小説探偵

夕凪ヨウ

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Case111.人形屋敷は呪いの渦中①

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 それは、よくある除霊の依頼だった。


「うちの家には、故あって、日本人形がたくさんあるんです。子供であれば、普通は怖がると思うんですが、うちの娘は痛く気に入っていまして、よく1人で遊んでいるんですよ。
 ですが最近、人形が失くなったり、壊されたりしているんです。娘には、高価なものだから危ないことはしないようにと言っていますし、嘘のつかない子なので、娘がやったとは思えないんです。
 いや、別に、霊感があるとかではないですよ。ただ、妻や義母が気味悪がってしまって。家に誰かが住み着いているなんて話も出て来たんです。流石にそれはないだろうと言ったんですが、安心できない、夜も眠れないと言われて。
 どうしたらいいかと同僚に相談したら、ここなら除霊の依頼も引き受けてくれるとお聞きしまして。いるか、いないかは別にして、調査していただけないでしょうか?」
 断る理由はなかった。金銭が発生しない、いわゆるボランティアのような除霊の依頼は、些細なものであろうと引き受けるのが、うちのーー言い換えるなら、父さんの方針だからだ。
「わかりました。近いうちにお伺いして、調査いたします。
 つきましては、こちらに連絡先と氏名、住所、家族構成の記入をお願いいたします」
 手渡した簡易な用紙にペンを走らせる姿を見ながら、俺は尋ねた。
「調査のお日にちは、いつ頃がよろしいでしょうか?」
 できる限りの穏やかな笑みを浮かべて尋ねると、依頼者はスケジュール帳を捲り始めた。今時、スマートフォン以外の媒体で予定を確認する人間といるのかと、少し驚く。
「2日後の午前・・10時くらいでお願いします。生憎私は仕事があるので同席できませんが、妻と義母には、私の方から話しておきますので」
「2日後の午前10時ですね。かしこまりました。調査が終わり次第、ご連絡します」
 という一連の流れを宮司の父を含む神職と巫女に話すと、満場一致と言わんばかりに俺が指名された。理由は単純。こういうは、大抵が何もないため、依頼者やその家族に不快な気持ちを抱かせないことが優先されるのだ。そのため、人当たりの良い人間が抜擢される。それが、少なくとも父を含む同僚たちにとっては、俺らしかった。
「やっぱり、そうなりますよね。わかりました。できる限り、早く終わらせて戻ります」
 ここまで俺たちが楽観的だったのは、何もない可能性が9割だと踏んでいたからだ。
 だから、思いもしなかった。


 残る1割に、当たるなんて。

            ※

「でっけえ~」
 そんなつぶやきをこぼすのも、無理はなかった。
 依頼者の仲村麟太郎なかむらりんたろうの自宅ーー正確には、彼は婿入りしたので妻の実家兼自宅とも言えるーーは、武家屋敷かと見紛うほどの荘厳さを兼ね備えていた。
 黒鉄くろがね色の瓦屋根は広々としており、まばゆい陽光が照りつけている。白い築地塀は威張っているかのように高く、木の門戸と側にある墨で書かれた表札は、確かな年季が入っているものの、味があった。耳を澄ますと微かな水音が聞こえ、鹿威ししおどしの音が小気味良く響く。秋らしく色づいた紅葉や銀杏は、絵画のように美しく枝を伸ばしていた。
 そんな、まさに時代を超えて現れたような屋敷に唯一そぐわないインターフォンを押して、返事が聞こえるなり、挨拶をして名乗った。
「月山神社の者です。麟太郎さんから、お聞きかと思いますが・・・・日本人形の件で」
 今開けます、との言葉と共に、門戸の向こうでかんぬきが外される音がして、門が開いた。瞬間、圭介は肩にかけている、ケースに仕舞った刀をかけ直した。
「初めまして。月山神社で権禰宜ごんねぎを務めている、神道圭介と申します」
「わざわざありがとうございます。麟太郎の妻の、佳代子かよこです。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」
 佳代子は深く頭を下げ、圭介を迎え入れた。随分と若い女性で、大和撫子の一言が似合う美人である。化粧を施しているからかわからないが、30は越していないように見えた。
「夫が神社に相談をして来たと言った時は、本当に驚きました。同居している母は、“霊などいない。人間の仕業だ”と、頑なに話していましたから」
「なるほど。つまり麟太郎さんは、ご家族に相談されずに、うちに来られたと?」
「ええ。もし何もなかったら、警察に任せるつもりだからと言っていました。
 まあ私も、母の言い分はわかりますが、夫の言うことも間違っているとは思えなくて。実際娘が人形を気に入っていますから、変に悪い話になってほしくもないんです」
 声は切実さを帯びていた。圭介は相槌を打ちつつ、掃除が行き届いた板間の廊下を歩く。普段から仲村家と似た家で過ごしている彼は、荘厳さに驚きはしたものの、日本家屋であれば中は変わらないのだと感じていた。
「麟太郎さんにお聞きしましたが、お父君は既に亡くなっていて、お母君が家長として振舞われているんでしたよね? この家も佳代子さんのご実家で、麟太郎さんは婿入りだとか」
「はい。それと、この話はしていないと夫から聞いたので、先にお話ししておきますが・・・・」
 佳代子は、少し歩くペースを緩めながら続けた。
「父が死んだので、今はもうやっていないのですが、元々仲村家は、日本人形の職人として生計を立てていたんです。私の高祖父母の代から初めて、昔は今よりも裕福な暮らしをしていたそうです」
「麟太郎さんがおっしゃっていた、“故あって日本人形が多い”とは、そういうことだったんですね。コレクターかと思っていました」
「普通、そう思いますよね。でも夫ったら、本当にそんな大事なことを話していないなんて」
 思わずと言ったように、佳代子が苦笑を漏らした。圭介は何食わぬ顔で聞いていたものの、かなり大事な情報だったと思い、なぜ話さなかったのかと、わずかな呆れを抱いていた。
「麟太郎さんから、日本人形を壊したのは娘さんではないとお聞きしました。佳代子さんも同じですか?」
「ええ。私は死んだ父に、人形を大切にするよう、強く言われていました。娘にも同じことを何度も言っていますから、違います。現に、今まで壊してしまったことはありませんから」
 そんなことを話しながら歩いていると、佳代子は真白い襖の前で足を止めた。彼女は、こちらになります、と言いながらゆっくりと目の前の襖を開けた。


 壮観だった。
 天井から数ミリ程度しか離れていない高さのガラスケースは、50畳は下るであろう和室の半分以上を閉めている。ケースは5段で、5体ごとに仕切りが設けられ、定期的に掃除がされているのか、埃一つない。市松人形が多数を占める中、結い髪の人形も見られ、同じ柄のない着物は花畑よりも艶やかである。しかも、全て正面ーー和室の入口であり佳代子が開けた襖ーーを向いているため、人混みにいる全員がこちらを向いたように感じられた。
「これは・・・・」
 圭介は思わず声を漏らした。同時に、ケースとケースの間ーー行き来のための通路となっている場所ーーから、少女がひょっこりと顔を出す。
「おかあさん!」
かなで? 何でここにいるの。今日はお客様がこの部屋に見られるから、居間で待ってなさいと言ったでしょう」
「いや! お人形は私の友達だもん!」
 少女ーー奏の駄々に、佳代子は呆れたように息を吐き、すみませんと謝罪した。彼女はガラスケースの日本人形を見ていたらしく、圭介の姿を認めなり、母の元へと駆け寄った。
 奏は4、5歳くらいの、可愛らしい少女だった。黒い髪をおさげにし、円な瞳と子供らしいふっくらとした頬が子供らしさを押し出している。そして、彼女は1体の日本人形を抱きしめていた。抱きしめられている市松人形は、橙を基調とした着物を着ており、よく見ると紅葉の柄だった。偶然か必然か、今の季節に合った人形である。
「おかあさん、その人誰?」
「ああ・・・・この人は神道圭介さん。月山神社っていう、神社の神職さんでね。お人形のことについて、調べに来てくださったのよ」
 奏は初めこそ母の影に隠れていたものの、圭介が肩にかけている刀ーー彼女には何かわかっていないだろうがーーに興味を示し、今度は彼に駆け寄った。
 同時に、圭介は奏の前に屈む。
「初めまして、奏ちゃん。俺は圭介。奏って、綺麗な名前だな」
 澱みない口調の褒め言葉に、奏は花が咲くように笑顔を浮かべた。
「ありがとう! ・・・・でも、お兄ちゃんって、本当に神社の人なの? 神社の人って、まっしろな服なのに」  
 除霊の時に制服を着る必要はないため、圭介は季節に合わせた普段着だった。彼は奏の言葉を聞くなり、穏やかに微笑む。
「お、正解。奏ちゃんは物知りだな。
 確かに、神社の人は白い服を着てる。でも、神社の外では、絶対着なきゃいけないってわけじゃないんだ」
 奏はそうなんだ、と言って感慨深そうに頷いた。小さなことでも真剣に考える様子も、可愛らしい。
「なあ、奏ちゃん」
「なあに?」
「奏ちゃんは、たくさんのお人形を大事にしてるよな。でも最近は、お人形が壊れたり、失くなったりしてる。奏ちゃんは、誰がお人形を壊したり、持っていったりしてるんだと思う?」
 圭介の口調は穏やかだったが、鋭い質問でもあった。奏は大きく首を傾げながら、「ねこさん?」と答える。その答えに圭介は思わず吹き出し、優しく彼女の頭を撫でた。
「ありがとうな。
 奏ちゃん、俺、今からこのお部屋を調べたいんだ。人形が壊れたり、失くなったりしてる理由を探さないといけない。だから、しばらく自分の部屋で待っててくれるか?」
「待つ・・・・。その、しらべるのが終わったら、ここに来てもいいの?」
「もちろん。ちゃんと呼ぶよ。約束だ」
 奏は大きく頷き、人形を抱えたまま部屋を後にした。佳代子は礼を言いながら頭を下げる。
 圭介は謙遜の言葉を述べつつ、口を開く。
「調べるために人形に触ることはしません。時間がかかると思いますので、佳代子さんも奏ちゃんと一緒にお待ちください」
「わかりました。よろしくお願いします」
 去り行く佳代子の背中を見送った後、圭介は小さなため息をついた。


 全く。とんだことに首を突っ込んだもんだ。ここまでテンプレ歩んできて、残りの1割引くって、ありえねえだろ。
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