小説探偵

夕凪ヨウ

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Case64.鮮血の迷宮美術館⑤

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「やってみてくれない?」
 玲央の言葉に美希子は嬉しそうに答えた。
『うん、任せて! あ・・でも、その前に、1つだけ。一連の話を聞いたからの情報なんだけどーー」
 その話を聞いた瞬間、玲央は思わず驚きを声を漏らした。
                   

 遠山は地下の迷宮を走っていた。美術館の外に出る道を辿りながら、警察に自分は見つけられないと慢心していた。ポケットには、龍から密かに奪った浜崎有紗のハンカチが入っている。
「・・・・有紗・・」
ーー祥。私、あなたの芸術をもっと見たいわ。だから、一緒に美術館を作りましょう? 私、あなたの芸術が好きよ。
「あの言葉は・・・何だったんだ。好きだと言ったくせに、あんなーー」
ーーどうしてそんなことができるの⁉︎人を殺しておいて、芸術なんておかしいわ‼︎ いつからこんなことをしていたのよ⁉︎
「どうして否定するんだ。お前は僕の、たった1人の・・・・」
 うわごとを呟きながら、遠山は縄梯子を登った。手に持ったハンカチと共に、過去が思い出され、鼻で笑う。
 馬鹿馬鹿しい。今更、あんな女のことを思い出して何になる。忘れよう。僕の芸術を理解できなかった人間なんて、不必要だったのだから。
 遠山はハンカチを乱暴にポケットしまい、縄梯子を登り切り、真上にある蓋を押した。そして、蓋を開けた途端、勢いよく飛び出し、美術館の外を目指してーー
「はい、確保」
「は・・・⁉︎」
 ロビーの床に全身を乗り出すなり、自分を捩じ伏せて手錠をかけた玲央に、遠山は困惑を隠せなかった。困惑した。玲央は感心したように息を吐く。
「まさか上手くいくとは思わなかった。美希子に感謝しなきゃね」
「なっ・・なぜだ⁉︎ 僕の迷宮は完璧だったはず・・・!攻略できるわけがない!」
 遠山は駄々をこねる子供のように叫んだ。すると、彼にとって全く予想だにしていなかった声が飛ぶ。
「できたからこうなってんだろ」
「え」
 遠山は何とか顔を動かし、声の主を見た。彼の驚きは無理もなく、消音銃で致命傷を負わせたはずの龍が何も感じていないような顔で立っていたのでえる。龍は遠山の前に屈み、静かに告げる。
「確かに弾は当たった。ただしーーこれにな」
 龍はそう言いながら警察手帳を床に投げた。怪我自体は負っていると言いながら左の鎖骨辺りの包帯を見せるが、遠山の驚きは収まらない。
「制御室の操作をしたのは美希子だ。分かるか? 俺たちと一緒にいた高校生だよ」
「あの子供が⁉︎ まさか! なぜそんなことができる⁉︎ 第一、あそこに入るためには3つの段階を踏む必要があると言ったのはお前じゃないか‼︎」
「その通りにやったんだってば。信用ないなあ」
 美希子が頭を掻きながら歩いてきた。遠山は鬼の形相で彼女を睨みつける。美希子は上着のポケットに右手を突っ込み、ハンカチに包んだスマートフォンを取り出した。それを見た瞬間、遠山はハッとする。
「これ、あなたのでしょ? 龍さんが奪ってたみたいだよ」
「ま・・まさか、撃たれた時に・・・いや、あの時にそんな時間はなかった。それより前にーー」
「そっ。スマートフォンのロックは指紋認証だったから、採取したあなたの指紋で開いたんだよね。しかもホーム画面じゃなくて暗証番号がメモされた画面出て来たし、緊急時にはそれを入れるなんていう丁寧なことまで書いてあったし。ちょっと脇が甘いんじゃない?」
 遠山は信じられなかった。自分よりも遥かに年下である少女に、出し抜かれるなど微塵も思ってもみなかったのだ。
 美希子は続ける。
「ついでに言うと、龍さんは鏡の間に向かっている最中に、あなたに発信機をつけた。共有したのは怪我の手当をしている時ね。発信機自体はそんな本格的な物じゃないけど、制御室の画面で見るくらいなら、十分足りる。
 後は私が制御室であなたの位置を確認して、どこに出てくるかを玲央さんたちに伝えたってわけ」
 遠山は項垂れた。龍は遠山に近づき、彼のポケットから浜崎有紗のハンカチを取り出す。
「返せ! それは・・・‼︎」
「大事な物ーーか?」
 遠山は黙った。龍は彼の前に屈み、平坦な声を上げる。
「だったら何で殺した。お前は今まで、殺害した人間のことなんて気にしてないだろ。今回の事件だってそうだ。残酷な殺害方法を選び、少年に母親の死という現実を突きつけた。鏡の間にあった死体は20体以上。そんなお前が、なぜこんなハンカチ1枚を残していた?」
 龍の質問に遠山は答えず叫んだ。
「今言っただろ! 大事な物なんだ‼︎ 返せ‼︎」
「だから何で殺したって聞いてんだよ。を殺して、罪悪感から持っていたとでも言うのか?」
 その場が静まり返った。玲央が静かに言葉を継ぐ。
「君と君の妹・浜崎有紗は、義母による虐待に苦しんでいたそうだね。君が初めに殺したのは、その義母だった。妹にはそれを隠し、君たち兄妹は違う家へ預けられた」
「・・・・何で、知ってる?」
「身内から聞いただけだよ。
 とにかく、君たちは別々の人生を歩んだ。大学生の時に再会を果たして、同じ芸術の道に進んでいたことを知ると、共に美術館を立ち上げることを約束した」
 遠山の肩が、微かに震えた。玲央は眉を顰める。
「鏡の間の作成者は浜崎有紗。当初、君はただその部屋を“芸術”として見ていただけだったけど、そのうちに殺意ーー殺人欲と行ったほうがいいかなーーが現れた」
 玲央の声が心なしか大きくなった。遠山は震える声で言う。
「仕方なかったんだ! 義母を殺してから・・・抑えられなくなった‼︎ 有紗といる時は普通の人間になれたのに・・・彼女と別れた瞬間! 殺人鬼が語りかけてくる! だから・・・」
「それが人の命を奪う理由にはならない。俺も・・・人のことを言えないだろう。でも、やっぱり違うんだよ」
 玲央は深い溜息をついた。その顔には、微かに悲しみが見え隠れしている。
「欲に溺れたら、それで終わりだ。もう普通の人間には戻れない。
 君は満足しなきゃいけなかったんだ。ただ君を愛し、支えてくれる存在がいることに。それができなかった君を救うことは、誰にもできない」
 核心にも似た玲央の言葉に、遠山は静かに涙を流した。龍が持ったハンカチを見つめながら、涙は止まるところを知らない。
 しかし、警察官としての仕事は終わりではなかった。
「後の話は本庁で聞く。立て」
 遠山は、大雪無表情だった。涙の跡だけが残り、笑顔も、希望も失った顔。だが、数多の人間を殺めてきた彼に同情する人間はおらず、取り調べと裁判を経て、彼は死刑判決を受けた。彼は死刑を告げられた際、何も言わず、ただ静かに頷いただけだったという。
                    

「お前とあの男が同じだと思ったのか?」
 裁判が終わった後、浩史に呼び出された玲央はその質問に答えられなかった。浩史は続ける。
「勘違いするなよ、玲央。お前は、確かに過ちを犯したかもしれない。だがその裏に、どれほどの苦しみと悲しみがあったかを、私は知っている。お前は、弟の思いすら無視して、犯人に同情した。違うか?」
「・・・・否定はしません。私は、過去の自分を彼に重ねた。同じ殺人者だと・・そう思って」
「実際は違ってほしいと願いながら同情か。いたたまれない思いだな。」
 浩史は笑ってそう言った。玲央は俯き、拳を握りしめる。
「自分を責めたいのは、お前だけじゃない。龍も、ずっと己を責めている。守れなかったこと、死なせてしまったことを。お前も分かっているはずだ」
「・・はい・・・」
「なら嘘をつくな。天宮小夜との件に関してもそうだ。隠し続けるつもりか?」
 浩史の言葉に、玲央は何も言わなかった。長い沈黙の後、玲央は口を開く。
「それが私との約束です。
 私は、小夜を守らなければならない。今までも、これからも。彼女を見捨てるようなことはあってはならない。彼女には常に闇が付き纏う」
「そうだろうな。。だがそれは、龍と共に守る、ではダメなのか? お前がこの世で最も信頼している人間は龍だろう」
「だからこそ、教えられることにも限度がある。小夜の件は、3年前とは違い、私が背負うべき業です。それを、弟に背負わせることはできません。大切だからこそーーです」
 玲央の言葉に、浩史はやれやれと首を振った。
「全く・・・あい変わらず秘密主義だな、お前は」
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