小説探偵

夕凪ヨウ

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Case100.闇夜のダンスパーティー⑤

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 手が込んでいるように見えて隙のある偽装は、死者の叫びのように思われた。真実に気がついてくれ、とでも言うかのような。
 でも、誰も気がつかなかった。そしてそれが、時を経て今につながったのだ。罪なき人々の命を奪う、今に。

 ーカイリ『闇夜のダンスパーティー』最終章ー

            ※

『儂のプレゼントは受け取ってくれたかね? 探偵君、東堂玲央君』
 監視カメラからしわがれた高笑いが聞こえた。海里は天井裏に設置されているであろうカメラを睨みつけながら声を上げる。
「どういうつもりですか⁉︎ こんな・・・・!」
『要らぬ真実を知ってしまいそうだったからのう。邪魔者は消すしかない』
「ふざけないでください! だからって・・・‼︎」
 怒鳴る海里を、玲央が静かに諌めた。彼は落ち着いた声で言う。
「今この部屋で2人が死んだ。残りの2人も、どこか別の部屋で死んでいるはず。状況からして、俺たちの部屋に来ていたメイド服の2人かな」
『その通りじゃ。これで、お主らを含めて残り20人。全員死ぬまでに謎を・・・・』
「やはりあなたはこの屋敷にいないのですね」
 突然、海里は落ち着いた声でそう言った。打って変わって、口元には笑みが浮かんでいる。
 海里は続けた。
「不思議に思っていたんです。私たちの前に現れるあなたは、実体ではなくホログラム。しかし、屋敷の様子を知るために監視カメラを付けているのですから、どこかで監視していることは確実・・・・。にも関わらず、姿を見せる必要はあるのか、と」
 返事はなかった。海里はおもむろに立ち上がり、先ほどよりも声を大きくする。
「この屋敷にいるのなら、ホログラムで自分を見せる必要などない。自分の正体を晒してしまうことになりますし、解放された後に通報されることは否めない。しかし、あなたは監視カメラと盗聴器も加えた監視体制を敷いた。それは、ひとえに10年前の時間の真相を知りたいという思いゆえです。
 また、あなたはダンスの際、施した仕掛けで私たちの体の自由を奪った。このことから、屋敷に他の仕掛けも存在していると考えられ、下手な動きをすれば殺害する旨を示した」
『・・・・だとしたら何じゃ? そんなことがわかったところで、何の意味も』
「もう1つ」
 海里は麻生の声を遮った。微かに息を呑むような音が聞こえたが、海里は気にしない。
「あのホログラムは、?」
「何だって?」
 隣にいた玲央が信じられないという顔で目を見開いた。海里は続ける。
「あなたの姿が映し出されたホログラムを、私はずっと観察していました。何の変哲もない物かと思っていましたが、怒りに身を震わせた姿を見た時、気がついたんです。行動と言葉に、わずかな“ズレ”が存在しているということが」
「ズレ? まさか、写真を組み合わせてホログラムの作成したってこと? 音声は現在進行形だから、偶に合わなくなっていたと?」
 玲央の問いに海里は深く頷いた。
「恐らく。昨日、玲央さんとお屋敷を一回りしましたが、それらしき機材はありませんでしたし、現在お屋敷にいる人数を考えると、麻生さんの部屋がないんですよ。これもまた、あなたがここにいない理由です」
 言い終わるなり、海里は自分のスマートフォンを開いた。何度か画面をタップし、スクロールし、やがて長い息を吐く。
「玲央さん、これを見てください」
 海里はそう言いながら自身のスマートフォンの画面を見せた。途端に玲央は目を丸くし、口元に手を当てて驚きを示す。
 玲央が全てを把握したことを確認すると、海里は再び天井裏に視線を移した。
「真実を知りたいのでしょう? 麻生さん。教えて差し上げますよ。この屋敷のダンスホールで」
                    

 ダンスホールには、海里と玲央を含む生存者20人が集合した。2人を除く人々は一様に不安げな顔をしており、どこか清々しさすら感じる海里に訝しげな視線を向けていた。
「玲央さん。“あれ”は持ってきてくださいましたか?」
「ああ。でも、そんな簡単にできるのかな?」
「大丈夫ですよ。玲央さんは私より力がありますし、仕組みも理解されているでしょうから」
「まあ、そうだけどね。物は試しってやつか」
 玲央の言葉に海里が頷いた直後、再び壁から鉄線が飛び出した。やはりガーゼが巻かれていると、玲央は一瞥して確認する。
 一方で、他の人々は一層顔を青白くした。今度は自分たちの番かもしれないという不安が、拭いきれないようだった。
「ひっ・・・・!」
 人々が後ずさった時、玲央はポケットに忍ばせていたナイフを2本、躊躇うことなく壁に投げた。すると、鉄線が現れた場所に突き刺さり、中で何かが壊れたのか、鉄線の動きが止まった。生存者たちが感嘆の声を上げ、安堵の息を吐く。
「やっぱり玲央さんにお任せして正解でした。物は違えど、拳銃で標的を狙うのと似ていると思いまして」
「鉄線の現れる場所が2箇所だって江本君が推理してくれたからだよ」
「鉄線は木の枝のようになっていたから、複数箇所から現れているように見えたんです。でもよく見れば、壁全体から現れたわけじゃない。だからまあ、2箇所くらいかと」 
 海里は苦笑した。すると、再び階段の最上段にホログラムの麻生が現れた。体は怒りで震えており、目には動揺が走っている。2人はホログラムを見た瞬間、揃って目を細めた。
「偽物の映像は尽きたようですね」
「今夜はもう死人は出ない。ここで終わりにしよう」
 2人は麻生を正面から見つめた。ややあって、海里が口を開く。
「結論から言いましょう。10年前に麻生一家が亡くなった事件ーーあれは殺人ではなく、一家心中です」
 わずかな沈黙を経て、ホールにどよめきが起こった。その言葉の残酷さを、考える時間が必要なようだった。
「麻生家の会社は経営が傾いていました。婿養子の智さんは、天宮家に多額の借金をしていたんです」
 麻生は目に見えてわかるほど動揺しながら、声を上げた。
『智が? そんな・・・・』
「やはりご存知ありませんでしたか。
 私は、10年前の事件の際、警察が殺人の証拠を何も発見できなかったことが、どうしても気に掛かったんです。もちろん、本当に発見できなかったということもあるでしょうが、もしかしたら、殺人ではなくーーと」
 すると、玲央は海里のスマートフォンを受け取り、拡大した画面を拡大して麻生に見せた。画面には、麻生家の資産状況を示したグラフがあった。それは、一見して年々上がっているように見えた。だが、玲央が画面をスクロールすると、先ほどとは正反対の、年々下がっているグラスが現れた。
『馬鹿な・・・・』
「智さんたちはあなたと杏さんに心配をかけないために嘘をついていたのでしょう。そして彼は、義両親と警察を欺くため、偽のグラフを作ったんです。問題は、本物のグラフを残してしまっていたことですね」
 海里の言葉に、麻生は愕然としながらつぶやいた。
『じゃあ、娘たちを殺したのは天宮家だということに?』
「違います。そもそも、天宮家は本当にだったんです。借用書等もなかったようですし、催促の連絡も残っていない。智さんたちの良心が、天宮家と相反していただけのこと」
 海里の口から告げられる真実は、あまりに残酷なものだった。海里は真っ直ぐに麻生を見据え、言葉を続ける。
「もうやめにしましょう。あなたは、既に8人の命を奪ってしまった。これ以上罪を重ねないでください。
 麻生さん。私は、あなたがこんなことをしたのは、家族という大きな存在を失った、“心の隙間”を埋めるためとしか思えないんです」
『心の・・・・隙間?』
 麻生は意味がわからないという顔をした。そんなつもりは無かったらしい。海里が玲央を見ると、玲央は軽くため息をついた。
「もうわかるよね。10年前の事件は、気持ちのすれ違いが起こした不遇な事件。悪と呼ぶべき人間も、復讐の対象になる人間も、存在しない。だから、これ以上の殺人には何の意味もないんだ。ただ、罪なき人々の命を奪う・・・・それだけなんだよ」
 そこにあるのは、“虚しさ”だけだった。
 恨みの矛先を向ける場所もなく、復讐する相手もいない。悪意もない。残るのは、どうしようもない虚しさと、悲しみだけだった。
『儂は・・・・間違っていたのか?』
「人の命を奪ったことに関しては、間違っていると言わざるを得ません。ですが、家族を想う気持ちは、大きいほど良いと、私は思います」
 海里の口調は優しかった。いつも通りの、穏やかな笑みを浮かべていた。その瞬間、麻生はため息をつく。
『そうか・・・・家族を、想う気持ち。ずっと、それだけを持っていれば良かったのじゃな。そうすれば、妻を手にかけることも、こんなことをすることも、無かったかもしれないのに・・・・』
 玲央は目を見開いた。既に検討されていたこととはいえ、もう1つの事件が芋づる式に解決したことに、驚きを隠せなかった。
 麻生は続ける。
『江本海里君。君は、家族がいるか?』
「・・・・ええ。妹と、両親と、兄と、姉がいます。みんな優しくて、暖かい家族です」
 海里の言葉は真っ直ぐだった。何の迷いも打算もない、真実の言葉。麻生はほっと息を吐いた。
『それは、良かった・・・・』
 消え入るような声を聞いた瞬間、玲央の顔色が変わった。スマートフォンは、いつのまにか外部との連絡がとれるようになっており、彼はすぐ龍に電話をかけた。
『兄貴⁉︎ 今、どこにーー』
「説明は後だ! 麻生家が所有していた館を片っ端から当たってくれ!」
『は?』
「いいから早く! !」
 玲央は電話を切ると、ホールの隅にあった椅子で近くの窓を叩き壊した。途端に熱を交えた風が入り、陽光が差し込む。人々は感嘆の声を上げた。
「全員この窓から出てください。現在地がわかったら、警察に通報をお願いします。・・・・江本君」
「何でしょう」
「遺体を運ぶのを手伝ってくれ。幸い、担架に乗せられて、ブルーシートもかけているから、酷い状態は見えないよ」
「わかりました」
                    
            ※

「あの屋敷です」
「全員俺の後から入れ。銃は出しとけよ」
 龍は父から渡された資料にあった麻生家所有の屋敷の中で、2人を含む行方不明者が監禁されていないと踏んだ屋敷を捜索し直し、麻生の居場所を突き止めていた。
 到着した屋敷は巨大だが、古ぼけて寂れていた。壁に巻き付いた蔦が、時間の経過を示している。玄関の鍵は開いており、龍は部下を引き連れて足早に中へ入った。
「犯人が武器を持っている可能性もある。警戒しろ」
 3階建ての館には、1つ小さな部屋があった。開きかけの扉から血の臭いが漏れており、龍は躊躇いなく開け放った。
「・・・・これがこの男の選択か」
 龍の目の前には、血を吐き、倒れている麻生義彦の姿があった。側には毒を含んでいたのであろうグラスが割れており、彼の前に置かれた机には大量の己の写真と、映像機器が並んでいた。
「至急鑑識を呼べ。俺たちの検分は後だ」
「はい」
 部下に指示を出した後、龍はすぐに玲央に電話をかけた。
「間に合わなかった」
『・・・・そっか。やっぱり難しいね。人の命を救うなんて』
「わかりきっていたことだろ。今現場を見てるけど、毒殺までの流れに一切躊躇いが見られない。恐らく、事件が解決してもしなくても、死ぬつもりだったんだろう。病院の通院記録まで丁寧に置いてある」
『通院? 持病はなかったはずじゃ?』
「鬱病だ。家族を失って以来、不眠症も患っていたのか、睡眠薬もある」
 龍の言葉を聞いて、玲央は眉を顰めた。龍の深いため息が電話越しに聞こえる。
「何はともあれ無事で良かった。江本にも礼を言っておいてくれ。」
『わかった。また後で』

            ※

 麻生義彦の死から1週間ほど経った日の夕方、海里と玲央は麻生家の墓参りへ向かった。墓地には小夜がおり、献花をしている最中だった。海里は先日の一件から口を聞きにくかったが、2人は気にしなかった。
「あなたたちからしたら、誘拐して殺人まで犯した犯罪者じゃないの?」
「否定はしないよ。でも、10年前に解決していれば、今回の事件は起こらなかった。もっと早く、答えを差し出すべきだったんだ」
 玲央はそう言いながら、海里と墓石に手を合わせ、献花をした。小夜は目を細め、墓石の側面に彫ってある、麻生義彦の文字を見つめる。
 2人が黙祷を終えた後、小夜は消え入るような声でつぶやいた。
「父が、どうして智さんに無償でお金を貸したのか、私はずっと理解できなかった。父にとって、お金は命も同然で、権力の象徴。そんなものを、何の見返りもなく差し出すなんてあり得なかった。
 だから昨日、父に聞きに行ったの」
 いつのまにか、小夜の目には微かに涙が浮かんでいた。彼女はこぼれそうになる涙を拭いながら言う。
「父は一言、“友人だった”と言ったわ。地位と財産に恵まれた家に生まれた父が、媚を売る人間ばかりに囲まれた父が、子供の頃、唯一信じられる友人だったと・・・・。何の冗談だと思って顔を見たけど、嘘はついていなかった。・・・・本心だった。
 父はただ、心から智さんを友人と思い、慕い、友人でいてくれたお礼として、麻生家を救うためにお金を貸していたの」
 海里は驚愕の声が漏れそうになったが、かろうじてこらえた。
 1年前、天宮家で見せた姿は、嘘偽りはないのだろう。あの姿は、紛うことなき天宮和豊という人間だ。でも、友と慕う人がいて、その人を思う姿もまた、彼という人間だ。どんなに悪人と称されようが、それだけではなかったんだ。お金を貸すという行為は、彼にとっての友情だったんだ。
 小夜の嗚咽が聞こえ、海里は我に返った。涙を流す彼女は、絵画のように美しかった。
「本当、最悪。最後まで・・・・ただの悪人でいて欲しかった。恨み、憎み、復讐するべき相手として、生涯認識していたかった。
 それなのに、こんな・・・・。父は、悪に塗れた自分の世界を嫌い、自分の立場を気にしない彼と友人になったと言ったわ。私はその時、父と私が親子なんだって実感した」
 9年前、小夜は月城由花つきしろゆいかと友人だった。そして彼女もまた、麻生智同様に命を落とした。友を思う気持ちを、抱いたまま。父子は相反しつつも、よく似た道を辿っていた。
 答えに窮する海里に対して、玲央は冷静に、しかし驚くほど穏やかな声で答えた。
「罪は消えない。彼が犯した罪と過去は、決して消えない。同時に、君と彼が親子であることも消えない。変えられない真実だ。ただでさえ悩んでいたのに、今回の件を知って感情が揺れ動くのは当然のことだよ。
 だから、今は思いっきり泣いたらいい。無理に涙を止める必要なんてない。思いのまま、泣いたらいいんだ」
 玲央はおもむろに小夜に近づき、優しく抱きしめた。彼女は玲央の胸に体を預け、先ほどよりも大きな嗚咽を漏らしながら、大粒の涙をこぼした。玲央は何も言わず、わずかに笑みを浮かべて、彼女を包み込んでいた。
 海里の耳には、小夜の嗚咽だけが聞こえていた。沈み始めた夕日が、喪った命を象徴しているかのように、一層眩い光を放っていた。
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