はスーツの内ポケットで震えるスマートフォンに視線を移して返事をする。
「ん? ああ」
 龍は取り出したスマートフォンの画面を見て少し驚いていた。黙って海里から距離を取り、通話ボタンを押す。
「九重警視長。何か?」
『捜査中にすまんな。今夜、張り込みの予定はあるか?』
「はい。ただ警戒する必要はありますから、部下たちを多く残すのは控えようと思っています。
 それはそれとして、何か気にかかることが?」
『ああ。今回の事件・・・・3年前の件と絡んでいるかもしれない』
 龍の眉が動いた。玲央も話が聞こえたのか、険しい表情を浮かべている。海里は遺体に目をやっていて、気づいていなかった。
 龍は声を潜め、海里にも部下たちにも聞こえないよう尋ねた。
「なぜそう思われるのですか? 3年前の事件が繋がっていると確定したわけではないはずです」
『確かにそうだ。だが、。方法は違えど、3年という短時間で警察官が連続で殺されることが、本当に関係ないと言い切れるか?』
 浩史の言葉は的を射ていた。龍は微かに頷く。
「・・・・引き続き調べます」
『頼む。ところで、江本君はそこに?』
「はい。再会したあの日から、私たちから過去を聞き出そうとしていることは間違いないでしょう。協力は助かっていますが、彼に対しても警戒しなければ、“あの日”のことを探られるかもしれません」
 龍は電話を切ると、何食わぬ顔で2人の元に戻った。龍は玲央の側を通り過ぎる時、小声で呟く。
「今夜バーに来てくれ」
 玲央は頷かずに小声で応じた。
「退社時間はズラすね」
 海里は動かない2人を怪しんだが、あまりにも一瞬のことだったので、話の内容までは聞こえず、何も言わなかった。
「みんな、1回注目」
 玲央は海里の集中を逸らすように手を叩き、部下たちを振り向かせた。いつもと変わらぬ、優しくありつつも、どこか怪しげな笑みを浮かべ、彼は言葉を続ける。
「今日の張り込みは無しだ。君たちには今から本庁に戻って、今回の事件を洗い直して欲しい。俺たちはここに残って現場検証及び、犯人の犯行時の行動を調査する。
 江本君は、残って俺たちと一緒に」
 その後、すぐに部下たちが警視庁に戻り、現場には海里・龍・玲央の3人が残った。
「・・・・お2人とも、何か隠しているのでしょう? なぜ、何も教えてくれないのですか?」
 訝しげな表情で尋ねた海里だったが、2人は何食わぬ顔で言った。
「隠している? 何のことかさっぱりだね」
「余計なことは考えず捜査に集中しろ。こちらとしても、これ以上犠牲を出したくない」
 2人が話をはぐらかしているのは、目に見えて分かった。しかし、断固として口を開かない彼らを見て、海里は捜査に意識を戻した。
 
            ※

「こんばんは、マスター。奥の個室を予約してるんだけど」
 その日の夜、玲央は都内某所にあるバーを訪れた。女性のマスターは彼の顔を見て笑い、口を開く。
「もう開いてるわ。あと、お連れ様がお待ち」
「ありがとう」
 玲央は店の奥にある扉を開け、個室に入った。中に入ると、龍が座って窓の外を見つめていたが、玲央が入室するなり、視線を移した。
「遅かったな」
「江本君に捕まってたんだ。今回のことをしつこく聞かれちゃってね」
 玲央は肩をすくめて龍の前に座った。同時に、マスターが部屋に入ってくる。
「久しぶりね、玲央さん。元気だった?」
「おかげさまで。君も変わりないようだね、なぎ
 凪と呼ばれた女性は微笑んで頷いた。
 肩まで下ろした黒髪と、大きな黒目。スッと通った鼻、桃色に染まる唇ーー美人、の2文字がすぐに浮かぶ顔立ちは、照明に照らされて一層美しく見えた。
 白のバーコートに包まれた体と、黒のズボンに覆われた脚は細く、赤い蝶ネクタイが目立っていた。年齢は30代前半くらいで、穏やかだが意志の強い瞳が印象的である。
「ええ。それにしても、2人がここに集まるなんて本当久しぶり。3年間沈黙していたのに、仲直りした?」
「そういうわけじゃない。今回の件が3年前に関わっている可能性がある以上、協力しないとどうにもならないだけだ」
 素っ気なく答えた龍に対し、玲央はいつも通りの平坦な口調で答えた。
「俺は仲直りしたいけどね。それで、調べはついた?」
「大方」
 凪は大量のファイルを机に置いた。少し埃を被っている。
「3年前と今回の事件、被害者や死亡時刻、細かいことはまとめてあるわ。殺される理由は不明、共通点は被害者が警察官であるということだけ・・・・」
 凪の言葉に頷きつつ、2人はファイルを開いた。調べ、と言っても新聞記事や客として訪れる警察官が話す事件の発言から、彼女が推測したことや軽いメモが付されているだけなので、捜査資料として大仰な物ではない。
 にも関わらず、そんな資料を2人が見るのは、警視庁では同じように動けないと分かっていたからだった。
「なぜ警察官ばかり狙う? 俺たちに恨みがあるにせよ、やりたいことがよく分からない」
「それは同意するよ。それと、凪。この情報は何? “身辺に気をつけろ”って。確かに狙われているんだろうけれど、あまりに抽象的すぎる」
 玲央の言葉に凪は眉を顰め、言った。
「・・・・九重警視長にも同じことを言ったわ。
 知っての通り、あなたたち3人は3年前の事件の関係者。過去と今が繋がっているなら、犯人は必ずあなたたちを狙ってくる。もし巻き込みたくない人間がいるなら・・・・早めに遠ざけておいたほうがいい」
 凪の言葉に2人は動きを止めた。


 偶然か、必然か。2人の頭の中に浮かんだのは、海里ただ1人だった。
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