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Case104.悪意なき悪人たち④
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子供は大人よりも頭が柔らかく、堅固な考えはあまりしない。きっと、それは事実だ。
だけど、それ以上に子供は純粋だ。純粋で真っ直ぐ。良くも、悪くも。今は、良い場合なんだろう。だからこそ、彼らは笑っている。桜のように美しく、向日葵のように明るい、そんな笑顔を、浮かべている。
「どうして? 先生は、ずっとぼくたちの先生なのに!」
暗い瞳に、光が宿った。
ーカイリ『悪意なき悪人たち』最終章ー
※
「あれ、龍さんたち、今日も来たの?」
海里が捜査に加わった翌日、3人は再び青空孤児院に足を運んだ。美希子は連日アルバイトらしく、3人を迎え入れたのは彼女だった。
「ああ。昨日休んでいたスタッフも含めて、改めて話を聞きたいからな。それより美希子、アルバイトは程々にしとけよ? 仮にも受験生なんだから」
「わかってるよ~。勉強に支障のない範囲でって、お父さんと叔母さんとの約束だし」
文句を言いながら、美希子は3人を中に入れた。院長は事情を聞くなり、彼女に子供たちの面倒を頼み、スタッフ全員を客間に呼び寄せた。
「警察の方がお聞きしたいことがあるそうです」
院長の一言に全員が不安な顔をした。当然の反応だったが、海里は落ち着いた口調で尋ねた。
「簡単なことですから、あまり複雑に考えられる必要はありませんよ」
そう言いながら、海里は龍からレコーダーを受け取り、机に置いた。
「1人ずつお呼びしますから、部屋の外で待機していてください。まずは院長さんからお願いします」
不安げな顔で出て行くスタッフたちを見送ると、海里は椅子に腰掛けた。龍と玲央は壁にもたれかかり、事情聴取の様子を見つめていた。
「まず1人目の被害者・赤峰琳子さんのことで・・・・」
1時間弱に及ぶ事情聴取を終え、3人は疲労の混じるため息をついた。
「小さな孤児院ってことを考えと、アルバイト抜きで15人は多いな。一応アルバイトにも話は聞いたが、嘘をついている人間は見当たらない」
「ええ。ただ、この中にいないと決めつけることも難しいでしょう。赤峰さんに買い物を頼んだのはスタッフ。商店街が閉まっていると知っていて行かせたとすれば、確実に殺害するつもりだったのですから」
「そんな面倒なことまでして殺したい理由があるなんて、粘着質な犯人だね」
玲央は苦笑した。海里は考え込む様子である。
「そもそも、ここの孤児院には何人の子供がいるんでしょう。確かめていませんでしたね」
海里は立ち上がり、院長に子供たちの名簿がないかと尋ねた。彼女は少し待ってくださいと言い、自分の部屋から名簿を取り出して来た。
「ありがとうございます。取り敢えず、1年前からのものを見ますか」
「高校卒業後に出て行くシステムなんだね。年度で見ると、大体30人前後か。基準がわからないから、多い少ないは断言できないけど・・・・」
「10人の被害者は、赤子の頃からここにいる子供ばかりだな。アサヒの資料ともピッタリ合うし・・・・。となると、長年勤めている人間か」
「可能性としては高いかもしれません。ーーあっ」
その時、海里が手を滑らせて名簿を落とした。慌てて拾おうと手を伸ばすと、落ちた拍子にスタッフの名簿までページが飛んでしまっていた。刹那、海里は短く書かれた文章を読みーー1人のスタッフが亡くなり、その後、別のスタッフが辞めたーー眉を顰めた。
「これは・・・・?」
「ああ、その話ね」
いつのまにか客間に顔を出した美希子が、海里の落とした名簿を拾いながら言った。
「知ってるのか?」
龍が尋ねると、美希子は頷いた。その表情は曇っており、良い話ではないのだと推測できた。
「亡くなったスタッフさん・・・・桂紗子さんは、生まれつき心臓が悪くて、体調不良になることも稀にあったんだ。院長はもちろん事情を知っていて、シフトを調整してた。でも、桂さんは子供たちが大好きで、体に負担がかからないギリギリまで働いて、子供たちもすっごく懐いてたんだ。
だけど半年前・・・・子供たちと遊んでる最中に倒れて。すぐ病院に運ばれたけど、結局亡くなったの。その後、気分的にしんどくなっちゃったのかな。周防雄介さんってスタッフが辞めちゃった。それ以降、スタッフさんの間では重い空気が流れてて」
「それに続いて今回の事件が起こったーーということですね?」
「そう。“何でうちだけ”って言ってる人もいた。まあ、仕方ないよね」
海里は眉を顰め、何かを考え込んでいた。しばらくして、彼は美希子を見据える。
「美希子さん。スタッフの方々の写真はありますか?」
「うん。ちょっと待ってて」
足早に客間を出た美希子は、数分とかからずに戻り、机に写真の束を置いた。龍がゆっくりとそれに手を伸ばし、丁寧に捲る。少しして、彼は手を止め、「江本」と呼びかけて写真を見せた。
龍が見せた写真は、桂紗子と周防雄介が2人で写っていた。改めてその写真を見た美希子は、顔色を変える。
「・・・・まだ決まったわけじゃ」
美希子の言葉に被せるように海里は言った。
「本当に何もないと思いますか? 写真の中で、2人は同じ色と宝石の指輪をしています。どう考えても、これは婚約もしくは結婚指輪です。
いずれにせよ、桂さんが亡くなった時の様子を知るためにも、彼に会う必要があります」
美希子がさらに声を上げようとすると、玲央が封じるように声を上げた。
「行こう。院長には当時の話と、周防さんの住所も聞いた方がいい」
美希子は話し合いながら部屋を出て行く3人を引き止めようとしたが、龍が静かにその手を制した。
「協力してくれて助かった。ここから先は手を出すな」
お前にはまだ早い、と言うかのようだった。美希子は思わず足を止め、躊躇いがちに尋ねる。
「・・・・逮捕するの?」
「犯人であれば」
端的に答えた龍は、海里と玲央の後を追った。美希子はそれ以上何も言わず、3人の背中を見つめていた。
インターホンを押すと、虚な目をして無精髭を生やした青年が出て来た。まだ20代半ばくらいのはずだが、40歳くらいに見えた。
「初めまして。周防雄介さんですね?」
「・・・・誰ですか?」
「警視庁の者です。数ヶ月前から発生している、小中学生轢き逃げ事件についてお話を伺いたいと思いまして」
次の瞬間、周防は3人を押しのけてベランダから飛び降りようとした。しかし、すぐさま龍が後ろ襟を掴んで引き戻す。
「逃亡は疑いを深めるだけです。私たちも、まだあなたが犯人だと確定して訪れたわけじゃない。少しずつで構いませんから、お話してくれませんか?」
龍の落ち着き払った口調に安堵したのか、彼は頷いた。ゆっくりと踵を返し、3人を家に通す。部屋はあまり広くはないものの、整頓されており、埃1つ落ちていなかった。周防は適当にかけてくれと言い、人数分のお茶を出した。
「わざわざありがとうございます。
早速ですが・・・・桂紗子さんのことについてお話し願えますか? 周防さんは、桂さんと同僚、だったんですよね」
海里は本人の口から婚約関係にあったことを口にしてほしいと思い、同僚という一言に留めた。周防はおもむろに頷く。
「・・・・はい。でも、仕事をして行くうちに惹かれ合って・・・・数年経ってから、プロポーズしたんです」
周防は微笑を浮かべていたが、すぐに笑みを消して言った。
「それなのに、彼女は死んだ。いや、殺されたんだ。彼女は・・・」
「子供たちとの鬼ごっこの最中に発作を起こして亡くなった、ですか? 仮にそうだとしても、それだけで殺されたというのは、無茶な話でしょう」
「しかし!」
叫ぶ周防に対し、海里は冷静に答えた。
「子供たちは病気のことなんて知るはずもない。ですから、彼女自身にも落ち度があったと言えますよ」
周防は拳を握りしめ、歯軋りをした。
「院長が注意をしたことはお聞きしました。しかし、それでも子供たちは理解できなかったでしょう。“心臓病を患っているから、無理をさせてはいけない”、などと」
「・・・・子供は難しい言葉を完全には理解できない。理解した“つもり”でいれば、取り返しのつかないことになる」
龍の言葉に海里と玲央も静かに同意した。しかしそれでも、周防は納得した表情を浮かばない。海里は続けた。
「そもそも、おかしいんですよ。桂さんが亡くなった後、孤児院をやめたあなたが、なぜ子供たちの行動を把握できるのですか? 1人目の被害者・赤峰さんの時点で、不可解な点はありました」
「何が言いたいんですか?」
「協力者がいるのでしょう?」
周防は黙った。違うと言わんばかりに大きく首を横に振るが、海里は止まらなかった。真実が目の前にあると知った時、彼の態度は変わるのだ。
「もしいないなら、赤峰さんの事故は偶然だっというのですか? 偶々見つけて、轢き殺した? 出来すぎています」
「偶然だ! 協力者なんていない!」
周防は怒鳴ったが、海里はやはり冷静だった。
「単刀直入に聞きます。協力者は院長ですか?」
「江本君、ちょっと・・・・」
龍と玲央はまずいと思ったのか、海里の肩を押さえた。歯止めが効かなくなると、彼は周りが見えなくなる。しかし、海里は2人の制止など聞こえていないかのように周防を駆り立てた。
「沈黙は肯定と同義です。アルバイトの方にお聞きしましたが、孤児院の子供たちに買い物を頼んでいたのは院長でしょう? 買い物メモを渡しているのも彼女だと聞いています。つまり、あなたと連絡を取っているのは院長だ」
断定を否定できないのか、周防は苦しげな顔でつぶやいた。
「・・・・私が・・巻き込んで・・・・」
海里は驚く様子なく頷き、言葉を続けた。
「罪悪感はなかったんですか? 彼女は今も子供たちを見てるんですよ?」
「ありました・・・・。でも、1人でやるのが・・」
「怖かった? ふざけないでください。あなたは7人に怪我をさせ、3人の命を奪った。過去とはいえ子供たちを見守る立場にあったのに、残酷な方法で彼らの命を奪ったんです。周防さん、あなたにーー」
「1つだけ」
海里の言葉を遮るように、龍が口を開いた。彼は海里を一瞥し、軽いため息をつく。
「1つだけ、お願いを聞いていただけませんか。周防さん」
「・・・・お願い? 何でしょうか」
「私たちと一緒に、青空孤児院へ来て欲しいんです。そして、子供たちに会ってください」
「は?」
周防は目を丸くした。しかし、龍は深い理由を語らずに言葉を続ける。
「とにかく行きましょう。そうしないと、あなたはそこから動けない」
玲央は龍の意図を組み込んだのか、海里を説得して孤児院に戻った。
「周防さん? どうして急に・・・・」
院長は驚いていたが、海里たちの様子を見て、全てを察したらしかった。
他のスタッフと遊んでいた子供たちは、周防を見るなり、向日葵のように明るい笑顔を浮かべて彼の元に走って来た。
「周防せんせえ~! 返って来たの?」
「いや、ぼ・・わ、私は・・・・」
「ねえねえ、一緒に遊ぼうよ! 前はたくさん遊んでくれたじゃん!」
子供たちは乗り気でない周防に向かって頬を膨らませていた。周防は困惑しながら口を開く。
「私は、もう君たちの先生じゃないんだよ。だから、そういうことは他の先生に・・・・」
「どうして? 先生じゃなくなっても、私たちにとって周防先生は先生だよ? ずっと、ずーっと大好きな、先生!」
その言葉が、周防の心を照らした。心の靄が晴れ、過去という名の鎖が消えた気がした
周防を見なから、龍が口を開く。
「周防さん。あなたは確かに罪を犯した。しかし、あなたを大切に思う人は、まだここにいます。その人々の思いを無視して、これ以上犯罪を続ける覚悟がありますか?」
周防は涙を流していた。龍は続ける。
「人は、誰かに理不尽に命を奪われる権利はない。ただし、等しく罰を受ける権利はある。だから、これで終わりだと思わないでほしい。あなたには罪を償うために罰を受け入れ、更生のための道を進んでほしい。
判断を下すのは私たちではありませんが、力を尽くします。だって、あなたは子供が好きでしょう? 彼らの笑顔をこれ以上奪わないためにも、罪を償うことを選んでください」
「・・・・はい・・はい。ありがとう、ございます」
龍は静かに周防に、玲央は院長に手錠をかけた。
「江本君。君は正しい。でも、それだけじゃ全てを解決することはできないよ」
「玲央さん・・・・」
「怒っているわけじゃないよ。そんなこともあると、知ってくれたらいいんだ」
そう言った玲央は、普段より大人びて見えた。穏やかに笑うその姿が、海里に事件の解決を依頼した武虎と重なった。
「感情は良い方にも悪い方にも働く。でも、それは単純なものじゃない。だからこそ、悪意の中に正反対なものが散財することもある。
人って、そういうものだと思わないかい?」
それは、真実を口にしつつも、優しい言葉だった。海里は深く頷く。
「・・・・はい。きっと、そうだと思います」
※
「そっか。解決できたんだね」
「そのようです」
武虎は、事件解決の報告を浩史から聞いていた。彼は楽しげな笑みを浮かべる。
「やっぱり彼の頭脳は本物のようだね。安心した・・・・これからも力を貸してもらおう」
「しかし、彼はあくまで“小説家”です。引き際が存在するかもしれませんよ。例えば、妹が目を覚ました時、とか」
「可能性としては否定できないね。でも、彼も分かっているはずだよ? 謎を解くという楽しみを」
武虎の言葉に浩史は一瞬言葉を失い、驚愕しながら言った。
「・・・・総監・・まさか、彼の心情をわかった上で事件の依頼を・・・・?」
「ノーコメント。
とにかく、悪人は嫌というほど世の中に蔓延っていて、面倒な都合から俺たちが逮捕に踏め込めない人間もいる。そういう人間を逮捕するために、小説家でありながら探偵である、江本海里の力が必要なんだよ」
武虎の言葉に、浩史は思わず苦笑した。彼の言葉には、強い意志と同時に、有無を言わせぬ威圧感があった。
「テロ組織のことも何も分かっていない今、警察・探偵共に力を合わせなきゃならない。彼が断っても、とことん頭脳は使わせてもらうよ。多少強引な手を使ってでもーーね」
だけど、それ以上に子供は純粋だ。純粋で真っ直ぐ。良くも、悪くも。今は、良い場合なんだろう。だからこそ、彼らは笑っている。桜のように美しく、向日葵のように明るい、そんな笑顔を、浮かべている。
「どうして? 先生は、ずっとぼくたちの先生なのに!」
暗い瞳に、光が宿った。
ーカイリ『悪意なき悪人たち』最終章ー
※
「あれ、龍さんたち、今日も来たの?」
海里が捜査に加わった翌日、3人は再び青空孤児院に足を運んだ。美希子は連日アルバイトらしく、3人を迎え入れたのは彼女だった。
「ああ。昨日休んでいたスタッフも含めて、改めて話を聞きたいからな。それより美希子、アルバイトは程々にしとけよ? 仮にも受験生なんだから」
「わかってるよ~。勉強に支障のない範囲でって、お父さんと叔母さんとの約束だし」
文句を言いながら、美希子は3人を中に入れた。院長は事情を聞くなり、彼女に子供たちの面倒を頼み、スタッフ全員を客間に呼び寄せた。
「警察の方がお聞きしたいことがあるそうです」
院長の一言に全員が不安な顔をした。当然の反応だったが、海里は落ち着いた口調で尋ねた。
「簡単なことですから、あまり複雑に考えられる必要はありませんよ」
そう言いながら、海里は龍からレコーダーを受け取り、机に置いた。
「1人ずつお呼びしますから、部屋の外で待機していてください。まずは院長さんからお願いします」
不安げな顔で出て行くスタッフたちを見送ると、海里は椅子に腰掛けた。龍と玲央は壁にもたれかかり、事情聴取の様子を見つめていた。
「まず1人目の被害者・赤峰琳子さんのことで・・・・」
1時間弱に及ぶ事情聴取を終え、3人は疲労の混じるため息をついた。
「小さな孤児院ってことを考えと、アルバイト抜きで15人は多いな。一応アルバイトにも話は聞いたが、嘘をついている人間は見当たらない」
「ええ。ただ、この中にいないと決めつけることも難しいでしょう。赤峰さんに買い物を頼んだのはスタッフ。商店街が閉まっていると知っていて行かせたとすれば、確実に殺害するつもりだったのですから」
「そんな面倒なことまでして殺したい理由があるなんて、粘着質な犯人だね」
玲央は苦笑した。海里は考え込む様子である。
「そもそも、ここの孤児院には何人の子供がいるんでしょう。確かめていませんでしたね」
海里は立ち上がり、院長に子供たちの名簿がないかと尋ねた。彼女は少し待ってくださいと言い、自分の部屋から名簿を取り出して来た。
「ありがとうございます。取り敢えず、1年前からのものを見ますか」
「高校卒業後に出て行くシステムなんだね。年度で見ると、大体30人前後か。基準がわからないから、多い少ないは断言できないけど・・・・」
「10人の被害者は、赤子の頃からここにいる子供ばかりだな。アサヒの資料ともピッタリ合うし・・・・。となると、長年勤めている人間か」
「可能性としては高いかもしれません。ーーあっ」
その時、海里が手を滑らせて名簿を落とした。慌てて拾おうと手を伸ばすと、落ちた拍子にスタッフの名簿までページが飛んでしまっていた。刹那、海里は短く書かれた文章を読みーー1人のスタッフが亡くなり、その後、別のスタッフが辞めたーー眉を顰めた。
「これは・・・・?」
「ああ、その話ね」
いつのまにか客間に顔を出した美希子が、海里の落とした名簿を拾いながら言った。
「知ってるのか?」
龍が尋ねると、美希子は頷いた。その表情は曇っており、良い話ではないのだと推測できた。
「亡くなったスタッフさん・・・・桂紗子さんは、生まれつき心臓が悪くて、体調不良になることも稀にあったんだ。院長はもちろん事情を知っていて、シフトを調整してた。でも、桂さんは子供たちが大好きで、体に負担がかからないギリギリまで働いて、子供たちもすっごく懐いてたんだ。
だけど半年前・・・・子供たちと遊んでる最中に倒れて。すぐ病院に運ばれたけど、結局亡くなったの。その後、気分的にしんどくなっちゃったのかな。周防雄介さんってスタッフが辞めちゃった。それ以降、スタッフさんの間では重い空気が流れてて」
「それに続いて今回の事件が起こったーーということですね?」
「そう。“何でうちだけ”って言ってる人もいた。まあ、仕方ないよね」
海里は眉を顰め、何かを考え込んでいた。しばらくして、彼は美希子を見据える。
「美希子さん。スタッフの方々の写真はありますか?」
「うん。ちょっと待ってて」
足早に客間を出た美希子は、数分とかからずに戻り、机に写真の束を置いた。龍がゆっくりとそれに手を伸ばし、丁寧に捲る。少しして、彼は手を止め、「江本」と呼びかけて写真を見せた。
龍が見せた写真は、桂紗子と周防雄介が2人で写っていた。改めてその写真を見た美希子は、顔色を変える。
「・・・・まだ決まったわけじゃ」
美希子の言葉に被せるように海里は言った。
「本当に何もないと思いますか? 写真の中で、2人は同じ色と宝石の指輪をしています。どう考えても、これは婚約もしくは結婚指輪です。
いずれにせよ、桂さんが亡くなった時の様子を知るためにも、彼に会う必要があります」
美希子がさらに声を上げようとすると、玲央が封じるように声を上げた。
「行こう。院長には当時の話と、周防さんの住所も聞いた方がいい」
美希子は話し合いながら部屋を出て行く3人を引き止めようとしたが、龍が静かにその手を制した。
「協力してくれて助かった。ここから先は手を出すな」
お前にはまだ早い、と言うかのようだった。美希子は思わず足を止め、躊躇いがちに尋ねる。
「・・・・逮捕するの?」
「犯人であれば」
端的に答えた龍は、海里と玲央の後を追った。美希子はそれ以上何も言わず、3人の背中を見つめていた。
インターホンを押すと、虚な目をして無精髭を生やした青年が出て来た。まだ20代半ばくらいのはずだが、40歳くらいに見えた。
「初めまして。周防雄介さんですね?」
「・・・・誰ですか?」
「警視庁の者です。数ヶ月前から発生している、小中学生轢き逃げ事件についてお話を伺いたいと思いまして」
次の瞬間、周防は3人を押しのけてベランダから飛び降りようとした。しかし、すぐさま龍が後ろ襟を掴んで引き戻す。
「逃亡は疑いを深めるだけです。私たちも、まだあなたが犯人だと確定して訪れたわけじゃない。少しずつで構いませんから、お話してくれませんか?」
龍の落ち着き払った口調に安堵したのか、彼は頷いた。ゆっくりと踵を返し、3人を家に通す。部屋はあまり広くはないものの、整頓されており、埃1つ落ちていなかった。周防は適当にかけてくれと言い、人数分のお茶を出した。
「わざわざありがとうございます。
早速ですが・・・・桂紗子さんのことについてお話し願えますか? 周防さんは、桂さんと同僚、だったんですよね」
海里は本人の口から婚約関係にあったことを口にしてほしいと思い、同僚という一言に留めた。周防はおもむろに頷く。
「・・・・はい。でも、仕事をして行くうちに惹かれ合って・・・・数年経ってから、プロポーズしたんです」
周防は微笑を浮かべていたが、すぐに笑みを消して言った。
「それなのに、彼女は死んだ。いや、殺されたんだ。彼女は・・・」
「子供たちとの鬼ごっこの最中に発作を起こして亡くなった、ですか? 仮にそうだとしても、それだけで殺されたというのは、無茶な話でしょう」
「しかし!」
叫ぶ周防に対し、海里は冷静に答えた。
「子供たちは病気のことなんて知るはずもない。ですから、彼女自身にも落ち度があったと言えますよ」
周防は拳を握りしめ、歯軋りをした。
「院長が注意をしたことはお聞きしました。しかし、それでも子供たちは理解できなかったでしょう。“心臓病を患っているから、無理をさせてはいけない”、などと」
「・・・・子供は難しい言葉を完全には理解できない。理解した“つもり”でいれば、取り返しのつかないことになる」
龍の言葉に海里と玲央も静かに同意した。しかしそれでも、周防は納得した表情を浮かばない。海里は続けた。
「そもそも、おかしいんですよ。桂さんが亡くなった後、孤児院をやめたあなたが、なぜ子供たちの行動を把握できるのですか? 1人目の被害者・赤峰さんの時点で、不可解な点はありました」
「何が言いたいんですか?」
「協力者がいるのでしょう?」
周防は黙った。違うと言わんばかりに大きく首を横に振るが、海里は止まらなかった。真実が目の前にあると知った時、彼の態度は変わるのだ。
「もしいないなら、赤峰さんの事故は偶然だっというのですか? 偶々見つけて、轢き殺した? 出来すぎています」
「偶然だ! 協力者なんていない!」
周防は怒鳴ったが、海里はやはり冷静だった。
「単刀直入に聞きます。協力者は院長ですか?」
「江本君、ちょっと・・・・」
龍と玲央はまずいと思ったのか、海里の肩を押さえた。歯止めが効かなくなると、彼は周りが見えなくなる。しかし、海里は2人の制止など聞こえていないかのように周防を駆り立てた。
「沈黙は肯定と同義です。アルバイトの方にお聞きしましたが、孤児院の子供たちに買い物を頼んでいたのは院長でしょう? 買い物メモを渡しているのも彼女だと聞いています。つまり、あなたと連絡を取っているのは院長だ」
断定を否定できないのか、周防は苦しげな顔でつぶやいた。
「・・・・私が・・巻き込んで・・・・」
海里は驚く様子なく頷き、言葉を続けた。
「罪悪感はなかったんですか? 彼女は今も子供たちを見てるんですよ?」
「ありました・・・・。でも、1人でやるのが・・」
「怖かった? ふざけないでください。あなたは7人に怪我をさせ、3人の命を奪った。過去とはいえ子供たちを見守る立場にあったのに、残酷な方法で彼らの命を奪ったんです。周防さん、あなたにーー」
「1つだけ」
海里の言葉を遮るように、龍が口を開いた。彼は海里を一瞥し、軽いため息をつく。
「1つだけ、お願いを聞いていただけませんか。周防さん」
「・・・・お願い? 何でしょうか」
「私たちと一緒に、青空孤児院へ来て欲しいんです。そして、子供たちに会ってください」
「は?」
周防は目を丸くした。しかし、龍は深い理由を語らずに言葉を続ける。
「とにかく行きましょう。そうしないと、あなたはそこから動けない」
玲央は龍の意図を組み込んだのか、海里を説得して孤児院に戻った。
「周防さん? どうして急に・・・・」
院長は驚いていたが、海里たちの様子を見て、全てを察したらしかった。
他のスタッフと遊んでいた子供たちは、周防を見るなり、向日葵のように明るい笑顔を浮かべて彼の元に走って来た。
「周防せんせえ~! 返って来たの?」
「いや、ぼ・・わ、私は・・・・」
「ねえねえ、一緒に遊ぼうよ! 前はたくさん遊んでくれたじゃん!」
子供たちは乗り気でない周防に向かって頬を膨らませていた。周防は困惑しながら口を開く。
「私は、もう君たちの先生じゃないんだよ。だから、そういうことは他の先生に・・・・」
「どうして? 先生じゃなくなっても、私たちにとって周防先生は先生だよ? ずっと、ずーっと大好きな、先生!」
その言葉が、周防の心を照らした。心の靄が晴れ、過去という名の鎖が消えた気がした
周防を見なから、龍が口を開く。
「周防さん。あなたは確かに罪を犯した。しかし、あなたを大切に思う人は、まだここにいます。その人々の思いを無視して、これ以上犯罪を続ける覚悟がありますか?」
周防は涙を流していた。龍は続ける。
「人は、誰かに理不尽に命を奪われる権利はない。ただし、等しく罰を受ける権利はある。だから、これで終わりだと思わないでほしい。あなたには罪を償うために罰を受け入れ、更生のための道を進んでほしい。
判断を下すのは私たちではありませんが、力を尽くします。だって、あなたは子供が好きでしょう? 彼らの笑顔をこれ以上奪わないためにも、罪を償うことを選んでください」
「・・・・はい・・はい。ありがとう、ございます」
龍は静かに周防に、玲央は院長に手錠をかけた。
「江本君。君は正しい。でも、それだけじゃ全てを解決することはできないよ」
「玲央さん・・・・」
「怒っているわけじゃないよ。そんなこともあると、知ってくれたらいいんだ」
そう言った玲央は、普段より大人びて見えた。穏やかに笑うその姿が、海里に事件の解決を依頼した武虎と重なった。
「感情は良い方にも悪い方にも働く。でも、それは単純なものじゃない。だからこそ、悪意の中に正反対なものが散財することもある。
人って、そういうものだと思わないかい?」
それは、真実を口にしつつも、優しい言葉だった。海里は深く頷く。
「・・・・はい。きっと、そうだと思います」
※
「そっか。解決できたんだね」
「そのようです」
武虎は、事件解決の報告を浩史から聞いていた。彼は楽しげな笑みを浮かべる。
「やっぱり彼の頭脳は本物のようだね。安心した・・・・これからも力を貸してもらおう」
「しかし、彼はあくまで“小説家”です。引き際が存在するかもしれませんよ。例えば、妹が目を覚ました時、とか」
「可能性としては否定できないね。でも、彼も分かっているはずだよ? 謎を解くという楽しみを」
武虎の言葉に浩史は一瞬言葉を失い、驚愕しながら言った。
「・・・・総監・・まさか、彼の心情をわかった上で事件の依頼を・・・・?」
「ノーコメント。
とにかく、悪人は嫌というほど世の中に蔓延っていて、面倒な都合から俺たちが逮捕に踏め込めない人間もいる。そういう人間を逮捕するために、小説家でありながら探偵である、江本海里の力が必要なんだよ」
武虎の言葉に、浩史は思わず苦笑した。彼の言葉には、強い意志と同時に、有無を言わせぬ威圧感があった。
「テロ組織のことも何も分かっていない今、警察・探偵共に力を合わせなきゃならない。彼が断っても、とことん頭脳は使わせてもらうよ。多少強引な手を使ってでもーーね」
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樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
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