小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
126 / 237

Case119.悪の巣窟①

しおりを挟む
「ねえ、あれ何?」
 女子生徒は屋上を指さし、不安な目つきで屋上にいる人影を見た。人影は屋上の手摺りを既に乗り越え、今にも落ちる位置に立っている。周囲の生徒や教師もそれに気がつき、それぞれの世界から抜け出して女子生徒の視線を追う。
 そして、大多数の視線が屋上に集った、その瞬間、人影は頭から落下した。


 世界が止まるような沈黙の後、声音の異なる悲鳴が学園を包んだ。
                    
            ※

 海里たちが現場に到着すると、そこには複数のマスコミが駆けつけ、フラッシュを焚いてコメントを求めていた。
「何ですか? これ・・どうしてこんなことに・・・・」
「ここ、怜悧れいり学園は、いわゆる富裕層の子供たちが通う学園だからね。普通より情報の周りが早いし、注目が集まるんだと思うよ」
 玲央はそう言ってため息をついた。海里は龍と玲央を始めとする刑事たちと裏門へ回り、教師の案内で遺体発見現場である東棟の裏手へ回った。その間にも、一部のマスコミが追いかけて来たが、何とか振り払って学園に入った。
 バリケードテープとブルシートの前に立って部下に指示を出していたアサヒは、ようやく現れた海里たちを見て尋ねる。
「遅かったわね。何してたの?」
 龍が人混みを掻き分けてついた埃を払いながら、口を開いた。
「マスコミを巻いてたんだよ。アサヒは会わなかったのか?」
「ギリギリね。それより江本さん、大丈夫? 転落死って、結構体の損傷が激しいんだけど」
「心得ています。ご心配なく」
「そう。じゃあ、どうぞ」
 アサヒはブルーシートを捲り、3人を中に通した。寝かされている遺体は、全身かれ血が吹き出しているように見え、其処彼処の骨が奇妙な方向に曲がっていた。スカートと体つきから、女子生徒であることはわかるが、顔はよくわからない。
「被害者は中等部2年A組の生徒、小鳥遊蕾たかなしつぼみさん。14歳。
 この学園は小学校から高校までエスカレーター式に上がるタイプで、生徒の大半が高校まで通うらしいわ。彼女も例に漏れずってところね」
「受験面では楽にはなるよね。まあ、学費は高そうだけど」
「それは高額だそうよ。限られた人間しか通えないのが嫌でも納得できるくらいのね」
 具体的な金額を想像しかけた海里だが、変な悪寒がしそうになったのでやめた。
「死亡推定時刻はいつですか?」
「今朝の8時ごろよ。早めに来ていた生徒たちが落ちる瞬間を目撃したらしいわ。幸い、遺体は目撃しなかったらしいけど」
 アサヒの答えに、龍が驚いて声を上げた。
「8時? 確かこの学園の始業時間は9時半だろ。何でそんなに早く来てたんだ?」
「学園祭の準備ですって」
 アサヒの言葉に頷きつつ、海里は遺体の側に屈んだ。鑑識が撮った写真と遺体を交互に見つつ、彼は首を傾げる。
「この遺体、変ではありませんか? いや、変というか・・その・・・・」
 言葉に詰まる海里に対し、龍は滑らかに頷いた。
「言いたいことは分かる。、だろ?」
「はい。鑑識の方が撮ってくださった写真や報告を見聞きする限り、小鳥遊さんは頭から地面に落ちたことになります。しかしもしそうなら、脳を含め、体全体の損傷がもっと激しいはずです」
「同意見だね。でも、場所が場所だから遺体を長い間放置できない。できるだけ早く運び出して、解剖を視野に入れつつ親御さんに連絡をして、理事長と話し合おう」
                    

 海里たちが怜悧学園の理事長である不和貴弘ふわたかひろと面会できたのは、正午を過ぎた頃だった。
「いやあ、遅くなって申し訳ございません。会議が立て込んでしまって」
 嘘くさい笑顔を浮かべながら、不和はそう言った。彼は訝しげな視線で海里を見つめ、龍が協力者ですと紹介すると、納得したようなしていないような顔で頷いた。
 一連のやり取りが終わった後、海里はおもむろに口を開く。
「早速ですが、いくつか質問に答えていただけますか?」
「はい、どうぞ」
 海里は咳払いをし、メモを取り出した。不和の顔に微かな緊張が走る。
「学校での転落死と一口に言えば、いじめを連想せざるをえませんが、小鳥遊さんがいじめに遭われていた、などのお話は?」
「担任からは聞いたことがありませんね。成績も良く、人間関係も良好な生徒でしたから」
「なるほど。教師の方々と衝突していた、などのお話は?」
「教師、ですか。そちらは・・・・男性教師に対して、警戒心のようなものを抱いていた気がします」
「警戒心? なぜです?」
 海里は目を丸くした。不和は首を傾げる。
「さあ・・・・理由までは」
「・・・・そうですか。では、小鳥遊さんの友人にお会いすることは可能ですか?」
「それはおやめください」
 急に強くなった口調に、海里は思わず押し黙った。すると、何を思ったのか、不和は軽くため息をついて海里を見る。
「そもそも、深い捜査は必要ありませんよ。彼女は屋上から誤って転落し、亡くなった。つまりは事故ーー」
「転落死ではありませんよ」
 そう言って、ノックもなしに理事長室に入って来たのはアサヒだった。止めようとしている教師数人の手を振り払い、足早に歩いて不和の前に立つ。
「この事件は事故でも、いじめによる自殺でもない。立派な殺人です」
「随分と自信がおありですな。根拠は?」
 小馬鹿にしような言い方に海里は眉を顰めたが、アサヒは気にせず続けた。
「小鳥遊さんの頭部から金属片が発見されました。調べたところ、鉄製のハンマーの破片だと判明した。
 つまり、彼女は殴り殺された後、骨を砕かれたんです。こんなこと、事故で起こり得ません。何者かが、明確な殺意を持って彼女を殺したんです」
「・・・・仮にだとしても、一体誰が?」
 問い詰めるような口調に、アサヒは臆すことなく答えた。
「それを調べるのが私たちの仕事です。捜査を許可してください。」
 不和は苦い顔をした。しばらく沈黙が流れた後、彼は信じられない言葉を発した。
「お帰りください。お金は警視庁に送ります。どなたに送ればいいですか?」
 海里たち4人は、揃って「は?」と声を上げた。不和はうんざりしたように続ける。
「聞こえませんでしたか? お帰りください。お金で捜査の手間が省けるのですから、文句はないでしょう?」
 アサヒが不和の胸倉を掴もうとした瞬間、理事長室の入口に立っていた教師たちが騒めいた。海里たちは不思議そうに振り返り、そこにいる人物を見て言葉を失う。
「私からもお願いします、理事長。彼らの捜査を許可してください」
 闇よりも深い長い黒髪。深海のような、夜空のような、真っ青な瞳。雪よりも白い肌。神秘的なほど整った面立ち。
 そこにいる誰もが、その人物を知っていた。やがて、理事長が名前を呼ぶ。  
・・しかし・・・・」
 渋る不和に対し、小夜はすぐさま口を開いた。
「彼らは信用できます。加えて、非常に優秀な方ばかりですから、捜査そのものが素早い。理事長が恐れているようなことは、起こらないと思いますよ」
 小夜は微笑を浮かべた。それはどこか挑発的な笑みでもあった。長い沈黙が流れた後、不和はため息をついて言った。
「・・・・わかりました。ただし、天宮先生。あなたが監視してください。余計なことをされてはたまりませんから」
「承りました。では4人とも行きましょう。少しお話があります」
 理事長室から会議室に移った海里たちは、小夜の登場にまだ混乱していた。対して、彼女は驚くほど冷静に言った。
「元気そうで何よりだわ」
「・・・・どうしてここにいるの? 水嶋大学を離れた後、別の大学にいたんだろう?」
 未だ混乱している玲央が尋ね、小夜は頷く。
「ええ。ここに来たのは私の意思じゃない・・・・理事長がのよ」
「呼び寄せた?」
「そう。今回の事件を話す前に、この学園の話をさせて」
 小夜は海里たちに椅子を進め、彼らと同時に自分も腰掛けた。
「怜悧学園は歴史の長い学園で、昔からいわゆる上流社会の子女が通う学園だったの。私の両親と叔父も、ここの出身」
「へえ。でも君は普通の学校に通っていたよね?」
「父の意思だったのよ。この学園は学力より家柄重視で入学する。私が子供の頃から財閥として前線にいた天宮家は、家柄として何の問題もなかったのだけれど、父は学力を取って私を普通の学校に通わせた」
 小夜は苦笑し、でも、と続ける。
「その代わり悪知恵は働くのね。私がここに来てから、3人教師が辞めたわ。辞めた3人は全員非常勤講師。生徒と教師のいじめに耐えかねて自殺未遂を起こした教師もいたわ」
「そんな状況を放っておいたんですか?」
 ギョッとしたように海里が尋ねると、小夜は小馬鹿にするような笑みを返した。
「上流社会なんてそんなものよ。恐らく過去にも同じような事例があるけれど、何1つ公になったものは聞かない」
「今回は、生徒が目撃したから公になったと?」
「そうなるわね。まあ、転落死じゃないなら人形か何かってことになるけれど・・・・何せよ、小鳥遊さんを殺した犯人は、わざと公にしたような気がするわね。あまりにも出来すぎているんだもの」
 海里は学園に対して恨みを抱いている人間の犯行だろうか、と考えた。ただ、もしそうだとすれば、生徒1人の殺害に意味があるのかはわからなかった。
 小夜は気持ちを切り替えるように息を吐き、続ける。
「何にせよ、この学園は生徒も教師も家柄が全て。低い家柄の教師は排除され、生徒は入学すら難しい。仮に入学したとしても、すぐにいじめの被害に遭う」
「小鳥遊さんはA組だったよね? いじめは?」
「聞いてないわね。そもそも、クラス分けすら家柄なのよ。彼女は社長令嬢で、資産も溢れるほどある。動機としても思いつくのは、上の人間が邪魔ってところかしら」
 あまりに異様な状況に、海里たちは唖然とした。その現状を放っている教師や学園に対しても、同じ気持ちだった。
「取り敢えず、理事長の許可は降りたから捜査はできるわ。早く解決してほしいみたいだし、早速始めましょう」
「はい。よろしくお願いします」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

コーヒーとCEOの秘密🔥他

シナモン
恋愛
 § コーヒーとCEOの秘密 (完) 『今日もコーヒー飲んでなーい!』意思疎通の取れない新会長に秘書室は大わらわ。補佐役の赤石は真っ向勝負、負けてない。さっさと逃げ出すべく策を練る。氷のように冷たい仮面の下の、彼の本心とは。氷のCEOと熱い秘書。ラブロマンスになり損ねた話。  § 瀬尾くんの秘密 (完) 瀬尾くんはイケメンで癒しの存在とも言われている。しかし、彼にはある秘密があった。  § 緑川、人類の運命を背負う (完) 会長の友人緑川純大は、自称発明家。こっそり完成したマシンで早速タイムトラベルを試みる。 理論上は1日で戻ってくるはずだったが…。 会長シリーズ、あまり出番のない方々の話です。出番がないけどどこかにつながってたりします。それぞれ主人公、視点が変わります。順不同でお読みいただいても大丈夫です。 タイトル変更しました

処理中です...