小説探偵

夕凪ヨウ

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Case152.天才科学者の証言⑤

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「この事件の犯人は、久遠寺実光さん。あなたですよね?」

 呼び出された久遠寺は唖然とし、やがて苦笑いを浮かべた。

「何を言い出すのかと思ったら・・・。なぜ私が堤さんを?理由がありません。」
「理由、ですか。確かに、深い怨恨はありませんね。あなたの殺人の動機は“邪魔だから”でしょう?」
「・・・・邪魔・・・?」

 龍と玲央があり得ないという顔をした。海里は頷く。

「私も信じられませんでしたが、事実ですよ。
 大雑把に話を整理すると、堤さんは男性恐怖症でした。原因は高校生の時、暴漢に襲われたこと・・・。それ以来、彼女は男性と関わることを極端に避けて来ました。
 しかし、好きな科学を職業とするため男性が多いここに就職し、男性恐怖症を落ち着かせなければいけなくなった。そこで彼女と親しくなったのが、“謎の人物”から電話を受けた大崎昂さんです。」

 久遠寺の顔がひきつった。海里は警戒しながら続ける。

「2人は同じ時期に就職し、同じ研究分野に属していた。2人とも優秀でしたから、自然と親しくなったのでしょう。堤さんは、少しずつ恐怖症が緩和されていたと思いますよ。」
「そう言い切る理由は?」
「これです。」

 海里が取り出したのは袋に入ったスマートフォンだった。血痕が付着しており、画面はわずかにヒビが入っている。

「それって・・・堤一香のスマートフォンか?」
「はい。壊れかけていたのでアサヒさんにデータの復元をお願いしました。そしたら、メッセージからこんなやりとりが見つかったんですよ。」

 今度は1枚の紙を取り出し、2人に見せた。そこには堤一香と大崎昂のやり取りが印刷されており、出かける約束などが取り付けてあった。

「同じような文章がいくつか他にもありました。恐らく、2人は恋人に近い関係だったのでしょう。大崎さんの性格は存じませんが、文面からも人間性は読み取れます。礼儀正しく、優しい人なのでしょうね。男性恐怖症である堤さんにとって、優しく接してくれる大崎さんに恋愛感情を抱いても不思議ではなかったと思いますよ。」

 海里の言葉を聞いて、久遠寺は鼻で笑った。彼は嘲りながら言う。

「その話のどこが動機に繋がるんです?」

 久遠寺の言葉に海里はすかさず答えた。

「話は最後まで聞いてください。
 次に、久遠寺さんと堤さんの関係性ですが・・・顔見知り程度です。まあ、無理もないでしょう。こんな広い空間で、全員の顔を覚えるなんて無理です。ただ、あなたが堤さんを知らないという話は嘘です。」
「なぜ?」
「彼女が植物好きでよく温室に行っていたからですよ。温室の管理はあなたに一任されていますから、彼女と何度も顔を合わせたでしょう?彼女の資料にもそう書かれていましたし、温室で撮られた写真も添付されていました。」

 久遠寺は歯軋りをした。彼は深い溜息をつく。

「ええ、知り合いですよ。よく来ていました。実験に使うよりも個人的に観に来る方が多かった。それも、大崎さんと一緒に。」
「男性恐怖症も相まって、一緒に行っていたんですね。」

 海里は2度3度頷いた。久遠寺は言う。

「しかし、大崎さんが今回の事件に関わったことは本当に知りませんよ。あの電話は私じゃない。」
「もちろん分かっていますよ。あなたが犯人ですから、警察側に有利になるよう動くはずがない。」

 海里の言葉に久遠寺は思わず頷き、ハッとした。

「ご自分で認めてくださいましたね?助かります。」

 海里の満面の笑みを見て、龍と玲央は顔をひきつらせた。久遠寺はわなわなと震えている。

「では最後です。久遠寺さんが堤さんを邪魔だと思った理由・・・原因は温室にあります。」
「温室に?」
「はい。久遠寺さん、あなたのスマートフォン、貸して頂けますか?そこに原因があると思うので。」

 海里は久遠寺の胸ポケットを指さした。彼は青ざめ、首を横に振る。

「ふっ・・ふざけるな!誰が・・・‼︎」

 すぐに龍が前へ踏み出し、久遠寺の久遠寺の腕を押さえてスマートフォンを奪った。海里はそれを受け取り、画面を操作する。

「ありがとうございます。えーっと・・・あ、ありました。これが、動機の元となったものです。」

 海里が見せた画面を見て、2人は目を丸くした。

「温室の植物を密売?」
「はい。私もまさかとは思ったんですが、当たりでしたね。これは先日電話で茂さんに聞いたことですが、ここの給料はかなり高いらしいです。
 ただ、それは研究員のみで、事務員や温室を管理している久遠寺さんには平等に行き渡らないようになっていたんです。彼は、そこに不満を持った。」
「それでこれを思い付いて・・・堤さんに知られた?」

 玲央の質問に海里は深く頷いた。

「そうです。男性恐怖症である彼女は恐ろしかったでしょうが、植物を愛する彼女にとってそんな不正な行為は認められなかった。そして、抗議をしてやめるように言った結果、殺されてしまったんです。」

 沈黙が流れた。龍は納得が行かないというふうに首を傾げる。

「やっぱりまだ曖昧だろ、江本。明確な根拠がどこにある?」
「現場にありますよ。あそこの梯子を降りてみてください。」

 龍は言われるままに梯子に捕まり、登り降りした。そして、彼はハッとする。

「堆肥・・・!」
「正解です。本当に小さいですが、床にもあります。遺体発見時はブルーシートを引いたり人が動いたので踏んでしまってほとんどありませんが。」

 すると、久遠寺が悲鳴に近い声で叫んだ。

「ま・・待て!大崎昂も出入りしていた!恋愛関係のもつれなら怪しいはずです!」
「それはあり得ませんよ。被害者と別の血痕の血液型はB型。大崎さんはA型です。あなたがB型だからこそ、犯人候補に残ったのですから。」
「だが・・・!」
「加えて、」

 海里は声を大きくした。久遠寺は思わず後ずさる。

「現場には温室と同じ花の香りがしました。あなたからも同じ匂いがする。これこそ、あなたが犯人である証拠です。
 そして、温室の開園は犯行時刻より少し前の9時。その間、研究員たちはまだ来ておらず、温室に入れるのは責任者であるあなたしかいない。そして堤さんが早く来ていたのは、あなたと話をするためです。
 以上のことから、犯人はあなた以外にあり得ない。」

 久遠寺は肩を震わせていたが、やがてがっくりと肩を落とした。ふらつきながら拳を握りしめ、悔しそうに顔を歪ませる。

「クソ・・クソ!」

 ナイフが煌めいた。海里はハッとする。

「死ね‼︎」

 海里が身構えるより、龍と玲央の動きの方が早かった。2人が消えた瞬間、風を切る音がして、ナイフが転がり、久遠寺が床に沈んだ。

「往生際が悪いよ。殺人罪及び銃刀法違反の現行犯で逮捕だ。」

            ※

「皆さんありがとうございました。事件を解決させてくださって、心より礼を言います。」

 茂は深々と頭を下げた。海里はいえいえ、と言って笑う。

「茂さんのご協力があってこそです。・・・・ところで・・・茂さん。」
「はい?」
「なぜ大崎さんを唆したのですか?」

 茂の顔から笑みが消えた。海里の背後にいる龍と玲央も顔を顰める。

「・・・・何の話ですか?さっぱり分からない・・・」

 茂の言葉に被せるように海里は続けた。

「演技は結構ですよ。振り返ってみると、あなたの証言や存在で私たちが動いていたことがありますよね。温室や監視カメラなど・・・。あなたは上手く私たちをコントロールし、事件を解決に導いた。大崎さんを唆すことで温室に行き着かせ、久遠寺実光という人物に会わせ、徹底的に協力者として振る舞うことで、“自身もB型であるという事実”から目を逸らさせたんです。」

 沈黙が続いた後、低い笑い声が聞こえた。やがてそれは高笑いに変わり、広い部屋の中に響いた。

「優秀だな、江本海里。いつから気づいていた?」

 嘲笑とも取れる笑みは歪んでいた。先ほどの優しげな研究者の面影など微塵もない。

「犯人が分かった時に、思い返して妙だと思いました。大崎さんの電話相手、立場的に考えてもあなたしかいない。肉親まで把握しているのは、責任者であるあなたくらいでしょうから。」
「なるほど。では、残りの2人は?気づいていたんだろう?」

 龍と玲央は目を合わせて頷いた。玲央はゆっくりと口を開く。

「アサヒの反応から何かしらあるとは思っていたよ。ただ仲が悪い父親に対する態度じゃない。俺たちの捜査現場に君が必ず現れ、助言することも、少しずつ妙だと思った。」
「ほう。そんなところから分かるとは。お前はどうだ?東堂龍。」
「・・・・裏で事件を操っているかどうかは置いておいて、只者じゃないことは初めから分かっていた。」
「初めから?」

 茂は眉を顰めた。龍は頷く。

「握手だよ。あんた、俺たちが挨拶した時、握手を求めて俺はそれに応じただろう?
 その時、あんたの“手”に違和感があった。あんたの手は、剣道や柔道など、武道を極めた人間の手だ。俺や兄貴、捜査一課の人間も同じだから分かる。握手をした時点で、“ただの科学者”じゃないと分かった。」

 茂は満足そうに笑った。煙草を取り出して火をつけ、白い煙を吐く。

「素晴らしいな。携帯を奪うなんて面倒なことをしてまで捜査をさせた甲斐があった。ボスの目に狂いはなかったようだ。」
「ボス・・・?まさか!」

 海里たちの顔色が変わった。茂は続ける。

「早乙女佑月は使えなかった。情に流され、任務を果たせなかった愚かな男・・・。」

 海里は顔を顰めた。確かに彼のしたことは許されないが、全てを否定することも海里にはできなかった。

「納得いかないか?江本海里。だがこれが事実だよ。あの男の兄も・・・余計なことをしてくれた。」

 龍と玲央の顔に怒りが浮かんだ。茂は嘲笑いながら言う。

「情などくだらない。家族も、恋人も、仲間も、全て不必要なものだ。ボスはそれら全てを切り捨て我らを導いている。だからこそ、我らの仲間と家族はボスと同じでなければならない。」

 その言葉に龍は眉を顰め、呟いた。

「・・・・アサヒのことか。」
「そうだ。あいつは家を裏切り警察という偽善団体に入った。だがボスがあいつの力を発したから、取り戻しに来たのさ。」
「何だと?」

 龍の怒りの表情を見て、茂は鼻で笑った。煙草を灰皿に置き、踵を返す。

「私は捕まる気はない。今日はここでお別れとしよう。」
「逃すか!」

 3人が一気に飛び出した。その途端、茂は引き出しを開け、自動式拳銃を3人に向けた。龍と玲央の顔色が変わる。

「それは・・・!」
「そう。今回の事件の凶器だ。これは私の物なんだよ。持ち出されたことが分かったから、お前たちが来る前に現場から持ち去った。」

 茂はゆっくりと下がって行った。カーテンの顔には巨大な窓がある。彼がカーテンを開けると、耳を割くような大きな音が聞こえた。

「この音・・・ヘリ⁉︎」

 玲央の言葉は正しかった。真っ黒なヘリが窓ガラスに近づき、縄梯子を下ろすのが見えた。茂は勢いよく窓を開け、縄梯子に飛び移った。

「また会おう。」

 不敵な笑みを浮かべたまま、茂は去って行った。龍は大きく舌打ちをし、壁を殴る。

「これ以上、好きにさせてたまるか。アサヒも、何もかも、奴らに渡さない。利用させない。」
「ええ。もう犠牲はたくさんです。絶対に・・・彼らの企みを阻止してみせる!」
「・・・・きっと、彼とはいずれまた会うことになる。その時は・・・手加減なんてしていられない。」


 新たな決意を抱きながら、彼らは彼方へ進むヘリコプターを睨みつけた。
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