ダークサイド・クロニクル

冬青 智

文字の大きさ
1 / 9
EpisodeZERO

とある終焉と始まりの糸

しおりを挟む


そうさな。これを語る前に、少なからず私の生い立ちを伝えておかねばなるまい。
────────────────────……
かつて私が暮らしていた地域はスイスの貧農地帯で、流行病に喘ぐ住民の命を救うべくして兄妹で日夜研究に身をやつし、生きてきた。

父母を早くに亡くした私と兄を育てたのは母方の祖父で、貧しくも日常の中にあるささやかな幸せに三人で身を寄せあって生きてきたのだが───現実は残酷でしかなく、どんなに研究を重ねても流行病による死の流れは止まらない。
そして遂に、大黒柱である祖父が流行病で死んだその日を境に兄は塞ぎがちになり、錬金術関連の書物を手当たり次第に狂ったように読み漁るようになっていった。

それはもう非道ひどい有り様で、寝食を忘れて没頭する兄の体を思って窘めたりもしたのだが、邪魔に思ったのだろうな…。鬼の如き形相で拳を振り上げ私を殴ったのだ。
兄妹仲はいい方だと(勝手に)思っていたのだけれど、こんな事態ことは初めてでしかなくて、私はぶつけられる感情に対して震えて耐えるしかなかった。

お互いに決して嫌いになった訳ではないが、それからというもの…私達はいつしか狭い家の中で住み分けて暮らすようになっていた。

◆❖◇◇❖◆

そして、きたる運命の日。
その日、私は隣村の麦刈りの手伝いに駆り出されて朝早くに村を出ていた。
出掛けしなに僅かな戸口の隙間から見えた兄は、土間の隅で泥のように眠っている。
起こさぬようにして家を離れたが、それが生きている兄を見る最後になるとは…その時は思いもしなかった。

隣村の広大な麦畑で、駆り出された仲間達と共に早朝から黙々と作業をして、気がつくと日はすっかり登りきっていた。
一休みしようかと誰ともなく口々に話していたその時、この村の村長が血相を変えてこちらに向かって走ってくるのが見えた。
『犬があまりにも隣村の方角に吠えつけるので櫓に登って窺い見たのだが、隣村むこうは猛然と火の手を上げて手の付けられない状況であった』と身振り手振りを交えて必死に話す村長の話を聞いた私は一瞬、村に残してきた兄の身が心配になった。
はるか後方で静止する声も聞かずに、私は自分の村までの長い道程を死に物狂いで駆け抜けた。

走る。走る。走る。
そして何度も転び、起き上がってまた走り続けて────ようやく辿り着いた私の目に映ったのは、頭から油を被った兄が燃え盛る炎の向こうで狂ったように高笑いする姿だった。
生家を始発点にし、特殊な陣形の図体を模して村中で燃え盛る炎を見て、ようやく兄が行おうとしている《術式》を理解した私は声の限りに兄の名前を呼び叫ぶ。

何時だったか、永遠の命を授ける賢者の石エリキシの高尚さについて上機嫌に話していた事があった。
だが同時に、それが如何に危険で倫理に悖る実験であるかは素人である自分にさえ簡単に理解できた。
兄が挑もうとしているのは、多くの生贄と己の命を礎にして賢者の石エリキシを生み出す禁術。
しかし、兄を止めたい一心で炎の向こうに踏み出そうとした私の腕を捕まえたのは、隣村から追いかけてきた数人の仲間だった。
 「行っちゃいかん」と諭す大人達の必死の形相は、今でも忘れないね。
炎と煙を避けて這う這うの体で避難した私達は、完全に鎮火されるまでの一晩を隣村で明かした。

◆❖◇◇❖◆

「兄さん!!」

翌日になって、私は自宅へと戻る為に村へ踏み入った。
村中、歩く道すがらに焼け焦げて未だにくすぶりをあげる死体が累々と折り重なっている。
つい昨日まで笑ったり泣いたりしていた人達が、まるで炭のように呆気なく燃えてしまうだなんて…。
むごい光景に吐気を催してえづきながらも、焼け跡で声を張って兄を呼ぶ。

兄は────あの業火に巻かれて生きているとは到底思えなかったが、せめて一部でも残っていないかと思って生家の焼け跡を訪ねたが…やはりそこに求めた姿はなく、その代わり不自然に焼け残った右腕だけが横たわっていた。
焼け落ちたのか爆ぜたのかは定かで無いが、右腕を除いた体は、どこにも見当たらない。

「…兄さん……どうして……」

人一倍優しい兄が、越えられない死の壁に苦悩していた事を知っていた。
けれど、だからといって禁術に触れるだなんて倫理に悖る決して許されない所業。
狂うまでは優しかった、たった一人の兄が死んでしまったことが悲しくて堪らず、子供だった私には涙を零す以外の方法がなかった。

「でも…右腕だけ焼け残っただなんて、どうして…」

死後硬直にきつく握られた掌を苦労して開くと、鈍い赤色が斜陽の中でギラリと生々しく輝いた。

賢者の石エリキシ…っ、こんなものの為に…」

兄の右腕を生家の庭に葬ったその後、当時12歳で孤児になった私は、数少ない親類を頼って比較的豊かな街に移り住むことになった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

近づいてはならぬ、敬して去るべし

句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中したほどだった。   失業後、ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねてみることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   深い山中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 日本の中心地・東京。そこからわずかにはずれた山の中に潜む秘密をめぐる奇譚。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

実話怪談・短編集◆えみため◆

茶房の幽霊店主
ホラー
■実話怪談・短編集◆とほかみ◆の続編です。各体験談は短編・中編・読み切りです。 ※(◆とほかみ◆が10万字を超えたので読みやすさを重視して一旦完結させました) ■【実話怪談】を短編・読み切りでまとめています。(ヒトコワ・手記も含む) ■筆者自身の体験談、お客様、匿名様からのDM、相談者様からの相談内容、  体験談をベースとしたものを、小説形式で読めるようにしました。 ■筆者以外の体験談の場合、体験者ご本人からの掲載許可をいただいています。 ■実話怪談と銘を打ってはいますが、エンタメとして楽しんでいただけたら幸いです。 ※pixiv・カクヨムへ掲載していない怪談を含む【完全版】です。

妖怪タクシー 料金割増で引導渡します。

早乙女かおる
ホラー
妖怪タクシーの引導は、酔っぱらいの愚痴を聞く。そして、今夜も。だが、引導の認めた復讐には割増料金で妖怪トンネルに連れて行ってくれる。そして、トンネルを抜けて次の日になれば、その結果が分かる………。  さあ、今夜のお客さんは、どんな復讐を願うのかな?

処理中です...