小説探偵

夕凪ヨウ

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Case221.白と黒の集結①

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「ちょっと待ってください、警視総監。冗談ですよね?」

 アサヒは信じられないという顔で東堂家3人の顔を見た。武虎はゆっくりと口を開く。

「悲しいことに冗談じゃないよ。俺も信じたくないけど、2人が現にその可能性を見ていて、君の父親も同じ結論に辿り着いている。」
「一体どういうことなんですか?20年前に亡くなったと思ったら生きていて、16年前に殺されたと思ったら、また生きていた?確実に遺体が本物だと断定されたのに、生きているなんて無茶苦茶ですよ。」
「お前の言い分は分かる、江本。だがこれは揺るぎない真実だ。そうでなきゃ、墓石に彫られた名前を消したりなんてするか?わざわざテロリストの資料にある炎の紋様まで残していってる。無視できる話じゃない。」

 海里はこめかみを抑えた。小夜も腕を組み、視線を泳がせている。

「どっちの話も信じられねえよ。拓海さんが、東堂たちの祖父を殺した?その時に、海里と真衣が記憶を無くしていたなんて。」
「私も唐突に思い出したんだよ。お父さんとお母さんのお墓参りに義父さんたちと行って、事件が起こった。兄さんは東堂信武に突き飛ばされて頭を打ったことで、私は父親が殺人を犯したことと、兄さんが大怪我を負ったことのショックで記憶が無くなった・・・。非現実的な話かもしれないけど、嘘は言ってない。」
「でも神道さんも嘘を言っているつもりはなかった・・・。難儀なものね。」
「全くよ。ただ、うちの父親に誰かを庇うなんていう思考があるとは思わなかったわ。」

 小夜は苦笑した。圭介は信じられねえな、と繰り返し呟きながら難しい顔をする。
 
「とにかく、東堂信武がテロリストの首領である可能性は大いにある。俺たちが相手にしなければならない組織が、1つ増えたってことだ。」

 武虎の言葉に、全員が改まって姿勢を正した。武虎は続ける。

「これ以上、警視庁だけで対処できない。明日、警察庁に行ってくるよ。」
「長官に会うのか。」
「ああ。以前から協力は申し出ていたんだ。ただ、明確な実態が掴めない上に警視庁の警察官ばかりが狙われるから、良い返事がもらえていなかった。今回ばかりは動くだろう。長官だって、話が分からない人じゃない。」
「お願いするよ、父さん。俺たちも少し調べてみる。」
                    
         ※

 警察庁。

「長官、東堂武虎警視総監がお見えになりました。」
「入れてくれ。」

 ゆっくりと扉が開き、武虎は足を踏み入れた。窓の外を見ている大柄な男に軽く頭を下げながら、彼は口を開く。

「突然の訪問、申し訳ありません。至急、お耳に入れたいことが・・・・」
「そんな堅苦しい挨拶はいらねえよ。もうちょっと気楽に行こうぜ?武虎。」

 振り向いた警察庁長官は、短い茶髪に黒い瞳をしていた。スーツの上からでも、体格の良さが際立っている。武虎は男の言葉を聞くなり、苦笑した。

「君は変わらないね、信蔵。まあそちらの方が助かるんだけど。」

 警察庁長官・東堂信蔵は歯を見せて笑った。この2人は、母を異にした同じ歳の兄弟なのだ。

「まっ、座れよ。久しぶりにゆるりと語り合おうじゃねえの。」
「おいおい、こっちの用件分かってるのか?」
「いや、分からねえよ?でも、お前は昔っから背負いすぎるところがある。ちったあ、兄貴の俺が背負ってやらねえとな。」
「兄貴、ね。ありがたいんだか、迷惑なんだか・・・。」

 その後、2人は世間話に花を咲かせた。武虎は2人の息子と彼らが出会った海里の話をし、信蔵は興味津々だった。

「小説探偵って奴がいる話は知ってたんだ。むさ苦しいジジイかと思ったが、まさか玲央たちより若いとはなあ。」
「俺も初めは驚いたよ。信頼していいか分からなかったけど、2人もすっかり仲良くなったみたいだから。」
「そりゃあ良かった。4年前の事件以降、あの2人はずーっとあのままだと思ってたからな。元に戻りつつあるなら、安心だ。」
「ああ。最近は、俺が2人に学ぶことが多いよ。」

 信蔵は不思議そうに眉を動かした。武虎は気分を切り替えるように出された水を飲み、信蔵に向き直った。

「今から話すこと、心して聞いて欲しい。俺たち警察が追わなければならない、[2つのテロ組織”についての話だ。」
                     
         ※

「・・・・なるほどねえ。江本拓海がクソ親父の仕打ちを恨んでテロ組織を結成し、それを追っていたら、まさかのクソ親父が生きていて、俺たちに牙を剥き始めている・・・と。」

 信蔵は2度3度ゆっくりと頷いた。整ったまなじりにシワが寄っている。

「確かに面倒な話だな。クソ親父の愚行を知る人間はほぼおらず、資料は抹消されている可能性が高い。加えて、江本拓海やその仲間も戸籍上“死んだ人間、行方不明者”になっており、調査がどうしても滞る・・・。お前が手をこまねいている訳が、ようやく分かったよ。」
「だからこそ、協力を頼みに来たんだ。警視庁だけで収まる話じゃないのは、今の話で分かっただろう?以前、海外の武器や兵士が存在したことも確認している。外国となると、君たちを頼るほかない。」
「そうだな。一応聞くが、今のところどのくらい実態が掴めてるんだ?」

 武虎は持ってきた鞄から大きな茶封筒を取り出し、信蔵に渡した。信蔵はすぐに資料を取り出し、パラパラとめくる。

「天宮に西園寺?表社会の人間が大っぴらに幹部かよ。世も末だな。」
「うん・・・。でも、そちらの方も気になるんだ。彼らからすれば警察は邪魔かもしれない。だけどテロリストに協力していることが知られれば、無傷じゃ済まないだろう?」
「なぜリスクを負ってまでテロリストとなったのか不思議だ・・か?」
「ああ。それに、天宮和豊は捕まっている。情報収集のためだろうけど、仲間内の戦力になるのは確実だ。にも関わらずあんな簡単に自分の動きを封じてしまって良かったのか・・・解せない話なんだよ。」

 信蔵は同意だな、と頷いた。資料を揃え、机に置く。

「話は分かった。協力しよう。」
「助かる。」
「お前の頼みだ。断る理由はねえよ。さっそく公安の奴らに掛け合ってみるさ。まずはどうする?表社会に顔を出している西園寺茂からか?」
「そうだね。そうしてくれるとありがたい。」

 武虎は安心したように笑ったが、すぐに顔を曇らせた。信蔵はどうした、と問う。

「父が関わった可能性のある事件を・・調べたんだ。これでもかって言うほど。でも、何1つ見つからなかった。報酬があったとすれば、江本君の母親の事件のみ。ここまでくると、父1人で隠蔽できるとは思えない。」
「つまり、政治家って言いてえんだな?」
「考えたくはないけど・・ね。父は優秀な警察官で通っていたけれど、何度か内閣に関わる事件も担当していた。“そういう繋がり”があっても、不思議な話じゃない。」

 信蔵は困ったように天井を仰いだが、やがてにっこりと笑い、急に立ち上がった。

「どうしたの?」
「その“繋がり”の是非を確かめるのに、とっておきの場所があるぜ。」

 信蔵は引き出しから出した手紙を投げた。武虎は受け取り、封が切られた手紙を開く。

「財務大臣の改革成功パーティー・・・?」
「の、招待状だ。お前のところにも来てるはずだぜ?昔、妹さんの事件解決に手を貸したことがあったからな。」
「ああ・・あったね。」

 武虎は曖昧に頷きながら、参加名簿を開いた。彼はすぐに目を見開き、ハッとする。

「天宮小夜・西園寺茂・克幸・アサヒ、全員ご招待だ。官僚の奴らもこぞってやって来る。ついでに玲央と龍も呼べよ。大臣は知ってるし、参加者は増えても困らないとのことだ。」
「なるほど・・・。白か黒か、見極めろってことね。」
「おうよ。行くだろ?」

 武虎はニヤリと笑って言った。

「当然!」
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