小説探偵

夕凪ヨウ

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Case151.天才科学者の証言④

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「そんなことが・・・。不思議な話ですね。」

 翌日、捜査に参加した海里は2人から一部始終を聞いていた。

「ああ。夜じゃないし、透明だから人の姿は見える。犯人のやったことは、俺たちに得を与えているんだ。どうも、分からない。」
「そのようですね。そういえば、携帯はあったんですか?」
「車の中に置かれていたよ。誰がやったのかは分からないけど、幸い異常はなかった。」

 玲央の言葉に海里は頷きつつ、沈黙した後、口を開いた。

「・・・・本当に犯人なんでしょうか?その電話の相手・・・。」
「えっ?」

 玲央が目を丸くした。海里は続ける。

「確かに、閉じ込められたといえば犯人がやった行動に思えますけど、納得いきません。結局東堂さんたちは怪我なく無事だったのでしょう?もし怪我を負わせたいなら、襲えばいい話じゃないですか。自分にデメリットしかない行動を起こす犯人なんていますか?」
「まあ不思議な話だよね。ただ、犯人と協力関係にあるとは言い難い。」
「ええ。ですから、電話の相手は犯人ではない別の誰かでしょう。目的は分かりませんが、研究所の人間であることは確実です。その温室は研究所の方々しか知らないようですし。」

 海里の言葉に2人は頷いた。海里は続ける。

「今朝、来た時に植え込みを観察しました。わずかですが血痕らしきものが見えましたよ。」
「じゃあ被害者はあそこで・・・。」
「はい。なぜ転んだのかは分かりませんけど。」
「その答えはここにあるわよ。」
「アサヒ。」

 アサヒは部屋に入ってくると、3人の前にあるテーブルに紙の束を置いた。龍が手に取り、めくり始める。

「これは・・・堤一香の情報か。」
「そう。身内の事情とかはいいから、体のところ見て。」

 その言葉に従い、龍は視線を移した。海里と玲央も覗き込む。

「子供の頃から病弱で、倒れることはしょっちゅう?転んだ理由は目眩か?」
「そうでしょうね。ほら、朝に低血圧になる人とかいるじゃない?大和を通して彼女の主治医に事情を聞いたところ、だいぶ低血圧なんですって。
 だから多分、低血圧のまま研究所に来て、植え込みの近くを通った時に目眩を起こして倒れた・・・。そう考える方が自然なのよ。あんな場所で犯人と争っていたなんて、人の目もあるし目立つわ。それらしい話を聞かないから、そう解釈して構わないと思う。」
「それなら、身体中の切り傷に納得がいいきますね。」
「そういうこと。」

 龍は頷きながらアサヒの方を見た。今日は少し暑いのに、首にスカーフを巻いている。普段白衣の下に適当な服しか着ない彼女が、わざわざ仕事中にする格好とは思えなかった。

「暑くないのか?それ。」
「・・・ちょっとした気分転換よ。早く調査しましょ。」

 アサヒは踵を返した途端、足がもつれてふらついた。龍は慌てて受け止める。

「ちょっと待て、アサヒ。お前熱あるだろ。」
「ないわよ。」
「こんなに体が暑いくせに何言ってるんだ。兄貴、研究員に休める部屋があるか聞いてみてくれ。」

 玲央が出て行こうとすると、アサヒは声を上げた。

「必要ないって言ってるでしょ?大したことないから気にしないで。」
「無茶言わないでよ。倒れる前に休んだ方がいい。」

 幸い怪我をした場合の医務室があり、アサヒはその部屋に寝かされた。龍は彼女をベッドに運び、溜息をつく。

「しんどいなら無理してくるな。」
「・・・うるさいわね。大丈夫だと思ったの。気にしないで行って。」

 アサヒの言葉に龍は軽く溜息をついた。

「心配してやってんのに。とにかく寝とけよ。」

            ※

「アサヒさんは大丈夫でしたか?」
「取り敢えず寝させた。 
 で、さっきの話の続きな。容疑者であるB型の研究員・・・一昨日来ていなかった人間やその他諸々を省いて、残り3人だ。」
「現在の容疑者は温室管理をしている久遠寺実光、新人研究員の細田麻弥、副研究長の朝宮春人の3人。一応話は聞いたけど、特に怪しい点はなかった。」

 玲央は手帳を取り出して海里に渡した。海里は礼を言いながら受け取り、手帳を熟読する。

「細田麻弥さんは容疑者から外していいかもしれません。」
「やっぱり?」
「はい。被害者にあった殴打痕は、拳がかなり大きかった。しかし、細田さんは小柄で、写真を見る限り手も小さい。この現状を見る限り、男性2人を疑う方がいいかもしれません。もっとも、憶測に過ぎませんが。」
「そうだよね。昨日、細田さんに話を聞いたけど、身長はかなり低かったよ。150あるかないかくらい?手も筋肉質じゃなかったし、多分・・・。」
「・・・・そうか、手か。」

 龍の突然の呟きに、2人は目を丸くした。彼はハッとし、何でもない、と言う。

「久遠寺さんと朝宮さんに会いたいですね。可能ですか?」
「特別な用事がない限り出勤するよう頼んでいるから、可能だよ。行こう。」

 海里が温室に向かうと、朝食を取っている久遠寺の姿があった。

「すみません。久遠寺実光さんですよね?」
「はい。あ、事情聴取ですか?昨日お話ししたことが全てですが・・・。」

 久遠寺は立ちあがろうとしたが、海里はそのままで良いと言って尋ねた。

「・・・久遠寺さんは、堤一香さんをご存知でしたか?」
「いえ、名前もろくに知りません。最近入ったばかりでしたし、顔もよく・・・。」
「そうですか。ありがとうございます。」

 海里は頭を下げるとすぐに踵を返して歩き始めた。龍と玲央は驚く。

「あれだけでいいの?」
「十分です。朝宮春人さんの所に行きましょう。」

 朝宮春人はその日は風邪で出勤していなかった。
 しかし、前日までとても元気で、健康的な生活をしていることが自慢だったという茂の証言のもと、3人は違和感を覚え始めた。

「取り敢えず部下に自宅へ行くようお願いしたよ。昼頃には分かると思う。」
「ありがとうございます。では待っている間、現場へ戻りましょうか。」

 海里の言葉に龍は首を傾げた。

「凶器はなかったぞ?」
「凶器ではありません。証拠探しですよ。」

 海里は笑い、現場へ向かった。変わらずブルーシートで区切られており、研究員は立ち入っていない。海里は被害者が倒れていた場所から少し離れた非常用の梯子の元へ歩いた。

「触っても構いませんか?」
「え?まあ、手袋越しなら大丈夫だけど。」

 海里は頷くと、梯子に足をかけて上ったり降りたりし始めた。彼はじっと1段1段を見つめ、壁や実験器具を観察していた。

「やっぱり・・・そういうことですか。」
「江本?」
「東堂さん、さっきの資料あります?」
「ああ。ほら。」

 資料を受け取るなり、海里は素早いスピードで何かを探していた。加えて玲央の手帳と見比べ、何かぶつぶつ呟いている。

「ありがとうございます、お2人とも。犯人が分かりました。」
「え⁉︎」

 海里はにっこりと笑った。被害者が倒れていた場所に屈み、何かを嗅ぐように右手を動かしている。

「うん、まだ残っている・・・。証拠としては十分ですね。」

 笑う海里に対して、2人は意味が分からなかった。

「ちょ、ちょっと待って、江本君。急すぎじゃない?2人には絞ったけど、そんなに早く結論出る?」
「ここに来たから出ました。堤さんの資料の5ページをみてください。根拠が書いてありますよ。」

 2人は同時に資料を覗き込み、驚きの声を上げた。

「真犯人に協力した誰かは後から突き止めるとして、真犯人の謎から解きましょう。私が今から言う人物をここへ呼んできてください。」
「分かったが、確かなのか?」

 海里は迷うことなく頷いた。

「ええ。確かに、犯人は指紋を残さなかったり、凶器を持ち去ったりと、こちらに情報を与えないよう注意していました。しかし、犯人は犯人特有の“証拠”をこの部屋に残してしまった。その証拠こそ、犯人が犯人である証拠になっているんですよ。」
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