小説探偵

夕凪ヨウ

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Case194.狭間の光

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「真衣さん!」
「小夜さん・・東堂さん・・・‼︎」

 真衣は目に涙を溜めていた。彼女の奥では、海里の治療が懸命に行われている。真衣は小夜の胸に飛び込んだ。

「やだ・・もうやだよ・・・!眠っている間に、叔父さんも流華義姉さんもいなくなってるのに、海里兄さんまでいなくなるなんてやだ!」

 小夜は真衣を抱きしめた。彼女の後ろにいる龍たちは何も言えず、悔しそうに海里を見つめている。

「兄さん・・起きて。お願いだから・・・起きてよ。1人にしないで‼︎兄さん‼︎」

 龍は半ば倒れるように海里の近くに行った。

「おい、江本起きろ!勝手に死ぬな・・・お前はまだ・・何も知らないだろ!何も・・!」

(もう・・やめてくれ。これ以上、何も失いたくないんだ。家族も、仲間も、上司も失って、もう俺たちは限界なんだよ。頼むから、起きてくれ・・・江本!)

「大和先生!心拍が!」
「諦めるな!まだ止まっていないなら、助かる‼︎」

(声が・・聞こえる。真衣・・?東堂さん、大和さん・・・?私は、今どうなっているのだろう。目を開けたら、全員が安心できるのに、瞼が重い・・・。安心させないと、生きていると、伝えたいのに、体がーーーー動かない。)

 龍たちは必死に海里の名を呼んだが、返事はなかった。真衣の涙がこぼれても、龍たちの悲痛な叫びが聞こえても、海里はピクリとも動かなかった。
 電子音が小さくなり、脈拍が遅くなる。

「兄さん!海里兄さん!お願い、待って!戻って来てよ‼︎お願いだから‼︎死なないで‼︎」
「江本さん!しっかりして!死んではダメよ!」
「江本君・・江本君!聞こえないのか⁉︎しっかりして!起きて!」
「江本‼︎起きろ!おい、江本‼︎」

 全員の叫びを嘲笑うかのように、海里の心音は小さくなっていった。そして、ピーと長い音がした。

「大和先生!心肺停止です!」
「蘇生する‼︎まだ間に合うはずだ!」

 大和は返事を待たずに海里の心配蘇生を始めた。彼の顔にも不安と苦しみが窺える。

(戻って来てください、江本さん。あなたを必要としている人は、ここにいる。あなたを探し続けた圭介のためにも、こんな所で死んではいけない‼︎)
                    
         ※

「ん?ここは・・・?」

 海里は目を覚ました。周囲は真っ暗で、音も聞こえず、人もいない。

「私・・・死んだ、のでしょうか。あんな・・・中途半端な、ところで?」

 海里はウロウロし始めた。何とかして、この難局を乗り切りたいのだ。

「嘘だ・・絶対に嘘だ‼︎私はまだ死ねない・・・!知らないといけないことがある、まだやりたいことがある・・・!何の答えも見つかっていないのに、死ぬなんて!」

 虚しい叫びが、広い空間に響き渡った。海里は荒い息を吐き、その場に膝から崩れ落ちる。そして、大粒の涙をこぼした。

「真衣・・東堂さん、玲央さん、小夜さん、アサヒさん、武虎さん・・・。すみません・・・私は、何の役にも、立てなかった。まだ・・あなたたちの手助けをしたかったのに。」

 海里は嗚咽を漏らした。体が震え、数え切れないほどの涙が自分の服を濡らした。

「その想いが本物なら、起き上がれるはずだ。」
「え・・・?」

 海里が顔を上げると、そこには、2度と会えないはずの、懐かしい姿があった。

「九重さん・・・?」
「他に誰がいるんだ?」

 浩史は苦笑した。生前と変わらない笑みに海里は懐かしさを感じる。彼は海里の隣にやって来ると、ゆっくりと右手を伸ばした。

「君はまだ死んでいない。多くの者が、君に生きて欲しいと願っている。君は、その願いに答えなければならないんだ。」

 まっすぐな言葉に、海里は涙ながらに答えた。

「でも・・体が動かないんです。瞼も重くて・・・。」
「それだけ未練があるのに、起き上がれないなどあり得ないよ。私は、未練がないからあの場で死んだ。しかし君は、まだ未練がたくさんある。君を愛し、守り、共に戦おうとする者たちのために、君はあちら側へ戻るんだ。」

 浩史の言葉に、海里は涙を拭いた。なぜか、力が湧いてくる気がするのだ。

「亡くなった九重さんがここにいる理由は、何なんですか?」
「さあな。死んだ私が君の意識に介入できるなどあり得ないが、君自身が作り出したものでないのなら、私の意志とでも考えておこうか。」
「曖昧ですね。」

 浩史は首をすくめた。海里は頬に垂れた涙を拭く。

「それに、私は君に言ったはずだ。」

 浩史は1度言葉を止め、笑って言った。

「2人を頼む、と。」
                     
         ※

「ん・・・。」
「海里兄さん⁉︎」

 海里の指がピクリと動いた。龍たちは息を呑む。真衣は迷わず兄に駆け寄り、顔を覗き込んだ。海里は見慣れた妹の顔を見つめ、その名を呼んだ。

「真衣・・・?」
「海里兄さん・・・?起きて、るの?私が分かるの⁉︎」
「当たり前じゃ・・ないですか。大切な妹が分からないなんて・・・あり得ませんよ。」

 海里の笑顔に、真衣は再び涙を流した。龍たちも急いで駆け寄り、海里の意識があることを確認する。

「江本・・お前、どうやってあの状況から・・・?」
「九重さんが・・・助けてくれました。彼の手を取ったら・・重かった体が動いたんです。」

 海里は笑ったが、直後に目を丸くした。玲央と武虎が不思議がって龍を見、同じ顔をした。

「東堂さん・・・泣いて・・いるんですか?」
「え・・・?」

 龍の両目から、一筋の涙が流れていた。彼は自分でも自覚がなかったらしく、驚いた様子で涙を拭いた。

(知らなかった。出会った当初は、あれだけ嫌って、憎悪すら抱いたことのあった江本を、家族と同列に大切に思っているなんて。こんなに、失いたくないと思っていたなんて、自分でも知らなかったーーーー。)

「何で・・泣いてるんだろうな。分からねえよ。分からねえけど・・・・」

 龍は未だ止まらない涙を流しながら、海里の肩に手を置いた。

「戻ってきてくれて、ありがとう。江本。」

 海里は目を瞬き、涙を流した。龍同様、出会った頃を思い出していたのだ。海里は慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべて言った。

「こちらこそ、駆けつけくださって、必死に呼びかけてくださって、ありがとうございました。東堂さん。」
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