小説探偵

夕凪ヨウ

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Case112.人形屋敷は呪いの渦中②

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 さて、どうしたもんか。
 一応刀を持って来ていたとはいえ、マジに当たるなんて思わなかったぜ。だが、こうなった以上は仕方ねえな。
 問題は、屋敷そのものじゃなく、この部屋に入った瞬間、ということ。つまり、原因はこの部屋なんだ。奏ちゃんの持ってた人形からは、少なくとも今のところは何も感じなかったがーーとにかく、原因を突き止める必要があるな。
 圭介は刀が入ったケースを下ろし、左手に持ったままガラスケースの方へ足を運んだ。音が鳴らないように軽くガラスケースを叩くと、異様に硬い。強化ガラス、の5文字が頭をよぎる。
 ガラスケースに入った日本人形は、市松人形を始めとして、一般的に“日本人形”とされる人形が整然と並んでいた。人形の名前ごとに仕分けがされ、その中でも着物に組み込まれた季節や風物ごとに仕分けられている。随分丁寧な仕事だった。
 少し歩くと、最奥のガラスケースの2段目の左端の人形が欠けていた。横にある人形に目を通すと、銀杏や薩摩芋などの着物を着ており、奏が持っていた人形はここから取り出したのだとわかる。同時に、5段のガラスケースである以上、奏の手が届くのは2段目がギリギリと言ったところだった。普段は母親が取ってくれているのだろうと考えつつ、圭介は1体ずつ人形を吟味する。
 見当たらないっつーか、感じないな。この部屋に入った時は確実に感じたが、向こうも俺の気配を感じて隠れたってところか。まあ、こういう類は、人前に姿や存在を誇示することは少ないからな。
「ん?」
 思わず声を漏らしたのは、奏が取り出した人形があるガラスケースの、畳との小さな隙間に、何かが落ちていたからだった。圭介は刀を当てないよう屈み、隠されるように置かれた物を拾い上げる。
 それは、1枚の紙片だった。
「悪魔・・・・?」
 何だ、こりゃ。幽霊騒ぎだってのに、何で悪魔なんて言葉が出てくる? 宗教違いじゃねえか。それに、紙が埃を被り、文字が薄れているってことは、前からあったってことになる。でも、奏ちゃんは1段目にある人形だって取っていたはず。あの子でも屈むくらいの低さなんだから、気付かないのはおかしい。となるとーー
「見える位置に移動させた?」
 だが、何のために? 俺に見せるためにか? でも、これだけ見つけたって何にもならねえ。警察が見たとしても、落とし物で済まされる代物だ。こんな紙1枚、あろうがなかろうが何も変わらないはずなのに。
 そこまで考えた圭介は、思わず頭を掻いた。幽霊騒ぎへの対処はともかく、一発逆転のような発想をすることは、あまり得意ではなかったからだ。彼はため息をつきながら紙を畳み、上着のポケットにしまう。後で佳代子に聞けばいいと考えたからだった。


 調査を再開しようと立ち上がった瞬間、鋭い声が圭介の耳に当たった。
「どちら様かしら」
 何の気配もなく開いていた襖を振り返ると、そこには60代くらいの女性が立っていた。女性は灰色の髪をきっちりと言い上げて簪を差し、紺色の着物に金の帯を締めていた。よく見ると、着物には白の菊があしらえられており、季節に合っている。女性は年相応の皺があるものの、佳代子と似ているとわかり、そのため整った顔立ちをしていた。ただ、氷のように冷たい視線が、彼女とは違う。
 圭介は女性の正体をすぐさま理解し、慌てて頭を下げた。
「お邪魔しております。月山神社で権禰宜を務めている神道圭介です。本日は、麟太郎さんの依頼を受けてお伺いしました」
「依頼? ああ、人形の」
 気怠げな声に圭介が頷くと、女性は小さなため息をつく。
「全く。事故もしくは事件だと何度も言ったのに、幽霊騒ぎにするだなんて。それこそありえない話でしょうに」
 独り言のようでありながら、明確な愚痴に圭介は相槌を打てなくなった。代わりに、彼はおもむろに口を開く。
「あの、間違っていたら申し訳ないのですが、佳代子さんの母君、清子さやこ様でしょうか」
 女性ーー仲村清子は流れるように頷いた。圭介は挨拶を欠いた非礼を詫びた後、言葉を続ける。
「随分と綺麗に人形が置かれていますが、こちらは亡くなったご主人が?」
 答えてくれるかどうかの確信がないまま尋ねたが、意外にも清子は首を振りながら澱みなく答えた。
「いいえ。以前は・・・・主人が存命の頃は、古びた書棚から本を全て出して、そこに仕舞っておりました。ただ、書棚自体がかなりの年代物でしたから、徐々に虫食いなどが目立つようになりまして。
 主人が死んだのを気に、と言えば少し聞こえは悪いでしょうが、いずれにしてもその後、娘と相談してガラスケースに移し替えたのです。強化ガラスにしたことで、以前よりも丈夫にはなりましたし、奏も一段と気をつけるようになりましたから」
「なるほど。清子様と佳代子さんで話し合われて、ですか。ちなみに、麟太郎さんは何と?」
「特に何も。人形は主人が作った物ですから、口出しはされませんでした。奏が気に入っているという理由もあるでしょうけれど」
 どうやら、婿と姑の関係は良くも悪くも無いと言ったところらしい。まあ麟太郎さんにしてみれば、婿入りの時点で肩身の狭いところはあるか。
「ありがとうございます。ついでと言っては何ですが・・・・壊れた人形は取ってありますか? もしあるなら、見せていただきたいのですが」
「もちろん、取っておりますよ。主人が遺したものですし、人形供養も必要ですから」
 流石によく知っていると感心すると、清子は少しお待ちください、と言って身を翻した。音もなく板張りの廊下を進み、途中で折れ曲がって姿を消す。少しして戻ってきた彼女の手には、かなり大きな木箱があった。
「袋に入れて放っておくのも憚られまして」
「こちらの方がいいでしょう。お預かりします」
 圭介は慎重に木箱を受け取り、ガラスケースの前に置いた。ゆっくりと木箱の蓋を開け、彼は思わず息を呑む。
 木箱の中には、無惨に破壊された人形が3体入っていた。頭や手足、胴体が粉々になり、艶やかな着物は皺が目立ち、肌色の汚れがついていた。
「これは・・・・酷いですね。ほとんど原型を留めていない・・・・」
 驚きを隠しきれなかった圭介に対し、清子も重苦しい感情を隠さずに答えた。
「ええ・・・・。初めて見た時は本当に驚きました。主人が遺した物を・・というより、なんて罰当たりなことを、と思いましたから。
 神職さんならご存知でしょう。人形は、確かに子供の遊び道具の1つですが、儀式や祭りでも使われる。人の魂を宿すとも言われるし、形代かたしろと呼ばれることもある。・・・・扱いに気をつけなければいけないものです。それを、こんな」
 そこで言葉を切ると、清子は唇を噛んだ。圭介は肩越しに振り返ってその様子を見つめ、何か引っ掛かると思いつつ、その正体は掴めなかった。
「本当に幽霊の仕業なの? 私には、人がやったとしか思えない」
 清子は絞り出すように言葉を続けた。圭介は少し返答に悩みつつ、答える。
「・・・・今の時点では何とも言えません。ただ、もし人の手によるものだとわかった場合、警察に相談してください。仲村家の物である以上、罪に問うことは可能だと思いますから」
 法律の知識など薄いため、圭介にはそう答えることしかできなかった。彼はゆったりとした動作で木箱の蓋を閉め、どうしたものかと息を吐く。
 同時に、圭介は先ほど拾った紙片を取り出し、清子に見せた。
「最奥のガラスケースの下に落ちていました。奏ちゃんが今持っている人形が入っているガラスケースです。・・・・ご覧になったことは?」
 清子はまじまじと紙片を見つめ、“悪魔”の2文字を睨んでいたが、やがて諦めたように首を振った。
「わかりません。達筆で、墨で書かれたことくらいしか」
「・・・・そうですか。ありがとうございます。引き続き調査をしますので、今しばらくお待ちください」
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