小説探偵

夕凪ヨウ

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Case206.死者への祈り③

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「ふざけないで。姉さんはあなたとやり方は違えど、医師なのよ⁉︎片腕を失うことがどういうことか分かって言ってるの⁉︎」

 アサヒの怒鳴り声に、大和もカッとなって叫んだ。

「分かってる!だがそうでもしなければ失血死していたんだ!」
「可能性が0だったと言うの⁉︎天才外科医と呼ばれているあなたが!」
「天才でも不可能くらいある!」
「その不可能が、どうして今じゃなきゃいけなかったのよ‼︎」
「そんなこと言われたってどうしようもないだろう!医療現場に立っていないお前に、何が分かる!」
「最前線で命を賭ける気持ちなんて分からないじゃない!偉そうなこと言わないで!」
「それはこっちの台詞だ!」

 2人の喧嘩を止めようと日菜が起きあがろうとしたが、傷の痛みで顔を歪めた。

「そもそも発見が遅れたんだ!路地裏で偶々発見された・・・!運ばれてくるのが早くても腕はどうしようもなかった!」
「最善を尽くすのが医師でしょう⁉︎」
「尽くした結果だ!瀕死の状態から回復したことに喜べないのか⁉︎」
「喜んでるわよ!でも、こんな状況望んでないわ‼︎」
「こっちだって望んでない‼︎仕方がなかったんだよ!」
「2人とも、その辺に。廊下まで筒抜けだよ。」

 玲央の言葉に、アサヒは何か言い返そうとしたが、それより前に龍が彼女の頬を叩いた。

「いい加減にしろ、アサヒ。その怒りは神道に向けるべきものじゃない。氷室を襲った犯人たちに向けるものだ。それに、余計なことを考えて油断をしていた俺たちにも非はある。」
「でも!」
「人の話を聞け!お前がどれほど姉を大切にし、傷ついて欲しくなかったかは分かる。だが失ったことを悔いても変わりはしない・・・悔やむのではなく、先を見据えて前を向かなければならない・・・。違うか?」
「・・・何よ、それ。」
「お前が俺に言った言葉だ。」

 龍の発言に、アサヒはハッとした。彼女は少しの間驚いた表情を見せ、感情を押し殺すように唇を噛み締めた。そして何も言わず、颯爽と病室から去って行った。

「悪いな、神道。」
「いえ。こちらも出過ぎたことを言いました。仕事に戻ります。」

 大和は日菜に安静にしているよう伝え、部屋を出て行った。

「あはは・・・ごめんね。うちの妹と従弟が迷惑かけちゃって。」
「迷惑じゃないさ。周りが見えていない以上、多少の説教が必要だっただけだ。」

 日菜は苦笑した。玲央は廊下に誰もいないことを確認し、日菜に尋ねる。

「君を襲ったのは本当にただの暴漢?先日、君が遺体の解剖を終え、こちらに情報を提供した。いわば警察に協力していることになる。タイミングが良すぎる気がするんだけど。」
「鋭いね。多分、ただの暴漢じゃないよ。鞄に入っていた資料を奪おうとしてきたし、私の身元を知っているようだったから。」
「やっぱり犯人は複数犯か・・・。」
「やっぱり?分かってたの?」
「まあね。被害者の過去を探っていたら色々分かってきてさ。複数人の可能性を挙げていたんだ。」

 日菜はそっか、と言った。窓の外を見つめ、溜息をつく。

「アサヒも大和も、本気で怒ると周りが見えなくなるところ・・変わってない。子供の頃から早く直しなさいって言ってたのに。」
「子供の頃から?」
「うん。あの2人は昔から仲悪いもの。加えて、秘密主義。大和はしばらく義弟がいることを言ってくれなかったし、アサヒは捜査一課を辞めた理由を言ってくれなかった。」

 龍と玲央の顔色が変わった。日菜は何かを思い出し、俯く。

「君たちにお願いがあるんだけど、良いかな?」
「・・・・できることなら。」
「この事件が解決したらでいいからさ、あの子が・・アサヒが捜査一課を辞めた理由、教えてくれない?君たちなら知ってるんでしょ?」
                  
         ※

 アサヒは単身、月山神社に来ていた。広い神社を歩き回り、お参りをし、彼女は遺体発見現場で足を止めた。

(久城・・則光・・・。あの男が憎いと思ったことは、ない。むしろ逆だった気がする。でも、犯罪者であることに変わりはなかった。そしてその結果、私は・・・。)

「アサヒちゃん?」
「・・・絢香叔母さん。」

 現れたのは、アサヒの叔母であり茂の妹・神道絢香だった。巫女服に身を包み、漆黒の髪が背中まで伸び、茶色い瞳が輝いている。

「聞いたわ、日菜ちゃんのこと。大和が・・・。」
「それは違うわ、叔母さん。私が悪いの。ただの・・・八つ当たり。姉さんを守れなかった怒りと苦しみを、治療不十分だなんて無茶苦茶な理由で大和を攻め立てた。医師としてのあいつの気持ちなんて、分かりっこないのにね。」

 アサヒは肩をすくめ、木の前に屈んだ。まだわずかに血が染み付いており、生臭い臭いがする。

「この木って特別なの?」
「そうねえ・・・霊的な力が宿っているってわけじゃないんだけど。
昔、この神社の前で亡くなった人がいたんですって。まだ少女だったと聞いているわ。これは、供養のために神木のようにしているのよ。神道家の人間しか知らないことだけどね。」
「供養・・へえ、そんな意味があったの。昔からの言い伝えか何かだと思っていたわ。」
「ふふっ。みんなそう言うのよ。うちは除霊師として旦那や息子が働いていることもあって、幽霊を鎮めているとか・・そんな風に思われやすいの。加えて霊を悪しきものだと思っているから、私たちが正しいと言う。でも、私はそうは思わないわ。」

 絢香は空を見上げ、微笑を浮かべながら続けた。

「霊に良いも悪いもない。全ては命あるものだったのだから・・・。霊を良いとするか悪いとするかは、皮肉にも人なのよ。だから霊は悲しんで悪さをしてしまう。本当は嫌なはずなのに。」
「・・・・例え大勢に恨まれた殺人者でも、悪い霊とは言わないってこと?」
「そうよ。人の命は平等にあるべきものだもの。誰かに価値を決めることはできない。」

(ああ・・・やっぱり、叔母さんは眩しすぎる。私には、そんな考え持てない。龍や玲央のように真っ直ぐな正義を貫くことも、江本さんのように何かを追い続けることも。)

「情報提供ありがとう、叔母さん。少し調べてみるわね。」
「また来てね。いつでも待っているから。」

 アサヒは頷き、警視庁へ走った。

「少しは落ち着いたか?」
「ええ。勝手だったわ、ごめんなさい。」
「別に謝らなくていい。で、どこに行ってたんだ?」
「月山神社よ。叔母さん・・大和の母親と少し話していたの。」

 アサヒは椅子に座り、言葉を続けた。

「昔、月山神社の前で亡くなった少女がいたらしいわ。遺体があったあの木は、供養のために神木らしい装いをしているんですって。」
「へえ、そうなんだ。でもその話、何だか聞き覚えがあるな。」

 玲央の言葉に、2人は驚いた。彼はスマートフォンを弄り、何かを調べ始める。

「あった。これだ。被害者の名前は、陸奥英里。当時18歳。」
「死因は?」
「車にはねられたことによる全身骨折。遺体の損傷は酷く、即死だった。葬式には多くの人が集まって、中でも兄の陸奥英一郎は犯人を憎んでいるって話だ。」
「その陸奥英一郎は今どこに?」

 龍の問いに玲央は首を傾げて答えた。

「さあ?49日が過ぎた後、行方不明になったみたいだよ。現在も見つかってない。ただ“さようなら”っていう短い書き置きがあったらしい。」

 3人は考え込んだ。もし今回の事件と関係があるなら、再び過去を調べなくてはならない。

「一から洗い直すか。思った以上に深いぞ、この事件。」
「そうね。過去の人間がどれほど関わって何があったのか、知る必要があるわ。」
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