小説探偵

夕凪ヨウ

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Case63.鮮血の迷宮美術館④

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「認めるんですね? 自分が犯人だと。」
「はい。私が、橘梨江さんと浜崎有紗さんを殺しました。」

 あまりにもあっさりとした告白に、龍は拍子抜けした。近くにいる玲央も意外そうに目を丸くしている。

「ですが、何か間違っていましたか?」
「・・・・は?」
「あの2人は、死んで当然だったんですよ?私の“芸術”を邪魔したんですから。」
「芸術・・・? お前、まさか。」

 遠山は笑った。龍と玲央の方を見、付いてくるよう言った。2人は警戒しながらも、遠山の後を追った。

「どこに行く気?」
「鏡の間です。」

 鏡の間に着くと、彼は封鎖していることも気にせず中に入って行った。まだ血の臭いが残る部屋は、3人の鼻をつついた。

「床の凹凸・・・バレないと思っていたんですよ。“私と有紗の2人で作った”最高の芸術でしたから。」
「有紗?遠山館長。君は一体、彼女とどんな・・・?」
「その答えは後でお教えしましょう。一先ず、これをご覧になってください。」

 そう言って、遠山は腰に付けてある鍵の中から、一番太く、大きい鍵を出した。直後、玲央ハッとする。

「その鍵・・・何か・・・・?」
「ええ。ちょっとした遊びをしたくて。ほら、太い鍵はダミー。中に、本物の鍵があります。」

 遠山は太い鍵から取り出した小さな鍵を出した。凹凸のある所へ屈み、床に鍵を差し込む。カチリと音がし、電子音のような音が8回、鳴った。すると、鏡の間が大きく揺れ、部屋中に張り巡らされた鏡が地下へ降りて行った。

「開館当初からこれを?」
「はい。しかし、面白いのはここからですよ。」

 目の手の光景に、2人は言葉を失った。鏡の代わりに出てきた“それ”に。美しいガラスに敷き詰められていた“それ”は、真っ赤な血を出して、人形のようにガラスの中で横たわっていた。
 そう、ガラスの中にあった“それ”はーーーー死体だった。数え切れないほどの死体。よく見ると、全員若い女性だった。

「素晴らしい芸術でしょう?若い女性とは、死体になっても美しい。」
「・・・・お前、何を言ってるんだ?」

 龍が震える声で尋ねた。遠山は笑う。

「だから何度も言ってるじゃないですか。」

 遠山は、少し間を開け、声高々に二人に告げた。

「殺人は、芸術なんだよ。」

(俺は、目の前にいる男の言葉が信じられなかった。人を殺しておきながら、反省もせず、この態度。おまけに・・・・・・芸術?)

「ふざけるな。お前は・・・・人の命を何だと思ってるんだ? お前の好き勝手に殺して、弄んでいいとでも?」
「当然さ! 僕は、選ばれた人間なんだから!人に何をしようが、文句を言われる筋合いなんてない・・・! 僕の芸術が、僕にしか理解できないようにね!」

 遠山は高々にそう告げた。龍も、玲央も、彼の言葉がまるで理解できなかった。自分の感情が怒りなのかすら、2人にはもう分からない。ただ、遠山の言葉に眩暈がした。

 龍は、両手の拳を握り、相手に飛び掛かる準備をしていた。混乱していた様子から一転し、殺意と呼べるものを纏っている自覚が彼にはあった。

(他人に殺意を抱くことなんて、家族を失ったあの日以来、存在しないと思っていた。でも今、どうしても許せない人間が、目の前にいる。)

「龍! 待て!」

 銃声がした。血が床に飛び散り、男が床に膝をついた。

「龍・・・?」

 膝をついたのは、龍だった。遠山は、死体を詰めているガラスの1つに、消音銃を仕掛けていたのだ。自分の命の危機が迫った時にだけ、発生する仕掛けなのだろう。

「警戒を怠ってはいけませんよ。僕は力がない分、頭を働かせているんです。」

 遠山はそう言うと、左足で勢いよく床を踏んだ。直後、エレベーターのように床が降り、遠山は地下へ姿を消した。玲央は追いかけようとしたが、すぐに扉が閉じ、遠山の姿は見えなくなった。

「・・・・何で・・突っ立ってるんだよ。早く追え! 殺人犯を生かしておけるか‼︎」
「で、でも・・・君の傷が、」
「放っとけって言ってんだろ! いいか、兄貴! 俺たちは、兄弟である前に警察官だ‼︎ 私情を挟むな!」

 龍の言葉は的を射ていたが、玲央は目の前で血を流す弟に動揺を隠せなかった。すると、誰かが玲央の肩を掴む。

「凪・・・!」
「龍の手当は私がするわ。早く行って!」

 彼女がこう言っても、玲央は覚悟が決まらなかった。凪は勢いよく玲央の頬を叩き、胸倉を掴んで怒鳴る。

「早く行きなさいって言ってるでしょ⁉︎ 私の手当なら助けられる! 第一、致命傷でもないわ! 1人でも多くを助けたいと願うなら、行って‼︎」
                    
            ※

 遠山は、地下の隠し通路を走っていた。手にはナイフを持っており、遠くに見える縄梯子へ向かっている。

(警察も大したことないな・・・・己の信念のために他人を巻き込む。正直、ハンカチの件は焦ったが、消音銃にも気がつかないとは・・・・)

 遠山は不気味な笑みを浮かべた。彼は、殺人を認めても捕まる気などさらさらない。己が満足のいくまで殺し続け、“芸術品”を作り出すのだ。

「待て!」

(・・・・追ってくるとは優秀な警官だ。だが、“私たち”が作り上げた迷宮。ただの警官にかい潜れるものではない。)

「クソ・・・見失った! この地下、一体どうなってるんだ?」

 玲央はスマートフォンの明かりをつけ、地下一帯を照らした。曲がりくねり、行き止まりがあり・・・・迷宮に巻き込まれたと言ってもよい。
 軽く舌打ちをしたその時、彼の携帯が鳴った。美希子からだ。

「この非常時に何かあった?」
『何かあったっていうか、遠山祥一郎の逃げ道を、塞ぐ方法があるかも。』
「え?」

 美希子の言葉に、玲央は驚きを隠せなかった。美希子は特に焦っている様子はなく、普段通りの口調で続ける。

『既に分かってると思うけど、迷宮美術館の地下は文字通り迷宮になっている。遠山は自分で作り上げた迷路を走っているから、当然地の利は彼にある。でも、頭脳の利は私たちにあると思ってる。』
「どういうこと? 君は、今“どこで何をしている”?」
『制御室にいるの。龍さんの部下に許可をもらって入った。』

 あまりにあっさりとした衝撃の告白に、玲央は言葉を失った。

「なっ・・・何してるんだ! 見つかったらどうする⁉︎」
『見つからないよ。遠山は、美術館を出て行こうとしている。外に出て、再び殺人を行うつもりだから。』

 玲央は何も言わなかった。美希子は制御室にある画面を見た。そこには、遠山に仕掛けられたGPSが、地下の迷路にいるからの位置を示していた。

『今から私の言う通りに動いてくれる?』
「構わないけど・・・何するつもり?」
『彼を捕まえるだけだよ。大丈夫、しくじらないから。』

 美希子の言葉に、玲央は長考した。いくら彼女が一般人より高い頭脳や度胸を持っていたとしても、上司の娘なのだ。そう簡単に、危険には晒せない。だが、背に腹は変えられなかった。

「分かった。やってくれ。」
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