小説探偵

夕凪ヨウ

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Case99.闇夜のダンスパーティー④

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 何を言おうとしたのかは、わからない。理由は単純、死んでしまったからだ。
 昨日と同じ鮮血が視界で踊った。作り物でも見ているような遺体は、残酷さと同時に嘘臭さを感じる。だけど、確実に死んでしまったのだ。
「しっかりしてください!」
 気がつけば、私は死んでしまった男の上体を起こして叫んでいた。
「何を言おうとしたんですか! 教えてください!」
 無駄な叫びとでも言うように、遺体の血がカーペットに滴り落ちた。

 ーカイリ『闇夜のダンスパーティー』第4章ー

            ※

 重苦しい柱時計の音が聞こえ、海里は目を覚ました。ゆったりと上体を起こして隣を見ると、玲央は既に起きているらしく、ベッドは空である。
 海里は寝ぼけ眼を擦りながらベッドから這い出ると、昨夜準備した服に手早く着替えた。同時に洗面所から水音が聞こえたのでみてみると、玲央が洗顔を終えたところだった。
「おはようございます。早いですね、玲央さん」
「おはよう。眠れなかっただけだよ。まだ6時半だし、君も早い方さ。それにしても・・・・」
 そうつぶやきながら、玲央は自分の着ている服に視線を落とした。
「服まで新調してくれるとは、優しいんだか、何なんだか」
「取り敢えず健康的な生活を送って欲しいということでしょう。自分が殺す時以外で、勝手に死ぬなーーと」
 海里の言葉を聞くなり、玲央は小馬鹿にするように笑った。
「復讐だなんて言っても、所詮は只中の事件の犯人。かつては容疑者として立場が弱かったのにも関わらず、状況が変わればこの様だ。全く、嫌になるね」
 玲央の皮肉に海里は苦笑いを浮かべた。同時に、扉を叩くとが聞こえ、2人のメイドが入って来た。揃って真白いお盆を持っており、洋風の食事が乗っていた。メイドのうちの1人のポケットには、小さなベルが入っている。
 2人のメイドは会釈をすると、ベルを持った方のメイドが口を開いた。
「おはようございます。朝食をお持ちしました。ゆっくり召し上がっていただいて構いませんので、食事が終わりましたら、このベルでお呼びください」
 そう言いながら、2人のメイドは机に朝食の盆とベルを置いた。
 海里は2人のメイドの顔を見つめ、声を上る。
「昨日と違う方ですね。このお屋敷に呼ばれた方には、全員メイドや黒服の方がいらっしゃるのですか?」
「・・・・お2人だけど聞いております。では」
 2人のメイドが出て行くと、海里と玲央は顔を見合わせた。しばし沈黙が流れた後、2人は朝食を取ることにした。クロワッサン2つにサラダ、スクランブルエッグ、コーンスープ、紅茶と、シンプルだが適度な量である。
 海里はじっと朝食を観察したが、妙な匂いや変色している様子はなかった。
「毒は入ってないように見えますね。まあ、口にしたら効果が現れるものもあるでしょうけれど」
「それもあるね。ただ、仮にも俺たちに謎を解くよう依頼して来たわけだし、何かない限り殺す気はないように思える。でも、警戒は必要かな」
 言い終わるなり、玲央はスープを口に運んだ。ゆっくりと飲み込み、考え込むように首を傾げた後、息を吐く。
「問題なさそうだ。やっぱり今のところ、俺たちを殺す気はないんだろう」
「そうですか。では、遠慮なく」
 海里はスープを飲み、サラダを食べ、パンをちぎった。玲央は海里の食べっぷりに苦笑いをこぼしながら、自分も食事を進める。
 共にお盆の上の朝食が無くなりかけた頃、紅茶を啜りながら海里は言った。
「1日ごとに4人殺すと言っていましたね。殺人を未然に防ぐことはできると思いますか?」
 海里の質問に、玲央は暗い顔をした。
「正直ーー難しいかもね。ダンス中は体が自由に動かないし、ダンス中だけに殺人が起こる確信もない。加えて、部屋を出るのも自由じゃないんだ。誰がどの部屋にいるのかもわかっていないし、1人1人守るなんて不可能に近い。難しい捜査であることは確かだよ」
「やはりそうですよね。
 麻生さんは、私たちに“10年前の謎を解け”と言った。しかし実際のところ、解いたところで彼が殺しを止めるのかはわからない。無関係な人間が大勢いると知っても、自分の犯行を知る人間を全て殺してしまおうと考えるかも」
「ああ。だからこそ外部・・・・本庁の力が欲しいんだけど」
 意見を交わし合う2人の顔色は、決して良いとは言えなかった。先々の不安と焦燥が、2人追い立てている気がした。
                    

 同日正午。警視庁。
「時間通りに来たね。龍」
 オールバックにした短い黒髪、優しさと色気を兼ね備えた黒目、筋が通った高い鼻、怪しさを含んだ笑み。年齢は50代後半だが、少ない皺と髭のない面立ちのためか、幾分か若く見えた。
 玲央と瓜二つでありながら、彼よりも威厳を纏っている男。東堂兄弟の父であり、元警視総監の東堂武虎たけとらは、小会議室で龍を出迎えた。
 龍はきっちりと制服を身につけた武虎を見つめ、小さくため息をつく。
「あんたが昔から時間にうるさいからだろ」
「大事なことだよ。時間にルーズな人は信頼できないでしょ?」
 龍は頷きつつ、武虎の左斜め前に腰掛けた。彼は息子の準備ができたと判断するなり、龍に尋ねる。
「それで? 10年前の事件の何が知りたいのかな?」
「麻生義彦・杏夫婦に疑惑をかけた理由が知りたい。2人がなぜ逃げたのかも」
「なるほど。重要なことだね」
 武虎はそう言い、側に置いていた資料を捲り始めた。彼は4分の1ほど捲った後、手を止めて顔を上げる。やけにゆったりとした動作だった。
「これは当時、事件の捜査をした警部が書いた報告書だ。取り敢えず目を通して、感想を聞かせてほしい」
 龍は首を傾げながら、武虎が差し出した資料を受け取って目を通した。資料を読むうちに龍の瞳は驚きと困惑に満ち溢れ、やがて信じられないと言わんばかりの顔を上げた。
「何だよ、これ・・・・物的証拠も、根拠も何もない・・・・。こんな物が、なぜ報告書として成り立つ?」
「理由を聞かれてもなあ。成り立っているから、記録として残っているわけだしさ。それに、初めに目を通したのは俺じゃなくて、当時の警視総監の磯山信茂いそやまのぶしげだ。彼の愚行は、君も聞いたことがあるんじゃないの?」
「もちろんある。だが、あんたほどの人間がこの報告書の存在を知らないはずがない」
「息子に褒められるのは嬉しいものだね」
 武虎は笑った。龍は眉を顰める。
「揶揄うなよ。何で放置した?」
「今さっきヒントを出しただろう? 磯山警視総監からの指示だよ。逆らっても良かったけど、2人が犯人じゃないって証拠もなかったし、疑惑として留めておくことを条件に保管したんだ。
 それに、逆らうとは君たちや部下の出世の邪魔になりそうだった。まあ、君たちはならなかったかもだけど、他は違う。は、隣にいないと困っただろ?」
 付け足された発言に、龍はあからさまに顔を歪めた。
「変な心配しすぎだろ。俺が聞きたいのは言い訳じゃないぞ」
「だろうね」
 武虎は苦笑した。龍がそう言うことを、わかっていたかのようだった。
「君が情報を求めていることは分かったけど、報告書はこのザマだし、他の人間は終わった事件としか考えていないから、俺がこの件に手を出すことはできない。解決は君たちに託す。
 だからせめて、少しでも力になれるよう、玲央と噂の探偵君の居場所を絞ってみたよ」
 そう言いながら、武虎は別に持ってきていた数枚の資料を手渡した。そこには、現在使われていない麻生家が所有していた屋敷がピックアップされており、既にいくつか候補から外されているものもあった。
「恐らくその中のどれかだよ。謎を解くのは彼らに任せて、君は救出を急げ。君たちが力を買うほどの探偵なら、外部の協力無しでも解決できるはずだ」
「助かる。時間取らせて悪かったな」
 そう言うなり龍は席を立ち、ドアノブに手をかけた。出て行こうとした龍に、武虎は言う。
「この事件が落ち着いたら、噂の探偵君に話をつけてくれないか? 君たちが評価する人物、是非会ってみたい」
「本人が了承したらな」
                    

「鉄線の外側にガーゼ?」
「うん。昨日俺たちの体に巻きついたのは鉄線だ。普通なら体に痕がついたり、酷い場合は切れて怪我をしたりする。でも、昨日入浴中に体を見たけど、それらしき怪我は無かった。で、よく思い出してみたら、鉄線の周囲に白い布が巻いてあったのを思い出した。恐らくガーゼか何かだと思う」
「そういえば、白い物体が見えた気がします」
 海里は天井を仰ぎ、昨夜のことを思い出しながら言った。
「つまり、鉄線によって私たちを殺す気はない。あくまで自分で、ということですか」
「ああ。加えて、もう1つ」
「ガーゼの結び方、ですね?」
 海里の質問に、玲央は頷いた。彼が黙ったので、海里は言葉を引き継ぐ。
「私たちを拘束した鉄線は、長い準備期間を経て仕組まれたもの。ホログラフの件も考えると、機械類の扱いに長けていることは明白です。それなのに、あのガーゼの結び方は人為的・・・簡単に言えば雑でした。とても機械にさせたとは思えない・・・・まるで、かのような」
「でも、なぜ? 俺たちを計画的に拐ったことは間違いない。それなのに、そんなくだらないことで準備不足なんておかしい」
「予想外のことが起こったのではないですか? 何かは分かりませんけど。」
 玲央は腕を組んだ。ホールのことを思い出しているらしいが、ピンと来ないらしい。
「その“予想外”が分かれば、真相に近づく気がするんだけど・・・・」
「ええ。10年前のことですから、話を聞けない分、小さなことでも深く考えとおかないと」
 2人が話し合っていると、黒服の男が2人入って来た。海里は何気なく視線を動かしたが、玲央は彼らを見るなり、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「玲央さん? どうしーー」
「君たち・・・・
 海里は驚きを隠せなかった。男たちは顔を逸らし、何も言わない。玲央は2人に詰め寄る。
「君たちは麻生義彦に協力しているのか? 騙されているのは俺たちだけで、他の人間は・・・・」
 詰問する玲央に対し、男は困惑の表情で首を横に振った。
「私たちにもわからない。ここに来るよう指示されただけだ。ただ、あの男はーー」
 男が何かを言おうとした瞬間、突如黒服の男2人が吐血して倒れた。海里はギョッとし、1人の上体を起こして叫ぶ。
「しっかりしてください! 何を言おうとしたんですか⁉︎ 教えてください!」
 返事はなかった。再び呼びかけようとしたが、玲央が海里の肩に手を置いて止めた。
「もう亡くなっている。昨日と同じ毒殺だよ」
 海里は歯軋りをした。事件解決に繋がるはずの何かを聞き逃したことが、事件の複雑さを物語っているように感じた。
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