小説探偵

夕凪ヨウ

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Case211.運命が導いたもの③

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「どういうこと・・・?臓器、移植って。」
「どうもこうもない。そうしなければ助からなかった。1ヶ月程度入院すれば体は普通に動くから、仕事に支障はない。」

 大和は淡々とそう言った。アサヒは信じられないという顔をする。

「誰が提供なんてしたの?わずかだけど、移植できる人なんていないって聞こえたわ。」
「・・・聞こえていたのか。」
「ええ。ねえ、誰なの?」
「守秘義務がある。看護師たちからも聞き出すなよ。」
「ちょっと!痛っ・・・‼︎」

 アサヒは手術痕を押さえた。大和は無理をするな、と言う。

「今は休め。しばらくしたら見舞いが来るかもしれないが、変なことは聞くなよ。」

 大和が出て行った数分後、龍と玲央が入って来た。

「調子はどうだ?」
「まだ、少し痛むわ。1ヶ月程度入院すれば、体は普通に動くんですって。激しい運動は少しの間控えてほしいけど、大きな問題はないそうよ。」
「それなら良かった。」

 2人は笑ったが、アサヒは不安が消えなかった。2人もすぐに彼女の表情を見て、首を傾げる。

「どうしたんだ?手術が成功したのに、暗い顔だな。」
「・・・ええ。私・・移植手術で助かったらしいの。でもあの時、臓器提供できるドナーなんていない、って・・・そう聞こえたのよ?一体誰が・・・?」
「気になる気持ちは分かるが、ドナーを知ることはできないんだろ?どうしてそんなに気になるんだ?助かって嬉しいだけじゃなさそうだが。」
「よく・・分からない。でも、何か不安なの。起きてはならないことが起こってしまったような・・・・そんな気がして。」

 アサヒの言葉を、2人はよく分からなかった。今の2人にとって、アサヒが助かったことが何よりも嬉しかったからだ。

「まあ、悩みがあったらまた相談して?いつでも話は聞くから。」
「ありがとう。そういえば、あの後、犯人たちはどうなったの?」
「主犯と思わしき男と別の男は金を持ったまま逃亡した。残りは全員逮捕したが、主犯の男の名前すら吐かない。」

 アサヒは、黙っている必要もないと思い、言った。

「久城則光。主犯の男の名前よ。話し合いに応じた時、向こうから名乗ってきたわ。私を撃ったのも、あの男。」
「久城・・・分かった。調べてみる。」

(ごめんなさい、2人とも・・・。あの男と知り合いだからと言って罪があるわけじゃないけど、私はまだ、自分のことを話したくない。あなたたちが偏見など持たないと知っているけれど、離れて行ってしまうのが怖い。)

「そろそろ行くか、兄貴。」
「そうだね。報告書大量だし。また来るよ、アサヒ。」

 2人の足音が遠のくと、アサヒは点滴にしがみつくように病室を出た。看護師たちがギョッとして止める。

「いけませんよ!西園寺さん!まだ安静にしていないと‼︎」
「分かってる!でも・・どうしても不安が消えないの!私のドナーは誰なの⁉︎龍や玲央じゃない・・・あの状況で、誰がドナーになったの⁉︎」

 看護師たちは困ったように顔を見合わせた。アサヒも間違っていると知っていながら、どうしても知られずにはいられなかった。

         ※

 真実は、思わぬ時に知ることになった。
 アサヒが入院して1週間ほど経ったある日、廊下で大和と話す誰かの声が聞こえてきたのだ。

「娘は喜んでいると思います。小さい頃から体が弱くて運動も・・・。人の足を引っ張っていると嘆いていました。」
「・・・・しかし、私たち医師としては正しい判断だと思うことはできません。娘さんの決断を無駄とは言いませんが、彼女は納得しないでしょう。」
「そうかもしれませんね。でも、私は嬉しい。娘が・・命をかけるほど素晴らしい人に、人生の最後で出会ってくれたことが、嬉しいんです。」

 女性は涙ぐみながらそう言った。アサヒは不審に思って半身を起こす。

「大和。何の話をしているの?」

 大和はアサヒの顔を見ると、女性の方を見て、言った。

「彼女が西園寺アサヒです。」
「あなたが・・・。初めまして、岬恵里奈と申します。」
「えっと・・岬、さん。どこかでお会いしたことがありましたか?なぜ私のような者に、お礼など・・・。」

 恵里奈は大和を一瞥した。彼はあまり気が進まないように頷くと、彼女はアサヒにこう言った。

「あなたが先日銀行強盗の銃弾から庇ってくださったのは、私の娘なんです。名前は岬友梨奈・・・。幼い頃から心臓に疾患があって、学校もほとんどいけない子だったんです。」

 アサヒは嫌な予感がした。この先を聞いてはならない・・・そんな気がしたのだ。

「友人もほとんどおらず、就職先にも馴染めず・・・。そんなあの子が、誰かの役に立てたことを、私は嬉しく思っているんです。」
「・・・・役に・・立てた?待って、ください。まさか・・・!」
「お前に腎臓を提供してくださったのは友梨奈さんだ。彼女は手術の直前、心臓発作で亡くなり、臓器提供カードを持っていたことと血液型の一致、そして何よりご本人の強い意志から、彼女の腎臓を移植させて頂いた。」

 アサヒは愕然とした。心臓発作と言う以上、あの環境下でのストレスだろう。

「嘘・・嘘だと言って、大和‼︎あなたが手術すれば、彼女は助かったんじゃないの⁉︎」
「あくまで可能性だが、あった。しかしそれは、お前の死を意味していたんだ。」
「そうだとしても!人を守るべき警察官が人を死なせたなんて!」
「それは違いますわ、アサヒさん。」

 恵里奈は強い口調で断言した。アサヒは動揺が収まらず、彼女の顔をまともに見ることができない。

「あの子が、救いたいと・・・あなたに生きて欲しいと願いましたの。死なせたわけではありません。生きて欲しくなかったと言えば嘘になりますが、私はあの子の決断を誇りに思います。母としてではなく、1人の人間として。」

 アサヒは何も言えなかった。彼女の言葉も分かるのだ。しかし、どうしても自分の罪を実感してしまい、正面から彼女に向き合うことはできなかった。

「そんな・・・そんなの、嫌よ・・。守るべき人間が、守られたなんて・・・そんなこと、認めたくない・・・!」
                    
         ※

「・・・その後、俺たちも全てを知った。アサヒが自分を責めることは分かっていたが、彼女の判断も受け入れるべきだと思ったよ。」
「アサヒは全てを知って絶望し、退院した直後、鑑識課へ移動した。当時“これが1番向いてる”と言ってよく分からなかったけど・・・今なら分かるかな。」

 玲央は苦笑した。海里は何も言えず、日菜は苦しそうに顔を歪める。

「どうして・・・アサヒは、私に話してくれなかったのかな。実の姉が、そんなに信頼できなかった?」
「逆だと思うよ。信頼しているからこそ、余計なことを言って苦しませたくなかった。」
「そんなの・・・。私は子供の頃に別れたあの子に、ずっと何かしてあげたかったのに・・・。」

 日菜は唇を噛み締め、静かに涙を流した。すると、龍がどこか呆れたように呟く。

「いるんだろ、アサヒ。盗み聞きなんてせずに入ってこい。」

 ゆっくりと扉が開き、アサヒが入ってきた。日菜はゆっくりと顔を上げる。

「アサヒ。何で?何で何も言ってくれなかったの?6年間も黙って、1人で苦しんで・・・!どうして⁉︎」
「・・・・玲央が言った通りよ。苦しませたくなかった。久城則光の話をすることすなわち、あの家を思い出させることになるじゃない。」
「そんなことどうでもいい!妹の苦しみに気づけない姉になんてなりたくなかった!」

 アサヒはハッとしたように目を見開き、黙った。体を震わせ、彼女は言う。

「どうしたらいいか・・・分からなかったんだもの。友梨奈さんのことも、則光のことも、何もかも一気に押し寄せて・・・。家に縛られないために警察官になったのに、結局縛られて何もできなかったら警察官になった意味が無いわ!誰かを守るためだったのに守られたなんて認めたくない‼︎どうして、友梨奈さんは私を・・・!」

 龍と玲央が何も言えず黙っていると、海里がゆっくりと口を開いた。

「ありがとうございました、アサヒさん。」
「・・・え?」
「お礼を言えてなかったので。」
「お礼・・・?何の話?私たち警察は、むしろあなたに助けられて・・・・」
「そんな堅苦しい話じゃありませんよ。以前、私が狙撃された時に血液の提供をしてくださったのは、アサヒさんでしょう?そのお礼です。」

 アサヒはこんな時に何を言っているんだと言わんばかりに海里を見た。龍と玲央は彼の意図を理解し、ハッとする。

「あ、あれは・・龍と玲央が急いでいたからで・・・。」
「それでも、“助けたい”って思ったから、輸血を受けてくださったんでしょう?人が人を助けるのは、如何なる思いがあろうと“助けたい”という意思に繋がる・・・。私はそう思っていますよ。」

 海里は笑みを浮かべた。優しい笑みである。

「友梨奈さんも、理屈なんて必要なかったんです。助けたいから、助けた。アサヒさん・・あなたは助けられなかった、守れなかったことを悔いて鑑識課に移ったんですよね?」
「ええ。でも・・・」
「その行動が、助けになっていると考えたことはありませんか?鑑識課の仕事は、人を支え、助けるものだと私は考えています。東堂さんや玲央さんだって、あなたに助けられたことがあるはずですよ。」

 海里は2人を見た。龍は口を開く。

「4年前、誰もが俺を慰める中、お前はいつも通りだったよな。俺は、それが嬉しかったよ。下手に慰めの言葉を掛けられるよりも、普通に接して、何にも触れて来ない方が安心できた。
お前は、捜査一課の時も鑑識課に移ってからも、ずっと助けてくれる。4年前の件も踏まえて、この場で言い尽くせないほどの恩が俺はお前にある。」
「龍・・・。」
「そうだよ。鑑識課の人たちも、君に感謝してるんだよ?気づいてなかった?現場のことも理解していて、仕事も完璧。仕事が溜まれば手伝って、楽な日は一緒にどこかへ出かけたりしてのんびりする。君にとっては何でもないことかもしれないけど、常に気を張っている俺たちにとっては、君ほど心を許せる人はいない。」
「玲央・・・。」

 2人の言葉を聞いて、海里は言った。

「必死になるあまり、視界が狭くなることはあります。でもその結果、大切な方々からの思いを忘れてしまってはダメです。
友梨奈さんは、あなたを助けたいからドナーになった。日菜さんは、あなたが大切だから話して欲しかった。お2人は、あなたに助けられたことを感謝している。人は助けられて絆を深めるんです。悲しみで押し潰してしまったら、苦しくなりませんか?もっと、周りを頼っていいんですよ。あなたのことが大切だから、東堂さんたちは側にいるんです。」

 海里は笑った。アサヒは涙をこぼし、日菜を見る。

「姉さん・・・ごめんなさい。私・・・姉さんのことが誰よりも大切なの。だから、だから・・・」
「うん。私も、アサヒが大切。だから、これからは全部話して。何があっても受け止める。見捨てたりなんて思わないし、迷惑なんて思わないから。約束して?」
「分かった・・・。約束するわ。もう2度と、抱え込まない。全部、話すわ。」

 姉妹は抱き合った。もう存在しない日菜の左腕など、2人には関係なかった。絆という糸が、2人を結びつけていた.

「ありがとう、江本さん。」
「お礼なんて結構ですよ。私も、助けたかっただけですから。」
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