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第十話 雪花舞う季節に
Act.2
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駅に到着してから二十分ほど経過した。
また、ポスターがパタパタと揺れ出した。
紫織は反射的に顔を上げ、ガラス戸の方に視線を送った。同時に、そのままそちらを凝視する。
待ち人が、そこに現れた。
「おはよう」
紫織は立ち上がると、相手――宏樹に向かって笑みを振りまきながら挨拶する。
宏樹もそれに応えるように、「おはよう」とニッコリ笑った。
「悪いな、待たせてしまって」
「ううん、全然。それよりも大丈夫?」
「ん? 何が?」
「だから、その……、家の人、とか……」
朋也の名前は何となく出しづらかったので、ぼかしながら言ってみたが、宏樹はすぐに「ああ」と理解してくれた。
「別に問題なしだ。どのみち、あいつはいつもの如く、朝早くから出かけたしな」
「そっか」
宏樹の言葉に、紫織はホッと胸を撫で下ろした。
だが、宏樹はそんな紫織に「そんなに安心も出来ないかもしれないぞ?」と付け加えた。
「朋也が出ているってことは、いつ、どこであいつとバッタリ逢ってもおかしくないってことだからな。――まあ、俺達がこれから行く場所は、あいつには全く縁のなさそうなトコだし、大丈夫だとは思うけど」
宏樹はそこまで言うと、苦笑しながら肩を竦めた。
「それじゃ、行くか?」
「あ、うん」
宏樹に促され、紫織はその場から立ち上がった。
◆◇◆◇
宏樹の車は、駅のすぐ側に停められていた。
紫織は宏樹が運転席に乗り込むのを見届けてから、自らも助手席のドアを開けて入った。こうして彼の車に乗るのは、風邪を引くきっかけとなった海に出かけた時以来だ。
「どこ行くの?」
行き先を全く知らされていなかった紫織は、車に乗るなり宏樹に訊ねた。
「それは行ってからのお楽しみ」
宏樹はそれだけ言うと、キーを差し込んだ。
その瞬間、紫織は、あれ、と思いながらキーを指差した。
「宏樹君、それ……」
「え? ああ」
宏樹はやはり察しが早い。口元に笑みを湛えながら、紫織の指差す先に視線を落とした。
「せっかく貰ったからね。あれから早速付けたんだよ」
そう言いながら、キーに付けられたキーホルダーの熊を指で軽く弄んでいる。
「予想外のプレゼントにビックリしたけどな。でも、よくよく見ると可愛いから、すっかり愛着が湧いたよ」
宏樹は屈託なく笑っているが、紫織はどうにもいたたまれない気持ちだった。
熊のキーホルダーを買ってしまったのは予算の問題ももちろんあったのだが、それよりも、最後まで何を贈ったら良いか分からなくなったのが一番の理由だった。
キーホルダーならば邪魔にならない。そう思ったが、改めて考えてみると、宏樹のような大人に贈るには相応しい代物ではない。
(やっぱ、もう少し考えるべきだった……)
紫織は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。仕方なかったとはいえ、熊のキーホルダーを選んでしまったあの時の自分がとてつもなく恨めしい。
「――紫織?」
宏樹が心配そうに紫織の顔を覗ってきた。
「どうした? まさか、風邪引いてるのに無理して来たんじゃないだろうな?」
「ち、違うよ!」
紫織は慌てて否定してから、「ただ」と言い加えた。
「宏樹君に、悪いことしちゃったなって思って……」
「俺に? 何で?」
「だって……、それ……」
紫織は再び、熊のキーホルダーを指差した。
宏樹も釣られるように視線を落としてそれを見つめていたが、やがて、あはは、と声を上げて笑い出した。
「だから、そんなのいちいち気にすることじゃないから! それに、こういうプレゼントの方が紫織らしいなとホッとしたぐらいだ」
「――ほんとに……?」
「ほんとに」
恐る恐る訊ねた紫織に対し、宏樹は大きく頷き、「さて、そろそろ出発するか」と言って、キーを回した。
また、ポスターがパタパタと揺れ出した。
紫織は反射的に顔を上げ、ガラス戸の方に視線を送った。同時に、そのままそちらを凝視する。
待ち人が、そこに現れた。
「おはよう」
紫織は立ち上がると、相手――宏樹に向かって笑みを振りまきながら挨拶する。
宏樹もそれに応えるように、「おはよう」とニッコリ笑った。
「悪いな、待たせてしまって」
「ううん、全然。それよりも大丈夫?」
「ん? 何が?」
「だから、その……、家の人、とか……」
朋也の名前は何となく出しづらかったので、ぼかしながら言ってみたが、宏樹はすぐに「ああ」と理解してくれた。
「別に問題なしだ。どのみち、あいつはいつもの如く、朝早くから出かけたしな」
「そっか」
宏樹の言葉に、紫織はホッと胸を撫で下ろした。
だが、宏樹はそんな紫織に「そんなに安心も出来ないかもしれないぞ?」と付け加えた。
「朋也が出ているってことは、いつ、どこであいつとバッタリ逢ってもおかしくないってことだからな。――まあ、俺達がこれから行く場所は、あいつには全く縁のなさそうなトコだし、大丈夫だとは思うけど」
宏樹はそこまで言うと、苦笑しながら肩を竦めた。
「それじゃ、行くか?」
「あ、うん」
宏樹に促され、紫織はその場から立ち上がった。
◆◇◆◇
宏樹の車は、駅のすぐ側に停められていた。
紫織は宏樹が運転席に乗り込むのを見届けてから、自らも助手席のドアを開けて入った。こうして彼の車に乗るのは、風邪を引くきっかけとなった海に出かけた時以来だ。
「どこ行くの?」
行き先を全く知らされていなかった紫織は、車に乗るなり宏樹に訊ねた。
「それは行ってからのお楽しみ」
宏樹はそれだけ言うと、キーを差し込んだ。
その瞬間、紫織は、あれ、と思いながらキーを指差した。
「宏樹君、それ……」
「え? ああ」
宏樹はやはり察しが早い。口元に笑みを湛えながら、紫織の指差す先に視線を落とした。
「せっかく貰ったからね。あれから早速付けたんだよ」
そう言いながら、キーに付けられたキーホルダーの熊を指で軽く弄んでいる。
「予想外のプレゼントにビックリしたけどな。でも、よくよく見ると可愛いから、すっかり愛着が湧いたよ」
宏樹は屈託なく笑っているが、紫織はどうにもいたたまれない気持ちだった。
熊のキーホルダーを買ってしまったのは予算の問題ももちろんあったのだが、それよりも、最後まで何を贈ったら良いか分からなくなったのが一番の理由だった。
キーホルダーならば邪魔にならない。そう思ったが、改めて考えてみると、宏樹のような大人に贈るには相応しい代物ではない。
(やっぱ、もう少し考えるべきだった……)
紫織は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。仕方なかったとはいえ、熊のキーホルダーを選んでしまったあの時の自分がとてつもなく恨めしい。
「――紫織?」
宏樹が心配そうに紫織の顔を覗ってきた。
「どうした? まさか、風邪引いてるのに無理して来たんじゃないだろうな?」
「ち、違うよ!」
紫織は慌てて否定してから、「ただ」と言い加えた。
「宏樹君に、悪いことしちゃったなって思って……」
「俺に? 何で?」
「だって……、それ……」
紫織は再び、熊のキーホルダーを指差した。
宏樹も釣られるように視線を落としてそれを見つめていたが、やがて、あはは、と声を上げて笑い出した。
「だから、そんなのいちいち気にすることじゃないから! それに、こういうプレゼントの方が紫織らしいなとホッとしたぐらいだ」
「――ほんとに……?」
「ほんとに」
恐る恐る訊ねた紫織に対し、宏樹は大きく頷き、「さて、そろそろ出発するか」と言って、キーを回した。
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