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Case89.悲哀③
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「さて、行きましょうか」
葬儀が終わった後、小夜は洋治と伊吹が乗ってきたパトカーに同乗し、海里たち3人は龍の車に乗って警視庁に向かった。小雨が降る中を走行しながら、龍が尋ねる。
「泉龍寺のさっきの言葉はどういう意味だ?」
「俺も知らない。そもそも、小夜は九重警視長と顔を合わせたことはないはずなんだ。俺の口から彼女のことは話したし、彼女にも信頼できる上司だと話はしたけど、それ以上は何も」
その言葉を聞いた瞬間、海里は眉を動かした。彼は何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに閉口する。
2人は不思議そうに海里を見たが、彼は無言で首を横にするだけだった。
「どこかで会っていたんじゃないのか? 泉龍寺は目立つし、九重警視長だって顔を見れば誰かわかるだろう」
「そうなのかな。でも、そうだとしたら、どうして2人とも何も・・・・」
過去を秘密にしているのに、という文句が喉までせり上がったが、龍は代わりに長い息を吐いた。
「まあいい。それより、今はこっちだな」
そう言いながら、龍はフロントガラスに現れた警視庁を顎で指し示した。普段通り駐車場に停めて中に入ると、小夜たちは既に取調室に到着していた。
洋治は追いついた海里たちを見ると、迷うことなく龍に視線を動かす。
「龍、残れ。玲央は論外で、江本は例外だ」
「そう言われると思っていました。
江本、兄貴と近くの会議室で待ってろ。多少の時間はかかるから」
龍の言葉に海里は頷き、玲央と共にその場から立ち去った。龍はその背中を見えなくなるまで追った後、取調室の様子が伺えるマジックミラーのある部屋に入る。
小夜は龍が隣にいることに安堵を覚えたのか、黙って取調室に入った。
取り調べが始まると、マジックミラーで隔られているにも関わらず、龍にも押しつぶされそうな重苦しい空気がひしひしと伝わってきた。彼は無言で氏名や職業など、基本的な情報を答えていく小夜を見つめ、やがて本格的な取り調べが始まると、わずかに眉を顰めた。
質問するのが伊吹、記録するのが洋治だったが、どちらの役割を担っていようとも、捜査一課のトップ2人の仕事ではなかった。
「一昨日の19時半頃ーー事件が発生した時間帯ですね。どこで何をされていましたか?」
小夜は一昨日も玲央相手に簡素な事情聴取は受けていたためか、澱みなく答えた。
「仕事帰りの電車に乗っていました。最寄駅の到着は19時40分で、最寄駅から自宅までは徒歩で移動しました。大体、15分くらいなので、一昨日も同じくらいだったと思います」
小夜の証言とほぼ同じスピードで、洋治はキーボードを叩いていた。龍は画面を一瞥するが、目の良い彼でも、流石に見えなかった。仕方ないと思いつつ視線を戻すと、伊吹は相槌を打って続けた。
「そして帰宅し、家族の遺体を発見したーーということですか。時間としては20時過ぎになりますね」
伊吹は被害者の中に血の繋がりも戸籍上の繋がりもない人間が混ざっていると知りつつ、“家族”と一括りにした。言い換えが面倒なのだろうと、小夜は感じる。
「ええ、そのくらいだったかと」
小夜は落ち着いているように見えたが、語尾には震えが滲んでいた。龍は無理もないと感じ、葬儀を終えてすぐに捜査に応じさせる強引な手法に嫌悪感を抱いた。
「遺体には殴打の痕も多くありましたが、致命傷になったのは銃弾で貫かれた内臓からの出血です。ただ、何発か外した痕跡もあったことから、犯人は達人ではないと考えられます。素人とまでは言いませんが、玄人には及ばないと言いますか」
小夜は大量出血によって命を落とした家族を思い出したのか、眉を顰めて俯いた。しかし、伊吹は構わず続ける。
「話を戻しましょう。自宅に到着したのが20時過ぎであるという証言を事実とした場合、気になることがあります。それは、通報時間が20時半丁度であり、帰宅から時間が空いているということ。
もし家族が生きている場合ーー今回は当てはまりませんでしたがーー1秒でも早く応急処置を施す必要がある。それはお分かりでしょう。にも関わらず、なぜこんなに時間が空いているんです?」
伊吹の質問に、小夜は少し間を開けて答えた。
「・・・・混乱していたんです。目の前で家族が死んで、家の中は荒らされていたから・・・・。気づいたら、そのくらいの時間が経っていました」
小夜の言葉に対する答えは、伊吹ではなく洋治が示した。言葉ではなく、ため息で。洋治はおもむろに視線を動かし、口を開く。
「混乱していたことを証明できる人物、もしくは証拠は?」
その問いに小夜は息を呑んだ。混乱を浮かべた瞳を左右に動かし、掠れた声を上げる。
「そんなの、ありません。心情の話なんですよ? それとも、私が嘘をついたって言うんですか? メリットなんてないのに」
沈黙が流れた。洋治はゆったりと立ち上がり、伊吹の側で小夜を見下ろす。190センチ近い彼は、強面も相まって凄まじい威圧感を発していた。
「メリットだとか何だとか、そんな話じゃない。わかるだろ? 同じことを聞かれたんだから」
その瞬間、小夜は弾かれたように顔を上げた。洋治は変わらず何の感情もない瞳で彼女を見つめていたが、やがて龍に視線を移し、目が合ったことを確認するなり、すぐに目を逸らす。その一連の動作は、何かの儀式のようだった。
洋治が伊吹の肩に手を置くと、彼は黙って洋治が座っていた椅子に腰掛けた。
「質問を続ける。家族が殺害される動機や、犯人に心当たりは?」
小夜はしばし唖然として黙っていたが、洋治が答えを促すためか、ノックをするように拳で机を軽く叩いたことで、我に返った。彼女は口を開いたり閉じたりしていたが、やがて意を決したように声を上げる。
「動機は、天宮であった時の怨恨の線が強いと思います。両親と叔父が逮捕された後、犯罪には関係がないとされた財産を私たちは受け継いでいますから。義両親と黒田は、巻き込まれたのかと。ただ・・・・」
「ただ?」
「受け継いだ財産の居場所は、私しか知りません。だから結局、大した財産は盗めなかったと思うんです。そうなると、怨恨と断言していいものか」
洋治は眉を顰め、何かを考えるように沈黙した。すると、小夜はすかさず口を開く。
「どんな理由であっても、犯人を許すことはできません。私の家族を殺害した人間を、どうか探し出してください」
今度は洋治が驚きを示した。彼は小さくため息をつき、口を開く。
「第一発見者で被害者家族であったとしても、疑いを向けないわけじゃない。むしろ、家族間での揉めごとの方が重要だ。殺人事件の大半は、家族や友人など、親しい間柄で起こっているんだから」
「私が犯人だと言うんですか? そんなの横暴です。私はーー」
次の瞬間、洋治は先ほどよりも強く机を叩いて言った。
「言い訳より前に証拠を示せ。ーー同じ質問をするぞ。帰宅から通報まで時間がかかったのはなぜだ? 答えられないなら、疑いは晴れないが?」
言い終えた瞬間、龍はノックもなしに取調室に入っていた。小夜の前に立ちはだかり、洋治と伊吹を交互に見つめる。
「やめてください。そんな馬鹿な理屈が通るとでも? 心情によって証拠が不鮮明になるのは、少なからずあります。わかっているのに、なぜ」
「例に漏れる、という言葉を知らないのか?」
洋治と睨み合っていた龍だが、彼はこれ以上続行するのは危険だと感じたのか、2人を取調室から退出させた。代わりに海里と龍を呼び、一連の取り調べの内容を事細かに語った。
「何ですか、それ。そんな証拠があるわけないじゃないですか。横暴すぎます」
話を聞き終えるなり、海里はすぐさま憤った。玲央も苦い表情を浮かべ、小夜を心配げな視線で見つめる。
すると、少し落ち着いたのか、小夜が口を開いた。
「犯人の迅速確保は建前に過ぎないわ」
海里は意味がわからずに小夜を見た。彼女は言葉を選ぶように、ゆったりと続ける。
「あの2人は、私を犯人にしなければならないのよ。そうでないと、自分たちの世界が揺れ動くから。だから、あんな必死に私を犯人にしようと・・・・」
「ちょっと待って、小夜。それは・・・この事件の犯人が警察官だってこと? それも、本庁に勤めている人間だと?」
「ええ」
この言葉に2人は流石に驚いた。海里は静かに尋ねる。
「警察官を疑う根拠は?」
「・・・・家に落ちていた銃弾が、警察官の扱う物と同じだったの」
そう言いながら、小夜は自分のスマートフォンを出した。ホーム画面を開き、1枚の写真を見せる。そこには、血に塗れた床に転がる、何発かの銃弾があった。
「何度か見たことがあるからもしかしたら・・・って思ったの。合ってる?」
2人は苦い表情を浮かべ、龍が答えた。
「生憎な。だが、俺たちが到着した時、現場に銃弾は1つもなかった。まさかーー」
「ええ。玲央。あなたが現場に到着した時、何人かの部下が先に家に入ったでしょ? その時よ。そのうちの1人が、弾丸を回収していた。誰が殺したのかは分からないけど、警察の仕業だと知っていたの。つまり、さっきの2人はそれを知った上で、何らかの指示を受け、私を犯人にしようと動いているってこと」
この状況でそこまでの推理ができていたのは流石だったが、だからと言って冷静に受け止められる話ではない。玲央はため息をつきながら額を抑えた。
「あの2人が出てくるなんておかしいと思ったけど、そういうことだったのか。そうだとしたら、やっぱり内部の情報網を探ってーー」
「何の話をしている?」
いつの間にか、背後に2人がいた。洋治はやはり威圧感があり、伊吹も氷のような冷たい視線が突き刺さる。玲央は2人と視線を交わしつつ、尋ねる。
「・・・・そんなに地位が大事ですか?」
「はあ? 何の話ですか? いいから早く出ていってください。元々そういう話でしょう」
伊吹は呆れていたが、玲央は怒りが収まらないというように怒鳴った。
「無実の人間を犯人に仕立て上げてまで、地位に執着し、罪を隠して何が楽しい? そんなのは警察官として以前に、人として間違っている!」
次の瞬間、海里と小夜が見たのは、玲央に向けられた伊吹の回し蹴りを止める龍の姿だった。
「相変わらずだな」
龍は憎々しげにこぼした。伊吹は「口の利き方がなっていませんね」と冷酷な声で返す。
「とにかく邪魔です。こちらは仕事をしているだけ。あなた方に止める権利はない」
「そんな仕事があってたまるかよ」
数十秒の間、龍と伊吹は睨み合っていた。互いを殺しかねない視線を向けている伊吹は、何の躊躇いもなく取り返しのつかない行動を起こすように思われた。
しばらくして、突然取調室の扉が開く。ノックの音は聞こえなかった。
「随分と物騒な取り調べだな。揃いも揃って声が大きい・・・・少しは抑えろ」
「「九重警視長?」」
伊吹と洋治は同時に声を上げ、訝しげな瞳で浩史を見た。対する浩史はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべており、手にはなぜかボールペンを差した1冊のノートを持っていた。
「井上、松坂、やり過ぎだ。犯人の迅速逮捕は必要だが、横暴なやり方は認められない」
洋治が口を開きかけると、浩史は遮るように続けた。
「言い訳はいい。お前たちは1度出て行け。ここからの取り調べはーー」
浩史はそこで言葉を切り、小夜の目の前に腰掛けた。手に持っていたノートを机に置き、彼は言う。
「私がやる」
「・・・・は?」
小夜以外の全員が突拍子もない声を上げた。海里たち3人は、小夜があくまで監視役として浩史を呼んだと思っていたからである。しかし、当の本人は彼らの反応を全く気にしていないかのように、微笑んだままだった。
「何を驚いている? 可愛い部下からの頼みだ・・・・聞かないわけにはいかないだろう。それに、久々にこういう仕事もいい」
「本気ですか?」
伊吹が混乱一色の声で尋ねた。浩史は頷く。
「私は冗談は言わない主義だ。
泉龍寺君、だったね? 取り敢えず、そのまま座っていてくれ。なあに、至って簡単な質問だけだから、そう身構えることはないよ」
知り合いであることはほぼ確定していたが、浩史は小夜と初対面であるかのような態度を取った。小夜も意図を理解しており、わざとぎこちない様子で頷いた。
浩史は頷いた小夜に笑顔で答え、海里たちの方を振り返る。
「江本君以外は部屋を出てくれ。これは命令だ」
葬儀が終わった後、小夜は洋治と伊吹が乗ってきたパトカーに同乗し、海里たち3人は龍の車に乗って警視庁に向かった。小雨が降る中を走行しながら、龍が尋ねる。
「泉龍寺のさっきの言葉はどういう意味だ?」
「俺も知らない。そもそも、小夜は九重警視長と顔を合わせたことはないはずなんだ。俺の口から彼女のことは話したし、彼女にも信頼できる上司だと話はしたけど、それ以上は何も」
その言葉を聞いた瞬間、海里は眉を動かした。彼は何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに閉口する。
2人は不思議そうに海里を見たが、彼は無言で首を横にするだけだった。
「どこかで会っていたんじゃないのか? 泉龍寺は目立つし、九重警視長だって顔を見れば誰かわかるだろう」
「そうなのかな。でも、そうだとしたら、どうして2人とも何も・・・・」
過去を秘密にしているのに、という文句が喉までせり上がったが、龍は代わりに長い息を吐いた。
「まあいい。それより、今はこっちだな」
そう言いながら、龍はフロントガラスに現れた警視庁を顎で指し示した。普段通り駐車場に停めて中に入ると、小夜たちは既に取調室に到着していた。
洋治は追いついた海里たちを見ると、迷うことなく龍に視線を動かす。
「龍、残れ。玲央は論外で、江本は例外だ」
「そう言われると思っていました。
江本、兄貴と近くの会議室で待ってろ。多少の時間はかかるから」
龍の言葉に海里は頷き、玲央と共にその場から立ち去った。龍はその背中を見えなくなるまで追った後、取調室の様子が伺えるマジックミラーのある部屋に入る。
小夜は龍が隣にいることに安堵を覚えたのか、黙って取調室に入った。
取り調べが始まると、マジックミラーで隔られているにも関わらず、龍にも押しつぶされそうな重苦しい空気がひしひしと伝わってきた。彼は無言で氏名や職業など、基本的な情報を答えていく小夜を見つめ、やがて本格的な取り調べが始まると、わずかに眉を顰めた。
質問するのが伊吹、記録するのが洋治だったが、どちらの役割を担っていようとも、捜査一課のトップ2人の仕事ではなかった。
「一昨日の19時半頃ーー事件が発生した時間帯ですね。どこで何をされていましたか?」
小夜は一昨日も玲央相手に簡素な事情聴取は受けていたためか、澱みなく答えた。
「仕事帰りの電車に乗っていました。最寄駅の到着は19時40分で、最寄駅から自宅までは徒歩で移動しました。大体、15分くらいなので、一昨日も同じくらいだったと思います」
小夜の証言とほぼ同じスピードで、洋治はキーボードを叩いていた。龍は画面を一瞥するが、目の良い彼でも、流石に見えなかった。仕方ないと思いつつ視線を戻すと、伊吹は相槌を打って続けた。
「そして帰宅し、家族の遺体を発見したーーということですか。時間としては20時過ぎになりますね」
伊吹は被害者の中に血の繋がりも戸籍上の繋がりもない人間が混ざっていると知りつつ、“家族”と一括りにした。言い換えが面倒なのだろうと、小夜は感じる。
「ええ、そのくらいだったかと」
小夜は落ち着いているように見えたが、語尾には震えが滲んでいた。龍は無理もないと感じ、葬儀を終えてすぐに捜査に応じさせる強引な手法に嫌悪感を抱いた。
「遺体には殴打の痕も多くありましたが、致命傷になったのは銃弾で貫かれた内臓からの出血です。ただ、何発か外した痕跡もあったことから、犯人は達人ではないと考えられます。素人とまでは言いませんが、玄人には及ばないと言いますか」
小夜は大量出血によって命を落とした家族を思い出したのか、眉を顰めて俯いた。しかし、伊吹は構わず続ける。
「話を戻しましょう。自宅に到着したのが20時過ぎであるという証言を事実とした場合、気になることがあります。それは、通報時間が20時半丁度であり、帰宅から時間が空いているということ。
もし家族が生きている場合ーー今回は当てはまりませんでしたがーー1秒でも早く応急処置を施す必要がある。それはお分かりでしょう。にも関わらず、なぜこんなに時間が空いているんです?」
伊吹の質問に、小夜は少し間を開けて答えた。
「・・・・混乱していたんです。目の前で家族が死んで、家の中は荒らされていたから・・・・。気づいたら、そのくらいの時間が経っていました」
小夜の言葉に対する答えは、伊吹ではなく洋治が示した。言葉ではなく、ため息で。洋治はおもむろに視線を動かし、口を開く。
「混乱していたことを証明できる人物、もしくは証拠は?」
その問いに小夜は息を呑んだ。混乱を浮かべた瞳を左右に動かし、掠れた声を上げる。
「そんなの、ありません。心情の話なんですよ? それとも、私が嘘をついたって言うんですか? メリットなんてないのに」
沈黙が流れた。洋治はゆったりと立ち上がり、伊吹の側で小夜を見下ろす。190センチ近い彼は、強面も相まって凄まじい威圧感を発していた。
「メリットだとか何だとか、そんな話じゃない。わかるだろ? 同じことを聞かれたんだから」
その瞬間、小夜は弾かれたように顔を上げた。洋治は変わらず何の感情もない瞳で彼女を見つめていたが、やがて龍に視線を移し、目が合ったことを確認するなり、すぐに目を逸らす。その一連の動作は、何かの儀式のようだった。
洋治が伊吹の肩に手を置くと、彼は黙って洋治が座っていた椅子に腰掛けた。
「質問を続ける。家族が殺害される動機や、犯人に心当たりは?」
小夜はしばし唖然として黙っていたが、洋治が答えを促すためか、ノックをするように拳で机を軽く叩いたことで、我に返った。彼女は口を開いたり閉じたりしていたが、やがて意を決したように声を上げる。
「動機は、天宮であった時の怨恨の線が強いと思います。両親と叔父が逮捕された後、犯罪には関係がないとされた財産を私たちは受け継いでいますから。義両親と黒田は、巻き込まれたのかと。ただ・・・・」
「ただ?」
「受け継いだ財産の居場所は、私しか知りません。だから結局、大した財産は盗めなかったと思うんです。そうなると、怨恨と断言していいものか」
洋治は眉を顰め、何かを考えるように沈黙した。すると、小夜はすかさず口を開く。
「どんな理由であっても、犯人を許すことはできません。私の家族を殺害した人間を、どうか探し出してください」
今度は洋治が驚きを示した。彼は小さくため息をつき、口を開く。
「第一発見者で被害者家族であったとしても、疑いを向けないわけじゃない。むしろ、家族間での揉めごとの方が重要だ。殺人事件の大半は、家族や友人など、親しい間柄で起こっているんだから」
「私が犯人だと言うんですか? そんなの横暴です。私はーー」
次の瞬間、洋治は先ほどよりも強く机を叩いて言った。
「言い訳より前に証拠を示せ。ーー同じ質問をするぞ。帰宅から通報まで時間がかかったのはなぜだ? 答えられないなら、疑いは晴れないが?」
言い終えた瞬間、龍はノックもなしに取調室に入っていた。小夜の前に立ちはだかり、洋治と伊吹を交互に見つめる。
「やめてください。そんな馬鹿な理屈が通るとでも? 心情によって証拠が不鮮明になるのは、少なからずあります。わかっているのに、なぜ」
「例に漏れる、という言葉を知らないのか?」
洋治と睨み合っていた龍だが、彼はこれ以上続行するのは危険だと感じたのか、2人を取調室から退出させた。代わりに海里と龍を呼び、一連の取り調べの内容を事細かに語った。
「何ですか、それ。そんな証拠があるわけないじゃないですか。横暴すぎます」
話を聞き終えるなり、海里はすぐさま憤った。玲央も苦い表情を浮かべ、小夜を心配げな視線で見つめる。
すると、少し落ち着いたのか、小夜が口を開いた。
「犯人の迅速確保は建前に過ぎないわ」
海里は意味がわからずに小夜を見た。彼女は言葉を選ぶように、ゆったりと続ける。
「あの2人は、私を犯人にしなければならないのよ。そうでないと、自分たちの世界が揺れ動くから。だから、あんな必死に私を犯人にしようと・・・・」
「ちょっと待って、小夜。それは・・・この事件の犯人が警察官だってこと? それも、本庁に勤めている人間だと?」
「ええ」
この言葉に2人は流石に驚いた。海里は静かに尋ねる。
「警察官を疑う根拠は?」
「・・・・家に落ちていた銃弾が、警察官の扱う物と同じだったの」
そう言いながら、小夜は自分のスマートフォンを出した。ホーム画面を開き、1枚の写真を見せる。そこには、血に塗れた床に転がる、何発かの銃弾があった。
「何度か見たことがあるからもしかしたら・・・って思ったの。合ってる?」
2人は苦い表情を浮かべ、龍が答えた。
「生憎な。だが、俺たちが到着した時、現場に銃弾は1つもなかった。まさかーー」
「ええ。玲央。あなたが現場に到着した時、何人かの部下が先に家に入ったでしょ? その時よ。そのうちの1人が、弾丸を回収していた。誰が殺したのかは分からないけど、警察の仕業だと知っていたの。つまり、さっきの2人はそれを知った上で、何らかの指示を受け、私を犯人にしようと動いているってこと」
この状況でそこまでの推理ができていたのは流石だったが、だからと言って冷静に受け止められる話ではない。玲央はため息をつきながら額を抑えた。
「あの2人が出てくるなんておかしいと思ったけど、そういうことだったのか。そうだとしたら、やっぱり内部の情報網を探ってーー」
「何の話をしている?」
いつの間にか、背後に2人がいた。洋治はやはり威圧感があり、伊吹も氷のような冷たい視線が突き刺さる。玲央は2人と視線を交わしつつ、尋ねる。
「・・・・そんなに地位が大事ですか?」
「はあ? 何の話ですか? いいから早く出ていってください。元々そういう話でしょう」
伊吹は呆れていたが、玲央は怒りが収まらないというように怒鳴った。
「無実の人間を犯人に仕立て上げてまで、地位に執着し、罪を隠して何が楽しい? そんなのは警察官として以前に、人として間違っている!」
次の瞬間、海里と小夜が見たのは、玲央に向けられた伊吹の回し蹴りを止める龍の姿だった。
「相変わらずだな」
龍は憎々しげにこぼした。伊吹は「口の利き方がなっていませんね」と冷酷な声で返す。
「とにかく邪魔です。こちらは仕事をしているだけ。あなた方に止める権利はない」
「そんな仕事があってたまるかよ」
数十秒の間、龍と伊吹は睨み合っていた。互いを殺しかねない視線を向けている伊吹は、何の躊躇いもなく取り返しのつかない行動を起こすように思われた。
しばらくして、突然取調室の扉が開く。ノックの音は聞こえなかった。
「随分と物騒な取り調べだな。揃いも揃って声が大きい・・・・少しは抑えろ」
「「九重警視長?」」
伊吹と洋治は同時に声を上げ、訝しげな瞳で浩史を見た。対する浩史はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべており、手にはなぜかボールペンを差した1冊のノートを持っていた。
「井上、松坂、やり過ぎだ。犯人の迅速逮捕は必要だが、横暴なやり方は認められない」
洋治が口を開きかけると、浩史は遮るように続けた。
「言い訳はいい。お前たちは1度出て行け。ここからの取り調べはーー」
浩史はそこで言葉を切り、小夜の目の前に腰掛けた。手に持っていたノートを机に置き、彼は言う。
「私がやる」
「・・・・は?」
小夜以外の全員が突拍子もない声を上げた。海里たち3人は、小夜があくまで監視役として浩史を呼んだと思っていたからである。しかし、当の本人は彼らの反応を全く気にしていないかのように、微笑んだままだった。
「何を驚いている? 可愛い部下からの頼みだ・・・・聞かないわけにはいかないだろう。それに、久々にこういう仕事もいい」
「本気ですか?」
伊吹が混乱一色の声で尋ねた。浩史は頷く。
「私は冗談は言わない主義だ。
泉龍寺君、だったね? 取り敢えず、そのまま座っていてくれ。なあに、至って簡単な質問だけだから、そう身構えることはないよ」
知り合いであることはほぼ確定していたが、浩史は小夜と初対面であるかのような態度を取った。小夜も意図を理解しており、わざとぎこちない様子で頷いた。
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