小説探偵

夕凪ヨウ

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Case113.人形屋敷は呪いの渦中③

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「人形が無くなったり壊されたりし始めたのは、今から大体2ヶ月前のことです。始めに異常に気がついたのは奏で、すぐに私に報告して、私は夫と母に相談して、家族全員がおかしいことを認識したのが、1ヶ月半ほど前のことになります」
 一旦人形の収納部屋での調査を終えた圭介は、家族により詳しい話を聞くべく、通された客間で佳代子たちを呼び出した。口火を切ったのは佳代子で、相談までの経緯を、そう説明した。
 しかし、その説明に対して、圭介は驚かざるをえなかった。
「1ヶ月半前、ですか? それは・・・・先日の相談まで、随分と日が空いていますね。奏ちゃんのいたずらや動物が入り込んだと考えたようなことはおっしゃいませんでしたから、初めから人がやったことだと考えられていたわけでしょう? 
 確かに神社に相談というのは気が引けますが、警察に相談してしまうという手もあったと思いますが・・・・」
 責める形にならないよう、圭介はそう言った。途端に、佳代子は気まずそうに視線を泳がせ、やがて母の清子を見て止まる。
 清子は小さくため息をつき、おもむろに口を開いた。
「私が反対したんです。確かに、警察に相談した方が早かったかもしれません。ですが、警察に相談してより深く捜査することになれば、人形に触れるでしょう? そうなった時、壊されないと言い切れません」
「それはそうかもしれませんが、清子様は麟太郎さんと違い、事故もしくは事件と考えられていたはずです。
 実際、もし幽霊がいなかった場合、私は何のお役にも立てない。そのことは、恐らく念頭にありましたよね。そう考えると、警察の介入の後、神社へ相談する流れの方が自然ですが・・・・麟太郎さんが先走られたと?」
「ええ。何せ、相談も何もありませんでしから」
 清子は憤慨を隠さずにそう言った。佳代子は俯いて身を縮め、より一層、視線を落とす。
 やっべ。藪蛇だったか。でも、麟太郎さんも大胆な人だな。清子さんがこれくらい怒ることくらいわかってただろうし、日中は仕事に行って俺の調査に立ち会わないんだから、その苛立ちが佳代子さんに向くことは明白じゃねえか。早く相談して解決しないといけないって思いはわかるけど、色々と先走ってるんだよなあ。
 それに、清子さんの言い分も何か引っ掛かる。警察が人形を壊すかもしれないって、そりゃまあ、無くはない可能性だけど、預かってる以上、乱暴に扱うこととかねえだろ。流石に信頼なさすぎじゃね? 考えようによっては、清子さんは人がやったことだって知っていて、誰かわかっている、もしくは清子さん自身が・・・・。
 そこまで考えたものの、圭介はすぐに打ち消した。警察や探偵じみた推理など、自分に合っていない上、何の根拠もない。余計なことは考えるべきではなかった。
「ちょっと話題を変えますが、仲村家の人間は、数年前に亡くなったご主人の孝一さんを除くとーー」
 言いながら、圭介は上着の胸ポケットを探り、ノートの切れ端を取り出した。破らないよう丁寧に開き、佳代子たちに見せる。そこには、仲村家の人間の名前が羅列されていた。麟太郎の依頼を受けて、圭介が一応作ったものである。
「孝一さんの妻の清子様、お2人の娘の佳代子さんと妹の美菜子みなこさん、佳代子さんの夫の麟太郎さん、お2人の娘の奏ちゃん。この5人ですよね。
 で、美菜子さんは高校卒業時に高校卒業と同時に家を出て、地方の大学に進学されているとお聞きしました。こちらに帰られることは?」
「あまり多くは・・・・。年末年始や父の命日くらいですね」
「なるほど。麟太郎さんのお仕事は教師、でしたよね」
「はい。都内の高校で国語を教えています。奏は再来年、小学校に」
「つまり、今は5歳ですね」
 佳代子の言葉に相槌を打ちながら、圭介は奏がもし人形を壊すとしたら、道具を使うのは難しいと考えていた。まだ幼い彼女の場合、叩きつけるしか方法がないように思えたのだ。ただ、彼女が壊している可能性は、著しく低かった。
「では、話を戻します。ーー奏ちゃん」
 名前を呼ばれた奏は、「なあに?」と首を傾げながら尋ねた。幼子らしい動作である。
 圭介は穏やかに微笑みつつ、ゆったりと口を開く。
「人形が壊れているのを見つけたのは、奏ちゃんなんだよな? その時、人形のお部屋に誰かいたか?」
「わたしじゃない人が、ってこと?」
「ああ。ほら、もしいたらわかるだろ? 奏ちゃんみたいに、隠れることはできないからさ」
 圭介は、奏がガラスケースに挟まれた通路から、奏が顔を出した時のことを思い返しつつ尋ねた。子供の彼女であれば、部屋に入ってきても気づかれないが、大人は無理だった。
 しかし、奏は静かに首を振った。
「いなかったよ。ただ、こわれたお人形が畳に落ちてただけ。びっくりしたけど、おかあさんのところに行ったんだ」
「そっか。じゃあ、もう1つ。畳って、どの辺りだ? ガラスケースの通路の間? それとも、それより前?」
「えっとねえ・・・・お部屋に入って1番左のケースの前、だったかなあ。桜の着物のお人形でね、お顔がとれちゃってたんだ」
 しょんぼりする奏の頭を、慰めるように佳代子が撫でた。彼女は自分に寄りかかってきた娘の背中に腕を回しつつ、口を開く。
「私も本当に驚いて・・・・奏に落としちゃったの? って聞いたんです。でも、この子は違うって言って・・・・正直に言いなさいって言おうとしたんですけど、その時、あることに気がついて」
「あること?」
 圭介が尋ねると、佳代子はすぐに答えた。
「落ちていた人形が置いてあったのは、ガラスケースの4段目だったんです。つまり、奏は届かない。だから、すぐにこの子じゃないってわかりました」
 的を射ていると思いつつ、圭介は深く頷いた。ただ、その後に壊された2体の人形は、1段目と2段目であり、奏でも届いてしまうことに悩んだと言う。
「失くなった人形の数はわかりますか?」
「多分、壊れた人形と同じ3体かと。奏が、鳥さんたちいなくなっちゃったって」
「鳥さん?」
「着物の柄です。白鷺しらさぎと雀と鷹。奏は名前を覚えはいなかったんですけど、ケースに種類ごとに並べていたから何とか」
 いや、いくら名前がわからなかったとは言え、失くなった人形の着物の柄覚えてんのかよ。奏ちゃん、記憶力良すぎじゃね? それだけ人形に親しんでいたってことだけど、子供ってすげえな。
 圭介は何食わぬ顔で頷きつつ、ふと、仲村家に入った時、玄関まで歩く傍ら、視界の端に映った物を思い出す。
「あの・・・・1つ、お願いしたいことがあるんですが」
 そう言いながら、圭介は佳代子から清子へと視線を移した。彼女は不思議そうに「何かしら」と尋ねる。
 迷った後、圭介は思い切って言った。
「蔵の中を見せてもらえませんか。門から玄関に行く間、庭の端に見えた、あの蔵ーー」
「お断りします」
 言い終えるより前に、清子が遮った。佳代子はギョッとするが、圭介はゆったりとした口調で続ける。
「失礼であることは重々承知しています。ですが、人形のある部屋に必ずしも原因があるとは限らない。他の場所を見て回る必要もあるんです。
 それに、麟太郎さんに“必ず事態を収束させる”とお約束しています。そのために必要な可能性も捨てきれない。
 実を言うと、この家に来た時から気になっていたんですよ。蔵全体に鎖が巻かれて南京錠がかけられているなんて、ただ事とは思えない。少しで構いませんから、どうかーー」
「お断りします」
 清子は再度、そう言った。有無を言わせぬ口調だった。
 しばし重たい沈黙が落ちたが、やがて圭介は「そうですか」と答え、強引なことを言った非礼を詫びた。
「今日のところは、これで失礼します。諸々の原因がわからない以上、調査を続ける必要はあるので、また明日、伺います。ーー同じ時間で構いませんか?」
 これには佳代子が頷いた。圭介は礼を述べ、また明日な、と言いながら奏の頭を撫でる。門まで見送りに来た佳代子は、母がすみませんと頭を下げた。
「いえ。私が強引なことを言ってしまっただけですから、お気になさらず。では、また明日。何かあったら名刺の番号にご連絡ください」


 仲村家が見えなくなると、圭介はスマートフォンを取り出して父に電話をかけた。
「あ、父さん? うん、今日は一旦引き上げ。ってか、残りの1割引いたんだけど。いや、笑いごとじゃないって。まあ、こうなった以上は本格的に調査するからさ、仲村家のことーー・・・・えっ? もう調べてる? 何で・・・・あ! 父さん、やっぱり残りの1割だってわかってたんだな。それで俺に行かせたのか? 全く、人使い荒いって。俺は結構驚いたんだぜ?」
 電話の向こうで、笑いながら謝る声が聞こえた。圭介は呆れたため息をつく。
「で、報告なんだけど、壊されたり失くなったりは、多分人がやってることだと思う。だってさ、? 人が怖がるから幽霊だって色々やるのに、人が見てないところでやったって意味ないだろ。ま、確信はないけど」
 圭介は肩をすくめた。自分の頭脳など知れていると思っている彼は、憶測に過ぎないことを強調しておく必要があった。
「幽霊はいるよ。でも、場所も原因もわからねえ。何か、仲村家のことで気になること、ある?」
 少し沈黙が落ちた後、仲村家の人間の年齢についての言葉が返ってきた。それを聞いた瞬間、圭介は目を見開き、思わず足を止める。え、え、と言いながら大通りを外れ、人気のいない場所で声を上げた。
「ちょっと待ってくれよ。佳代子さん、24歳? 若いとは思ったけど、そんなに? 奏ちゃんが5歳なのは間違いないんだよな。だとしたら、18歳で妊娠して、19歳で出産したってことかよ。しかも、麟太郎さん年上で30歳? は? それ犯罪じゃねえの?」
 混乱に満ちた圭介に対し、父は落ち着いて普通はそうなると答えた。ただ、結婚までを親が許している以上、断言はできないと続けた。
「日本人形を作っていたってことは、家の大きさからも感じたけど、それなりに名家のはずだよな。一体、どういうことなんだよ・・・・」
 ため息混じりにつぶやいた圭介の頭には、想像よりややこしい依頼を受けたことへの、一抹の後悔がよぎっていた。
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